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亜人公女物語 ~猫耳の公女、モノリス~  作者: mafork(真安 一)『目覚まし』書籍化&コミカライズ!
第3章 亜人公女

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3-18:我らの父君に

 槍がうなっていた。

 切っ先が輝きだけを残すと、もう敵の喉を穿っていた。血の飛沫に、獣の血が燃える。

 あいつは敵だ。敵を殺せ。

 内側の熱を感じる度、ラシャの極彩色の仮面に復讐の意思が宿る。

 褐色の肌と、布と革の装束は夜闇に紛れやすい。ラシャ達はゲール人の砦へ侵入してから、一方的な殺りくを続けていた。


「魔物め!」


 砦の中に躍り込んだ時、ラシャの前に騎士が現れた。全身を鎧で覆った騎士は、多少は使える雰囲気だ。

 足を狙った攻撃は、剣で弾かれる。踏み込みは強い。肩に担いだ剣は長さを悟らせない工夫だろう。槍で攻撃を受けると、手に痺れを感じた。


「どうだ」


 強敵は戦士を昂ぶらせるだけだった。

 ラシャは槍を回転させた。相手の突きに絡め、跳ね上げる。がら空きになった体を鞭のように打った。

 ゲール人は金属の鎧をまとっている。攻撃は弾かれたが、槍で叩くことで消耗させることはできるのだ。攻め手が鈍ったところで、ラシャは騎士の面防を打ち上げた。

 金具が吹き飛び、騎士の顔が露出する。


「隊長!」


 邪魔が入った。別の男が背後からだ。

 槍を戻し、石突でみぞおちを突いてやる。体が()の字に曲がった。


「おお!」


 騎士が眼前に迫っていた。ラシャは素早く身をかわす。槍で注意を引き、逆側の手で目を突いた。

 ラシャは相手の眉間を突いてとどめを刺した。


「こ、降参だ」


 進んでいくと、豪奢な鎧の指揮官がすでに捕縛されていた。砦は落ちつつある。夜闇に紛れた亜人達は、すでに砦を囲んでいたのだ。

 指揮官が捕縛されていたのは、砦の外にある納屋だった。こんな豪華な鎧を着ておきながら、納屋で震えていたのだと思うと、馬鹿にする気にもならない。


「そなたらの勝ちだ。身代金を取るといい。私は南トレニアのシュヴァイク伯ゲオルグ、私を生け捕った栄誉で、君たち全員が金持ちになれるのだよ」

「捕虜は要らん」


 ラシャは言った。


「盗んだものは不運を呼ぶという言葉がある。お前たちは土地を奪うべきではなかった」

 

 砦の戦いは、それで終わりだった。

 聖ゲール帝国に侵入した亜人達は、三千名にも満たない数だ。

 規模としては、中規模の都市をなんとか陥とせるかどうかというところだ。聖ゲール帝国という巨人に挑むにはあまりにも少なく思えたが、翻って見れば、巨人を相手にするからこそ寡兵であることに意味があった。

 広い山に伏せれば、容易く姿を隠せる。寡兵であればこそ、寒村を襲い、身をひそめることもできた。

 その様子は、水中の魚がするりと身をかわし、岩陰に隠れるようだった。鈍重な巨人の手は、足元の魚をとらえきれないというわけだ。

 騎士の風習もよくなかった。掲げる旗も、白銀の鎧も、光を反射してよく見える。亜人は褐色の肌といい、布と革の装束といい、天然の迷彩だ。斥候を出せば、先に気づくのはこちらの方だ。避けて通るのは造作もない。


「お前たち、どうして、ここに」


 穂先の血を拭っていると、ラシャの前に一人の男が引かれてきた。

 恐らくは司祭だったのだろう。装束はぼろぼろで、見る影もない。泥がついているあたり、どうやら砦の外に真っ先に逃げ出して、囲んでいる亜人に捕まったのに違いない。

 あまりにもうるさいので、ラシャは応えてやった。


「……川を渡ったのさ」

「ば、ばかな。あの激流を?」


 ラシャ達が使ったのは、亜人の技術だった。予め、協力者が水中に橋をかけてあった。

 岩と岩の間をロープで結び、間に板を渡す。水中にあるため、偵察でも発見されない。そのくせ作りはしっかりしていて、馬も荷車も渡ることができる。


「連れていけ」


 命じると、仲間が司祭を連れて行った。ラシャは極彩色の仮面を被る。祖先の成り代わりとして、司祭が連れていかれるのを見送った。

 それが済むと、ラシャ達は砦の外に戻り、掃討の成果を確認した。砦の外にはいくつもの天幕が張られている。砦から運び出された食物が、明日の進軍に備えて荷車に積み込まれていた。

 晴天である。

 灯はないが、星明りだけで亜人には十分すぎた。仮にゲール人が遠目から眺めても、砦で起きた惨劇には気づくまい。


(やはり大したお方だ)


 マクシミリアン神官は亜人の心を掴んでいた。荒くれ者の氏族も、神官の名前を出すと従ってくれる。それが秩序をもたらしていた。

 本来は略奪も許されていない。全てが終わった後に、食料や宝は積み上げられて、働きに応じて分配される。

 丁度神官のことを考えていた時、その神官からの呼び出しがあった。


「今日も恩寵がありました」


 かがり火を落した広場に、涼やかな錫杖の音が響いた。彼らを率いるマクシミリアン神官が、いつも通りの柔和な笑顔を見せる。

 戦いに参加した氏族の代表は、すでに集まっていた。


「神官。もっと本格的な戦いになると思っていましたぞ」


 灰熊族という、大柄な氏族が体を揺らした。


「これでですか?」


 砦の中は、先ほどまで血と臓物に塗れていたのだ。会合を外でやるのは、中が臭うからだった。


「歯ごたえがなかった」

「ふむ。ゲール人の防衛術は、進化していませんからね」


 マクシミリアンは月を仰いだ。


「南部へやってきた時の方法を、そのまま保存しただけなのです。進歩も、探求もしていない。対して、我々は彼らのやり方を学びました」

「明日はどうする?」


 亜人の一人、大鷹族の頭格が言った。数としては一番多く、亜人学派に参加している。騎馬の民だ。


「まだ北進です」

「明後日は」

「北進です」

「帝都ヴィエナに至るまで、ですか」


 ラシャが口を挟むと、別の亜人がさらに引き取った。


「だとしても、サザンでの足止めが失敗したのが痛い。あそこはここら一帯の纏め役だと聞いている。早晩兵士をまとめて、我々を追ってくるのではないか」


 ラシャも心中では同意した。

 マクシミリアン一行は相応の代価を払って、嵐を生み出し、サザンという大都市に放ったはずだった。

 だが、結局はサザンの街に混乱など起こらなかった。本音を言えば初めての大都市攻めにラシャも逸っていたのだが、マクシミリアンは首を振って軍勢の針路を修正した。

 それはむしろ、サザンから遠ざかる道のりだった。


「失敗ではありません。戦闘に一日、復興にさらに二日。三日はフリューゲル家を遅滞させました。それに、亜人公女はまた一つ、精霊術師としての格をあげました」


 神官は柔和な笑みを浮かべた。亜人公女が湖の水を撒き上げるのを、彼らも遠くから眺めていた。


「これも導きですよ。これでよかったのです」


 マクシミリアン神官は続けた。


「精霊術師は、依然として多く集める必要があります。ですが、公女一人で足りるかもしれません」


 マクシミリアンは微笑を周囲に向けた。


「さぁ、宴は言葉を飲みやすくする油とも言います。帝都ヴィエナに走るため、今日の食事を頂きましょう」


 我らの父君に。

 亜人達はそれぞれの言葉で乾杯し、奪った兵糧を食べ始めた。

 島から持って来た椰子酒は、ずっと置いておいたせいか、すっかり酒精が強くなっていた。


(ヴィエナ)


 ラシャはゲール人の食事を摂りながら考える。塩漬けにした肉と、固いだけのパンである。椰子酒の舌を刺すような酸味で、味気ない食事をごまかしていく。


(聖教府の中心地。亜人の故地の、中心地でもある)


 ラシャも歴史は学んだ。元々、南部には聖教府の中心地があった。その場所を目指して南下が始まり、今の帝国の国土がある。

 帝都は強力な軍隊も持っているはずだったが、挑んでくる気配はまだなかった。


「さて。今日も鍵を、ここに!」


 マクシミリアンが呼ぶと、手枷で封じられた亜人達がひかれてきた。ラシャ達が辺境で捕まえた精霊術師だった。

 彼らはひどく怯えていた。若いものも年老いたものもいたが、共通しているのは静かな生活を破壊されて、ここにいるということだ。


「今や聖壁の外は、私達の軍勢で満たされています」


 マクシミリアンは脅した。


「あなた方の村の周りにも。この意味が分かりますね? では、いいでしょう。今日も大人しくしていると、この場で〝約束〟してください」


 精霊術師がいなくなると、集まりは軍議とはほど遠いものになった。

 それぞれの氏族が功を見せ合い、笑い合う。ラシャはなんとなく気が重くなり、席を外した。まだ血の跡が生々しい砦を上ると、捕縛されたテントへ引かれていく精霊術師達が見えた。


「ここにいましたか」


 涼やかな声がラシャを振り向かせた。大柄な神官は、腕を広げて腰を折った。

 これだけの軍勢と遅滞なく率いておきながら、この男には増長するそぶりもない。


「そろそろ、あなたにも話しておくべきですね。帝都で、私達が何をするか」


 待っていた話題だった。ラシャは口を拭い、持っていた角杯を捨てた。


「誤解しないでいただきたい。俺はついていく。我ら氏族も、戦えればそれでいい。悲願だったのです。ただ勝っている内はいい。だがいずれ誰もが、たった数千でこんな国に勝てないことには気づくでしょう」


 風が渡っていき、錫杖を揺らした。


「……その時、俺はこの行軍の意味を仲間に説明せねばなりません」

「あなたの言う通りです、ラシャ」


 マクシミリアンに褒められると、最高の師に認められたような充足感があった。


「では、教えましょう。帝都は、聖教府の中心です。あそこは、そもそも聖典に書かれた内容が始まったところなのですよ」


 急に規模の大きな話が始まっていた。ラシャは頭を切り替えようとした。疲れと酒のせいか、話がうまく入ってこない。


「『光の神が現れ、世界を明けに染めた』。この逸話が実際に起こった場所とも言えます」


 マクシミリアンは聖典の文句を唱える。思わず聞き入ってしまうような、名調子だ。


「一方で、精霊とは、物質を媒介にして生まれるものです。水の虎、火の蝶、空気の鷹」


 マクシミリアンは出し抜けに告げた。ラシャは首を傾げた。


「私は、一度深い穴に落されました。そこでは、一日に一度やってくる光が、まるで掬い取れるようでしたのを覚えています。ならば光もまた……」


 マクシミリアンはそこで首を振った。適切な説明の順番でなかったことに、気付いたのかもしれない。


「失礼。亜人の精霊術と、神官の奇跡は、ほとんど同じものだということです。それが奇跡の聖地に、亜人達を大量に連れていく意味ですよ」


 マクシミリアンは言った。


「あなた方の、『最初の実』の神話と同じです」

「最初の実?」

「最初の実を割り、亜人の祖先は種を取り出した。我々は新しい実を作り、割りに行くのです」


 ラシャは口を開くことにした。

 正直なところ、この神官からいかに話を詳しく聞いても、ラシャの頭で理解するのは無理そうだった。

 非常に細かく、理に適った戦略を編む一方で、この神官は形のないものを相手に説明するのが苦手なのだ。恐らく、頭の作りがラシャとは違っているのだろう。


「……マクシミリアン殿。あなたは、強力な精霊術師として、モノリスに目をつけているというわけですか」

「そのとおり」

「ですが、意のままに動くでしょうか?」

「手は打ってあります」


 訝るラシャに、マクシミリアンは告げた。


「あなたの故郷ですよ」


 絶句するラシャの頭の中で、島の精霊術師の顔が重なった。


「ウォレス自治区を襲わせた海賊には、『魔の島』を襲うという仕事を与えました」


 亜人学派は、精霊術師を集めていた。言われてみれば、あの島の精霊術師がその標的にならない理由はない。

 思えば、マクシミリアン神官はあの島の精霊術師にも最初から目を付けていたのかもしれない。すなわち、精霊術師(イファ・ルグエ)オネに。

 目ぼし以上の逸材が現れたからこそ、あの島から簡単に引き上げたのだ。

 ラシャはため息を吐く。

 想定するべきだった。この神官がここにきて手落ちをすることなど、きっとありはしないだろう。


「我らの父君に」


 ラシャ達が戻ると、亜人達はもう一度杯を掲げた。灯りのない広場に集う影は、悪霊(あくりょう)の群れのようだった。



     ◆



 嵐を退け、刺客と戦った日から、三日が経っていた。


「公女様、準備はよろしいですか?」


 部屋の中でモノは自分の姿を鏡に映す。銀色の髪からはみ出る猫耳は、今日も元気に跳ね回っていた。

 それはきっと、緊張と、かつてないお洒落のせいだろう。

 夕日色の装束は、そこかしこにあしらわれた金糸もあって、にわかに輝いて見える。ふっくらとしたスカートは、貴婦人が着るような、細い金具で膨らませる作りだった。胸の中央に留めた、翡翠色のブローチも同様である。

 お付きの女性が、モノの化粧に最後のチェックを施した。

 筆を伸ばされて、唇と頬にもう少しだけ朱を乗せてもらう。

 鏡に映ったモノは、二、三歳は大人びて見えた。


「に、にに」


 妙に照れながら、モノは腕を組む。


「うん、きれいにできてる」

「そ、そうですか?」


 モノは島からずっと一緒の老戦士と兄に、がちっと固まった微笑を向けた。

 ネズミ姿のオットーが、モノの小物入れの中に身をひそめた。ヘルマンが優雅に一礼する。でも続く声の厳しさは、モノの役割の重さを物語っていた。


「では、行きましょう。フリューゲル公女シモーネ・モノリス様」


 それでも進む足がもつれないのは、覚悟を決めたからだった。

 扉を開けると、朝の光が満ちていた。

 大広間に集まった人は、ウォレス自治区の比ではない。

 この街からして、すでに万の市民が暮らす街である。噂を聞きつけた貴族や商人、裕福な農民から神官まで、馬を飛ばして集まっていた。

 色とりどりの装束は、まるで階級の見本市だ。

 それがモノが二階に現れた途端、わずか十五歳の少女に注目する。何人かは、確かにモノの猫耳を見て驚いていた。


 ――私に、何ができるんだろう。


 島から出る時の疑問。その答えが、今は目の前にあった。

 開け放たれた玄関からは、湖と邸宅の間を埋める人が見えた。

 燭台は全て灯され、窓という窓から朝の光が降り注ぐ。

 逃れようもない白日(はくじつ)の世界で、視線は一種の圧力だ。後ずさりそうになって、我慢する。息を吸って、吐いて。猫耳を屈伸運動させて、もう一度顔を上げた時、翡翠色の瞳はまっすぐ前を見つめていた。


「はじめまして」


 難しいことなど、何もなかった。

 だって、モノの中には話したいことがあったからだ。


「私は、モノリスといいます」


 モノは、まずは名乗ることから始めた。

 他の家族達はモノの後ろに控えている。長男アクセルはモノの傍らに、長女イザベラはモノの後ろに。二つ上の姉フランシスカは、階段の数段低い所に控えていた。

 誰も彼も余裕の表情だが、一語話した途端、長女は「よし」とばかりに拳を握っていた。


「今まで、ずっと島にいました。大陸も素敵な場所です。だから壊れたり、傷を負った場所があるのは、私もすごく悲しいです」


 モノは息を吸った。


「嵐は、もう大丈夫です」


 聴衆は安堵したようだ。

 半面、今も邸宅にいる精霊術師の娘を思い出し、モノは心を痛めた。戦いがまだ始まりに過ぎないことを、モノは知っている。


「でも私達は、まだいろいろなものに襲われています。亜人学派という軍勢も、その一つです」


 マクシミリアン達の進軍は、今やあきらかな脅威となっていた。

 初めて陥落した砦や、無人となった集落が発見されたのだ。それも、サザンのごく近くで。


「これから、私達も身を守らないといけません。村や、小さな町の人達が、城壁のあるところへ逃げ込んでくると思います」


 モノは声を張った。


「街の皆さんは、できる限り、避難してくる人を受け入れてあげてください。門を閉じて、閉め出すようなことはしないでほしいんです!」


 亜人学派から身を守る方法は、長兄のアクセルが示した。

 襲われそうな小さな村は、食料を持ち、大きな街へ身を寄せる。食料がない場所には、亜人学派は近寄らない。自ら旨みのない場所になることで、標的とならないようにするというわけだった。


「南の港町、ウォレス自治区から、食料を運ぶこともします!」


 モノは頭で覚えた内容を、できるだけ自然に話した。

 本当にどうしようもなくつっかえたら、オットーが助けてくれる予定だった。でも問題なさそうだ。それは、モノがこれからやるべきことを、きちんと頭で理解し始めたからかもしれない。


「だが、いつまでですか!」


 聴衆から声があがった。


「共闘すべき北部は、我々の敵ではないですか!」


 事実として、そうだった。亜人達が南で好き勝手に動いているのは、国の中でうまく連携が進まないからだ。

 帝都にはしっかりとした軍備がある。でもそれは、今のところはモノ達がいるサザンに矛先を向けていた。

 南部と北部は、未だに政争を続けている。フリューゲル家の相続と絡んだ政争が、連携を難しくしていた。


「北部も敵! 亜人も敵! 敵だらけではないですか!」


 それは悲痛な叫びだった。

 モノは話の順番を変えることにした。


「考えがあります」


 聴衆がざわめいた。


「私が、帝都へ、『お願い』に行ってきます! 一緒に協力してくれるように!」


 アクセルがモノの背後で大きく頷いた。


「『お願い』?」

「誰に?」


 ささやきが広がる。大きな問いだけに、答えは自明だった。


「皇帝に……お会いになる、つもりかっ?」


 誰もが目を剥いていた。

 彼らの視線は彷徨い、やがてとある絵画に辿り着くだろう。

 サロンにはいくつもの絵画が飾られている。ひときわ目を引くのは、婦人の肖像画だった。

 銀色の髪に、翡翠色の瞳。口は若干大きいきらいがあり、あけすけな人柄をしのばせた。先代フリューゲル公爵夫人――モノの母だった。


 ――似ている。


 誰もが息を呑んでいた。

 モノの背後に肖像画が見える巧妙な配置は、演出・宣伝を得意とするイザベラの考案だ。隠せない血筋は、奇跡じみた物語となって人々の心を打っていた。


「静かに」


 涼やかな声が場をしずめた。


「公女シモーネ・モノリスはすでに皇帝への面会について、一定の目途をつけています。当初から、いつかはやらねばならないことでもありました」


 フランシスカの言葉に、貴族たちも口をつぐむ。

 ただ聖女本人も、言っていて半信半疑そうだった。なにせ、手引きしたのは、今までずっと敵対していたとある大臣なのだから。

 目線で先を促され、モノは頷く。もう迷わない。南風に背中を押されるままに、モノは宣言した。


「私達は、帝都へ行きます」


 モノの目は前を見据えている。アクセルが演説を締めくくった。


「聞こえた者は、公女の言葉を隣の者に伝えるのだ! 言葉が、波となるように! いずれ国中を揺らす、大波となることだろう!」


 アクセルが言うと、演説の内容がさざ波のように伝わっていく。

 

(オネ、これでいいんだよね?)


 二人の母の心を感じながら、モノは自分がしっかりと立っていることを自覚した。二本の足で地面に立つように、亜人の家族とゲール人の家族が、モノを支えていた。



     ◆



 『魔の島』の季節は、雨季が終わり、二度目の乾季がやってくる頃だった。去っていく渡り鳥に対して、村の住民達が手を振って別れを告げていく。

 いつもなら収穫したイモを出し合い、家畜を潰して小さな祝いがもたれる頃だ。

 そうしないのは、漁に出た男達が不穏な噂を村に持ち帰ったからだった。


「沖に、軍船が?」


 山猫族の長は、顎をなでる。細い目は、傍らに控える女性を見据えた。

 銀色の髪を持つ少女が島を出てから、二月経つ。たった一人いなくなっただけだというのに、島はずいぶんと静かになったように感じる。


「……よう知らせてくれた」


 長は言った。


「施しは、するものよりも、求められている物品に価値があるという」


 長は続けた。


「オネ。今一度言う……逃げろ。我々を守るため、共に戦うためなど、愚かなことだぞ」


 褐色肌の女性は無言だった。竈の火から、真っ赤な蝶が生まれて、家の外へ出ていく。

 だが蝶は空をたゆたうばかりで、決して離れようとはしない。

 船は島に近づいているということだった。

本日はもう一編、短いですが「間章」を投稿予定です。

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