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亜人公女物語 ~猫耳の公女、モノリス~  作者: mafork(真安 一)『目覚まし』書籍化&コミカライズ!
第2章 ウォレス自治区 再建

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2-9:夜鷹の夢


 その少女は、名をギギという。

 グライダーで夜空に滞在し、襲撃を受けるウォレス自治区を観測するのが役目だった。

 ゴーグルを被ったそばかす顔。茶髪のおさげ髪が、向かい風で後ろに流れている。亜人らしい褐色肌だが、南の亜人よりも少し色が薄かった。

 一族の特徴で、鼻が極めて高く、目つきは鋭い。十人会ったら、十人とも彼女の顔を二度と忘れないだろう。おまけに今は眉間に皺を寄せて、口をひん曲げている。


(どいつも、こいつも)


 舌打ち。危険な役割を押し付けられて、彼女は不機嫌だった。

 亜人は氏族がそれぞれ動物の名を冠しているが、彼女も大鷹族に属している。大鷹族は、幾つかの小部族が連合した部族社会。ギギは小部族の長の娘だった。珍しい力を発現したため、この場に連れてこられていた。

 風が吹いて、高度が上がる。ギギはそのずっと前から風を予感して、翼を傾けていた。革の翼が風をはらんで、ギギを上に運んでいく。

 グライダーは三角形の翼を二つ繋ぎ合わせて、その間にできた糸と骨組みで囲われた場所に、ギギが腰かけるという形だった。風を切る黒い翼は、一羽の巨大な鳥を思わせた。


「サルヒ。風を頼む」


 ギギには、己の精霊の姿がおぼろげに見えた。空気の密度が、微かに変わる場所がある。そこに彼女の精霊はいる。


「さて、敵はどこだかね」


 顔を歪めて、ギギは下を観測した。

 港の連中は、馬鹿のように貴重な大砲を撃っている。いや、実際に馬鹿なのだ。馬鹿に違いない。だって、こんな襲撃に本気で手を貸すのだから。

 ギギは、一族を焚き付けたあのマクシミリアンという神官がイマイチ信用できない。

 聖教を奉じる聖教府の一員のはずなのだが、今一つ、彼は聖教府そのものに信用されていない気がするのだ。現に、聖教府は聖教府で、自治区に騎兵隊を送っている。


(ま、考えてもしょうがないか)


 ギギに力はない。部族にもない。流されるしかないのだから。

 ギギは視力を活かして夜の町を見下ろす。砲火のせいで、明るい場所と暗い場所がくっきりと分かれていた。探すのは、亜人の公女、モノリスだ。殺してもいいが、できるだけ生け捕れと言われている。後々の取引に使えるからだろう。先程、騎兵が集まっていた屋敷が怪しいが、どうせもう移動しているに違いない。


(これじゃ、暗がりに紛れちゃ分かんないぞ)


 明るい場所があると、その周りはいっそう暗さを増す。だが見失う心配は、幸いにも杞憂だった。

 ぞくりとした。

 巨大な生き物に見つかった感覚。ギギが見つけるのではなく、相手がギギを見つけたのだった。

 慌てて下を見る。月明かりと襲撃の炎が照らす市街を、一台の馬車が走っていた。目的は、中央部だろうか。


「確か、敵にも精霊術師がいるって話だけど」


 ギギは事前の情報を思い出す。そして今感じている悪寒が、敵の力の先触れだと知って、震えそうになった。


「ば、化け物かよ」


 ギギは、グライダーに吊るしていたランプを手に持ち、振った。下界から光の応答が帰ってくる。ラシャという亜人が、今からそのモノリスとやらに向かうだろう。

 マクシミリアン神官が、とある島から引き抜いた亜人だった。


「あ、あたしはごめんだわ。化物は、化け物同士でやってよね」


 ギギは精霊に命じて、高度を上げた。

 港から怒声が聞こえる。どうやら港へついた仲間が、上陸を始めたようだった。きっとひどい戦になるだろう。

 市街にいた騎兵隊が、モノリスの馬車を追い始めた。

 聖教府の騎兵隊に、そのラシャとやらは紛れているはずだった。



     ◆



 移動のための馬車は、作りのしっかりした、二頭立ての馬車だった。モノは石畳の揺れを感じながら、教えてもらった情報をおさらいする。

 ウォレス自治区の人口からして、常備している警備兵は千人くらいらしい。島よりもずっと人口は多いのに、戦士の数はそこまで多くない。

 これに、夜警や緊急動員にかけられる人員を合わせると、人数の上では襲撃者よりも優位だった。ただ、すでに自治区の中にも敵がいる。


『もっと深刻なことがある』


 やっと会えた長兄、アクセルは教えてくれた。彼は今、騎兵を率いて自治区の大通りへ向かっているはずだった。


『戦力は、評価できる。数は多いほどいい。が、人間の意思はそうもいかんのだ』


 家族は、この街には『核』がない、という言い方をした。戦のための街ではない。負けそうになればひどく脆いということだった。


『自治区にも、数は少ないが大砲はある。船は、敵の帰りの足だ。聖壁のせいで、自治区以外には取り付く島もない。延々と大砲を撃ち合うことは避けるだろう。となれば』


 アクセルはにやりと笑ったものだ。


『敵の戦術は限られる。小舟でさっさと上陸して、港を突破、大砲の陣地を奪取するのだ!』


 まるで他人事のように、兄は大笑した。

 つまり敵が市街に入り込むのを阻止しなければならない、ということだ。まとまった人数が進むとすれば、モノ達が朝に通った中央通り、ということになる。中央通りを折れて坂道を登れば、大砲の陣地に辿り着くからだ。


『大砲の音は大きい。味方の砲台が沈黙したら、兵にも分かるだろう。潰走はそこから始まる。敵は悠々と略奪し、朝方には消えている。亜人に対する迷信的な恐れも、この手の戦では馬鹿にならん』


 まずは、敵の侵入を食い止めろ。そのためにモノは馬車に乗っていた。状況は単純だ。

 間に合うか、間に合わないか。

 状況をなんとかするには、奇策が要る。水路のある町。まるでモノに活躍を強いるような状況だった。


「モノ、本当にいいの?」 


 イザベラは、作戦に懐疑的のようだ。無理もない、とモノは思う。姉はモノの精霊術を見ていないのだ。

 アクセルはすぐに信じたのだが。


 ――よし、分かった。任せる。


 あの二つ返事は、本当に大丈夫なのだろうか。オットーが言うには、戦においては間違いないらしいのだが。


(あれでいいのかなー)


 モノは手の中に抱いたオットーを、両手で包み込んだ。悩むより、行動。自分の心が、やっと自分の手に戻ってきたみたいだった。

 馬蹄の音が背後から聞こえたのは、その時だ。


「モノリスがいたぞ!」


 敵の騎兵が追いついてきたらしい。


「敵は空にいる。どうやら、位置がばれたようだな」


 オットーが冷静に解説した。時間の問題だったというわけだ。


「振り切ります。揺れますぞ」


 御者席のヘルマンが、頼もしく言った。

 馬に鞭をくれる。

 だが、いい結果にはならないだろう。亜人の耳は、騎兵の馬が悍馬であることを聞き取っていた。

 モノは表の騒がしさとは裏腹に、心が落ち着いてくるのを感じた。

 手の中にオットーのネズミを感じ、すぐ隣にはイザベラが乗っている。

 イザベラは馬車の揺れに耐えながら、じっと窓を見つめていた。男装の美女の横顔を、月明かりがたまに照らす。


「大通りです」


 景色が、一斉に広がった。辺りを囲っていた建物が消える。視界が広がり、目の前に運河があった。幅の広い運河の先には、陸地が見える。大きい、とモノは思った。平地が延々と続き、なだらかな丘が月明かりに照らされている。

 モノはまだ、世界の一部分しか見ていなかったのだ。

 そして運河と陸地の間に、透明な壁が立ちふさがっていた。月光で鈍く光る、巨大なマナの壁。聖教府の奇蹟、『聖壁』だった。

 奇跡は信徒が多いほど、威力が増す。聖ゲール帝国は、全員が信徒だ。その圧倒的な人数によって、国境の南半分を占める巨大なマナの防壁を築いている。

 寒々しい気持ちになる。

 あれのせいで、モノはずっと島にいた。家族と分かれ、ひっそりと暮らした。

 モノが隠されたことも。島でオネと出会えたことも。戦争があったことも。自治区の片隅で、亜人達が打ち捨てられていたことも。


(変えられるのかな)


 モノは思った。それは、些細な疑問だった。

 疑問は、モノの心に小さな火を点けた。

 生家からの手紙。やっと会えた兄。今までのありとあらゆる思い出が、モノの中にやってきて、そっと背中を押す。

 モノが歩いてきた道が、迷いながらも、ぶつかりながらも歩いてきた道が、進むべき道を示していた。

 過去は過去に過ぎない。一つ一つは、単なる思い出だ。そこにどんな意味を見出すかは、モノ次第だった。

 空に輝く星を結び、そこに意味のある形を――星座を見出すように。


 ――私に、何ができるんだろう。


 島を出る時の疑問に、答えを出す時だった。


「公女様。我らは敵の足止めに向かいます」


 外から、騎兵たちが声をかける。アクセルがモノ達に送った騎兵だった。イザベラの謀りで、自治区に輸出用、農耕用と偽って、騎兵の軍馬を運んでいたらしい。騎兵はゲール人だから、自治区の中で馬と組み合わせれば、騎兵隊の完成というわけだった。

 騎兵が馬車から離れていく。死地だ。モノはそう思った。


(怖い、けど)


 モノは思う。手が震える。大人になるとは、立ち向かうことなのかもしれない。


「お兄様、お姉様、ヘルマンさん」


 モノは言った。


「わ、私の水の力を使えば、大丈夫です」

「モノ?」


 イザベラの顔に、不安が過ぎる。モノは窓の外の運河を見やる。


「あなた」

「私も戦います」

「ま、待ちなさいよ。あんたは、ウチの切り札なのよ。そう簡単に前線に出ないで」


 イザベラは思わず口走って、自分の失言に気づいたようだ。前線というなら、この馬車こそ最前線だった。


「いいんです」

「モノ?」

「私、やってみたいんです」


 モノは言った。


「私、お姉様とも仕事がしてみたいと思うのです」


 イザベラが目を丸くした。モノはオットーのネズミを、ポケットに入れる。


「あまり、人も死んでほしくもありません」


 そのための手段が、モノにはある。イザベラがモノを見つめた。


「……おかしいですか?」

「いいえ」


 イザベラは苦笑して、肩を竦めた。

 モノはドアを開ける。夜風が吹き込む。運河から水の精気を感じた。夜は満潮の時刻だった。


「サンティ!」


 呼びかけると、運河の水がうねる。水の虎が出てくると、イザベラが唖然とした。

 虎の後ろから、水が波濤となって堤防を駆け上がる。

 モノが驚くほどの、凄まじい水量。ヘルマンが鞭をくれなければ、そのまま馬車を飲み込んでしまいそうだった。

 解き放たれた虎の咆哮が、夜の大気を震わせた。



(ご連絡)

2/19 序章を追加いたしました。

活動報告でも、ご報告いたします。

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