5-91 逃亡者は、九龍城国を背に。 その1
九龍城国セントラルの入り口手前には、軍用の護送車や様々な兵士たちが右往左往している。
ヨウは、バッヂなどを握りしめたまま、ツィイーを護送しようとしている書記長を止めた。
「書記長!!」
書記長はしかめっ面のまま、振り向く。
「なんだい、ヨウくん……」
「今まで、お世話になりました……」と、バッヂなどを全て投げつけた。
兵士は小銃の銃口をヨウに向ける。
「貴様、侮辱罪で銃殺するぞ!!」
書記長は、ため息をつきつつ、手のひらをあげて制した。
「ここは九龍城国だ。彼らの戦闘力を見ただろう。ここでは分も悪く、彼女達に勝てる者など中国国防部には誰もいない。
それに従うしかないのだ。ヨウくん、きみを利用したのは謝る必要もないし、私は一切悪くも思っていない。
全ては民主主義の為だからな。きみは二度と国に帰ることもできないことも覚悟しておいてくれ。
最後の餞別ではないが、きみの姉と話す権利はある……」
ヨウは、黒いスーツ姿の女性の背中に声をかける。
「姉さん、ツィイー姉さん。あなたは間違いない、私の姉だ!!」
両手に手錠をされたツィイーは背中を向けたまま、無視して歩き続ける。
目の前には護送車がある。
ヨウはもう一度、護送車の階段に足を置いたツィイーに叫ぶ。
「姉さん!! あんたは間違いなく、俺の姉さんだよな!!」
ツィイーは足を止めて、背中から顔だけを向ける。
「そんな名前なんて知らないわ。私は元黒龍会会長、チャン・ツィイーよ……」と、一言呟くと足を再び動かした。
護送車のハッチが閉まり始めた時、ずっとヨウを見ていた。
彼女の細い顎からつたうものが、ヨウにはハッキリと見えた。
「やはり……あなたは!!」
ヨウは、眼鏡をはずし、両膝をついた。
「姉さん……」
ヨウの背後で、書記長と兵士の会話が耳に入る。
「書記長、ただいま戻りました」
「うむ、そうか。なんだね……」
「護送車が到着しました!!」
ヨウは、すぐに涙を拭き終え、メガネをかけなおして立ち上がる。
ヨウは、すぐに気づいた。
橋を走り去る護送車へと視線を運ぶが、既に姿がなかった。
書記長は、いなくなったことに唖然とした顔だった。
「何? どういうことだ? ツィイーはどうした!!」
「……え?」と、兵士は口をあけた。
「いや、ご命令の通り、我々は……」
ヨウは気づいた。振り向きざまに叫ぶ。
「書記長!! 誰かに誘拐されたかもしれません!!」
行方を眩ました車がどこにあるのか色々と視線を運ぶが、目視は不可能だった。
ヨウは銀龍に、イヤホンで連絡した。
「銀龍さん、ツィイーが行方不明になりました!」
「何ぃ? どういうことでぇ? ちょっと待て、GPS情報を見てみる。
なんだとぉ? 手錠に仕組まれているGPSも橋の真上、すぐに捨てられたな……目視は?」
「ダメです、光学迷彩で車ごと行方を眩ました可能性が強いです!!
申し訳ありませんが、フェイロンは出せますか!!」
「……ムリでぇ」
「なぜ!!」
「冷静になりなぁ、旦那ぁ。そちらさんに空域の確保を出すときはよぉ、しっかりとぉ申請はしてるんだぜぇ?」
ヨウは歯を食いしばり、ただ橋を見つめるしかなかった。
「そうでした。許可申請が必要でしたね……」
「そうでぇ、もっともはやく済むのは、ユグドシアル大陸への自動AI制御の輸送機のみだぜぇ?
そのルートのみ、唯一許されている。あとはなぁテメェさんとこの国への申請許可が必要だ」
「私としたことが……」
銀龍は言葉を続けた。
「まあ、生きてりゃそのうち会えんじゃねぇのぉ? 誘拐されたっつーことはよぉ……そう簡単に殺しはしねーだろぉ? 前向きに考えな?」
銀龍は、龍王の間を抜け出し、バルコニーの所でキセルに火をつけて空を仰ぐ。
彼女の鼻筋を、冷えた雨がポツリとはじく。
「そろそろ、夏場の雨がふるぜぇ……」
曇天が九龍城国を覆ってきたのだった。