現神と元神。
廊下から騒がしい足音をさせ、とある一室に駆け込む二つの影。
誰であるかは言うまでもなかろう。
「クロは大丈夫かもね!?」
「二人とも扉を開けるときは静かに。あとちゃんとノックをしてから入室しなきゃダメじゃないですかっ!」
「げっ!?テト・・・まだいたんだよね」
勢いよく扉を開けたことに対し注意されたことより、テトがいることに不満を抱く。
「えぇ、まだいましたよ~。それにしてもそんな慌てて来るなんてはしたないですよ?」
「うるさいかもね」
「良いからの容態を早く教えるんだよね!」
クロが倒れて直ぐ別室に運ばれた。
一緒について行きたかったが、「こうなってしまったのは私の責任です。少し配慮が足りませんでしたね・・・ですのでここは任せてくださいっ!」と、続けて「暫くしたら声を掛けますよ~」なんて言われたため、止む無く任せることにした。
だと言うのに、一向にテトから声がかからない。
二人はクロが心配で気が気ではなかったのにだ。
「はいはい。クロさんは平気ですよ。今はぐっすり眠っていますっ」
安否確認出来た二人は安堵する。
「お二人がそれ程心配していたなんて思いませんでしたっ!ふふ、クロさんが余程大事なんですね。それとも・・・」
「それ以上は・・・黙るんだよね」
癇に障る。
自分たちが分かっていることを口出しされるのは気に食わない。
気に食わないのだから聞く耳を持つ気もなければ答える気も毛頭ない。
「はぁ・・・クロの無事も知れたしもう早く帰るかもね」
「本当にまったくもぉ~・・・ですが、いくらミネクルヴィアに才能があっても、負担を考えればそろそろ神憑りを解かなければなりませんねぇ」
すんなりと帰ろうとする事に二人は少々拍子抜けに思えた。
いや、考えれば当たり前かもしれない。
神故に好き勝手していいわけではない。
むしろ過度に干渉するべきではないのである。
「とは言えですね~。ミネクルヴィアには申し訳ないですが、もう少しだけお話しませんか?」
前言撤回。
潔く帰ると思わせてこれだ。
クロが寝ているのに無駄話をする気になれない。
しかし・・・これは二人にとって好都合でもあった。
何故ならテトに確認すべきことがあるのだから。
「・・・別に話すことはないかもね」
それでも素直になるのは癪だった。
「あら?本当にそうですか?それなら別にいいのですけど~?」
見透かされているようで気に食わない。
だが背に腹は代えられないのも事実。
そう思うと、渋々だが問う以外の選択肢はない。
「話すことはない・・・けど、一つだけ答えるんだよね」
「そうでしょうね。えぇ、お答えしましょうっ!」
知っていましたよと言わんばかりの得意気な顔がなんとも憎らしい。
が、そこで二人は思い出す。
あぁ・・・こいつ(テト)は元々こんな感じだった。と・・・いちいち目くじらを立てていては話が進まないことを。
「はぁ・・・それで?一体どう」
「あっ!ちょっと待って下さい!」
「いうことなんだよねぇ・・・」
面倒だからさっさと確認しようとするも、見事話の腰を折られる形となった。
ムッっと不快感を露にして、文句を言う為詰め寄ろうとするが、その前に距離を取られてしまう。
そのまま距離を取りながらテトはなにやらボソボソと独り言をし始める。
普通であれば話している相手が急に独り言をし始めれば不審に思うとこだろう。
しかし二人はそれを理解している。
あれは独り言ではない。
会話をしているのだと。
「えぇ、えぇ分かりました・・・・分かりましたから大きな声を出さないでください!頭に響くんですからっ。分かっていますって!貴女も本当にまったくもぉ・・・」
「怒られてるんだよねー」
「ざまぁーみろーかもねー」
会話の内容は分からないが、雰囲気的に察するに、ミネクルヴィアから何かキツク言われている様だった。
テトは頭を抱えている。
それを見て少し気が晴れた気がする。
「ふぅ、ミネクルヴィアがここではクロさんが起きるかもしれないから部屋を移せと言っています。二人とも宜しいですか?」
「構わないんだよね」
スクナとビコナは素直に聞き入れる事にした。
相手がテトだけなら文句を言いここで話せと言っているだろう。
それをしないのはクロの安眠を妨害したくないことと、ミネクルヴィアの中から一刻も早くテトを追い出したいからである。
「その前にクロの顔だけ見せるかもね」
やはり自分の目で確認しないと安心はできない。
「ふふ、どうぞっ」
ニヤニヤとした表情に苛立つ。
ミネクルヴィアの体でなければ脇腹を思い切り突いている所だ。
「チッ・・・」
「あら?舌打ちですか?私何かしましたか?」
「・・・・」
「あらあらあら~?ひょっとして聞こえませんでしたか?スクナー?ビコナー?」
「あーもう!うるさいんだよね!」
徹底して無視したかったが、つい反応してしまった。
クロが起きなかったか焦り顔を覗き込む二人。
幸い寝息を立てており、起きる気配はなさそうだ。
この寝顔を見ると安心した。
「安心しました?」
考えていたことをまた見透かされ再び不快に感じる。
「・・・・・ふんっ。かもね」
実際そうなのだから否定する気はない。
「恥ずかしがることではないでしょ?あ・い・は!大事ですよ♪」
「黙れ狂愛神」
「狂ってなどいませんよ~」
自身はこう否定するが、テトはそういう神だ。
テトをジト目を送る二人はふとミネクルヴィアと再会した時の事を思い出す。
初めて見た呆れ顔のクロ。
思わず変態と口に出してしまう程の過激な行動。
テトの影響がミネクルヴィアに出ているのではないだろうか。
だとすれば・・・
二人は顔を見合わせ頷く。
ミネクルヴィアには悪いが、クロへの過度な接触をさせないよう目を光らせよう。
多分ミネクルヴィアは不満に思うだろう。
だが恨むならあいつ(テト)を恨んで貰うしかない。
双子故、この考えに辿り着くのは必然とも言えよう。
「あら?何か急に警戒心が強くなった気がするんですけど?」
「気にしなくて良いんだよね」
「そうですか?では参りましょう」
真に受けたのかどうかは定かではないが、テトは気にする素振りを見せず扉へと向かう。
行き先を聞かぬまま部屋を出たが、どこに向かうか興味はなかった。
と言うより、行先は容易に想像ついた。
「さぁ着きましたよっ。お二人とも入って下さいっ」
案の定連れていかれた場所はミネクルヴィアの部屋だった。
「それで・・・一体どういうことかもね」
もう一分一秒も待てない。
入るや否や二人は詰め寄る。
「私は喜んで貰えると思ったんですけど、クロさんには悪いことをしたみたいですね」
「今のクロには刺激が強すぎなんだよね」
「何も知らずこの世界で過ごすのと目的があって過ごすのとでは大きな差があると思いませんか?それに貴女達では伝えられないでしょ?」
言いたいことは分かる。
事実を伝えられないことに対してのもどかしさを二人は常に感じていたのだから。
「それで?わざわざ余達に制約をかけておいてどういう風の吹き回しかもね。クロにそれを教えて良かったかもね?」
「私の独断で話すと思いますか?好き勝手にやった貴女達とは違うんですから~。駄目ならしませんよっ!ちゃんと他の神々との話し合い決めたことですから問題ありませんっ!」
「ふーん」
「あら?聞いておいて反応が薄いですねっ」
「別にー。でもまー、意外ではあったんだよね」
「そうですか?」
「神には神の領域がある。故に人やその他の生き物に過度な干渉をするな。そう口うるさく言ってたかもね」
「多少いい加減でしたが、それは貴女達もでしょ?」
「いい加減で悪かったんだよね」
他の神に比べればそう言われても仕方がないことは二人とも自覚している。
精々魂を導く際、生前に徳を積んだ人や、あまりに哀れな死を遂げたものに情けを掛けたくらいで、誓って独断で過度に肩入れをしたことはない。
それぞれの世界があるのだからそれ以上の事をすれば均衡が崩れかねない。
ならば、過度に干渉はしない。と言うのは当然のルールであろう。
だから二人ともいい加減ではあったが、その点は弁えていた。
・・・クロの件を除いては。
「そんないい加減な貴女達でも死後の世界を司る神として責務を果たしていたのに・・・まさか自ら神の座から降りるとは思いも寄りませんでしたよー」
「いい加減いい加減しつこいかもね」
「それに神じゃなくなる。なんてことは今更過ぎるんだよね」
一言に神と言っても、物に付く神。特定の場所や領域に司る神。善神。悪神。
様々な神が存在する。
ならば、その数だけ終りがあるのも必然である。
今までもそうだった。
物に付く神であれば付いた対象が壊れれば存在が保てなくなる場合があり、信仰を失い消滅する神も居れば神同士の争いにより消える神もいる。
つまり、神が神でなくなることは十分あり得る話し。
「貴女達は本当にまったくもぉ・・・確かに消えた神は数知れません。ですが、自身の居た場所を忘れたわけではないでしょ?」
「ふんっ・・・一応それについては反省しているんだよね」
「でも後悔してないかもね」
ただの一度、反対を押し切ったあの行動は神としては無責任極まりなかっただろう。
当然こんな性格の二人でも申し訳ない気持ちはあった。
それでもやらなければならなかった。
二度と戻ることが出来ないと知りつつ、決断し全てを投げ捨て・・・・あの座から降りた。
「そうですか・・・戻る気もない・・・のですね」
「?方法がないのに何を言ってるんだよね」
「それともそんな方法があるかもね?」
「いえ?どうでしょうね?」
「知りもしないのに何を言ってるかもね・・・」
「あら?神が万能だと思っていたのですか?」
「自分が全知全能とか言っている奴は居たんだよねー」
そう公言している神がいた。
言わないだけで思っている神もいたかもしれない。
スクナとビコナだってそう思っていた時期もある。
しかし、今は万能だと考えてはいない。
考えられるはずもない。
万能ならばあんな(・・・)ことが起こるはずはなかったのだから。
「ふふ、そう思いたいだけでしょ?全てを知り、全てに優れた存在などありえませんよ」
テト達の様に己が優れていると考えず、自身の力量を熟知していれば身の丈に合わない考えは持ち得ない。
肩をすくめ、理解できないと手をあげ、おどけるその仕草に二人は多少の苛立ちを募らせながらも、この点だけは同意出来た。
それはそれとして。
「で?結局何なんだよね」
一体テトは何が言いたいのか要領を得ない。
「つまり!可能性としてあり得るのではと私は思うのですよっ!」
「なにが?だよね」
「戻る方法がですよっ!」
「あっそ~。かもね」
「あら?あらあら?またまた反応が薄いですねぇー。仮にあったとしてもそのつもりは全くない・・・と言うことですか?」
「ない。かもね」
「別に興味ないんだよねー」
戻れたら戻るなんて虫が良すぎる。
そんな生半可な覚悟があろうものか。
「残念ではありますが、貴女達の選んだ道なのですしね」
「人生は常に選択の連続。らしいんだよね」
「ふふ、そうかもしれませんね。世界は常に動いている。変化している。だからこそ、私達神がバランスを保たなければならないんですけどね」
「まぁ、そこら辺は任せるかもねー」
「本当にまったくもぉ!まぁ良いでけどね。さて、神憑りは魔術とは違い、そう簡単に行っていいものではありません。次はいつお会い出来るかわかりませんので・・・本当は最後にクロさんに謝罪したかったのですが、次の機会にしましょう」
「えー・・・次があるんだよねぇ・・・」
「勿論ですよっ!それでは二人ともっ!またお会いしましょっ~」
「はいはい。またなんだよね」
「かもね~」
全力で手を振るテトに対し、めんどくさそうに手を振る二人。
「あ!そうそう!こちらの世界の神に会っても事を荒立てないでくださいね~」
「良いから帰るんだよねっ!」
こんなやり取りをしているが、決して不仲なわけではなく、嫌っているわけでもない。
逆に気の知れた仲であった。
久しいテトとの再会は内心満更ではなかったのはお互い口には出さずに居た。
そして、再会して思い出した。
自分たちが均衡を崩しかねない事をしたことを。
どれ程身勝手な行動を取ってしまったのかを。
「・・・クロが起きたら今後についてしっかり話し合わなきゃだよね」
「うん。ちゃんと考えなきゃかもね」
「絶対見付けるんだよね!」
「当然かもね!」
決意を胸に抱き、二人は闘志を燃やす。
こうなると、このタイミングでテトに出会えたのは二人にとっても幸運だったのかもしれない。
そう感じたかどうかは二人にしか分からない。
ただ、気持ちが昂っている二人は失念していた・・・
「あのぉ~・・・スクナ様とビコナ様のお部屋は一応用意しているのですが・・・・今日は私のお部屋でお休みなられるのでしょうか?」
小首をかしげながら問い掛けてくるミネクルヴィア。
そう、ここが彼女の部屋であることを完璧に忘れていたのだ・・・
余談だが、当然この後二人は別室に移動したのである。
ここまで読んで下さりありがとうございます!
遅筆ではありますが、不定期ながら細々と続けていきます。
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