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亜人公女物語 ~猫耳の公女、モノリス~  作者: mafork(真安 一)『目覚まし』書籍化&コミカライズ!
第4章 帝都ヴィエナ

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エピローグ2:風が渡る場所


 猫耳が、小鳥の声に揺れた。獣の感覚が、夜が明けたことを告げる。

 モノはペンを置き、机で伸びをした。

 窓に、向かう。

 カーテンを開け、柔らかい日差しを部屋に入れた。

 丘の屋敷からは、街全体を見下ろせる。

 潮風は温かく、心地よい。緩やかに下っていく街並みの先で、海は穏やかに凪いでいた。ぎらぎらとした夏の気配も、肌を刺す冬の気配も、もう過去のものだ。


「朝か……」


 呟くと、水差しから小さな虎が飛び出してきた。水の虎は窓枠に乗って、モノと一緒に外を見る。


「グウ」


 春が近い。冬を乗り越えた、きらめく海が水平線まで渡っている。

 帝都の戦いから、半年が経っていた。信じられないくらい、時を早く感じる。

 大陸では、初めて体験することばかりだった。

 生家があるサザンでは、雪も降った。空から冷たい氷が降ってくるというのは、目にするまでとても信じられなかったものだ。サンティを出したら、中に雪の塊や、眠っていた魚が入ったりして、家族みんなで笑った。

 少し前も懐かしく思うのは、今日が大切な日だからだろうか。


「モノ、起きてるかい?」


 兄の声が、扉の向こうから届いた。


「はい! ちょっと待っててください」


 モノは鏡に顔を写した。

 眠気の残る、褐色の顔。一度水で拭ってから、銀髪にちょっと手ぐしを入れる。

 少し目立ってしまうのは、頬の傷だろう。帝都で槍を受けてから、そこに少し痕が残ってしまったのだ。

 この傷をつけた相手は、まだ行方が分かっていない。


「まだかい?」


 モノは慌てて、ガウンを羽織った。春が近いとはいえ、島育ちに、朝はまだまだ寒い。


「いいですよ、お兄様」


 ドアを開くと、男性が立っていた。

 かつてのネズミ――フリューゲル家次男、オットーだ。

 色白で、線が細い。ダークグリーンの瞳を見なければ、ちょっとアクセルと兄弟とは思われないだろう。髪も、赤毛ではあるが、黒髪と見間違えてしまうほどくすんだ色なのだ。


(でも、カッコいいよね)

 

 鼻筋がすっと通っている。なかなかである、とモノは評価していた。


(おっと)


 兄の足下に、一匹のネズミがいる。緑色のトサカを持っている、ナナイロネズミだった。

 オットーのことを懐かしく思うのか、このネズミはいつも兄といる。


「ずっと起きていたのかい?」

「に」


 オットーは、入口から部屋を覗き込んだ。机に積み上げられた書面に気づくだろう。


「手紙?」


 モノは困ったように頬をかいた。


「いやー。昨日も色々、届いてきて」


 モノは手紙の山を指す。が、ナナイロネズミが机に這い上がり、積まれた山を崩してしまった。


「だ、だめっ」


 慌てて駆け寄り、ネズミを机の上から追い払う。バラバラになった手紙を、モノはついでに読み上げた。


「もう……ええと。これは、マティアスから。これは、テオドールから。どっちも緊急で、送りたい物資があるようです。サザンの布屋さんからは」

「ぜ、全部に自分で返事を出す気かい?」


 オットーは驚いた。

 その間にも、ネズミは手紙を崩す。あわわ、とモノはネズミを摘み上げた。


「……そろそろ、代筆を頼むべきじゃないかな。それで、フランも君にサインの練習をさせたと思うんだ」


 モノは唇に指を当てた。

 フランとは、次女のフランシスカのことだ。帝都の戦いの後、オットーとフランシスカの二人が、モノと同じ屋敷に住んで支えてくれている。


「お姉様に、相談してみます」

「フランならさっき出たよ。大事な日だから、お祈りを済ませるらしい」

「そうですか」


 その時、猫耳が新しい足音を拾った。

 男性の足音だ。モノは集中して、音の主を推し量る。猫耳にかかれば、足音でその人の機嫌まで分かるほどなのだ。


「ヘルマン?」


 部屋の中から、モノは言い当てた。


「これは、公女様。本日もお見事です」


 部屋にやってきたのは、フリューゲル家家令、ヘルマンだった。

 戦っていた時と比べて、いくらか痩せて、目つきが穏やかになった気がする。優雅に腰を折る様子は、戦士というよりも、執事だった。

 負傷を機に、戦士の役目は他に任せることになったのだ。今は家令として、モノの補佐に集中している。

 今日は黒い帽子を被り、鍔のところに赤い羽根を挿していた。


「先ほど、庁舎前を確認して参りました」


 ヘルマンは背筋を正して、続ける。


「集まりは、大変よろしいかと存じます。式典を間近で見るため、勝手に整理券まで配られ、高値までついておりまして」


 解散させて来ましたが、とヘルマンは苦笑した。


「すでに大鷹族、牙猪族、山猫族が見えています。停戦後の返礼という体ですが、協力のはじめという点では、申し分ない集まり方でしょう」


 モノは嬉しくなった。連絡を取り合っていた友達とも、今日ならば会えるだろう。山猫族からは、大切な人も来るはずだ。

 オットーがふと気づいたように顔を上げた。


「招待といえば。マティアス殿下の、今日への返事はどうだった?」


 モノは首を傾げた。


「しばらくは、帝都で待つということでした」

「それだけ?」

「ですけど」


 最近、フランシスカも含めて、家族の間で謎の連携が起こる時がある。

 モノはこの時も見逃した。


「……ふむ。彼もたいがい口べたな方かもね。今日なんて、進展の大チャンスだと思うけど」


 そこでようやく、探りを入れられていることに気づいた。

 頬が赤くなる。季節が早く感じるのは、文通相手を持ったからかもしれない。


(そろそろ、会いたいかな……?)


 ぼんやりと、思う。ごく自然に。

 図書館で色々と教えてもらったが、帝都のことや、本のこと、そして彼自身のことを、もっと教えてもらってもいい。

 向こうからは会いたいと言われているわけだし――。


「……モノ?」

「へ。に、にふふ」


 笑って、お茶を濁しておく。

 姉達になら言ったかも知れないが、これは女性の秘密ということにしておこう。ヘルマンが咳払いをした。

 口を挟まなかった辺り、ヘルマンもまた共犯だ。


「失礼いたしました、公女様。出立前に、軽くお食事をなさいますか?」

「はい!」


 いつもは抜くことも多いが、モノは軽く朝食を摂った。お茶とスープ、そしてガルムというしょっぱいソースにつけた魚である。

 フランシスカの読んだ報告書が溜まっていた。感謝しながら、今日も難しい話を頭に押し込んでいく。

 報告書の中には、銀盆に乗った来客希望者の通知もあり、モノはその中に何人もの懐かしい名前を見つけた。


「やっぱり。式典には、大鷹族からはギギが来るんですね」


 モノは食器を練習しながら、帝都の戦いを思った。歴史の転換点となった、半年前の出来事だ。


「あの方しかおられないでしょう。好戦的な氏族ではありますが、公女様との絆であれば、第一の方です」


 帝都が停戦となった後にも、いくつもの問題が残った。

 間違いなく一番は、帝国に侵入した亜人達だ。

 砦に籠城していたが、彼らにすでに希望はない。

 追い詰められた亜人を救ったのが、大鷹族のギギだった。彼女はモノがラシャと結んだ約束を、グライダーで大鷹族へ伝えたのだ。

 彼女がいなければ、退路を断った亜人達は、死ぬまで戦ったことだろう。


「氏族の中で、頭角を現しているようだね。鷹だから、角というより、トサカかな」

「んに。行軍の時も、助けてくれました」


 結果、不思議な行軍が起こっていた。

 亜人学派が帝国の外に退くのを、ゲール人達が護衛したのだ。

 攻めた亜人を帰すことには議論があったが、フリューゲル家は押し通した。今後のため、共存のためには、降伏した者まで殺すことはない。


「南の島からは、誰か?」


 モノは尋ねた。家令は、気づく。


「……申し訳ありません。私が見た中には、おりませんでした。お見掛け次第、お連れするように言ってはありますが」


 モノは今日のため、各地から亜人の協力者を募っている。

 故郷の島々からも、知恵者を招いている。こちらは農業や精霊術の実力もあるが、モノ自身の人脈というところだ。


「……船が遅れたんじゃ、仕方ないよね」


 自分に言い聞かせて、モノは食事を終えた。

 湯浴みをし、化粧をしてもらう。褐色の肌はそのままに、薄く唇に紅を乗せる。夕日色の装束は、すっかりモノのお気に入りだ。

 鏡に映すと、そこには少女の姿はない。

 亜人公女、シモーネ・モノリス・フォン・デア・フリューゲルがいる。島ならば猫耳を隠す所だが、今日はそのままだ。


「よしっ」


 最後に、同じ色のブローチを胸に留めた。


「みんな、行きましょう!」


 モノ達は外へ出た。

 春の潮風が全身を包む。モノは丘から見える海と、色とりどりの煉瓦の町並みに、しばらく見とれた。

 ここは、ウォレス自治区。

 モノが初めて大陸へやってきた場所だ。ここには亜人も元々いたし、貿易の拠点でもある。モノは活動を、この海が見える街で始めたのだ。

 ヘルマンが笛を吹くと、玄関にすぐに馬車がやってきた。


「どうぞ」


 モノは馬車に飛び乗った。


「……公女たるもの、ステップをお使いください」

「要らないですよ。跳ねて届きますし」


 ヘルマンがとろんとした目で、小さく息を吐いた。短く、御者に向けて言う。


「進発っ」


 路地を通り、庁舎のある広場へと向かった。

 ほとんどの道で、外灯を目にする。オットーは、聖教府の庇護を失った地下の亜人達と交渉し、この街で技術的な実験を行っていた。

 まずは外灯からだというが、これだけで自治区の治安はずいぶん改善したらしい。人が集まる所以(ゆえん)だった。


「モノ。そろそろ、意識しておいて欲しい」


 馬車の中で、オットーが訊いた。窓からの光が、次兄の顔に影を落とす。


「君の、今後についてだ」


分割しました。次回で最終回になります。

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