5-89 ここは龍の国、カォルンセングォ。 その2
「メイヨウ様……」
鋼鉄よりも冷えた銀色の瞳が、黒い女を見下げている。
「テメェさんよぉ、運が良かったぜぇ? メイヨウがいなかったら、その手首、ちぎれていたと思うぜぇ?」
「メイヨウ様、この国は危険です。一緒に……。一緒に、逃げましょう!!」
「なりません、ツィイー。私がどんなにこの国で辛い目にあったとしてもこの国を恨むことは許されません」
メイヨウは、龍王を目の前にして小さな身体で立ち上がる。
「龍王様、わたしはワンメイヨウです。この者を許してくれとは言いません。わたしが罪を受けても良いです。ですが、この者の命だけはお救い下さい!!」
銀龍は唇を歪めさせると「へっ……」と嘲笑させた。
銀色の龍は、ミンメイの言葉を待っていた。
ミンメイは、玉座の隣りに立ったまま口を開く。
「我が国には、ハッキリとした法律は整備されていません。
法が整備されていない分、私の声龍の力を使って統率しているからです。
法律など逆に無意味。まだ扇動や陽動の方がまだ良いのです。
更に言葉を申し上げさせていただきますと、その者を罪に着せることは簡単ですが、あなたは国際的テロリストでもあります。
よって、中国国防部にその身柄を渡します!!」
「わたしは、小さいころから誰もいなくて、裏九龍城国でずっと育ちました。
それは、とっても暗くて、冷たくて、寂しいことだらけでした。ですが、わたしを引き上げてくれたのは銀龍様です。
わたしは、九龍城国の裏も、表の人々全員がとっても大好きなのです!」
「メ、メイヨウ様……」
メイヨウは、ツィイーに振り返り、屈み、真っ黒なレディーススーツを抱き寄せた。
「ツィイーさん、あなたにも感謝しています。あなたが、私の出自を教えてくれたことです。この裏九龍城国で育つ子供たちは母親、父親のいない人々です。それに気づかずに命を落としてしまう人もいます……
わたしはそういうことをこの目で、この国の人々の苦しみも、それにめげず負けず、ひたむきに生きていく命も見てきました。
龍王様、もし可能であれば、裏九龍城国の人々も、国民として認めてください!」
龍王は、そのまま階段状の赤いカーペットに敷き詰められた台座からゆっくりと降りながら話す。
「分かりました……ワンメイヨウ。今すぐにとはいきませんが、この龍王は末代に渡ってまで苦しめてきたあなたの一族を、この代で終わらすことを、この場で必ずお約束します!」
メイヨウの手前で立ち止まると、膝をついた。
一国の主が、小さな女の子の前で膝をついたのだ。
その姿を見て、さすがの銀龍も目を見開き、再び唇のはしを吊り上げた。
「キマったな……」と、銀龍は思わずつぶやいた。
メイヨウと対等関係であるということの意味である。
この意味は、龍王であるミンメイがしゃがむという時点で、誰よりも重い。
「裏九龍城国の人々も少しずつですが、国民として認めていきましょう」と、龍王は白く透き通るような右手を出す。
メイヨウも首を静かにゆっくりと縦に振ると、美しい彼女の手を握った。
「お願いします、龍王様……」
ミンメイは、涙を流しつつ、メイヨウの小さな手を両手で握り、胸元に寄せた。
ミンメイの手は、幼い手とは思えないくらい傷だらけで、幾度も幾度も細かい傷跡が折り重なっていたのだ。
「こんなに傷ついた手で、あなたはこの国を守ろうとした……。運命にも翻弄されてもあなたはこの国を恨まず、誰一人として傷つけず、まっとうに国の住民を公平に見てくれた。それだけでも、私は嬉しいのです」
ツィイーは黒いスカートの内ももの部分に手を入れて、龍王の鳩尾を目掛け、ナイフの刃を向けた。
だが、ツィイーの動きが壁にナイフをかざすように、鳩尾付近で止まった。
紅き龍王は立ち上がり、真っ黒に染まったツィイーを見下げた。
「まだ、抵抗しますか? ツィイーさん……。私は声を操る龍ですよ? 声に粒子を乗っけて、暗示をかけました。
その暗示とは、私やメイヨウ、それに銀龍。この真実を知る者には攻撃が出来ないように仕掛けました。
もっと広げてほしいですか? あなたは目的の為だったら、どんな手でも使う。
今後、あなたを執拗に狙ってくる輩も沢山いるということ……。
その輩にも攻撃できないように、永久に暗示をかけてほしいのでしょうか?」
ミンメイの瞳が、鋭く光る。
表情はとても穏やかで優しそうだが、その眼光が全てを語っているのだ。
「圧倒的な暴力でも、あなたは耐えらえますか? ただ暴力を受けるのみ。最大の拷問だとは思いませんか? それでも耐えられるというのならば、その刃で私を刺してくださいませ……」と、ツィイーの身体が再び動き始めた。
「あなたを殺せば、国が変わる!! 国が変わればメイヨウ様の一族が報われる!!」
メイヨウが、ナイフを握っている手に両手を添えた。
「ツィイーさん、もうやめましょう。時代は変わっていくのです。時代が変われば人の意識も変化する。
わたしはこの国に恨みも妬みもありません。全てはこの九龍城国のために……」
「くっ……」と、ツィイーはナイフを落として、両膝を落とし顔を落とした。
ヨウは、一歩だけ踏み込むと、ゆっくりとうなだれているツィイーを見下ろしながら、近づいていく。
「姉さん、もういいだろう。あなたをずっと追っていた!!」
ツィイーは、眉毛を吊り上げて、振り向いた。
「私は、元黒龍会会長チャン・ツィイーよ!! 私に家族などいない。
そして、今後もそのような者などはいないわ!!!」
ツィイーはゆっくりと立ち上がる。
ヨウはそれでも、思いを彼女に告げられずにはいられず、大きな声を出す。
「姉さん、今まで探したんだ……。15歳の時にいなくなってから……ずっと探していたんだ!
10年以上探し続けた! チャン一族なんてどうだっていい。姉さんに会うためだけに、あらゆる手段を尽くした!!」
「私は、チャン・ツィイー。ドラゴンテロリストなのよ。中国国防部ヨウ大佐、私を拘束しなさい!!」