右眼は半身とともに。
───ある日の放課後。学校に大事な物を忘れた俺は、帰宅した後もう一度学校へ行くことになった。
そして今は学校に到着し、教室に入った所だった。
今日の空は機嫌が悪く、どの部活動も休みであり、誰もいない教室はどこか哀愁が漂っていた。
「よし、あったぞ」
忘れ物をバッグに入れた俺は、駆け足で、放課後の不気味な雰囲気のある教室を去っていく。
だが、その途中、身の毛も凍るような違和感を感じた。
………何かが来る。この感じはイケない。危険で、物騒で、不気味な空気が流れる。
直後、廊下の角奥から“ある男”がこちらに向かって歩いてきた。
俺はこのとてつもなく背筋が凍るような雰囲気を察し、この男には目も向けないことにした。
通り過ぎていく。と思ったが否、ある男が俺の肩に思いっきりぶつかってきた……!!
「いってぇぇ……」
「あぁ!?なんだテメェ、ここ歩いてたのか!?この、俺様の道を!!」
髪型はツンツンしており、さほど長くはない。耳にはイヤホン、そしてラットフィ〇クのパーカー。いかにもその容姿は、ヤンキーそのものであった。俺の偏見ではあるが、少し古いヤンキーに見えてとてもダサい。
そして、その“ある男”とは。
ボス猿と呼ばれるノア様であった。
「テメェなぁ、ちゃんと前見て歩いてんのかって!!あぁ!?このツンツン頭で刺し殺すぞっ!?」
コイツは、とても面倒くさいヤツである。
ボス猿と呼ばれている由来は詳しく知らないが、アイツが校内一嫌われ者だということは誰もが知っている。あぁ、“一部を除いて”だが。
「落ち着けって、ノア。それに、ぶつかってきたのはあなたの方では……?」
俗にヤンキーやヤクザと呼ばれる輩は、何を言っても通じないものである。
「お前からだろぉ!?なぁ!!!」
「ぐはぅっ!!」
ノアは俺の胸ぐらを掴んで壁に打ち付けてきた。不意だったので避けることが出来なかった俺は、その攻撃を受けるしか無かった。
「なぁ、ノア。俺、今のうちに言っておくぜ。今すぐ。やめろ。手、離せ」
俺の『やめろ』には、あるものを呼び出す能力がある。そして、それを唱えた俺はもう少しで、準備万端になるのだ。
「や、やめろだって?グハハハハッ!!わぁらわせてくれる野郎だなぁっ!!やめるわけがねぇだろうがぁぁぁぁ!!!」
そういったノアは、左手で胸ぐらを掴んで、俺の顔に殴り掛かるっ!!!
「タイムアップ」
「ぐ、グハっっ!!!!」
やめろ、と言ったはずだ。なのに止めないので、俺は能力を行使した。
先ほど唱えた『やめろ』が、今発動された。
俺の我が半身───アイズ・ニーズヘグ・マツダ・ヒュドラが、俺に力を貸し、俺は完全体と化す。
「我、目覚めるは眼の理を神より分けし半身なり。夢幻の希望と夢を眼に込め、開眼を往く!!眼に愛され、純白の眼の王者と成りて 汝らに誓おうッ!おおおおおおおおおおおおぉぁぁぁ!!アイズ、召喚!!我が半身よ!我が身に、力を分け与え純白に輝く未来を 導こう!!!」
突如、俺の体が神秘の眼光に包まれて───片目が、白く輝いていく!!!
服装は動きやすい軽装な鎧になっている。
開いた両手には白い目が実装されており、みただけで死んでしまいそうなくらいだ。
「お、お前、まさか、アイズ・ニーズヘグ・マツダ・ヒュドラの半身か!?!?そのようなものが残っているなんて情報は、ないぞ!!貴様、何者なんだ?!」
気が動転している様子のノア。
だが、1つ恐れていたことがある。───アイツには、仲間がいる、ということを。仲間が沢山いるのだが、その多く、いや、全てが世間からは非難されるような人達だ。
その恐れが、当たったのである。
「キッキキキキ!!!実に面白いっ。ならば、こちらも本気を出すとしようか!!!出てこい、リョウガ!!」
「フギッ!!リョウガ参上!!」
そういったリョウガは、突然唱えだした。
「我がEDMの神よ 目覚めし、針山と横突を愛しリョウガなり!! 我、強固と噴射をし、ハリネズミの神と化す!!!!いでよ、我が半身、スガワラ・ロンギネス・フィッシャーズ!!!!!」
リョウガの髪の毛はさらに毛量を増し、そしてさらに固く強力になった。その髪の毛1本1本がツンツンしており、触れると即死だ。
「俺の敵はリョウガでいいのだな?行かせてもらうぞっ!!!」
「ドゥクドゥンドゥクドゥン、来いっ!!」
変身した後のリョウガは、脇腹の部分が全て巨大なスピーカーと化しており、この場を包むのは大音量のEDMであった。
不協和なこの音は、戦況の場を崩し戦意喪失させるためなのだろう。
「アイズ効果、保護の眼!!対象、俺の両耳!!」
突如俺の右眼から眩い光が放たれ、自身の耳が謎の不透明な光に包まれた。
「お、俺のEDMスペシャルが効かないだと……??」
そんな下等な技、眼で消し去るぜっ。
よし、次は俺の番だっ!!!
「俺の技で、お前のその髪の毛、崩してやるわ!!!!体眼光線!!!」
片目を食べた俺は即座に意識し、身体中から目を出して目という目から光線を出した。
「守り抜くっ!!!赤い液体の壁!!!!!」
相手のガードなんて元からなかったかのように、俺の体眼光線は難なくそれをぶち壊して、リョウガの髪の毛に光が突き刺さるっ!!!!
「ぐぁぁぁぁぁぁぁ、きぇっっっ!!!!お、俺の、大事な髪の毛がァァァァァァ!!!」
髪の毛の全てを失いそうになった直前に、ある声が聞こえる───。
「そろそろ、止めなさい!!!ノア、何してるの!!!」
あいつは……。
「は、遥?何でここに?」
やっぱり。遥は、ノアの彼女だ。
いつもLINEのプロ画がイチャラブの写真になっており、非リア充の敵である。
「リョウガ君を利用して戦うのは、もう止めてって言ってるの!!!」
そう言い放った遥は、ノアの元に近づいて……パンッ!!!盛大にビンタをかましたのであった!!
「私、もうノアのことは……ごめんなさい、リョウガ君に惹かれたの……」
「「なんだって!?」」
不覚にも、俺とノアの声は被ってしまった。
それにしても、何故リョウガ?
「あの、かっこいいEDMにどうやっても崩れない髪型……そしてお金持ちで、オシャレで、ダンスも上手……そんな所に惹かれたの。カヌーだけのカッコつけサイテーキモ男なんか、知らないわよもう!!!あなた、全校生徒から嫌われてるのよ!!リョウガ君も、実は嫌いだって。でも、従わなければ殺されるって、私に話してくれたの!!」
「お、俺はそんなこと……そんなこと、言ってない!!ほら、な?俺の髪型だってよ、崩れないぜ?それに、EDMだって聴かせてやるし、何でも買ってやる!カヌーなんて止めてやるし、ダンスだってうまくなってやらァ!だから、な?」
必死なノア。最高にダサい奴だったが、今は最高潮だ。ダサすぎて、ヘドが出る。
「だから、もう遅いの!!私、実は知ってたの……」
「知ってたって、何を?」
「あなたが他校にしか友達がいないこと。悪いやつはみんな友達みたいな所があること。そしてみんな、ノア、あなたの事が嫌いということ」
「だ、だからなんだって言うんだ?」
今初めてその事実を知っただろうノアは、動揺に動揺を重ねて目が回っている。
「そんなに嫌われてる人より……まだ、レッドブルの方がマシだもの!!!」
「ちょ、待ってくれ!!はるかァァァ!!!!」
「死ねクソブスが」
最後の重い一言に、ノアはもう立ち上がる素振りも見せなかった。無論、何も言い返せないだろう。いや、もう言い返すことが無いのだろう。戦意が消失した今、俺が可哀想だと思い話しかけようとすると───
「お前が……全ては、お前が悪い……お前のその、半身が全てを邪魔しているに違いない……」
「何でもかんでも人のせいにするその癖、やめろ!!それが嫌われる理由の一つだってことを……よし、分かった。戦おうぜっ!心置き無く、全力で!!」
そういった直後、ノアは俺に飛びかかってきた。俺は流れるように躱して、
「眼の剣!!」
俺が最も得意とする技。眼を剣にする技だ。
これで背中を斬ったのだが、思った以上に鍛え抜かれた背中で衣服に傷が入る程度であった。
「お前が悪い……お前が、悪い……」
ノアはお経のようにその言葉を繰り返す。
すると、
「ノア様!!」「大丈夫やんすか?」「俺らが来たからにはァ安心しろ」「フフフッ」
学ランを見るに、工業高校を退学した者達みたいだ。さすが、外には友達がいるようだ。
「4体同時なら……!!タタタタタッ!!ハッ!行けっ、複数の眼光!!!」
この技は、眼を取り出し切り刻むことで、眼の数が増えて、その一つ一つが目の前で回りだし、一斉にビームが放たれるのだ。
「うぐァァァ!!」「ぼふェッ!!」
最初の2人が撤退していった。
残った二人は俺の視界から消えた。俺は眼を専門としているので、視界に入らなくても相手の視界を奪うことが出来る。
「乗っ取り(アイコン)の目。対象、視界から消えた二人」
そこか。思ったよりも遠くにいたため、遠距離魔法を使うとしよう。
「眼法陣展開っ!!対象、二人!眼光線っ!!」
「ふぎぁっっ!!!」「うグッ!!!」
遠くから悲鳴が聞こえた後、反応が無くなったので勝ったのだろう。残すは、ノア様1人。
「分かったろ?お前じゃ勝てない。だから、もう止めようぜ?」
何故、こんなにも引いてくれないのだろうか。それは、プライド?それとも、彼女に振られた憎悪?
「はは、グハハハハハッ!!!半身が、なんだって?笑わせてくれるわっ!!いでよ───汝、我に力を 漆黒の茶色に身を包みし神よ 共に戦い、戦況を打破してくれよう───齋藤・オブ・ウンコ!!!!!!!!!!!」
召喚されたのは、なんと齋藤ゆうやと言うクラスメートであった!!
齋藤は、茶色使いの神である。
見た目は言い難いが、一言で言うと……運子である。
「ありがとう」
謎の感謝───。召喚してくれたことに対して、言ったのだろうか。
「じゃあ、僕戦うよ。よろしくね」
見た目が汚くて、実に戦いづらい!!どうにかしてくれ!!……見た目?ならば、自分自身の眼をいじればいいのか!!
「造形変化」
あらゆるものの形、構造を変えられる造形変化。それを使用し、俺の目を一時的に変化させ、見ているものを別のものへと変化させた。
「僕の秘密?」
「グハッ!!!!」
齋藤が不気味な呪文を唱えた直後、俺は何かが込み上げてきて血反吐が出てしまった……!!
そして、俺の半身とのコネクトも切れて、言わば俺はただの人間と化してしまった。
「うグッ、ウァァァァァァ!!」
突如、全身に電流のような激痛が流れてとても戦える状況では無かった……!!
「アイズ・ニーズヘグ・マツダ・ヒュドラ様の半身に危険を察知し、やって参りました。フゴッ」
先輩……!!俺の部活動の先輩、カナ・ハナケン!この方は、ハナパ───即ち、ハナパーカッションの使い手だ。
ハナパとは、自身の鼻で奏でるハーモニーによって敵を倒すのである。
「フゴガゴ、フゴッフゴゴゴゴッ!!」
カナ・ハナケンが呪文を唱えた直後、齋藤が暴れ出す……!!
「首が……締まる、息が出来ない……死ぬ、死ぬぅぅぅぅぅ」
今の技は、食道を極限まで細めて窒息させる技である。
すると斎藤は、
「もうわかった。ありがとう。その事は、降らないで───」
直後、齋藤とカナ・ハナケンが燃え上がり、灰となり塵と化してしまったではないか……!!
「ハナケンーーーーっ!!!!クソぉぉぉぉぉ!!!」
怒気で溢れた俺は、ようやくノアと直接対決することになった、というより強制的に始める。
「この野郎、ハナケンを、ハナケンを……!!!オラァ!!」
俺は二刀流眼の剣でノアを斬りつける……!!それに対し、びくともしないノア。俺は一旦退散し、攻撃力を上げる魔法───怒りの眼を使った。この魔法は、通常の三十倍ほどの攻撃力が出る。
「もう1度……!眼の剣っ!」
「う、うぐぁァァァ!!!」
ノアの片腕を切り落とした……!!
すると怒り狂ったノアが俺に攻撃をしてきたので、
「眼気道!」
相手の技を受け流し、カウンターを入れる技を使い、戦況をさらに有利に持ち込む!!
「ハァ、ハァ、ハァ………針山の理を赦し神よ───我、ノアに力を与えよ───肩靭銃ッ!!」
突如ノアの肩に発射口が現れ、俺の元に大きなエネルギーがぶっ放される……!!
避けきれなかった俺は致命傷を受けてしまう。
「うぐぁぁぁぁぁ、!!い、痛てぇ!!イテェ!!!」
こうなったノアはもう止めれないし、致命傷を抱えた俺だってもう僅かにしか戦えないだろう。だから、決着つけに行くぜっ!!
「───乗っ取りの眼」
ノアの視界を奪うことで、俺へのブラスターの命中率を下げる。
「アイズ効果、保護の眼!!対象、ノアの肩の発射口!!」
今の状態だと俺の眼力とブラスターの威力、どちらが強いのかは明白だが、威力を弱めるために発射口にプロテクトをかける。
「く、クソっ!これでは、思うように打てないじゃないか!!」
「すまん、ノア!!例え、同じ学校の生徒だとしても、こういう奴は許せないし、見逃せない。だから────。ハァァァァァ、怒の眼怒の眼怒の眼怒の眼怒の眼怒の眼怒の眼怒の眼怒の眼怒の眼怒の眼怒の眼怒の眼怒の眼怒の眼!!!!半身眼の一撃ァァァァァ!!!」
眼光線、体眼光線、複数の眼光の混合合体技───半身眼の一撃。眼を複数出現させ、それを自身体に吸収させ、手にある眼から最大級の魔力を込めた一撃を放つ、この技。使うと、反動がある。
「き、きぇぇぇェェェェェェェ!!!!!!!!!!!ま、まさか、この俺様ノアが負けるなんてぇぉぇぉぁぇあぇ!!!!!」
辺り一面、光線に包まれた。その光線が晴れた時には、ノアは黒焦げとなり倒れていた。俺は、辛うじて意識があったもののすぐに倒れてしまっていた。
───あれから1週間がたった、今日。傷や怪我が治り、やっと病院から退院できたのだ。そして、退院してから初めての、久しぶりの部活である。
「こんにちは〜」
「おっ体大丈夫か?」「入院していたみたいだなぁ!」「ま、気楽に行こうや!」「フゴッ」
気にかけてくれる先輩達。頑張って治して良かったって思える、安心感。
すると、
「こんにちは」
と、教室の入口から。暗くて照れ臭さが混じったあいさつ。でも、この声、どこかで聞いたことがあるような……。
「ぼ、僕もこの部活に入れてください。入ってやるから、入れてやってください」
文脈がぐちゃぐちゃだぞ、おい。
何か変わりたいのだろうか。
これから、ノアが学園生活を楽しむため、俺が全力でサポートして沢山友達を作る、そんなストーリーが展開される。ボス猿の称号は捨てて、ツンツンヘアーはサラサラ短髪に。
パーカーとイヤホンは、デニム生地の羽織ものと広辞苑に。
───これからは、どんなストーリーが待ち受けているのだろうか。楽しみである───。