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2-12:演出

 モノ達は自治区の中心部を目指して、馬車を走らせていた。二頭立ての四輪馬車は、しっかりとした行軍用のもの。御者席の上にまで屋根が張り出していた。巨大な箱を馬二頭で曳いているという形だった。

 そこに、最も厄介な追手の手がかかった。

 馬車の屋根に、亜人。白狼族のラシャだ。亜人の装束が向かい風にたなびいて、ラシャの体を何倍にも大きく見せていた。


「馬車に、追手が!」


 水で象られた虎――サンティに乗りながら、モノは瞠目した。ラシャがモノを見下ろす。彼は短槍を馬車の天井に突き刺して、柱のようにしていた。

 短槍が引き抜かれる。ラシャが逆手に持ち替えた。

 狙いは、御者席の天井だ。まずは馬車を操るヘルマンを突くつもりなのだ。


「だめ!」


 叫んだ時、乾いた音が響いた。ラシャがたたらを踏む。その頬を血が伝った。何かが屋根から飛び出して、ラシャの頬を掠めたのだ。

 ラシャが亜人の言葉で毒づいた。敵の騎兵が声を張る。


「どうした、亜人!」

「魔術だ。くそっ、耳が」


 客席で、イザベラが身を低くしていた。その背中で、オットーのネズミが両手を上に掲げている。ネズミの目は光っていた。


(お兄様の魔術だ)


 モノはオットーのことを思い出す。兄は音の魔術が得意だ。また、簡単な攻撃の魔術も使えるらしい。使い魔のネズミに精神を宿しているので、かなりの制限がかかると言っていたが。

 ラシャは頭を押さえている。


「お兄様!」

「モノ! こっちは大丈夫だ!」


 オットーの声が来る。モノはまだ、オットーの魔術が及ぶ範囲にいる。音の魔術が及ぶ範囲なら、オットーの声はモノに届くようだ。


「音、つまり空気の揺れを思い切り強くして、あの亜人にぶつけたんだ! でも、正直、できれば早く来てもらいたい!」


 馬車でイザベラの悲鳴があがった。ラシャがまた天井を槍で突き刺したのだ。


「女? 魔術師か!」


 まさか、魔術を撃ったのがネズミだとは思っていないだろう。オットーが囁く。


「本調子ってわけにはいかない。攻撃は二、三発で打ち止めだ」


 元々、攻撃の魔術自体に制限が多いらしい。島に来た神官マクシミリアンのように、強力な攻撃を何度も放てるのは、奇跡がそれだけ強力ということだ。


「馬車から降りろ!」


 味方の騎兵が声を張る。馬車に寄ろうとするが、敵の騎兵に遮られた。


(私が行くしかない)


 モノはサンティを操り、馬車に寄せさせた。

 続いて、また破裂音。オットーの魔術だが、ラシャは器用に身をひねった。上体を思い切り逸らし、音の魔術は空を切る。

 モノは勇気を振り絞った。サンティを構成する水から、小さな水球を作り出す。

 できる限り圧力をかけてから、前に飛ばした。

 ラシャは槍を屋根から抜いて、水球を切り払った。急な動きで、ラシャがバランスを崩す。好機だった。


「サンティ!」


 水の虎が、ぐっと後ろ脚に力を込めた。加速。サンティごと馬車に飛びつこうとした。が、思うように速度が出ない。むしろ、馬車から離されそうだった。


「モノ!」

「お、お兄様! サンティが、変です」

「大きさだ! モノ、水を使いすぎてる!」


 モノはやっと気づいた。すでに、運河からは遠く離れていた。

 水の精霊術は、使えば使うほど水を消費する。一方、サンティはまさに水で象られた虎だ。

 つまり、新たに水を補給しない限り、サンティは小さくなっていくのだ。小さな虎では、歩幅も狭く、速度も出ない。馬車に並走するだけでも、モノはかなりの魔力(マナ)を使わなければならなかった。

 全速力で走らせても、馬車に追いつくのがせいぜいだ。


「こ、こうなったら」


 やるしかない。負けん気の血が騒いだ。

 モノはサンティを加速させる。四本の脚が地を蹴り、爪で石畳を削った。敵味方の騎兵をかいくぐり、虎が跳躍。その上で、モノ自身も跳ねた。

 ジャンプの高さが足りない分は、モノの体で補うのだ。

 馬車の屋根に、ギリギリで足が乗った。ラシャを睨み付けると、彼は面白そうに口を歪めた。


「お嬢様!?」


 ヘルマンが吃驚する。構うことなく、モノはラシャに向き直る。


「さぁ降りて!」


 体の柔軟さを誇るが如く、両脚を限界まで開いた。容赦なく足払い。体重差は、相手の動きに合わせることでカバーした。

 それにモノは背が低い。狭く揺れる足場では、有利なのだ。


「モノ! 無茶はよせ!」

「でも、そうしたら、ヘルマンが」


 ラシャも亜人だった。柔軟に体を動かして、体術を駆使した。

 槍を杖替わりに、拳を振るう。足をあげたと思えば、馬車が揺れるほど踏み込み、肘で打つ。回避が難しいのはモノも同じだった。二人の位置は目まぐるしく変わる。やがて、ヘルマンの座る御者席の方まで、モノは押し込まれた。

 向こうは徒手だというのに、しのぐだけでも大変な、猛烈な連撃だった。

 距離が開いた時、ラシャは何かを取り出す。短い、筒のようなもの。


(吹き矢!)


 発射された矢を、モノは短剣で弾いた。冷汗がどっと流れる。きっと、刺さったら昏倒する類の矢に違いない。


「や、やりましたね」


 サンティが、地面を爪で抉った。

 直後、水の虎が消える。サンティを象っていた水は、手元に引き寄せた。

 馬車に追いつけなかった水は、そのまま敵の騎兵にぶつけてやった。モノが今から使う水は、掌ですくえるだけで十分だった。


「なにを」


 ラシャが言うより前に、行動で示した。

 モノは短剣に、掌を這わせた。水が短剣の刃に宿る。月明かりが刀身を青白く光らせた。

 振る。

 ラシャが槍で受ける。短剣は、止まらなかった。じわじわと槍の柄を削りながら、ラシャに迫る。固いはずの柄が、まさに切断されようとした。

 モノの短剣にまとう水は、圧縮され、高速で回転していた。さらに、水には地面の小石や石畳の破片が混ざっている。短剣にまとう水は、もはや回転するやすりだった。

 水弾と違って、これなら少ない水で、何度でも攻撃ができるというわけだ。

 ラシャが慌てて退く。完全に攻守が逆転した。


「なんてこと考えやがる!」


 これほど恐ろしい攻撃もない。受けたら、武器が折れるのだ。屋根の上では回避も限られる。

 島にいた時とは違う。モノだって、この水の力を使いこなせるように練習していたのだ。


「さぁ、降参したらどう!」

「ふん」


 ラシャが鼻を鳴らす。そこで、二人は同時に気づいた。

 耳をなでる水の音。いつの間にか、道は水路の近くに戻ってきていた。近くに人の姿もある。避難してきた住民だろう。


「ここは……中心部か」


 敵の騎兵が声を張った。数は、もう二騎にまで減っていた。


「ラシャ! 早くその亜人を殺せ! 人目が出てきた!」


 ラシャは肩をすくめる。その時の目に、モノは違和感を覚えた。戦う時の目ではない。


「……モノリス。お前も、亜人だろう。本当にこのまま進むつもりか?」


 ラシャは短槍を天井に浅く突き刺した。まるで、戦う意思がないとでもいうように。

 戦いの時とは打って変わって、静かだった。馬蹄と車輪の音だけが、二人の周りにある。

 ラシャの言葉も、変わっていた。島でさえ滅多に使われていない、古い亜人の言葉だった。白狼族は壁を作って島の奥深くに閉じこもっていた一族だ。まだ言葉が残っているのだろう。


「亜人とゲール人の融和というがな。こんなにも違う種族だ。見てみろ」


 ラシャは、周囲の騎兵達を顎でしゃくった。

 味方も、敵もいる。でも誰も彼も、モノ達を見つめていた。そこには純粋な驚きと、微かな恐れがある。恐れは、味方の騎兵にさえあった。


「亜人の中で育ったお前は、知らないだろうがな。普通のゲール人には、こうした戦いは不可能だ。馬車の上で暴れるなんてことは、まさに亜人の、連中に言わせれば、『魔』の者の身体能力だ」


 モノは応えなかった。じっとラシャを見つめる。何かしてくるのではないか、という不安が消えない。サンティを殺したのが彼だということを、モノはしっかり覚えていた。吹き矢も警戒しなければならない。

 ラシャは続けた。言葉こそが、今や最も有効な攻撃だと知っているみたいに。


「だからこそ、帝国は聖壁などという奇跡を作ったのだろうよ。違う言葉を話し、違う教えを信じる。あれを作った人間は、二つの種族が決してうまくやれないことを、よく知っていたのさ」


 モノは言った。


「それでも」


 彼女は続ける。


「それでも……」


 家族も、好きだ。生まれ育った島も好きだ。きっとそれは、理屈ではない。どちらも好きになってしまったものは、真ん中の道を通るしかないのだ。

 それがとても大きなものに、刃向かうことになろうとも。


「家族と、みんなと、生きたいんです」


 ラシャは嘆息した。


「どっちつかずは、いずれ煮られてしまうぞ」


 ラシャは、息を吸い、大きな口を空に向けた。叫び声は、遠吠えだった。騎兵たちが目を剥き、馬車馬が怖れたように速度を上げる。

 夜空に長く、遠く響く、本物の狼の遠吠えだ。

 ラシャは、短槍を屋根から抜く。来るかと思ってモノが身構えた瞬間、彼は跳んだ。民家の屋根に足をかけ、瞬く間に上へ、上へと跳んでいく。

 その先に、三角形の翼があった。先ほどのグライダーだ。

 ラシャはグライダーにぶら下がって上昇していく。


「二人分の体重で、飛び続けるだって? やはり、あれにはからくりがあるな」


 オットーがそう見積もった。

 敵の騎兵が叫ぶ。


「貴様、一人だけ逃げる気か!」

「お前らもそうしろ。水の傍じゃ、こいつに勝ち目はないぞ。なにせ、洪水を起こすのだろう? 魔の島でそうやったように」


 ラシャはモノを見下ろした。敵の騎兵は叫び続ける。


「洪水? なんのことだ!」


 ラシャは徐々に高度を上げていく。モノは眉を顰めた。

 会話に違和感を覚えた。

 ラシャはマクシミリアン神官と一緒に島を出たと聞いている。騎兵は、聖教府に所属するものらしい。

 てっきり、二つは仲間だと思っていたのだ。なのに、あまり仲が良さそうには見えない。

 マクシミリアン神官か、この騎兵隊か。どちらかが、独断専行しているのだろうか。


「モノリス!」


 ラシャは続けた。


「マクシミリアン殿から言伝だ。〝あれの声を聴いたか?〟」


 さすがに、これ以上付き合う義理はなかった。モノは運河から水を呼び、特大の水弾を放った。狙うは、グライダーの進行方向だ。

 水弾は空中で弾け、霧になる。弾けた水を、さらに細かく砕いて大気にまき散らしたのだ。

 霧は空の一帯へ広がる。そこをグライダーが突っ切った時、微かに、霧の中から生き物の姿が浮かび上がる。


(鳥……?)


 大きな翼の形が、ぼんやりとうかがえる。頭には(クチバシ)がある。何度か羽ばたき、霧をまき散らすと、鳥の姿は見えなくなった。

 鷹だ、とモノは感じた。


(空気の鷹の精霊(イファ)……)


 サンティが水の虎であるように、空気が鷹の姿を象っているのだ。だからこそ、普段は目に見えない。不可視の精霊(イファ)というわけだ。

 馬車の窓からオットーが覗き、ため息を吐いた。


「やれやれ。水の虎の次は、空気の鷹の精霊か。敵にも面倒なのが出てきたな」


 グライダーは夜空へ去っていった。戦いは終わりである。騎兵達の馬蹄の音が、馬車の周りにあった。

 敵の騎兵、黒星騎兵隊(シュヴァルツ・ワルト)の残党もラシャを失い、馬首を巡らせた。モノ達は襲撃を乗り切ったようだ。モノは器用に馬車の中に戻ると、扉を閉めた。

 しばらく駆けると、景色がさらに変わってくる。


「お姉様、ここは?」

「中心街よ。大きな商館とか、よその国の庁舎とか」

「脇で、何か光ってますけど」

「街灯よ。魔力(マナ)で変質させた、光る石を飾ってあるわけ」


 へぇ、と思った。こんな時でなければ、きっと馬車の扉を開けて見回ってしまっただろう。

 街灯が出てくると、道端は人でごったがえしていた。今にも馬車は進めなくなりそうだった。ヘルマンが何度も声を荒げて、人を退かす。


「到着しました」


 ヘルマンが馬車を停める。そこは自治区の中心部。石造りの建物が並んでいた。様々な決め事をする庁舎なのだと、オットーが教えてくれた。

 平時なら、確かに壮観だったろう。幅が三十メートルはある路地の左右に、大きな建物がいくつも並んでいる。おまけに、どの建物にも見事な彫像や、壁の意匠が伴っているのだ。

 ただ整然としているのは建物だけで、人の動きは滅茶苦茶だった。

 この世の終わりのような顔をした役人と、もっともっと悲痛な顔をした市民が、庁舎に詰めかけている。どの建物の車寄せにも、馬車だの荷車だのが押し寄せていて、広場はほとんど通行不能だった。

 遠くから響く大砲の音が、混乱に拍車をかけている。


「すごい騒ぎです」


 兄アクセルが言っていたのは、こういうことなのだろう。この自治区は、負けそうになれば、なるほど確かにもろい。


「あー。世紀末って感じね。港の戦いに動員されて、整理できる人がいないんだわ」

「ここには、長はいなんですか?」

「長? 一応、領主に近いのはいるけど」


 ヘルマンが御者席から、報告した。


「あちらを。丘の砲台は、まだ健在のようですな。どうやら間に合ったようですぞ」


 窓から、海の方へ突き出す高台が見えた。そこには二十門ほどの大砲が配置され、海賊と撃ち合っているらしい。時折、陣地の土台に敵の弾が着弾していた。


「旗色はどうなんですか?」

「うむ、それは……芳しくありませんな」


 確かに、敵の攻撃の方が明らかに激しかった。ここからでは海は見えない。だが着弾する位置から、どうも三方向くらいから撃たれているらしい。敵に五回撃たれる間に、自治区の陣地は二回撃ち返すのがせいぜいだった。

 さすがにモノにも、沢山撃たれている方が負けていると分かる。


「おい! 早く自治区の外に出してくれ!」


 大声が聞こえて、モノはびっくりした。振り返ると、馬車の近くで言い争いが起こっていた。砲声を縫って、自治区の人間が声を飛ばす。


「まだ大丈夫です! 落ち着いて!」


 自治区の役人は、数人に掴みかかられていた。


「でも、あんなに撃たれてるじゃないか!」

「海防隊は何をやってるんだ!」

「自治区の出口が通れない! あの、聖壁を解除してくれ!」


 モノは、呆然とするしかない。昼間の整然とした自治区が、嘘みたいだった。


「急ぎましょう。多分、命令できる人がいないんだわ」


 イザベラが馬車を降りた。途中、ちょっと思いついたように、にんまり笑って振り返る。

 姉はモノの手を握った。オットーが慌てる。


「ね、姉さん?」

「ふふ。ねぇ、モノ? あなた、さっき私と仕事がしたいって言ってくれたわね」


 モノは頷いた。


「いい子。なら、ちょっとおいでなさいな」


 イザベラはモノを導いた。男装の麗人に導かれ、彼女が馬車を降りると、一気に周囲からの視線が集まる。

 亜人だ、という囁き。自治区に亜人がいるのは、珍しいことではないはずだ。だがこの整然とした庁舎の中に、モノと同じ肌の人は一人もいなかった。海からの風が、猫の耳を揺らす。

 やがて、馬車を遠巻きにする人だかりができた。広場の中で、モノの周りだけが空白だった。イザベラが声を張らなかったら、緊張はさらに高まっていただろう。


「ノイエ次官! ノイエ次官はいるか!」


 人だかりを掻き分けて、一人の男性が出てきた。黒い帽子に、赤のチョッキ。顔には見覚えがある。今朝、モノ達の馬車を取り囲んだ者の一人だった。裏切っていたグレト男爵を捕まえるのに、イザベラが連れてきたのが、この人だ。


「い、イザベラ様」

「水門に案内して。旧市街への水を封じている水門よ」

「旧市街というと……」


 男は、はっとした。


「亜人の、貧民窟への水門ですか? しかし、魔術で閉じられてますので、宮廷魔術師ぐらいじゃないと、もう稼働しないと思いますが……随分、前から動かしていませんし」


 イザベラは、一瞬だけ馬車の中を見やった。モノとイザベラに、慣れた声が届く。


「ここの治水は、確かによくできてる。でも使われている術式は極めて単純だ。正しい知識でマナを流せば、何年たっても問題なく稼働する」

「確かなのね?」

「賭ける価値がある程度には。水門とかの重要な設備は、そう作る(、、、、)のが、技官の腕の見せ所だからね。それが再現性ってやつだ」


 人混みの中から、新たに男が歩み出てきた。豪奢な装いで、見るからに裕福そうだった。彼は胡乱げな眼差しでモノを見つめる。


「おい、獣がいるじゃないか!」


 人混みの視線が、再びのモノに集中する。


「こいつらが襲ってきたんだろ? なんでこの場所にいるんだ!」


 モノは口元を結んだ。何度か呼吸を整えて、男性を見上げる。男性の目は、もう敵意といっていいくらいだった。


「お前たちが、あんな海賊を連れてきたんだろう? 自治区に住まわせてもらってるくせに! さっさと、大陸から出ていけばいいものを!」

「わ、私は」


 モノは男を見上げた。


「私は、敵じゃありません!」


 モノは自治区の近くにあった水を、呼び寄せた。水が大きなアーチを描いてモノの方にやってくる。そして彼女の近くで、ゆるくとぐろを巻いた。

 男が目を見開く。

 モノはイザベラの意図を理解した。亜人の襲撃を、亜人が、亜人の秘術で撃退する。そうすることで、亜人に対する悪い感情が起きないようにするつもりなのかもしれない。


「……お前」


 男は、あんぐり口を開けていた。きっと精霊術を見たことがないのだ。水はゆっくりと虎の形を取り、頼もしげに吠える。ひ、と男が息を漏らす。


「この街を、守ります」

「ま、守る?」

「はい。今から、私達は敵をやっつけます。だから、そんなに慌てないでください」


 モノがぴしりと言うと、広場中がどよめいた。男が声を震わせる。


「私……達?」


 男はそこでようやく、モノの後ろの人物に気づいたようだ。


「へ? い、イザベラ、様?」


 商人に顔が利くというのは、どうやら本当らしい。

 イザベラは意地の悪い笑みを浮かべてみせた。肩をすくめて、ビロードの仮面を頬の高さで振る。

 モノは後ろを振り返った。急ぐべきだった。


「行きましょう、お姉様、お兄様。水は、あっちですよ」


 モノは水の位置を察して、歩き出した。イザベラとヘルマンが後に続き、護衛の騎兵が道を開けていく。自治区の人間も、何人かが頭を振って着いてきた。


「お、お兄様?」

「兄妹、なのか? 亜人と、ゲール人が?」

「あの顔立ち、どこかで見たような」

「そうだ、あの髪……」


 去っていく少女の銀色の髪。その正体が広場で噂になるのに、長い時間はかからなかった。




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