の6
「あ、あー・・・梨園さんも、家こっちだったんだね。
今まで見たことなかったから知らなかったよ」
「はい。この方向です。」
「いつも早く帰ってるみたいだけど、なにか用事でもあるの?
バイトしてるとか?」
「いえ、特には。」
・・・・・・会話終了。
気っまずぅぅぅぅ!!
女子と一緒に下校ってこんなに気まずくなるものなの?! 怖っ! 女子怖っ!!
梨園さんはずっと無表情だし、何考えてるのかわからないし!
動揺していたとはいえ、自分の口から出た言葉のせいで今この状況になっているんだから全くもって自業自得なんだけれども、空気がツラい!
(何か話のきっかけでもあればなぁ・・・ぁ、そうだ!)
僕はカバンの中に入っている物のことを思い出した。
「梨園さんは、何か趣味とかある?
僕は本を読むのが好きなんだけど‥」
「本」って気取って言ったけど、要はマンガであったりライトノベルであったりだ。
私見ではあるが、マンガが嫌いな人はこの世に存在しないと思っている。
どんな国であれ、どんな時代であれ、創作であろうと実話であろうと物語は愛されているはずだ。
その嗜好に偏りはあれど、これならなにかしら会話のとっかかりに・・・
「趣味ですか。ないですね。本もあまり読んだことがありません。」
なりませんでした。
Oh No...どうすればいいんだ。
気まずさから逃れるため、会話に花を咲かせようと無い頭から必死に話題を絞り出したっていうのに、
彼女には取り付く島もない。
「そ・・・そっか・・・」
はい、会話終了!
やばい、もう心がくじけそう。
これはあれだな。気まずさを我慢して歩くしかないのか。
ただひたすら足を規則的に動かす機械になるしか道は残っていないのだろうか。
「私は」
思考がどんどん落ち込んでどん詰まりに行こうとしていたら、
初めて彼女の方から声を出してくれた!いいよいいよ!「私は」なんだい?!
好きな本かい?「あまり」だもんね!読んだことがないってわけじゃないもんね!
僕は、次に出てくるであろう彼女の言葉を予想しつつ、相槌を打たずに待った。
「私には、わかりません」
What?わからない?何が?
梨園さんが何がわからないのかがわからない。
わからないって何だ?わからないとは何なんだ?哲学?急に哲学の話になったの?
だが折角彼女から話しかけてきてくれたのだ。ここで会話を途切れさせるわけにはいかない!
「そっか、難しい話だね。わからないって・・・。
で、何がわからないの?」
わからないことは素直に聞くに限る。
わからないことはわからないのだ。
あぁもう頭の中がわからないでゲシュタルト崩壊状態です。
「私は、本を読んで楽しいという気持ちが分かりません。
登場人物が死んで悲しいと思う気持ちが分かりません。
馬鹿にされて憤り、怒るという気持ちが分かりません。
嬉しいことがあり、喜ぶという気持ちが分かりません。」
彼女はハッキリと、だけども静かに、
抑揚が全くないが透き通ったキレイな声で、そう言った。
(・・・どういうことだ?)
今彼女が言った言葉の意味を考える。
楽しい、悲しい、怒る、喜ぶ・・・喜怒哀楽?
それがわからない。感じたことがない?
「・・ってしまった・・すね」
彼女からの言葉の意味を考え、どう返そうかと思案を巡らせていると
ふいにノイズのかかったような、かすれかすれの声が聞こえてきた。
梨園さんが何かを言ったのかと思い、彼女の方に目を向ける。
「どうしましたか?」
彼女ではないようだ。
「知ってしまったんですね。」
今度はハッキリ聞こえた。
その言葉を聞き取った後、急に頭が重くなり、めまいがする。
目の前が暗くなっていく感覚。
「どうしましたか?」
隣の彼女は尚も問いかけてくる。無感情な声音で。
僕は言葉を出そうとしても出すことができず、体は地面に向かって沈んでいく。
倒れまいと、彼女の方に手を伸ばす...そこで僕の意識は途切れた。