5-77 N.A.Y.561年10月8日
-------N.A.Y.561年10月8日 13時頃---------
報告書を書き終えた私は予定通り、一週間後に九龍城国へと再び渡った。
九龍城国に行くには付近の空港から車でおよそ1時間ほどかかる。
自動AIで制御されている大型バスに揺られながら、私は窓の外を見つめていた。
九龍城国手前になると必ずこの橋を渡らなければならない。
自動AI認証システムで、ビザなどは全て遠隔ID認識なので、
九龍城国の入り口には空港の金属感知システムのような大きな金属製の枠しかない。
そこで、もし何かあれば、その者たちは治安部隊に銃口を突きつけられて降ろされるだけだ。
ここのビザを抜けることが出来れば、そこには圧倒的な自由が待っているのかもしれない。
我が祖国、中華人民共和国では、あらゆる人々を徹底的に管理されている。
少しでも何か事を起こそうとすれば、即座に軍による弾圧が待っている。
不満が多い者も以前はいたのだが、強制的な弾圧が重なることで、住民もひれ伏すしかなくなるようだ。
そこに不満がある者は、カォルンセングォ、九龍城国に逃げていく人々もいる。
正式なビザのIDであれば、即座に移住できるし、所持品もそこまで制限されていない。
空港ですら、液体が入っている容器や、刃物、更には重火器などすら持ち込みが許可されていないのに、
この国ではビザさえ通れば、重火器の持ち込み、刃物、液体が入っている容器など、とにかく持ち込みがかなり自由に許可されている。
警察は、そこまでして役にたたないと言われているが、それよりも住民一人一人のポテンシャル。
端的に伝えると、全てにおいて戦闘力が高いため、テロなど起こそうものならば、ここへ死にに来いと間接的に言っているのだろう。
私も九龍城国へ初めて来たときは、かなり衝撃的な事実がそこにはあった。
一度だけ武術大会に参加するために、ここへ来たことはあったが、
ゆっくりいることは出来なかったので、この国の事は正直よくわかっていなかったのだ。
だが、ここにいればいるほど驚愕する事ばかりだった。
中国料理ではなく、中華料理店に入り、水餃子を口に含もうとしたら、住民たちが怒鳴りあっていた。
収集がつかなくなっていたので、赤いチャイナドレスを着ている10代らしき紫色の髪の少女が、細身にも関わらず、
大の大男二人をつまんでそのまま店外へ放り出していた。
独特なイントネーションの方言だったので、よく印象に残っていた。
私は、食事を終えて店外へ一歩踏み出すと、そこには一人の男が気絶して倒れていた。
私は真顔で悟った。
ここでは「クンフー」が全てなのだということ。
私は、チャン・ツィイーの足取りらしきものを見つけようと、いろいろな情報を聞き込みをしていた。
休憩がてら公園で休んでいると、白い中国服を着ている双子らしき少女達が、ひたすら棒術で戦っているのだ。
その様子を見ていたが、ほぼ休憩せずにずっとそればかりをやっているのだ。
彼女達は、大きな額を腕で拭きながら、公園を去ると、今度は赤い中国服を着ている女の子が、驚異的なスピードで走り去っていく。
それは、人のなせるわざではなく、普通に車のアクセルを全部踏み込んで、過ぎ去るような感じだった。
太極拳の曲に合わせて動いていた人々も吹っ飛ばされて、そこらじゅうの草木や電柱、更には建物などにしがみついて、踏ん張っているようだった。
国中に張り巡らされている公共放送のスピーカーからは、私の想像を遥かに超越する注意報が促された。
「コホン、現在リームォ注意報が発令されています!! 皆様、彼女の爆速の風にたえれるぐらいの備えをしておきましょう!!」
初めてだった。
注意報や警報は、災害などのはずなのだが、ここでは固有の人の名前なのだ。
人災のはずなのだが、そこは、全く住人たちは気にせず生活しているのだ。
私は、その強烈な風圧によってズレた眼鏡を直しながら、一言だけ呟いた。
「……何なんだ、この国は……」
噂には聞いていたが、そこにはカオスな世界が広がっていた。
私は、しばらく聞き込みをしていると、とある男が接触してきた。
真夏にもかかわらず、茶色いコートを着ていて、ハットをかぶっているのだ。
とてつもなく怪しかったが、何の情報を得られないままだったので、私も必死にしがみつくしかなかったのだ。
その男性に案内されて、喫茶店に入ると、背中から冷えるぐらいの冷風が私を迎え入れてくれた。
男は、ゆっくりと帽子を外した。
無精ひげで、白髪の髪を刈り上げている男だ。
年相応に刻まれた皴は、顔の口許にも走っている。
男は、アイスコーヒーを頼んだ。
「お前さん、中国国防部の者だろ?」
あまり、表だって言えることではないが、今の私には正直に答えるしかなかった。
「ええ、そうです。中国国防部のヨウと申します」
「まあ、大体の所は周辺の情報屋の情報で知っている。お前さんは、ツィイーを探しているんだよな?」
「何となくですが、あなたと私は何かどこかに通っている職業ではありませんか?」
「まあ、俺は単なる治安維持部隊の者さ……」
「なるほど、ですから道理で私と似ているような気がしたわけだ」
「一応な、これでもワイロだろうが何だろうが通じる治安維持部隊だが、逆にこの国が潰れてもらっても困るわけだ」
「そのような世間話をするために私をわざわざここに呼んだわけじゃありませんよね?」
「ああ、そうだな。チャンツィイーは、現在黒龍会という所で会長をしている」
その言葉を聞いた瞬間、私は眉間に力を入れざる負えなかった。
「黒龍会? 聞き込みをしていましたが、そんな情報など一切出てきませんでしたよ?」
男は、少しだけ私に顔を寄せた。
「いいか? この国は二つ存在している。日の光が当たる表側の九龍城国。
そして、もう一つは光が全く当たらない裏側の九龍城国だ。
裏側の人間たちは、住民コードなど一切設けられていない。
知る人は知っている、裏側の巨大地下スラムだ」
私はますます不信に感じたので、身を少し前のめりにさせる。
そんなことなど一切出てこなかったからだ。
「そ、それで、その裏九龍城国とツィイーの関係性は何なのでしょうか?」
「詳しいことは省くが、裏九龍城国は六つの会に別れている。
そして、その縄張りが均衡している。だが、そのバランスを崩そうとしている者がいるんだ。
そのバランスが崩れると、どうなるかはわかるよな? 中国国防部さんよ……」
「裏九龍城国が、崩れたら難民があふれかえり、その難民は表側の九龍城国から逃げ出す……」
「そしてよ、俺が無償で情報を提供するのはなあ、この国に潰れてもらっても困るっていうことだ……。
溢れた難民は、中国へ一気に押し寄せる。お前さんたちは民主主義の国だから、容赦なく銃口を突き付けるだろうがな?」
「なるほど、それで私に教えてくれるわけですね?」
「あとは、そうだな。これは未確認情報だが、あのチャン・ツィイーという会長、昔は隣りの香港に住んでいたらしい。
だが、生き別れの弟を置いていってここへ来たそうな。これは超重要シークレット情報だ。だが、お前さんには教えてやる。
右目下には涙ホクロがあって、年齢は33歳から35歳ぐらいらしい。俺から言えることはこれだけだ」
「あなた方が阻止すれば良いのではないでしょうか?」
「お前さんなあ、まだまだ分かっちゃいねえ。この国の中でも裏九龍城国で生き残っているやつらがいるとする。
だが、裏九龍城国は圧倒的な暴力と犯罪の塊だ。そこで生き残っているというだけでも、相当な手練れだということだ。
そんな奴らを相手にしてみろ。オレ達なんかあっという間だ。頼むぜ、これは俺の依頼でもあるんだ。
情報のお代はいらねえ。ただ、俺もこの国に潰れてもらっては困る。それだけのことだ」
男は、全て言い終えると、席を立ちあがり、そのまま喫茶店を出て行った。
私は、情報を整理するのにも、時間がしばらくかかったので、喫茶店にかなりの時間いた。
右目下に涙ボクロ……。
その情報に、確信はないが私の姉も右目の下にホクロがあったのだ。
私も喉が渇いたので、アイスコーヒーを注文し、氷が喉元を通るぐらいに冷えたコーヒーを胃まで落としていると、携帯電話に着信コールが鳴った。
その番号は、中国国防部からだった。
「はい、ヨウです」
「休暇中すまないね、ヨウくん。私だ、書記長だ」
「あ、ソウ書記長でしょうか?」
「君に依頼したいことがある」
「何でしょうか?」
「君に、黒龍会の動向を探ってほしい。毒ガスコマンダー鷺沼の件と一セットになりそうだ?」
「……それは、どういうことでしょうか?」
「まだ未確定だが、現在幽閉されている鷺沼の刑務所に、黒龍会らしき者たちが出入りしているかもしれない」
またとないチャンスだった。
私の姉を探しながら、九龍城国を更に行き来できる。
これは、他の者には許されていない、階級昇進よりもずっと利点のある事だった。
「分かりました、全ては祖国の為です」
携帯電話を切ると、私は飲食代を払い、その喫茶店を出て行った。
ここは、九龍城国。
国内の事など全く通じない、カオスなところなのだ。
喫茶店を出ると、左側にはセントラルと呼ばれている巨大なタワーが影を作る。
私は、セントラルタワーを見つめ終えると、次の聞き込みを開始したのだった。
張 悠
年齢25才
男性
身長178センチ
髪は黒 七三分け メガネをかけている
肌の色 黄色
瞳 黒
出身 中国(香港)
利き腕 右手
クンフースタイル 燕青拳
得意技
得意武器
一人称 私は……
誕生日 NAY532年3月8日
BWH 体重 92/69/96 75キログラム
国防部の男。メガネをかけていて、「ですます」口調。
そこら辺の幹部とは異なり、部下の面倒見がよくて、国防のためだったら身を犠牲にしても良いと思っている。
しかし、中国政府との軋轢もあり、そこの狭間で葛藤している。
実は、以前の作戦の時、毒ガスコマンダー鷺沼に散々引っ掻き回されたことがある。
それを追うたびに、生き別れた姉の顔がちらつき、その姉が黒龍会のチャン・ツィイーだと、とある人物に教えられる。
何事も、フラットにならないと気が済まないくらい、几帳面な性格。