4-75 フェイロンは、恋人 その1
-------N.A.Y.562年 8月18日 11時30分---------
銀龍は、オリーブドラブ色の弾薬箱に大股を広げて、腰を下ろしていた。
蒸し暑い風が通り抜けるので、銀龍の扇子を逆さまにした両耳のピアスが揺れる。
「ったくよぉ、久々にフェイロン乗れるかと思ったけどよぉ、調整が必要ってさあ、どういうことでぇ?」
黒髪で短髪の男性が、銀龍の目の前で、真っ黒いフェイロンの関節部をよく確認している。
「銀龍さん、しょうがないじゃないですか。パーティカルロイド粒子は、パワードスーツにとっては血液みたいなもの。
彼女だって、必ず劣化するもんですよ?
あなたもですね、たまにはフェイロンみたく女性らしくしたらどうですか?」
銀龍は、返した手の平に顎を乗っけて、唇を尖らせる。
「うるせぇ、大きなお世話だぜぇ。しっかしよぉ、機械をさぁ、日本のアニメみてぇな擬人化やめてくんねぇ? 寂寞 九天さんよぉ……」
「機械も、一つ一つに癖があります。
それと、あなたが結婚出来たら、よほどの変わり者か、政略結婚ぐらいしか思いつきませんがね?」
「ったくよお、差別もいいところだぜぇ?」
「あなたの幼馴染として、忠告しておきます」
「なんでぇ?」
「それだから、あなたは結婚できないんですよ」
「うっせ!!! 黙りやがれ!!」
銀龍は、腰ベルトの長いポーチから、銀色の中国キセルを取り出す。
龍の形が装飾されていて、その龍は空へ向けて口を開けている。
銀龍は、ジィモにキセルをくわえたまま話す。
「ジィモよお、粒子ライターねぇか?」
ジィモは、フェイロンのハイヒールの関節部をいじくりながら、眉をしかめている。
「いま、取込み中ですよ。あなた達の作戦に響くじゃないですか?」
「いーんだよぉ、ったくよぉ」
「しょうがないですね。これで、火をつけてください」
ジィモは、銀龍の目の前に、携帯ガスバーナーを放り投げる。
「うぉお、これ、焦げねぇか?」
「しょうがないでしょう、僕は喫煙者でもないですし、あなたのように特殊な身体の持ち主でもありません。
今更ですが、たまにはしおらしくしてみてはいかがでしょうか? 元お姫さま?」
銀龍は、気を悪くするような素振りもみせず、会話を楽しんでいた。
「うっせ、オレに喧嘩売ってんのけぇ? テメェは老龍会の副会長がよぉ、こちとら対等に思っているんだぜぇ?」と、言葉の粗雑さとは逆に、銀龍は歯を見せながら笑っていた。
携帯ガスバーナーのスイッチをひねり、銀龍は何とかキセルに火をつけた。
上空を向いた銀色の龍の口から煙を、炎みたいに吐き出す。
銀龍は、真っ青な空を仰ぐ。
「ったく、蒼いったら……ありゃしねぇぜぇ?」
ジィモは、腕時計に目を落とす。
広域ネットワークに繋がっているので、九龍城国周辺の気温が表示されているのだ。
「ふう、ったく。43度もありますね」
「オメェさん、なんでパーティカルロイド粒子のツナギ使わねぇの?」
「まあ、確かに体温調節には便利かもしれませんが、何せコスト削減のため、なかなか使わせてくれないんですよ?」
「あんの、スケベジジィの事かぁ? オレが、話しつけておいてやろうか?」
「いや、結構です。こっちの問題はこっちの問題で処理しますから」
「ま、テメェさんらしいぜぇ?」
ジィモは、レンチなどの治具を地面に置くと、立ち上がった。
「さてと、できました。今回の調整は、パーティカルロイド粒子の出力を上げておきました。
粒子の出力を上げることにより消費量は多くなりますが、スピードの向上、飛べる高さの向上、それと、緊急パージ機能の向上です。
くれぐれも、大破しないように大切に扱ってくださいね? あなたは、金龍さんとは違っていて、本当に扱いが荒いです。それと、胸のサイズも金龍さんの方が上ですね?」
「テメェ、これ着たら速攻でぶん殴ってやる!!」
「落ち着いてください、以前の傭兵パレードの時、銀龍さんと金龍さんとの交代時、金龍さんが、なんか胸苦しいわねって言っておりましたよ? こちらとしてはなるべくユーザーのニーズに答えなければならないのでご了承ください」
「ま、とりあえずよぉ装着してみるわぁ」
「ユグドシアル大陸の時は、出張料金がかかってしまうので、簡易装着システムを使用しましたが、今回は
しっかりと私が面倒見ますので、よろしくお願いします」
「昔からよぉ、ですます口調は変わらねぇんだよなぁ?」
「私の祖父も、このような口調だったので、修正することはもう不可能ですね?」
「ま、たしかに、しゃーねーよなぁ?」
銀龍は、キセルをひっくり返して灰を落とすと、腰をあげゆっくりと顔をあげてフェイロンを見つめた。
蒼い空の中雲が通ると、建設中のサッカー場に大きな影を作る。
銀龍の白い顔も覆いつくし、銀龍の瞳がゆらりと銀色の眼光が走る。
「さあてとぉ、そろそろ最後の仕上げに行きますかぁ……」
フェイロンに向けて、銀色のハイヒールを一歩だけ踏み込んだ。
・九龍城国パワードスーツ「フェイロン」について。
九龍城国が唯一持っているのが、パワードスーツフェイロンである。
フェイロンは、全世界のパワードスーツ内では、トップクラスの飛行能力があり、特に銀龍が乗り込むと凶悪になる。
それは、パワードスーツのバリアを利用し、完全突撃で突っ込んできて、ありとあらゆるものをぶっ壊すからだ。
しかも、銀龍の持っているバリア機能と合わすことで、更に固いバリアを発動できる。
一人乗り用で、シェンメイ(銀龍)か、シュェリー(金龍)しか乗れないようになっている。
乗る前は、パーティカルロイドと気功ユニットが充填されていないため、錆びたような黒い機体の色となっている。
が、シェンメイが乗り込むと銀色に輝き、シュェリーが乗り込むと金色に色が帯びるようになっている。
シェンメイとシュェリーが乗り込めるように、パワードスーツは両足、両腕、背中となっているが、
前面、腹から胸周りは、調節できるように工夫がされている。
ちなみに、持続航行時間はパーティカルロイドコア1個で17時間と長く、かなりの消費を削減できる代物である。
シュェリーの方がスタイルが良いので、シェンメイが乗り込んだ後は、シュェリーが苦しい感じがすると言っていることもある。
実際は、そんなことはない。
装着も何パターンか用意されていて、飛行できないが腕のみの装着や、足元への装着。
バックパックの、パーティカルロイド粒子を回すことにより、本人の身体の比重を軽くさせることで、飛んだりしている。
装着してしまうと、両手は鋭い爪なので、基本的には箸すら持てない。
その為、肩の裏側からマニュピュレーターで物を掴んだりする。
安全性を考慮して、何か異常事態や、本人の意思で緊急パージ機能も揃っており、その時は、両腕、両足、胴体のアーマーが一瞬のうちにして外れる。
その勢いはかなり強く、至近距離では大理石の壁を崩壊させるほどで、銀龍は最終手段も考慮してそれすらも武器へと使用している。
ちなみにだが、チャイナドレスを着用したまま、「フェイロン」を重ね着する設計になっている。
その為、チャイナドレスの裾もしっかりと腰から股の部分にかけて布が降りている。
足元は、ハイヒールなのだが、ハイヒールをハイヒールで覆うような着用システムであるのだ。