表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
亜人公女物語 ~猫耳の公女、モノリス~  作者: mafork(真安 一)『目覚まし』書籍化&コミカライズ!
第4章 帝都ヴィエナ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

54/98

4-5:公爵家、奮戦(長女)

 モノとフランシスカから一日遅れて、フリューゲル家のもう一人の家族もまた、帝都ヴィエナへ向かっていた。

 ごうごうと水が鳴っている。イザベラは空恐ろしい気持ちになりながら、足を進めていく。

 導くのは、頼りない青い光だった。三つの光がイザベラの前方にあり、持ち手の歩みにそって揺れていく。

 足元を流れる川を思えば、いかにも頼りない先導者達だった。


(まったく、なんて道)


 文句を押さえて進むと、男装のブーツが石を蹴ったようだ。石は少しだけ跳ねて、道を外れた。着水の音は、すぐに急流の音にかき消された。恐らくは足元を流れる川に、飲まれたのだろう。

 イザベラは躓いた先の未来を想像し、背筋を寒くした。


「お気を付けを」


 先導者が言った。

 青い光が、褐色の肌を照らしている。頭からは丸い耳が生えて、油断なく辺りを警戒していた。闇に光る眼は、味方と知っていても恐ろしい。なるほど、怖がる人がいるのも道理だった。


「そうは言ってもね」

「落ちれば、流れに飲まれます」

「本当にモノはここを通ったの?」


 亜人達は頷いた。


「公女様は、もう少し南側を通りました。そちらは、なだらかです」

「寄り道した私が悪いってことか」


 イザベラは欠伸を忍んだ。

 馬車で三日はかかる、帝都とサザンの距離である。イザベラはフランシスカ達よりも二日遅れて出発し、各領地を見舞いながら帝都に向かって北進した。欠伸が出るのは、隙あらば宿を取ろうとする御者を叱りつけて、夜通し進ませたからだった。

 先にフランシスカが先行したのは、幸いだった。帝都に近づくと、神官はどんどん固陋になる。聖女とも呼ばれるフランシスカが神官を丸め込んだおかげで、イザベラもとりあえずは街道を利用できたのだ。


(帝都は、今、どうなっているかしらね)


 五人兄妹は、サザンから別行動で動いていた。

 フランシスカと、モノとオットーはすでに帝都で合流したはずである。恐らく事前に仕立てた作戦通り、コトを運んでいるはずだ。


「……あの紙に、それほどの力があるのですか?」


 亜人達は訊ねた。イザベラは不敵に笑って見せる。


「あら? 信じてないの?」

「というより、想像ができないのです。何百、いや、何万枚もの紙が、帝国中に撒かれるなど」


 イザベラは苦笑した。


「それが賭けってものじゃない。あなた達も、私も、もうモノに張ったのよ。今更、降りるなんて言わないで」


 亜人達の表情は読めない。彼らは地鼠族の面々で、テオドールの仲間だった。

 モノと同じように、イザベラを地下から帝都へと案内しているというわけだった。


「進みましょう」


 先導が再開する。イザベラは先を進む青い光に、舌を巻く思いだった。


(街灯と同じ石よね。ウォレス自治区の)


 街灯とは、ウォレス自治区に備えられていた、光る石である。心の力――マナに反応して光る石は自治区の路地に実験的に配されて、街の名物になっていた。

 それが、この場所にも配されている。


(元々は、ここの技術ってこと?)


 空恐ろしいものを感じた。

 今まで享受してきた、ありとあらゆるもの。それが全て、歴史と先人のものというのは、当然のことではある。

 しかしイザベラ達は、その『先人』が誰であるか、今まで知らなかったのだ。


(サザンにも、古い亜人の痕跡はあったけど)


 サザンの遺跡は、湖の下だった。アルスター湖の下に沈められた遺跡は、モノの精霊術がなければずっと隠されたままだっただろう。

 帝都の場合は、街の下に遺跡が隠れていたというわけだ。

 亜人達は、こうして潜んでいたのだろう。水も空気もある。遺構が延々と続いているとすれば、広さも十分だ。灯りは、光る石で賄っているに違いない。


「……あなた達に、聞きたいことが山ほど出て来たわ」

「答えられることは、すでにテオドールからお答え申し上げているはずです。適宜、文でも報告があったと聞きました」


 地鼠族の亜人達は応じた。

 実際、フリューゲル家にはすでに様々な情報が集まっていた。サザンで過ごした間に、それらの情報はまとめて、分析され、家族で共有されている。


「この目で見ると、また違うのよ」


 亜人達は沈黙して、先導を続けた。肯定と取って、イザベラは質問する。


「分かれ道があるけど、この先はどうなっているの?」

「別の氏族が管理する遺跡へ、繋がっています。地下でひっそりと生きているとはいえ、縄張りがきちんと決まっておりますので」


 そこで、先導者は言葉を切った。明るい入り口が、ぼうっと闇の中に口を開けていた。


「さ、危ない道はここまでです」


 新しい通路に入ると、道のりはずいぶんと楽になった。

 道は平たくなり、歩きやすくなる。光る石は壁や天井に埋め込まれており、もう松明のように掲げる必要はなかった。

 案内の亜人達は、棒の先の青い石に、丁寧な手つきで布を巻いた。


「木の年輪のようなものですな。帝都の真ん中に行くにしたがって、より歴史のある、重要な役割を担った氏族の縄張りになっていきます。我々地鼠族は、一番外側。つまり長いこと、聖教府や、他の氏族の使い走りだったわけです」


 そう言って、彼らはからからと笑った。明るい所で見て、イザベラはようやく彼らが老人だと気づいた。肌は皺だらけで、髪の毛も白くなっている。

 テオドールの部下と聞いていたため、もっと若いかと思っていた。


「……驚かれたでしょう。我々は、まだ四十です」


 彼らは首を振った。笑うと、皺がまたさらに増えた。


「こんなところに暮らしていては、長生きもできません。いつまでも続けるべきじゃありません。せめて、一番若い、あのテオドールくらいは、広い世界で生きるべきだ」


 イザベラは何か言おうとしたが、言葉が出なかった。


(本当に、この場所で暮らしているのね)


 帝都の街並みの華麗さ、ものの豊かさを知っている分、彼らの暮らしは衝撃的だった。


「あなた達もよ」


 おや、と案内者達は首を傾げた。


「テオドールだけじゃなくて、あなた達も、雇ってあげる。亜人と、ゲール人が暮らせるようになったらね」

「はは、これは素晴らしい!」

「テオドールからは、ちと吝嗇(りんしょく)な方とお聞きしてましたがね」


 イザベラは苦笑した。


「私はカネが好きなんじゃないの。増やす(、、、)のが好きなのよ! 投資なら歓迎よ?」


 一しきり、亜人達は笑った。皺だらけの顔が、眩しそうにイザベラを見ていた。


「ぜひ、お願いしたいものです」


 一行はさらに進んだ。ここは通路のようになっているらしい。空気は清浄で、洞窟のように淀んだ感じはない。なんとなれば、石造りの貴族の屋敷の方が、空気が悪いくらいだった。

 イザベラはやはり途中も、幾つもの分かれ道を見た。


(何?)


 分かれ道の一つから、不意に風が吹き込んできた。イザベラの耳を、聞き慣れない旋律のようなものが撫でる。

 通路は、無機質な青い光に照らされながら、どこまでも延々と続いていた。

 この遺構が木の年輪のような形をしているならば、その道はさしずめ、年輪の中心へと繋がる道だった。


「木の年輪といったわね? じゃあ、この遺構の中心には、何があるの?」


 さらに踏み込んで聞いてみた。


「偉大な精霊術師(イファ・ルグエ)です」


 イザベラは思い出した。

 聖教府もまた、精霊術師を集めていた。これはテオドールからの情報だった。集められた彼らは、どこかで精霊術を行使している。それが、ウォレス自治区や、サザンを襲った、真っ黒に穢れた精霊を生んだのだ。


「聖教府に仕えているのね?」

「もちろんです。ずっと、ずっと、です。この暗闇の中心で、精霊術を使い続けていると聞いています」

「ずっと……」


 イザベラは呻いた。


「ゲール人の奇跡は、強力です。ですが、彼らは使いすぎるのです。精霊術は、自然の力、いわば調律。例えば、『聖壁』であったり、雷を落とす『神罰』であったり、土地を改善するものであったり。これら偉大な奇跡が使われるということは、どこかで精霊術が使われ続けなければなりません」


 道の向こうから、風が吹いてくる。なんだか空気が冷えた気がして、イザベラは身震いした。


「水の流れと同じです。ゲール人はマナを使います。ですが、いささか使い過ぎるのです。洗濯や鍛冶に水を使っても、水は汚れるだけで、消えるわけではないでしょう。誰かが汚れを除かないと、水は淀んで、穢れてしまいます」


 イザベラは、マナが消費されることをイメージしようとした。

 ゲール人はマナを使う。ただしマナは消えてしまうわけではない。商人同士の取引と同じだった。イザベラの懐から金貨が減っても、金貨が消滅するわけではない。金貨は別の商人の財布に移っただけだ。

 亜人達は、ゲール人が金貨を使いすぎていると言っているのだ。


「これをきれいに説明するのは難しいです。恐らく、公女様であれば、感じているでしょう。ひょっとしたら、見たことさえあるかもしれませんね」


 亜人達は分かれ道の先を見つめていた。


「私たちの、すぐ隣にある場所を」


 イザベラは顎に手を当てた。じっと道の先を見つめる。ごうごうと風が鳴っているだけだった。


「この場所は、元々は亜人達にとっても重要な場所でした。精霊がやってくる場所と、近しいということです。歴史が証明しています。ゲール人は実際に南下して、この場所を分捕ったのですからね」


 そう言って、亜人達は笑った。乾いた、虐げられた人たちの笑みだった。


「……行きましょう」


 持ち前の強気で暗闇を裂きながら、長女もまた帝都へ仕事のために進む。頭の中では、ある仮説がずっと閃き続けていた。


(帝都の真ん中に? なら、それってやっぱり……)


 帝都の中心には、皇帝のおわす宮廷が控えているはずだった。

 イザベラは最後に、歩いてきた方を振り返る。帝都の南では、もう戦闘が始まっているだろう。

 長男アクセルが、すでに軍を発しているはずだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ