表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
亜人公女物語 ~猫耳の公女、モノリス~  作者: mafork(真安 一)『目覚まし』書籍化&コミカライズ!
第4章 帝都ヴィエナ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

69/98

4-20:図書館

「図書館だと?」

「はい」


 モノは王太子マティアスの自室を(おとな)った。王族専用である図書館の、利用許可をもらうためである。

 作法によれば、女性から軽々しく男性の部屋を訪れるべきではなく、さらに言えば、男性が訪れる時にさえ先に手紙を寄越すのが常らしい。

 が、モノにそんなつもりは毛頭なかった。

 フランシスカから借りたフードで猫耳を隠し、慣れっこになった白粉(おしろい)をはたく。

 帝国貴族のほぼ全てがそうであるように、王太子マティアスもまた、熱心な聖教徒である。聖教府の人間に化けて部屋を尋ねても、あまり怪しまれはしなかった。


「無茶をするものだな」


 王太子マティアスは、額に手を当てた。

 美しく整ってはいるが、繊細そうな顔立ちである。亜人の公女の来襲に、早くも顔が曇っていた。


「いつもそんな変装をしているのか?」

「大陸では、だいたいこんな感じでしたよ」


 フードを外すと、銀髪から猫耳がぴょこんと飛び出してくる。

 王太子マティアスは慌てて立ち上がる。不思議そうな顔をするモノに構わず、部屋の中を見回った。


「……どうしました?」

「お前は、本当に公女か。二人きりで亜人に会っていた思われたら、神官が怒鳴り込んでくる」


 マティアスは呆れていた。

 モノは首を傾げた。ええと、とふさわしい呼び方を頭の中で探す。


「で、殿下でも、気を遣われることがあるんですか」


 言ってから、妙な間があった。

 オットーを入れた小物入れが、ガタガタっと揺れた。


「あ」


 しまったと思った。


「い、いえ! なんというか、殿下は帝国でとても偉い方と聞いていたので――」


 とはいえこの言い方では、普段は何も考えていないと言っているのと同じだった。

 王太子マティアスは、驚いたようにモノを見つめる。


「……気も、遣うさ。父上もいる、他の貴族もいる、おまけに今や神官も商人も」


 ふぅっと少年は息を吐いた。どこか角が取れた笑みだった。


「図書館か。まぁ、いいぞ、案内して進ぜる」


 モノはぱっと顔を輝かせた。王太子は慌てて視線を逸らす。

 細面の頬に、朱が走った。が、モノは気づかなかった。


「……殿下?」


 モノの白粉をはたいた顔は、初対面の図書館の時と同じである。

 王太子は顔を赤らめたまま、モノの顔から目をそらす。次いで頭でぴこぴことよく動く猫耳に、なんとも微妙な顔をした。


「あ、なるほどね」


 小物入れの中から、オットーが小さく言った。

 事態が飲み込めていないのは、モノだけかもしれなかった。


「殿下。それとですね、他にもお許しがほしくて。イザベラお姉さまは、ロッソウ大臣の執務室を見たいと。あとフランシスカお姉さまは、この間の聖堂を見たいと……」

「…………お前、意外とずるいやつだな」

「?」


 恐らく、帝国で類を見ないほど王太子をこき使った貴族だった。

 彼の恋は難航する。



     ◆



「すごい」


 図書館に案内されて、モノは息を呑んだ。

 左右の壁は、両面とも書架に使われている。背の高い棚がずらりと並んで、規則的な配置で奥まで続いていた。本が見えないのは、高い天井を見上げた時だけだ。

 まるで、本でできた洞窟だった。


「並びは、本の分類別、そして年代順だ。手前から新しい本になる。法律や神学などは、古いものが多い」

「へぇ……」

「逆に、詩や物語は新しいものが多いな。最近は、印刷のおかげで、金さえあれば誰でも簡単に本を書く」


 見ろ、とマティアスは書架の一つを示した。


「これは、ある修道女が記した薬草学の書物だ」

「……あ、知ってる薬草もありますね」

「気をつけろ。その一冊で、民の一月分の稼ぎだ」


 モノは慌てて本を戻した。

 フードが外れないように気を遣いながら、図書館を観察した。

 書架の間を縫って歩くと、独特の香りがする。ほこりっぽい空気さえ、独特な静けさの中では魅力的だ。


「お前、難しい本でも読めるのか」


 改めて問われて、モノは頷いた。


「はい。大丈夫、と思います」

「そうか、失礼した。そのゲール語なら、期待できるか」


 育ての親、オネから言葉に関してはかなりの教育を受けてきた。亜人の言葉であれば、方言もかなり理解できる。ゲール語も、十分に読み書きができた。


「古い本を探す、ということでいいな?」

「はい。新しい本は、恐らくお姉さまがすでに調べていると思います」

「いいだろう」


 案内されるまま、モノ達は図書館の奥へ進んだ。だんだんと雰囲気が変わってくる。

 装丁が崩れそうな本が増えてきた。製本が甘く、斜めに寝かされるようにして置かれている本も。中には、手紙のようなものまで保管されていた。


「ここは、法律文書を保管しておく場所でもある」


 マティアスが足を止めた。書架にはさまざまな法律の名前が記されていた。


「関連するものは、貴族の私信に至るまで、保管されている。原本は地下になるが、そっちに用はないだろう」

「に」


 モノは、足を止めていた。


「異民族閉め出し令……」


 モノを大陸の外へ追いやった法律だった。一つの棚が、その法律のためだけに占有されていた。


「五十年前。帝国の南下に、ある程度の目処が立った頃だな。地下の亜人を調べるのであれば、これよりもさらに古い本を当たらねばなるまい」


 モノは頷いた。


「ここよりも、奥を探しましょう」


 マティアスと手分けをして、周辺の本を探った。

 ほとんど手を触れられていない棚もある。手に取った瞬間に埃が舞い上がって、咳き込んでしまう。


「亜人についての本も、残っているんですね」


 モノは記録文を見つけた。

 帝国の南下に随行した神官や、騎士が日々の戦いの記録を残していた。

 紙自体も古く、綴じ紐で結ばれているだけで、気を抜くと解けて散らばってしまいそうだ。


(激しい戦いだったんだ)


 文面から、当時の叫びや悲鳴が聞こえてくるようだ。

 フランシスカが奇跡を行使したのを、モノは何度か目にしている。あの天からの雷が、亜人の軍勢に向けられた。それが、歴史なのだった。


 ――光の神の威光に、獣の群れはひれ伏すばかり。


 手記はそう結んでいる。身震いしそうだ。


「どうだ?」


 マティアスが本を抱えて戻ってきた。


「……こんなに古い本が、残っているなんて、信じられないです」

「確かにな。図書館によっては、聖教府が燃やしてしまう」


 王太子は寂しそうに目を細める。


「今思うと、王族の図書館は、焚書の後回しにしたのだろうな。王族は、地下の秘密を守る側だ」


 モノ達は書架の探索を続け、一抱えもある本を選び出した。手が届かないところは、マティアスが取ってくれた。


「ありがとうございます」


 礼を言うと、マティアスは小さく鼻を鳴らした。


(嫌われてるのかな?)


 モノにはこの辺りの機微がよく分からない。

 やがて二人が書架から出した本は、抱えきれないほどの量になった。


「女伯よ。これを全部読む気か?」

「何がヒントになるか、分かりませんし」


 マティアスはしばらく、沈黙した。周囲に誰もいないことを確かめているようだった。

 モノはフードを外す。ぴょこんと飛び出した猫耳を動かし、鼻で臭いをかいだ。


「大丈夫。誰もいないようですよ」


 薄闇のなか、きらりと光る猫の目。マティアスが慌てて、本を取り落としそうになる。


「地下の、亜人の秘密か……」


 王太子は首を振った。心中で何かと何かを天秤にかけたらしい。


「同じ亜人でも、お前の方がマシか」


 結論は、苦笑と一緒に示された。


「……貸してみろ」

「え?」

「本を読むのは得意だ。というより……周りを気にせずできることが、これくらいしかなかった」


 王太子マティアスは、肩をすくめた。


「いいか。どんな著者でも大体は目次を付けている。捜し物をするなら、まずは目次から目星をつけると効率がいい」


 あっという間に、王太子は二、三冊の本を脇によけてしまった。


「これとこれは、後でいい。他の本も、余が先に目星をつけてやる。お前は中身を読むことに集中せよ」


 そんな役割分担が、自然と決まった。

 王太子がページを開いてくれる。そしてその上で、モノが座る書見台に載せる。

 内容は、帝国が南下をしてきた当時の記録文。そして、亜人達が残した遺跡を、記録したもの。

 モノは内容の正確さと、こんなものが残っていたことに、改めて驚かされた。


(文字って、すごいな)


 モノは、島の母が言葉や文字の教育に手を抜かなかった理由をさとった。

 言葉も文字も、自分の意思を伝えるためのものだ。それ以上に、他者の思いを感じるためのものでもあるのだ。


(これなら)


 モノは紙と、帝都の地図を借りた。

 紙に帝都の地形を写して、そこに本の内容を、できるだけ正確に再現する。


「紙の中に、当時の地形をまとめるつもりか」

「はい。地下の形が、分かるかも知れませんから」


 羽ペンは、ペン先を止めているとインクが垂れてくる。やむなく、モノは亜人の神殿があった場所に印を付けるだけにした。


「ここと、ここと……」


 しばらく、モノとマティアスの共同作業が続いた。

 マティアスは時折、入り口の方を警戒する。誰かに見られることを、気にしているようだった。


「できた」


 いつしか、お昼を過ぎていた。

 紙の中に浮かび上がってきたのは、五十年前の、この土地の姿。かつての帝都は、周辺に亜人の遺跡が点在する、すり鉢状の盆地だったようだ。

 中心には、何条もの水路があった。高いところから盆地に水を引いて、生活に役立てていたに違いない。


「これほど、亜人の遺跡があったのか。もはや一つの、都市だな」


 マティアスは舌を巻いた。


「いや待て。今の帝都は、平地だぞ。盆地ではない。とすれば……」


 マティアスは、身震いした。


「この遺構が、都市丸ごとが、この地下に埋められているのか……?」

「たぶん、そうだと思います。帝都の地下全体に、遺構が張り巡らされているようですから……」


 盆地を囲う山を崩し、得られた土で遺跡を埋めてしまったのかもしれない。

 聖教府の奇跡まで用いて、ゲール人は十年がかりで亜人の痕跡を破壊した。そして、得られた石材などで、自分達の都に作り替えた。

 思えば広大な宮廷や聖堂、水路それ自体が、亜人の神殿の基礎を流用したのかもしれない。

 サザンでも湖の下に沈んだ、亜人の痕跡はあった。違うのは、帝都の遺構にはまだ亜人が残っているという点だ。

 歴史の闇と一緒に、地下に封じ込められた亜人。

 そして、彼らはモノに語りかけてくる。


(これだけ遺跡や、神殿が集まっていたなら、きっと特別な場所なんだな)


 亜人にとっても、聖地と呼べる場所だったのかもしれない。

 帝都の中心では、精霊術が強力になるという。これだけの数の神殿が、関係しているのかもしれなかった。


(聖教府と、亜人……)


 モノは引っかかりを覚える。


「二つの聖地が、同じ場所?」


 聖教府と同じように、亜人も神話を持っている。『最初の実』にまつわる物語だ。

 最初の実が落とされた時、亜人達の祖先は、それを割り、種を取り出した。種を地面に植えることで、亜人達はイモや麦といった、大切な穀物を手にしたというわけだ。


「だがな」


 マティアスが引き取った。


「いずれにせよ、地下の遺構の正体は見えてきた。だが、どうやってたどり着くかは、分からんぞ」


 翡翠色の瞳が、きらりと輝いた。


「水、かもしれません」

「水?」

「水路とか、噴水とか。地下にも、水はありましたし」


 モノが再現した地図にも、何条かの水路が刻まれていた。イザベラも目にしたという地下の急流は、当時の水路の名残なのだ。

 とすれば――


「水路をたどれば、地下に通じているかも……?」


 モノは、水の精霊術師(イファ・ルグエ)だ。

 フードの中で、猫耳が動く。噴水の音と、宮廷を囲う水路の音が聞こえていた。感覚を広げて、地下からわき上がっててくる水を追えばいい。


 ――いつか、彼らの方から来るだろう。


 皇帝はそう言っていたが、モノに待つつもりはない。

 真実に、自分で会いに行くのだ。

 瞳を輝かせるモノに、王太子と、小物入れの中のネズミがそろって不安げな息を吐いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ