表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
亜人公女物語 ~猫耳の公女、モノリス~  作者: mafork(真安 一)『目覚まし』書籍化&コミカライズ!
第2章 ウォレス自治区 再建

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/98

2-1:聖ゲール帝国

 魔の島から大陸への移動には、船を使った。第三国の港を経由しつつ、目的地へ向かう流れだ。モノは移動の間、地理や歴史をおさらいした。


「まず、僕らの国の正式な名前から行こうか」


 船室で、オットーのネズミは棒切れを振った。鯨油のランプが、船の揺れに沿って炎をちらつかせた。


「聖ゲール帝国。正式には、『大陸の人々のための聖ゲール帝国』」


 それが、国の正式な名前だった。


「歴史をおさらいしよう」


 最初は、単なるゲール王国だった。

 起源は、およそ二百年前に遡る。

 大陸の北方で栄えていた国があった。民族はゲール人。彼らのゲール語が、今は大陸の公用語になっている。このゲール人の国が、次第に南下した。その途上で、肥沃な南部にあった小国や都市国家を、次々に飲み込んだのだ。

 南下当時の国王は、カール一世。もうめちゃくちゃに強かった。

 ただ、この当時はまだ『ゲール王国』だった。頭に『聖』の文字が付き、『帝国』に化けるのはもう少し後になる。


「ゲール帝国は、聖教府の守護者なんだ」


 聖教とは、光の神を掲げる、大陸でもっとも信仰されている教えだった。

 教団は、そのまま聖教府という。

 大陸の南には、聖教府の中心部がある。

 南部に進出したゲール王国は、聖教府の守護者となり、頭に『聖』の文字が付いた。また、聖教府の指導者、教皇により、ゲール国王は皇帝を名乗ることを許される。


「皇帝が頭になったから、王国じゃなく、帝国になった。ややっこしいけど、聖ゲール帝国の成立からして、聖教府が噛んでいたってことが分かればいい」


 今でも、聖都における皇帝戴冠式は、帝国最大のイベントとのこと。

 こうして後ろ盾を得て、聖ゲール帝国は南下をさらに進めた。その過程で、ある民族と戦争をした。それこそが、聖教府が帝国に求めたことでもあった。


「正式な国名には、『大陸の人々のための』という言葉が入るだろう。これが、今の騒動の原因なんだ」


 わざわざ帝国の名前にしたのには、理由がある。

 人々のくくりに入らない――いや、『入れたくない』存在が、大陸にはいたからだ。


 それが亜人である。


 彼らは動物の特徴を持つ。獣の耳であったり、鼻であったり、瞳であったり。

 聖教府は彼らを悪魔の使いと呼んだ。聖教府の中心部も大陸南部。その大陸南部に進入し、住んでいたのが、この亜人達だった。亜人達がそれぞれ固有の信仰を持っていることも、問題を複雑にした。聖教府は一神教だったからだ。

 聖教府は彼らを憎んだ。

 聖地である南部を、土着の信仰で荒らしまわる亜人達。

 特に南下当時の教皇アレクシオ二世は、亜人達を生涯に渡って憎み続けた。

 だからゲール人を、諸手をあげて迎えたのだ。


「人々のための、ていうのは、要するに人じゃないやつは入れないよってこと。『異民族閉め出し令』によって、明文化された」


 亜人の特徴を持つ者は、聖ゲール帝国に住むことを許されない。

 だが帝国は南下してくる。帝国の動員力と、聖教府の奇跡が相手では、あまりにも分が悪かった。

 玉突きのように亜人達の移動、いや、逃亡が起こった。

 移動を余儀なくされた者には、幼い子もいただろうし、老人も病人もいただろう。彼らを守るために、猛々しく戦った亜人もいるだろう。

 だが、およそ五十年前、帝国の南下は完了した。

 元々住んでいた亜人達は、帝国に治められた地域から完全に閉め出された。

 正確な数は分からない。数十万人とも、百万人規模とも言われている。

 山猫族も、白狼族も、そうして大陸を出た一族だった。


「閉め出し令には、副作用があった」


 この閉め出し令によって、聖教府は帝国と合体した。閉め出し令の及ぶ範囲が、すなわち帝国の国境である。

 聖教府は関税を取る権利を得た。加えて、貿易する権利を商人や貴族に高値で販売するようになった。


「でも、組織は必ず劣化する。鉄が錆びるように。権力を持てば尚更だ。聖教府も最近では、かなり汚職や腐敗が目立つようになった」


 そこで、とある神官が『九十九条の提言』という訴えを起こした。

 『九十九条の提言』自体は完全に宗教的な内容だ。だが、論争はやがて商業の南部(開放派)と、伝統を重んじる北部(保守派)との間の政争に発展した。

 フリューゲル家は、南部の領袖である。帝国南下の要諦を務めた一族でもあるのだ。今も昔も、騒動の中心にいると言えた。

 だからこそ、わざわざお家断絶のための法律が作られたわけである。


「分かったかな?」

「スー」

「ああ、もう。つまり、帝国は今、南部と北部に分かれていて、僕らは南部に属してるってこと。僕らが勝てば、差別されてる亜人だって得するんだ」


 船の中でそんなやりとりをしつつ、モノは大陸へ向かった。



     ◆



 大陸へ上陸する日、モノはひどくドキドキした。

 緊張と不安、そして期待。だから水平線の上に、美しい街並みが見えた時、弾けそうな笑顔を浮かべた。


「すごい」


 白い街並みが、玄関のように横たわっていた。陽光が建物の壁を洗っている。

 街の左右にも緑の陸地が続く。まさに”大”陸なのである。


「ウォレス自治区という。ここは閉め出し令の例外で、亜人でも入れる場所なんだ」

「自治区?」

「そう。法律上は、帝国の外部に当たる。だから亜人でも入れるってわけ。鎖国政策における外国人特区と言ってもいいだろう」


 なるほど、とモノは頷いた。

 オネからある程度の歴史は教えられている。オットーの講義と相まって、それくらいなら思い出せた。


(そういえば、そんな話してたなぁ)


 島でもうっすらと感じていたが、オネがモノに教えたことは、かなり高度なことも混じっていた。モノは島の母に感謝した。


「上陸した、その後は?」

「なんとかして帝国の内部に入る。流動的だが、幾つかプランがあるんだ。街で現状を確認して、一番いいものを採用しよう」

「はい!」


 モノは船の舳先から、大陸を見つめた。


(これが地平線かー)


 島では、水平線は見えても、地平線は見えない。そんなに大きな陸地がないからだ。

 ついでに言えば、今乗っている船も、三本マストの最新式だ。こんな立派な帆船は、見たことがなかった。

 少しして、進行方向に水先人のボートが現れた。


「そろそろですな」


 ヘルマンが、モノに近づいてきた。

 壮年の戦士は、革の旅装に身を包んでいる。整えられた髭を持つ精悍な顔に、革の帽子。鷹のように鋭い目が、鍔の下から甲板を警戒した。

 モノも甲板を見渡す。

 すでに下船予定の人が集まっていた。モノのような、褐色肌の人がほとんどだ。色白の人は、数えるほどしかいない。ズボンのお尻が不自然に膨らんでいる人もいた。


(尻尾だな)


 亜人の特徴は、耳だけではない。尻尾もあれば、獣毛もある。


「客は中へ戻ってくれー!」


 船員が大声を出しながら、甲板を練り歩いた。


「帆を畳むぞー!」

「手伝わないやつは降りてろー!」


 乗客が、船室へ戻り始めた。


「私達も戻りましょう」


 モノも、自分達の船室へ戻った。

 通関の前には色々と準備が必要だ。

 マクシミリアンを逃がした以上、モノの存在は敵対勢力に知られている。おまけに閉め出し令のせいで、亜人が歩けるのはウォレス自治区などの例外だけだ。行く先は限られるというわけだった。フリューゲル家をこのまま断絶させたい勢力が、自治区の通関に網を張っていないとも限らない。

 なるべく目立たないよう上陸するのだ。


(服は、大丈夫かな)


 モノは自分の服をざっと確認した。

 マント、そして鋲がついたチュニックに、頑丈そうなズボン。最後に、革の帽子を被る。これで猫の耳を隠すのだ。


「どこからどう見ても、何の変哲もない旅人ですね」


 服装は大丈夫そうである。残る問題は、肌だ。

 土色の肌は、明らかに亜人である。これを誤魔化せれば、強力な目くらましになるだろう。


「よし!」


 気乗りしなかったが、やるしかない。

 モノは荷物から木の筒を取り出す。開けると、粉っぽい匂いがした。肌を白く塗る化粧品だ。船旅の間に仕入れたものだった。


(時期を見て、これも塗っておこう)


 通関の直前がいい。さすがに部屋に入った亜人が、出る時に白い肌をしていたらおかしいだろう。うまく塗れるだろうか。大陸の化粧をこんな形で使うのは、予想外なのだ。


「そろそろ、通関ですな」


 モノは身を固くした。

 いよいよ自治区に上陸するのだ。


「だ、大丈夫でしょうか」

「ウォレス自治区は、フリューゲル家に友好的な有力者が、多数居住しています。ご安心ください」


 言い合っていると、船室に男が入ってきた。

 黒色の制服に、黒色の帽子。ただし、帽子には赤い羽根が差さっていた。

 港の役人だろう。よく見ると、服には聖教府を示す『二つ星』が縫い込まれていた。彼はヘルマンと目配せをし合う。


「こちらへどうぞ」


 モノは船倉へ案内された。降りていく他の亜人達とは逆方向だ。


「この中にお入りください」


 示されたのは、樽だった。


「…………え?」

「さぁ、早く」


 モノは樽の中のリンゴを食べながら、上陸した。


 白粉を肌に塗るのは、その場でやっつけるしかなかった。


鏡を見ないで白粉(おしろい)を塗ったことが、後々悲劇を生む……かもしれない。


明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いいたします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ