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3-7:南部の都サザン


 ウォレス自治区を出発して、七日目。ついにフリューゲル家の一団は、南部の中心地、サザンへ到着した。

 モノは馬車に揺られながら、長い旅路が終わった安堵と、ちょっとした寂しさを感じている。

 馬車の窓に区切られた世界は、畑と丘の風景から、いつの間にか街並みとなっていた。地面はあぜ道から石畳へと変わり、家と家の感覚がだんだんと狭くなっていく。

 あいにくと、天気は鉛色に曇っていた。


(大きな街だな)


 モノは、サザンに近づいた時のことを思い出す。地平線の際から徐々に街が始まり、次第に建物の密度が上がっていく。それはあたかも、草地が林に、林が森に、だんだんと大きくなっていくかのようだった。

 モノは馬車の窓から顔を出して、行列の後ろを振り返った。五百人近い行列は、長く続く。


「到着か」


 向かいの席で、オットーのネズミが身を起こした。


「あんまり寝てばかりいると、ネズミじゃなくて牛になっちゃいますよ?」


 島の言い回しで、モノはオットーの運動不足を指摘する。


「馬車の旅というのは、退屈なものさ」

「みんな歩いてるのに」

「行軍だからね、それも仕方がない。とはいえ、健康上の観点から、君にも適度な屈伸運動を勧めるよ」


 行列は、ちょうど緩くカーブを描くところだった。モノがいる中央の辺りから、最後列にいる集団が見える。

 フリューゲル家の兵士とは、明らかに装束の違う一団が見えた。


「大鷹族だ」


 モノとしては、ほっと一安心である。

 ウォレス自治区から連れてきた大鷹族は、大過なく、むしろ静かにモノ達の行列に付き従っていた。

 仲間の一部がウォレス自治区に残っているという不満も、行軍への不平も、一言も漏らさない。精強です、と家令のヘルマンもお墨付きを出すほどだ。


「危険が大きすぎると思ったけれど、彼らを連れてきたのは、本当に正解かもしれないな」


 オットーは言った。でしょう、とモノは胸を張りたい気持ちになった。

 モノにも、恭順を申し出られた時には、正直なところ困惑もあった。彼らが何と言っても、自治区を襲ったことは事実なのだ。完全に信用できたか、と言われたら、多分ちょっと首をひねる。

 でも、モノは信じてみようと思った。

 どの道、きっとこれから、こういう悩みは沢山出てくるに違いない。その度に跳ね除けたら、何も進まない。だったら、最初くらい信じてもいいように思われた。

 勿論、家族に相談もした。そして一部からは、文字通り雷が落ちた。


「『あの大鷹族でさえ君に味方した』というのは、紛れもない君の実績になった。口で言うのと、実際に連れて歩くのでは、大きな違いだ」

「……そ、そこまでは、考えてなかったですけどね」


 モノは頭を搔いた。壁に寄りかかっていたせいで潰れていた猫の耳が、ピンと跳ねる。

 馬車はゴトゴト揺れて、進み続ける。この揺れの中で行儀よく座っているというのも、けっこうな運動だ。

 ふいに、街並みが途切れた。どうやら橋で川を越えるらしい。

 川は緩やかに蛇行していて、モノは街並みの外れにある畑までを一望できる。大陸の大地は、鉛色の空の下でさえ、燃えるような緑に包まれていた。


「お兄様」

「うん?」

「あれは、何畑ですか?」


 目にした畑の種類を当てるのは、モノの行軍の細やかな楽しみだ。


「あれって、どれだい」

「あの一面」

「ふむ。この辺りだと、麦だろうね。収穫の時期は一面金色になって綺麗だよ」


 モノは息を吐く。

 麦。ウォレス自治区で何度か白いパンを食べたが、ふわふわの食感に驚かされたものだ。最初は毎食にお菓子を食べているような気分だった。


「帝国は、すごく豊かな土地なんですね」


 モノは乾季の島の、干からびた畑に思いを馳せる。


「でも、土地の力だけじゃないよ。聖教府の奇跡の力もあるんだ」


 モノはフランシスカからの教えを思い出して、顔を曇らせた。丁度街並みの中に、聖教府の白い尖塔を見つけたところだった。


「……本当に、聖教府の奇跡でこんなに畑がよくなるんでしょうか」

「元々は大鷹族がいた場所だ。草原と荒れ地も多かった。こんな一面が畑にできるほどじゃない」


 休耕地もないだろう、とオットーは指摘した。

 モノも思い出す。島の農法でも、常識だった。畑は使いすぎると、土地の恵みが枯渇する。作物を育てる力が喪われるのだ。

 限られた土地を、どう回すか。限られた種イモを、どう割り振るか。そこが農に携わる者の腕だった。


「神官の奇跡が本当に重宝されるのは、ものの量を増やせるからなんだよ。それが、他との決定的な違い。奇跡ならではの強力さだ。精霊術は水を操ることができるし、魔術は水を氷やお湯に変えられる。でも、虚空から水を生み出すことはできない」


 オットーは続ける。


「奇跡は、無から有を生み出す。聖ゲール帝国は、教会や聖殿を立てて、何十年もかけて、同じ土地に奇跡を使い続けた。土地の恵みの量を、奇跡の力で増やし続けたというわけさ」


 モノは豊かな畑と、緑の丘を見つめた。モノは、どういうわけかちょっと寂しい気持ちになった。

 それは、彼女が目の前の大地の元々の姿を知っているからかもしれない。ゲール人がやってくる前の、大鷹族の細やかな暮らしを、文字通り体験してしまったのだ。


「もっとも、聖ゲール帝国は、今まさにそのツケを払っている」

「どういうことです?」

「年々、土地の収穫量が減っている。どんなに奇跡で祈っても、もう土地の力が回復しないようになったのさ。この辺りはまだいいけど、帝国の北や西の方では、かつての畑がほとんどダメになっている」

「……ダメになった畑が戻るには、数年はかかりますよ」

「そのとおり。多分、領民も段々と不作だって感じ始めてると思う」


 モノは複雑な気持ちになった。


 ――『代償』のないものは、ありません。


 ウォレス自治区で聞いた、マクシミリアン神官の言葉が蘇る。彼が亜人学派を起こし、盛んに運動しているのは、ひょっとして今の状況がよくないことに気づいているからだろうか。

 このままじゃ、良くない。

 そう思って行動しているのは、マクシミリアンも、モノ達も、同じなのだろうか。


(大鷹族は、今をどう思ってるんだろう)


 モノは、精霊術師としての力を起き上がらせた。行列の最後尾にいる大鷹族の方へ、意識を飛ばしてみる。

 その時、遠くから声が聞こえたような気がした。曇天の空の遥か彼方で、誰かが呻いているような。


「モノ?」

「はい?」

「どうしたんだ」


 言われて、モノは目端に涙が溜まっていることに気が付いた。


「んに。何でもないです」


 やがて、正面から楽器の音が聞こえてきた。ラッパという楽器らしい。地鳴りのような音は、太鼓だろう。橋を渡り終えると、街並みが再び始まっていた。


「……け、結構、派手にやるんですね」

「こんな時でも、虚飾が必要なのさ。まぁ、いい加減お金周りも苦しくなってきたから、やせ我慢だけどね」


 オットーのネズミは、片方の頬で笑う。

 やがて馬車の前に、城壁が現れた。石造りの、分厚い城壁だ。表面は白く、荒れて、壁が耐え忍んできた年月を思わせる。


「城壁? 街の中に?」

「ああ、違うよ」


 オットーは、笑った。


「今までの街並みは、城壁の外だよ。本来のサザンの街は、城壁の中さ」


 かつて、サザンは亜人との戦いの最前線だった。城壁を伴った、ゲール人が南部を切り取るための橋頭保だったというのである。亜人がいなくなったことで、街並みが壁の外にはみ出してきたのだ。


(今までの街並みは、ほんの一部ってこと?)


 モノは開いた口が塞がらなかった。

 サザンの落ち着いた街並みを抜けて、モノ達の行列は大通りを進んでいく。フリューゲル家の邸宅は、ほとんど街の中央にあるようだ。

 人々はモノの馬車をじっと見つめてくる。号外だ、号外だ、と叫びながら紙をばらまく男も、何度か目にした。


「私達の家も、この壁の中に?」

「そうだ。さすがに、もう砦じゃない。今風の、ごく普通の屋敷だよ」


 街並みを抜けて家を見た時、モノは目をまん丸に見開いた。驚きのあまり、翡翠色の瞳も、銀色の猫耳も、真正面に釘付けになった。


「ご、ごく普通?」


 モノは、思わず問い返してしまう。

 かつて砦があったと思われる広い場所は、見事に整地されていた。驚くべきことに、湖さえあった。あちこちで土が盛られたり、木が植えられたりしたのかもしれない。城壁の中に、自然をそのまま持ち込んだかのようだ。


「あ、あの、あの」


 モノは口を開閉した。


「か、壁の中に、湖が」

「自然湖だよ。元々、湖をまたいで城壁が作られたのさ。アルスター湖というのだけれど、城壁の中を内アルスター湖、外を外アルスター湖と呼んでいる」


 そんな湖のほとりに、一軒のお屋敷が静かに佇んでいた。

 とても、大きい。何より、モノが見てさえも優雅だった。湖の雰囲気と完全に調和していた。

 ちらり、とモノは丁度通り過ぎた物置小屋を見やる。モノの島にあった普通の住居は、まさしくこの物置小屋と同じくらいのサイズなのだ。


「普通? 普通って……何?」


 首を傾げるモノに構わず、馬車が停まった。

 馬車の後ろから、馬蹄の音。大鷹族の指揮から、ヘルマンが馬腹を蹴って戻ってきたのだ。


「フリューゲル公女の、ご帰還である!」


 家令としての本分で、ヘルマンが家に向かって声を張る。パンっ、と布を打つ音。赤い布がモノの馬車から屋敷の中にまで敷かれた。

 屋敷の大きな扉が、両開きでモノを出迎えた。


「どうぞ、公女様」


 ヘルマンが馬車のドアを開ける。モノは真っ直ぐに伸びる絨毯と、壮麗な館を前に、早くもくらくらし始めた。



     ◆



 ――双頭の鷲の子らよ。サザンへ行き、我らと会いたまえ。

 ――公爵からの言葉を伝えよう。


 そんなメッセージを受けたモノ達だったが、サザンの屋敷へ入った後も、それらしい人物は訊ねてこなかった。マクシミリアン神官の亜人学派、そして宮廷に控えるロッソウ大臣一派。フリューゲル家の危機はまだ続いている。

 待つ間も、家族は精力的に次の手を打ちづけた。

 けれど、結局は遺言書を持った人がモノ達の前に現れることはなかった。ついでに言えば、昨夜モノに接触し、姿を消した商人に関する続報もない。


「で、結局のところ、罠?」

「あり得ます。ですが、まだ到着した初日です。先触れもいただいていませんし、私達を警戒をしているのかもしれません」


 フランシスカは邸宅に併設された聖堂から、定時課の祈りを終えて戻ってきた。イザベラは羽ペンを振る。彼女は嫁ぎ先から戻ってきて初めて目にした実家の帳簿から、当面の軍資金とするべき不急の支出を、十万グルデンほど捻出したところだった。

 モノは猫の耳を動かし、最終的に、長兄の指示を仰いだ。


「お兄様。どうしましょう?」

「非常時においては、一が情報、二が補給だ。情報が来んことには、手は限られる」


 アクセルは赤い髪をかき上げる。


「食って、寝ることだ。それ以外にできることはあるか? いや、ない!」


 思い切りのよい決断を、モノ達家族は遠い目で見送った。とはいえ、モノ達にできることは何もない。サザンの市民は十分に潤っているので、炊き出しのような仕事もない。


(今日は何もなし、か)


 用意された部屋で、モノはベッドに倒れ込んだ。疲れていても、お付きの女性がどこからともなく現れて、モノの衣服を寝巻にしてくれた。

 夜は、静かだ。湖が近くにあるせいだろうか。木の葉の音。水の音。夜の獣の声。モノの猫耳は、まるで新鮮な空気を吸うように、自然の音をいっぱいに感じ取っていく。

 そこに、不穏な空気を感じた。

 眉を顰め、身を起こす。遠くから、夜半の鐘。もう深夜だ。


「なんだろう」


 意図せずとも、猫の耳がぴくぴくと動く。モノはベッドから抜け出して、壁により、ぴったりと窓の外に耳を澄ませた。

 足音だ。

 多分、一人。それに、心がざわつく独特の感覚がある。


精霊(イファ)の気配だ)


 まさか、と思う。

 モノは窓から下を見る。モノの部屋は、三階だ。木立の影に、人影が佇んでいる。顔はよく見えない。

 けれど、異様に白い肌には見覚えがあった。


(なんで)


 思うのと、人影がこちらに気づくのは同時だった。女性じみた白い肌に、頬を引きつらせたような微笑。間違いなく、昨日モノの目の前に現れたあの商人――テオドールだ。

 テオドールは身を翻して、闇に消える。彼は、誰かの密偵なのかもしれない。

 モノは、迷う。誰かを呼ぶべきだ。けれど、その間にも敵は逃げていく。


(なら!)


 モノの決断は早かった。寝巻のまま部屋を出る。外にいた衛視がぎょっとしたが、着替えている時間も惜しかった。


「外に、敵が」

「今なんと」

「私は行きます」


 人にあれこれ指示したり、頼ったりするのは、島娘のモノのやり方ではない。

 あの商人は、島の母、オネの名前さえ口にした。これ以上、真実の前で足踏みするのは嫌だった。

 モノは裸足で廊下を駆け抜け、開いたままの窓から飛び降りた。後ろで衛視が悲鳴をあげたが、モノは近くの木になんなく飛びつく。寝巻に葉っぱが絡みつくが、構うことはなかった。

 柔軟な体で、滑るように幹を降りる。モノは地面の近くに伏せ、地表近くから慎重に音と臭いを感得した。


(もう、いない)


 モノは亜人の鼻を鳴らした。微かに、香水の匂いが残っている。昨日嗅いだ匂いと同じだった。

 香水をつけたまま忍び込んでくるなんて、どういうつもりだろう。

 亜人は夜目も利く。月明かりと湖からの照り返しだけで、辺りは真昼も同然だ。


(追える!)


 随分と久しぶりに、狩人の血が騒いだ時だった。


「モノ!」


 上階から声がした。オットーのネズミが、窓枠から顔を出している。


「急にどうしたんだ」

「お兄様。怪しい人がいたんです。昨日の人と、同じです」

「なんだって」


 オットーは迷いなく窓から飛び降りた。モノはオットーをキャッチして、肩に乗せる。


「一人で行っちゃだめだよ」

「でも」

「……その顔は絶対行く顔だな。ああ、もう」


 オットーはモノの意思を尊重してくれた。公女としてではなく、モノの意思を汲んでくれたのだ。それが嬉しかった。


「匂いを辿ります。ふるい落とされないでくださいね!」


 精霊術師の力が起き上がる。湖の水がうねり、モノに向かってやってきた。

 水で象られた虎が咆哮を上げて、モノの前に跪く。背中に乗った公女は、翡翠の瞳を煌めかせた。


「追うよ、サンティ!」


 城壁の中とはいえ、サザンは巨大な街だ。湖の傍を疾駆する間、モノは見失わないように祈った。

 湖の匂い、草の匂い、土の匂い。モノに流れる山猫の血が、彼女を優秀な追跡者に変えた。

 林の中を駆け抜けて、辿り着いたのは、丘の上だった。木々に囲まれて、周囲から巧妙に視線が隠されている。

 そこに、屋根だけの祠があった。四本の柱が丸い屋根を支えている。石造りのようで、こびりついた苔が月明かりに照らし出されていた。


(水の中みたいだ)


 月光が木漏れ日のように差し込んでいる。青い光は、まるで水中にいるかのようだ。

 屋根が作る暗がりに、テオドールの白い顔が浮かび上がった。


「これは、公女様」


 モノが近づくと、テオドールは薄く笑う。相変わらず、色白の、女性じみた顔立ちだった。


「……昨日も、お会いしましたね」

「その節は、失礼を」


 テオドールは頭を下げる。今日はローブを被っていたが、その内側は昨日と同じ装束かもしれない。ローブが帽子の形に膨らんでいた。


「私に、何か用なんですか?」


 モノは慎重に問うた。敵か味方も判然としないのだ。不用意な発言で、こちらの情報を相手に気取られてしまうかもしれない。


「いかにも、左様です。亡きフリューゲル公爵閣下からのお言葉を、伝えに参りました」


 鼓動が早まる。

 フリューゲル家がサザンで会うはずだった、協力者。それが彼だというのだ。


「先日は、失礼を。本日を迎える前に、あなたについて少しでも情報を得ておきたかったのです」


 テオドールは重ねて詫び、ローブを取った。モノは目を見開く。そこにあったのは、丸い形をした耳だ。

 紛れもなく獣のそれである。灰色の耳が、夜の風に揺れた。

 テオドールのローブの膨らみは、帽子によるものではない。内側に耳を隠していたのだ。


「私は、亜人」


 彼は言った。手袋をした指で頬を擦ると、浅黒い肌が露わになる。

 風がふいて、独特の匂いを運んだ。


(この匂い)


 モノは、思い出す。これは、モノも使ったことがある、白粉(おしろい)の匂いだった。女性のようにさえ見えた白い肌は、変装によるものなのだ。

 かつてモノが、ウォレス自治区へ入る時、白粉で肌を誤魔化し、帽子を被ったように。


「聖ゲール帝国の中に、ずっとずっと潜んできた、亜人です。あなたと会うにも、できる限り慎重を期したかった。この場であれば、人払いも完全でしょう」

「……帝国に、亜人はいないはずだ」


 オットーの声は、干上がっていた。テオドールはモノの肩にネズミがいることに気づき、少し驚いたようだった。が、結局何も言わなかった。先を促すように、小さく頷いただけだ。


「聖壁に閉め出されたはずだ」

「それは外側から見た場合です。物事には、大抵二つの見方があります」


 テオドールは女性的な白い顔に、皮肉気な笑みを匂わせた。


「亜人が通り抜けることのできない壁。その意味は、帝国の外にいる亜人を、中に入れないため。もう一つ、隠された意味。それは帝国の中の亜人を外に出さないためなのです」


 テオドールは、モノに深々と頭を垂れた。


「我々は、『亜人学派』と名乗っています」


 モノは息を呑む。サンティが唸り声をあげ、モノとテオドールの間に立ちはだかった。


「あなた、て、敵ですか」


 モノは問いを発する。亜人学派とは、マクシミリアン神官が率いる軍勢の名前だった。

 テオドールは首を振る。


「亜人学派とは、そもそもは聖ゲール帝国に潜んできた亜人を指す言葉。今まさに辺境で挙兵したマクシミリアンは、我々の称号を僭称(せんしょう)したに過ぎません」


 テオドールはモノを見つめる。


「父と祖霊に誓って、嘘は申していません」


 テオドールから、初めて薄い笑みが消えた。細い目には、意思の光が宿っている。


「あなたは、あなたの母君に生き写しだ。紛れもなく、フリューゲルの血の中で、亜人の因子が現れたのでしょう」


 奇跡です、とテオドールは胸に手を当てた。モノはテオドールのローブに、二つ星の印がついていることに気が付いた。

 ただし、それは白地に黒点の二つ星。『黒星』である。


「お話ししましょう、公女様。あなたと二人でお話をするために、あなたを連れ出す必要があったのです。精霊術師であるあなたなら、きっと来て下さると思っていた」


 館の方から、大きな声が聞こえてきた。この場所は、湖の反対側だ。距離が離れて、林に隠されているとはいえ、いずれ家の誰かが来るだろう。


「手早く済ませましょう。そう、嵐が来る前に」


 テオドールは、話を始めた。祠の中の椅子を勧められたので、モノは喉を鳴らしてから、ようやく座った。

 石の台座は、ひんやりとしている。夜風が葉を揺らすだけの静かな祠で、モノは耳を傾けた。


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