5-87 追いつめられた者ども その2
レイレイは、オート拳銃の銃口を向けられた瞬間、右へとかわす。
あっという間に相手の間合いに入り込み、右腕が胴体と離れて宙を回転しつつ泳ぐ。
もう一人の黒服は、口を開いた瞬間、驚愕したまま、身体と頭がいつの間にか離れている。
シィェンの後ろの方では、黒服三人が、おかっぱの女の子にやられていた。
龍王の間へと逃げようとする者ならば、銀龍がいる。
目の前には、赤い炎にまみれた女性の姿が、シィェンにはそう見えたのだ。
熱気が、シィェンを焼いていくかのように錯覚すら起きる。
「私は、小さな女の子に恐怖を与えている時点で、あなたを許さないのです……」
「だが、それでも俺は言うぜ!! この国は間違っている!! 龍王は、龍王は女性だ!!」
レイレイの眉が、動いた。
シィェンは、きどった得意のポーカーフェイスで、相手の反応を嗅ぎつけた。
「いいか? 龍王は、お前たちが信じている龍王様は、男じゃねぇ、まずは女だ!!
更には、国民一人一人をだまくらかしてな、国民全員に洗脳をかけている!!」
レイレイの鋭く、赤い眼光は一切消えることはない。
「それが、どうかしたのでしょうか?」
「もっと言ってやる!! お前さんたちが、傭兵になるときチャイナガールズへ入隊するとき、注射をいくつか打たれているはずだ!! それはなあ、龍王の洗脳や催眠術を防ぐための、ワクチンみたいなもんだぜ!!」
「それで?」と、レイレイは七星剣を天高く振り上げる。
「いいか、聞け!! 俺は、だからこの国をひっくり返そうとしたんだ!!」
「いいですか? それとこれとは別です。別にあなたを殺したっていいんですよ? 生け捕りにするような命令は出ていませんし」
「だから、俺は国を作り直そうとしたんだ!!」
レイレイは、気が変わったのか、七星剣を腰ベルトにぶら下げた。
「そうですか、分かりました」
シィェンは、弁解で溜めていた息を大きく吐き、安堵した。
彼は、見誤っていたことが一つある。
レイレイは、相手に譲ることなどそうそうない。
特に、七星剣を握っているときの、誇りと命をかけた戦闘中となれば、なおさらだ。
「生け捕りにはしません、ですが。十歳にもみたない女の子を恐怖に陥れたことは、私は許しません」
七星剣の柄に、白く細い指が伸びる。
シィェンの左隣を過ぎ去ると、レイレイは七星剣の切っ先を床に降ろしていた。
彼のサングラスに亀裂が入り、シィェンは悶えるようにして左目をおさえて屈んだ。
「うああああああああ!!」
「あなたの命を貰うのも、悪くはないですが、それよりも、今まであなたがしでかしてきたことでの、九龍城国の傷です。
メイヨウちゃんの傷、毒ガスによって名もない子供たちの傷、更にはこの国に住んでいる人々の傷です。
左目だけなど、なんて軽々しいものと私は個人的に思いますが、ここは急ぎの身。
この国へ二度と来ないでください」
一言だけ、捨て去ると、シャオイェン、リームォと、それぞれがレイレイの朱雀の刺繍が入っている背中を追っていく。
シャオイェンは、レイレイに小声で囁いた。
「いいんでしょうか? レイレイ小隊長」
「あなたも、ここでの出来事は見なかったことね。持ち場を外れて、真実をこの目で見たいわ」
「分かりました、この件は内密にします。私はあなたについていくだけですしね」
三人は、歩を揃えて歩いている途中で、一人の女の子がせき込んだ。
レイレイは、シャオイェンに声をかける。
「何、せき込んでるの、シャオイェン?」
シャオイェンは、レイレイと視線を合わせる。
「いえ、私は何もせき込んでいませんよ?」
二人は、きょとんした顔で立ち止まると、リームォがおんぶしている女の子がせき込んでいた。
二人は同時に立ち止った。
「リームォちゃん、メイヨウちゃんを下ろして?」
リームォは、「よっこいしぇ」と言いつつ、静かにメイヨウを赤いカーペットの上に寝かせた。
龍王の間の方から発砲音が嫌でも耳に入る。
恐らく、銀龍が戦っているのだろう。
彼女が数回せき込んだら、ゆっくりと大きくつぶらな瞳がうっすらと開いた。
「メイヨウちゃん!!」
レイレイは、目頭に涙をためていた。
メイヨウは、上半身だけを起こすと同時に、レイレイに抱きしめられた。
「メイヨウちゃん、良かった!!」
「レイレイさん、ここはどこでしょうか?」
「龍王の間よ。これから、龍王様に会いに行こうと思ってるのよ」
メイヨウは、龍王の間まで続いている赤いカーペットに視線を落とすと、再びレイレイを見た。
「レイレイさん、私も連れて行ってください!! 私には成し遂げなければいけないことがあるのです!!」
「ダメよ、メイヨウちゃん。ここで避難していなさい」
メイヨウは、まっすぐな瞳で、レイレイを見る。
「お願いします。私は、龍王様に直接会って話さなければならないのです」
シャオイェンとレイレイは顔を合わせると同時に、二人ともため息を同時についた。
「はぁ、やれやれ、メイヨウさんには負けましたね。レイレイ小隊長?」
「負けたわ。でも、何を話すの?」
「なぜ、そこまでして龍王様に会いたいのでしょうか? メイヨウさん」
「わたしは、母親がなくなる同時に、ショックのあまり、幼少のころあった母親と過ごした記憶がありませんでした。
わたしの記憶は、あそこで一旦死んだのです。分かりませんが、恐らくショックにたえられないと思って、わたし自身を守ろうと、精神的な防御がかかったのかもしれないです。
あのとき、わたしのきおくは、一度死んだと思います。母が必死に私を逃してくれたところまでは覚えていますが、 その後、気づいたら闇市場にいたのです。わたしは、必死に何とか毎日身を削りながら、生活していました。
毎日が、命からがらの生活。運命ということばでは片づけたくないのですが、異母の銀龍様に会ったのです!!」
その言葉を聞いた、リームォが、人差し指を口にくわえて首を傾げた。
「いぼ? いぼ、おいしいの?」
純粋な瞳をレイレイに向ける。
レイレイは、そんなリームォを無視するぐらい、目を大きく見開いてメイヨウを見つめていた。
「銀龍とメイヨウちゃんは、姉妹だったの!?」
シャオイェンは、口をへの字にして空を仰いだ。
「また、それはそれは。大スキャンダルですね。まさかの隠し子的な」
「そうです。ですが、わたしは銀龍様には感謝しています。たとえ、この身を追われたとしても、結局は一周して、わたしは銀龍様のために生きていることが、うれしいです」
「分かったわ、私達も行きましょう。メイヨウちゃん、動ける?」
「はい、何とかうごけます!」
幼い力で、四肢を起こそうとする。
長い時間、拘束されていたので、足元もしびれているのか、小さな女の子は片膝をついた。
リームォは、メイヨウの左隣に入り込み、肩を持った。
「めいようたゃん、だいじょうぶ?」
「はい、ありがとうございます、リームォ様……」
レイレイとシャオイェンも片膝をついた体勢から、直立した。
「さてと、最後の仕上げと行きますか!! シャオイェン!!」
「了解です、レイレイ小隊長!!」と、おかっぱ頭のシャオイェンも立ち上がり、メイヨウと共に歩き始めたのだった。