2-10:騎馬との攻防
モノは水の虎、サンティを操る。精霊は魔力による攻撃など、特殊な状況でしか傷つかない。盾とするにはうってつけだった。心の中で何度も詫びて、モノは水の虎を馬車の後ろに走らせた。
敵の様子は。
モノは馬車の後ろ窓から確認する。敵の騎兵は、二十騎ほど。異様な、亜人の装束を着ていた。赤い布に、嘴のついた仮面。穴の開いた眼窩は髑髏を思わせた。
「亜人か?」
オットーの呟きに、モノは応じた。
「あれは大鷹族の意匠です。でも」
モノは眉をひそめる。本能的な違和感を感じた。
(偽物?)
モノは首を振った。じっくり考えている場合ではない。
「公女様!」
護衛の騎兵が警告した。見ると、敵が武器を構えている。見たこともない器具だった。鋭く尖った何かが、馬車に向けられていた。
護衛の騎兵が警告する。
「打ち捨て型のクロスボウです! 頭を下げて!」
「く、クロ、スボウ?」
「いいから、頭下げる!」
イザベラがモノの頭を押し下げた。後ろの窓が割れて、矢が車内に飛び込んでくる。
イザベラが悲鳴を上げる。ネズミのオットーも潰されそうになって、また悲鳴を上げた。
モノは後ろを確認する。矢はそれ以降、襲ってはこなかった。
(大鷹族といえば、騎射が有名だけど)
モノは思う。クロスボウとは初めて見るが、亜人の武器ではないはずだ。
「公女様、ここは我々に」
並走する騎兵達が声をかけた。オットーも叫ぶ。
「直線はまずいぞ。魔術を使うものがいたら、こんな馬車は一瞬だ」
「大丈夫です」
モノは応じた。
「追いつけませんから」
瞬間、運河の水がやってきた。逆巻く波濤となって、運河の水が堤防を駆け上がる。
「お嬢様! これは」
御者のヘルマンが叫んだ。馬車の真正面から、水がやってくるのだ。二頭の引き馬が、悲鳴のような嘶き。
「そのまま進んで!」
モノは水を知覚する。精霊術師の力が起き上がる。水を思うがままに操った。
馬車の前で、水流がうねる。蛇のように馬車を交わし、身をもたげ、モノ達の後方へ飛び込んだ。水流は大通りの半分を占拠しながら、敵の騎兵へ驀進する。
「速度をあげろ!」
敵に、聞き覚えのある声。
モノは舌を巻いた。だって敵は上から覆いかぶさってくる水を恐れず、逆に突っ込んで来たのだ。激流を間一髪で交わして、敵は懐へ入り込む。
「残念です」
モノは無念そうに言った。
「九騎も残りました」
味方の騎兵は、顔を見合わせる。九騎以外、つまり半分以上あの攻撃で潰したのだ。
戦果がないわけじゃない。
ただ、依然として数の利は向こうにある。追いつかれたら、馬車馬に槍を叩き込まれるだろう。頼りになるヘルマンも、馬車を操っていては剣を振るうわけにもいかない。
敵が近寄ってくる。味方の騎兵が戦闘態勢に入る。長い路地はどこまでも続く。水があるうちに、決着を付けたかった。
「お嬢様。水の虎を、敵の騎兵に差し向けては!」
「それだと、一騎や二騎の足止めが精いっぱいです。虎と馬なら、馬の方が早いです」
モノの精霊術はサンティがいてこそだ。離れ離れになると、自衛の時に困る。
でも、このままだとじり貧だ。敵は九騎。こっちにも騎兵はいるが、三騎では数の不利は明らかだ。
「我らが足止めを」
味方の騎兵が、迎撃に向かう。モノの決断は早かった。
「私も、出ます」
モノは並走するサンティに騎乗した。みんな度肝を抜かれただろう。なにせ標的が逃げるどころか、自分から馬車の外へ出てきたのだ。
「こ、公女様」
「敵の狙いがばらけます。それに……作戦の最初には、お姉様とお兄様が必要ですから」
モノは馬車へ叫んだ。
「いざとなったら、お姉様を先に中心部へ!」
ヘルマンにそう伝える。逃亡先は自治区の中心だった。そこはイザベラが懐柔した人間もいるし、港からも離れている。オットーを連れて行けば、作戦を続行することも可能だった。
「お兄様も、お願いします」
モノはポケットからオットーを出して、馬車の中に放った。
「分かってる。これでも、元宮廷魔術師だ。設備の類を動かすのは得意なんだ」
馬車のドアが閉まる。
後ろを振り返ると、敵の騎兵が槍の柄を振りかぶっていた。
身を屈めて避ける。その後ろからもう一人。今度は突き。短剣で払い、水の弾を作った。
騎兵が防御の構え。だがモノが狙うのは、馬のほうだ。馬の口を狙い、圧縮した水弾を放つ。
馬の速度が急に緩み、並走していた一人も巻き込まれる。
「死ね、亜人が!」
そう怒鳴って、また一騎が襲い掛かってきた。
「あなたも、亜人でしょうに!」
言って、水弾を仮面に叩き込む。
敵の仮面が剥がれた時、モノは目を疑った。敵が亜人とは違う、白い肌をしていたからだ。
「……亜人じゃ、ない?」
イザベラの声が聞こえた。
「多分、こいつらが黒星騎兵隊よ!」
黒星騎兵隊。さっき聞いた言葉だった。辺境で鳴らした騎馬隊だという。様々な裏仕事も請け負うという噂も、あるらしい。
(亜人の振りをして、暴れてるってこと?)
モノは眉をひそめた。考え込むゆとりはない。
「ふん!」
大鷹族の一人が、手に炎を生み出す。
「魔術だ! やばい!」
「ま、マジュツ? あれが?」
敵の手から、火の玉が放られた。火の玉はモノの近くを掠めて、石畳を穿つ。
モノは、ぞっとした。神官の雷も恐ろしかったが、魔術も中々に恐ろしい。オネの火の蝶とは、威力が段違いだ。
「魔術はやめろ!」
一人が、怒声。やはり聞き覚えのある声だ。
「まだ殺すな! 生け捕りを優先するという命を、忘れるな!」
そいつはモノの方へ向かってきた。その後ろに、四騎が並ぶ。危機はまだまだ続いていた。
「お嬢様!」
ヘルマンが叫んだ。
「道が、分かれますぞ!」
曲がり角だ。道は市街の方へ折れる。モノは慌てて馬車に追走。運河が遠ざかっていく。モノはその前に、ありったけの水を運河から呼び寄せた。
巨大な波濤が堤防を駆けのぼる。が、手元に届いたのは僅かだった。
水には重さがある。多くの量を操れても、速度には限界があるのだ。あまりに多くの水を呼んでも、追いつけなければ意味がない。
「水がなければ、精霊術師は力を発揮しない」
先頭の騎兵が言う。
「それが貴様の弱点だ」
先頭の騎兵が、仮面を取る。浅黒い肌をした、精悍な顔が現れた。
やはり聞き覚えのある声だ。猫の耳は優秀なのである。
「……誰です?」
彼は、また別の仮面を取り出して、モノに見えるように振って見せた。極彩色のそれは、故郷の島、白狼族の仮面だ。
「その虎が、まさかお前の精霊になるとはな」
サンティのことを言われた時、記憶が蘇った。この口調に、手に持った槍。
「ラシャ……!」
それはサンティを殺した、白狼族の亜人だった。浅黒い肌に、ざんばらの黒髪。狼の目が夜闇に光っていた。
モノは、ラシャの特徴を思い出した。
ラシャには、獣の耳がない。モノのように、頭の上から飛び出す三角形の耳を持っていないのだ。
逆に言えば、氏族の証の耳がないから、どんな亜人にも化けられるのかもしれない。実際、今彼が化けている大鷹族は、耳以外に特徴がある亜人だった。顔まで覆う兜を被ったら、ゲール人の騎兵にさえ化けることができるだろう。
若い世代になるほど、亜人は獣の特徴を失うのだ。
「魔の島の白狼族が、どうして」
モノは混乱した。魔の島の亜人が、このウォレス自治区を襲う理由が分からなかった。
「モノリス。マクシミリアン殿が、会いたがっているぞ」
あの神官に付き従った白狼族がいるという話は、本当らしい。
(まだ私を、狙ってるってこと?)
モノが死ねば、フリューゲル家はお家断絶となる。相続権を持っているのが、今はモノだけだからだ。
だが、ラシャの口調から、それ以上の『何か』を感じるのは、なぜだろうか。
ラシャが鞍上で手を振った。
「散開しろ! 包み込むように、馬車を狙え。そっちは殺して構わんのだ」
モノは、水弾をラシャへ飛ばした。
ラシャが回避する。馬の背で跳びはねて、民家の塀に着地した。
馬車はカーブに突入する。
ラシャはカーブの終わりを目指して民家の屋根を走っていた。屋根瓦が飛び散り、モノの方へ降ってくる。俊敏で力強い動作は、稜線を駆ける狼を思わせた。
その先は――
「だめ!」
モノは慌てる。サンティが地を蹴る。間に合わない。
「公女様!」
背後に敵がやってきていた。味方がすんでのところで敵の槍を払う。
「捕まえたぞ、モノリス」
ラシャは悠々と跳躍した。馬車の屋根に着地する。
白狼族の亜人は、天井に槍を突き刺した。
「無礼な客だが失礼するぜ、公爵一家」




