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1-10:大陸へ

 停戦から二日が経った。

 精霊術で村に導かれた水は、村中総出で処理された。普段は雨季の時にしか開けない水路を使って、水を川に戻したり、海に流したりした。

 モノは改めて水の恐ろしさを知った。高い場所から低い場所に流すのは簡単なのだが、再び元の場所、つまり高い場所に戻すのは、大変な精神力を必要とした。

 結局、半分くらいの水は、村人の助力に頼った。


「力を使いすぎたのかもね」


 とは、オットーの言である。あの晩、モノは精霊術師(イファ・ルグエ)として大量のマナを使った。それが回復するまでは、あの夜のような無理はできない、とのことだった。それが人力に頼らざるをえなくなった、理由だ。

 とはいえ、モノは勝利と停戦の立役者でもある。

 氏族(オボド)の人はモノのために快く働いてくれたのが、せめてもの救いだった。

 ただ、納屋にあった素材の多くは、労力の見返りに振る舞わなければならなかった。


 変化はもう一つある。停戦の話し合いである。

 二日の間に、モノ達の属する山猫族と、攻めてきた白狼族の間に停戦の会議が設けられた。

 議題は、争いの手打ち。つまり、補償と謝罪、今後の取決めだ。

 正式には、別の氏族(オボド)に仲介人を頼む。けれど、昨日の内にオネや村長といった有力者たちが白狼族と面会し、話の大部分を内々に決めたらしい。農作業もある。停戦の決め事を棚上げにしたままでは、何かと具合が悪い。


 そんなこんなで、モノは今、村の集会所にいる。功労者として、特別に停戦会議の内容を聞くためだった。

 時刻は、昼時を少し過ぎた頃。

 狭い部屋の中心には(かまど)があり、煙が天井に向かって立ち上っていた。(かまど)を挟んで、モノはオネと向かい合っている。

 山猫族の長は、部屋の隅で、黙って聞いていた。この集会所は、臨時でこの長の屋敷という扱いになっていた。大砲で長の家が破壊されたからだ。


「イモの貯蔵不足?」


 モノは開戦理由を聞いて、呆れた。


「ああ、そうだ」


 オネが、停戦会議の内容を話し始めた。精霊術師(イファ・ルグエ)は煙草の煙を吐く。


「去年は日照りで、おまけに雨季に豪雨が重なっただろう。それで、十分にイモを残せなかったそうだ。運がないねぇ。貯めるはずだったタネイモが、豪雨に流されたんだろう」

「じゃ、フォニオとか食べればいいじゃないですか」


 フォニオとは、島に自生している、麦のような植物だった。実が小さくて脱穀は大変だが、条件が良ければ植えてから一月ほどで収穫可能になる。味はよくないが、飢えをしのぐには十分だ。


「そうは言うがね。私らが当たり前にやっていることでも、知らない人にとっては、どうしたって思いつけないものさ」


 停戦会議の結果は、両者の痛み分けとなった。白狼族は、山猫族に補償をする。これは家や塀を直すための、用役の提供だ。一方、山猫族は白狼族に種イモを提供することになった。大砲などの兵器は、全て山猫族が接収した。


「食料を奪うための戦争だった、てことですか」

「ああ。だから雨季のすぐ後に始めたんだね」


 モノは複雑な気持ちになった。白狼族の方にも、強い開戦の動機があったのだ。


「白狼族は、誇り高い連中だ。頭を下げて食料を買う、ということが我慢できなかったんだろうさ」

「でも、誘いに乗るでしょうか? 神官といえば、あまりいい話は聞きません」


 マクシミリアンのような神官と、亜人の関係は、決して良好とは言えない。神官の教えが、亜人差別の元凶だからだ。


「それは、白狼族次第だ。神官を嫌う気持ちより、私らを妬む気持ちが強ければ、こういうことも起こる」

「同じ亜人同士じゃないですか」

「だからこそ、さ」


 オネは寂しげに笑った。


「遠い大陸で栄えている人と、すぐ隣で栄えている人。亜人も、人間も同じでね。どうやら目で見える方を妬むのさ」


 モノは口をつぐんだ。そういうものだろうか、と思う。

 けれど、目で見えないものにあまり気持ちが沸かない、ということは理解できた。モノの家族への気持ちが、まさしくそうだったからだ。


「白狼族は、島に来た氏族の中じゃ、一番歴史が浅い。島の農法にも、私らほどは詳しくないだろう。苦労したんだと思うよ」


 白狼族は、大陸の帝国から閉め出された異民族の一つだった。

 かつての亜人は、土地を巡ってその国と争った。争いは帝国の南下と表裏一体であり、帝国が南下を終える、つまり南の海岸線に辿り着くまで続いた。

 白狼族は最後まで猛々しく戦った。そして敗れた。一族は散り散りになり、その一つがこの島にやってきたというわけだった。それが大体、モノ達の一世代前の出来事だ。

 モノ達のような山猫族は、土地からの閉め出しにすぐ順応した。元々、島嶼を渡り歩いてきた民族だ。大陸の生活など、長すぎた野営の一つに過ぎなかったのだろう。


(じゃあ……白狼族は、そもそも、私達が嫌いだったのかな)


 片や最後まで戦った一族。片や、早々と白旗を上げ、引き揚げた一族。力の差があったからこそ、単なる不仲で済んでいたのかもしれない。

 不満が、神官の扇動と武器の供給で爆発したのだ。


(全然、気づかなかった)


 何気なく暮らしていて、そんな見方をしたことはなかった。


「オネ。あの神官は?」

「ああ。あいつは、逃げた」


 思わず立ち上がった。


「逃げた?」

「ああ」

「こ、ここまでして? 島をこんなにしておいて?」


 オネは頷く。オネは島の嗅ぎ煙草ではなく、パイプを使って口で吸うタイプの煙草を愛する。大陸式らしい。

 紫煙が、ゆっくりと部屋の中を回った。


「落ち着きな。船で逃げたよ。同行した白狼族もいるらしい」

「……どうして、あんな人に」


 オネは懐から、青い布を取り出した。それは白狼族が腕に巻いていた、青い布だった。


「これは、聖教の印だ。聖印という」

「聖印?」

「こら。教えただろう」


 う、と言葉に詰まる。慌てて記憶を探る。


「……聖教は、大陸で流行っている教え、ですよね。光の神様を奉じるという。聖印は、えっと、信じている証みたいなもの」

「そうだ。青い布は、聖教に改宗した人間の証だ。多分、白狼族の改宗は本物なんだろう」

「私達には精霊(イファ)がいるはずですけど」

「ま、それにこだわる必要もないけどね。何を信じるかは、好きにすりゃいい。ただ」


 オネは目を細めた。


「白狼族は、島の中でも特殊だ。閉鎖的で、因習も強い。多分……聖教に本当に救われたってやつもいるんだろう」


 サンティを殺した、ラシャという亜人も島を出たらしい。彼は耳がない亜人だった。

 モノを息を吐く。分からないことだらけだった。大陸からの文をきっかけに、モノの世界に知らないものが次々とやってきていた。

 でも、負けるつもりはなかった。


「神官は、何で私達を戦わせたのでしょうか」


 それが、きっと本題だった。オットーのネズミがやってきた。


「モノリス、言いにくいけど、それは……」


 モノは答えを先取りした。オットーは、なんだかモノに遠慮をしているようなのだ。


「私、ですか。神官は、私を捕まえたかったみたいですけど」

「うん。君の身柄を確保するか、あるいは、亡き者にするか。どっちの比重が高かったかは分からないけれど、それを行うために、予定されていた戦争を利用した。そういうことだと思う」

「オットー様」


 入り口から、ヘルマンが入ってきた。壮年の戦士は、一人ずつに一礼すると、入り口の傍に控えた。


「まずは、大陸の状況をお話しませんと」

「ああ、そうだね」


 そもそも、公爵家の娘モノリスが、亜人の氏族(オボド)で生活していることは、大陸では秘密だった。

 オットーが言うには、父親の死によって、にわかにその存在が浮かび上がっているそうだ。

 相続に関わるからである。


 ――力を合わせて、五人(、、)で生きよ


 オットーが言うには、それが父の遺言だ。隠された子供、『モノリス』を認めた発言と言っていい。フリューゲル公爵の子供は、表向き四人ということになっているのだから。


「モノ。先に文が届いていると思うけど」

「お父様が、亡くなられたそうですね。お兄様からの文で読みました」

「ああ。まぁ、実はあれは僕らが書いた文ではないのだけれど」


 モノは変に思った。だがオットーはそこには触れず、話を戻す。


「そうだな。例えば、大陸の誰かが暗殺したり、誘拐したりするよりも。島で戦争が起こって、その中で行方不明になった方が表向きはずっと穏やかだ」


 モノは眉をひそめた。


「何ですか、それ」

「……そういうものなんだ。少なくとも、宮廷や貴族の手は、公爵の子を殺したという血で汚れないからね。血統というのは、そうして神聖を保つんだ」


 オットーは咳払いをした。


「ともあれ、宮廷は大騒ぎだ。公爵が亜人の子供を持っていたというのは、天地がひっくり返るような話だからね」


 貴族は血の霊威を重んじる。その血縁者に、亜人がいるというのは、とんでもない醜聞らしい。


「……別に、亜人でもいいじゃないですか」


 モノは唇を尖らせた。部屋の隅で、長も頷く。


「兄上殿。生まれで彼女を責めるのは、酷ではないですか。現に、彼女は生まれに関わらず立派に成長した」

「勿論、その通りです。でも、モノリス、君の存在は徹底的に隠されていた。今それが明るみに出ると、困る人たちがいるんだ」


 オットーは言った。


「フリューゲル家は、今、断絶の危機にあるからだ」


 え、と思った。


(ダンゼツ?)


 すぐに意味が繋がらない。ヘルマンが補足してくれた。


「『断絶』とは、相続者がいない状態のことです。つまり、フリューゲル家の家督……財産は、あなた様の御父上が泉下に入った後、まだ誰にも引き継がれていないのです。このままでは……爵位は廃されるでしょう」


 モノは目を丸くした。困惑に、耳がぴこぴこ動く。


「お兄様も、お姉さまもいると聞きましたが」

「なのだけれど。神官によって、相続権を停止された」


 モノはびっくりしてしまった。


「な、何したんですか」

「別に何も」

「へ」

「まぁ、なんというかな。宮廷の権力闘争の真っ最中でね。帝国の北部の貴族と、南部の貴族が、神官を巻き込んでやりあってる。その中で、フリューゲル家は、相続者なし、つまりお家断絶の形で爵位を廃されようとしているわけだ」


 要は、濡れ衣ということらしい。


「父さんが、危篤になった時。僕ら、兄妹全員が呼び出された。その時、全員が無実の罪で拘禁された。宮廷を侮辱した罪、公金を横領した罪、そして……亜人を擁護した罪」


 最後で、モノの顔が上がった。


「私、ですか? 私を生かしたのが」

「いや。君を島に逃がしたのは、十年以上前の話だ。亜人を擁護した罪というのは、フリューゲル家がここ数年で行っていた、ある活動が神官の怒りに触れたからだ」


 オットーは続けた。


「残念ながら、僕らの相続権を停止する法律は、宮廷で可決した。皇帝も署名したから、発行済み。だけど……」


 モノは、なんとなく、察した。


「君の相続権だけは、まだ停止されていないんだ」


 なぜなら、そもそも、表向きはいないことになっているから。存在しない人間が、罪を犯すはずもない。

 つまり、モノだけは罪に問われることもなく、相続権を持っている。おまけに出生記録だけはしっかりと残っている。表向き、死産ということになっているだけで。


「死んだことに、なってるはずですけど」

「それは表向きだ。否定すればいい。現に、事実として、君は生きている。そうすれば……」


 フリューゲル家はお家断絶を免れる。相続者がいればいいのだから。

 公爵家の中で、相続権があるのは、モノだけになる。


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