表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/98

1-9:戦いは終わりです

 白狼族の一団は、斜面を降りた。村を囲う壁は、昼の戦闘で破壊された後だった。村の中心、広場へはすぐに出られそうだ。


「しめたぞ」


 一人が呟いた。松明の灯りが、戦士達の極彩色の仮面を照らす。足元に生まれる影は、夜闇よりもいっそう濃かった。


「この辺りは、どうやら、水が引いている」

「まっすぐに進めば、広場(ユイロ)に出る」

「そこを集結の拠点としよう。笛を持て」

「行くぞ。ああ、くそっ、ぬかるんでいるな」


 口々に言葉を交わしながら、白狼族は村の奥へ進んだ。



     ◆



「来た」


 モノは民家の上で、腹ばいになっていた。

 松明の群れが、村の一番大きな通りを進んでくる。その通りは、まだ白狼族が抑えていた。他の場所では、山猫族が挽回しつつある。


(亜人同士で、争ってる)


 モノは思った。

 オネからの歴史の授業を思い出す。昔、大陸から亜人は追い出された。差別が原因だ。そして閉め出された先の島で、亜人同士が今まさに殺し合っている。

 ひどく寒々しい気持ちになった。こんな果ての島であっても、争いはなくならないのだろうか。


(今は、そんなこと考えてる場合じゃない)


 首を振ったのと、ヘルマンの囁きは同時だった。


「来ました」


 モノは、念じた。全ての結果が、モノの手腕にかかっていた。

 感覚が村中に広がった。

 慣れ親しんだ裏通り。イモを納めた納屋の裏。そうした、ちょっとした場所に寄せておいた水に、語りかける。


(来て)


 果たして、水は動いた。理を無視して、モノの意志に沿って動く。

 今、白狼族が進んでくる大通りは、敢えて水を引かせてあったのだ。水を解放してやれば、元の位置へ流れ込む。


「……呆れた術領域だな」


 流れ込む水を見て、オットーが呟いた。精霊術などの効果が及ぶ範囲を、『術領域』というらしい。


「次です。オネに合図を」


 ヘルマンが指笛を吹いた。夜闇に、赤が舞う。

 オネの火の蝶だった。何匹もの火の蝶が、モノ達を飛び越えて、白狼族が進む通りへ向かう。


「ところで、すごい火だけど、何を燃やしたの?」


 モノ達は、少し離れたところに火を焚いていた。明るい炎から、次々と火の蝶が飛び出してくる。


椰子(やし)の脂です。それと、乾燥させた牛の糞」

「……なるほど」


 火の蝶は、白狼族のすぐ近くに行くと、水へ飛び込んだ。悲鳴と怒号。もうもうと広場に蒸気が立ち込める。


「よし」

「行きますか」

「はい!」


 モノは、サンティを呼び出した。

 水が渦を巻き、中から水の虎が飛び出してくる。モノが騎乗すると、虎は力強い唸りをあげた。精霊(イファ)となったサンティは水の上を走る。速さは水に足をとられる人とは、比べものにならない。


「ヘルマンさんは、ここに」


 モノは、屋根の上を仰いだ。


「もし私が失敗したら、オネを守ってください」


 ヘルマンは一礼した。

 モノは猫の耳を動かす。風も音も、ここで感じるのだ。

 松明の灯りの多さから、大体の敵の長の位置は掴めていた。声も覚えている。

 裏道を駆け抜ける。

 途中、何度も山猫族とすれ違った。彼らはモノを見てまさに度肝を抜かれた顔をしていた。水で象られた虎にモノが乗っていれば、そうなるのも無理はない。

 白狼族を痛めつけている者もいた。反対に、しぶとく抵抗している白狼族もいる。


「モノリスだ!」


 ある通りを抜けた時、そう叫ばれた。路地に、敵の残党が残っていたのだ。水を掻き分けて、数名が道を塞ぐ。


「退いて!」


 モノは、水の弾を撃った。見事に頭に当たった。仮面が割れて、男達が昏倒する。


「圧縮した水は、石と変わらない」

「……死んじゃったってこと?」

「分からない。だが、気にしている余裕はない」


 オットーは、モノの服にしがみついていた。


「敵の長を捕まえて、この戦争を止めるんだろう」


 モノは頷いた。

 最後の角を曲がって、大通りに出る。敵の本隊の真横だった。湯気の中に、密集した松明の灯りが見える。


(近い!)


 その時、涼しげな金属音が聞こえた。錫杖の音だ。


(マクシミリアンだ)


 サンティを殺した落雷。モノは、水の虎となったサンティを、ぎゅっと抱く。


「雷は、最も強力な、火属性の奇跡だ」


 オットーが囁く。


「確か、水辺での雷は危険、なんですよね」

「ああ。着水した雷が、水を伝って、マクシミリアンや白狼族に届いてしまうかもしれない。マクシミリアンの足元にも水がある。乱発はできないはずだ」


 モノは、白狼族の隊列を見つめる。

 その中に、見覚えのある仮面を見つけた。鳥の羽で一際豪華に装飾された、極彩色の仮面。腕には獣毛。周りは戦士で囲っている。その厳重さが、何よりの証拠だった。


「いた!」


 モノが長を見つけるのと、敵がモノを見つけるのは、同時だった。


「モノリスがいるぞ!」


 途端、全員の武器がモノの方に向いた。モノは一旦屋根に飛び乗って、距離を取る。


(見つかった!)


 矢が飛んできた。慌てて避ける。声の割に、攻撃は激しくない。まだ蒸気が残っているので、モノを見失ったままの戦士が多いのだ。


「モノリス殿!」


 一際大きい、怒声があった。

 マクシミリアンのそれだ。神官が錫杖を揺らす。と、一条の雷が、屋根を直撃した。もう少しで当たっていたところだ。


「躊躇なく撃ってきたな」

「な、なんでですかっ?」

「特殊なブーツを履いてるのか? それとも、何らかの加護が? うーん、対策済みってことか」


(お兄様……!)


 モノはぶるぶる拳を震わせた。

 とはいえ、


「見つかってしまいました」


 敵も馬鹿ではない。大体の位置は掴んでいる。サンティは大きい。つまり目立つ。


「こっそり、一瞬でさらう作戦は失敗ですね」

「ああ。次のプランで行こう」


 雷を回避しつつ、モノは屋根から降りた。

 この程度の死線は、狩りでも何度かあったものだ。



    ◆



 白狼族の戦士、ラシャはモノリスを補足していた。槍使いの出番はない。弓矢か吹き矢、いずれにせよ飛び道具の距離だった。

 モノリスは長達を襲う動きを見せたが、今は遥か遠くに逃げていた。虎の巨体が、かなり遠くの方で跳びはねている。挑発行為かもしれない。

 マクシミリアン神官の雷を恐れてか、決して近づこうとはしなかった。


(水の虎か)


 もはや疑う余地はない。モノリスは精霊術師(イファ・ルグエ)となった。


(視界が悪いな)


 未だに蒸気の霧は晴れず、行軍を困難にしていた。火の蝶は、切り払うのは簡単なのだが、すぐに水面に落ちてしまうから質が悪い。


「モノリスは、逃げてばかりだな」


 味方の到着を待っているのだろうか。ラシャはその時、奇妙なことに気が付いた。


(妙だ)


 暗闇の中で、目を凝らす。蒸気でひどく見づらい。疑問は確信に変わった。


「モノリスが、虎の背にいない」


 いつの間に降りたのだろう。思うのと、答えが来るのは同時だった。


「足元をなんか通らなかったか」

「水の中をか」

「ああ。速かった。魚にしては、でかかったような」


 ラシャは気づいた。


「虎は囮だ! 水に注意しろ!」



     ◆



 モノは、水の流れを操った。自分の周りに水流を起こす。駆け抜けるような速さで、敵の足元を泳ぎ抜けた。


(長は、どこ?)


 最後に確認した位置を頼りに、水の中を泳いでいく。

 長の位置は、やがて分かった。松明の灯りで、水面が一番明るい場所だ。そこにある、獣毛で毛むくじゃらの脚が、白狼族の長に違いない。


「足元だ!」


 誰かに気づかれたらしい。

 構うものか、とモノは一気に速度を上げる。

 ただ泳ぐのではない。水でモノ自身を押し出しているのだ。大人の股ほども水深があれば、底の方を泳げばモノの身は完全に隠される。


(このまま、進む!)


 勢いのまま、標的の脚に組みつき、転倒させた。

 まずは体勢を崩すこと。落ちた来た頭を抱え込むと、首筋に向かって刃を当てた。

 空気を吸い込むと同時に、叫んだ。


「サンティ!」


 遠くで、サンティの体が崩れた。

 周辺の水が渦を巻く。水の虎は、実体を持たない。モノの精霊術が及ぶ範囲なら、自在に出し入れが可能らしかった。


「しまった!」


 長が呻き、周囲の戦士が武器を向ける。が、モノが長の首筋に短剣を押し当てると、みんな大人しくなった。

 周辺の水を操り、流れを起こしてやると、戦士は全員転倒した。


「モノリス!」


 マクシミリアンが電撃を放った。

 モノは、水の壁を出現させる。そして自身の足元から、水を一斉に引かせた。

 雷が、水面を撃った。水面を雷撃が伝わり、他の戦士に伝播していく。


「不覚」


 どうやら、マクシミリアンは対策をしていたらしく、無事だった。

 モノは彼を睨み付ける。


「モノリス」


 マクシミリアンが苦笑した。


「フリューゲル公女として、生きる決意をしましたか」


 答えは、武威を以てした。

 第二撃が来る前に、水面からサンティが現れた。水の虎はモノと長を背中に乗せると、跳躍する。なおも撃とうとするマクシミリアンを、白狼族の戦士が遮った。

 長も一緒に感電してしまうからだ。

 神官の高笑いが、背中を追った。

 殺気はない。なのに、鳥肌が止まらず、モノはサンティを急がせた。

 長は暴れる。


「放せ」


 放すわけがないのだった。

 モノは長を拘束したまま、ヘルマンの所へ行く。ヘルマンは(やぐら)を一つ確保していた。サンティが頭から、木の(やぐら)に突っ込んだ。

 手すりが千切れて、破片が舞い飛ぶ。

 呆然とするヘルマンに構わず、モノは報告した。


「つ、捕まえました!」

「は、はっ! 例のものは、探しておきました」


 モノは頷く。

 (やぐら)の上には、太鼓があった。大人が抱えて打ち鳴らす、連絡用の太鼓である。

 モノはもう一度、高所から周囲を見渡した。

 戦は大混乱に陥っていた。片方は、長を失った。もう片方は、逆襲に燃えている。だがこちらも長は行方不明だ。

 きっと、ひどい殺し合いになる。

 そしてこの時期にそんなことになる恐ろしさを、モノはよく知っていた。


「貴様、何をする」


 暴れる白狼族の長を、ヘルマンが封じ込めた。モノは、力いっぱい、太鼓を叩いた。


「停戦! 停戦です!」


 それは、戦いをやめる合図の太鼓である。半日前にモノ達が広場(ユイロ)に集められた時の太鼓だった。

 予想以上に、よく響く。オットーの、音の魔術のおかげかもしれない。

 けれど、停戦は山猫族だけでは意味がない。白狼族のリズムでも、太鼓を叩いてやる必要があった。

 白狼族がいつまでも戦いをやめなければ、この太鼓は無視されるだろう。戦う者同士の、二つの太鼓の音が響き渡るのが、古来から続く停戦の条件なのだ。今はまだ、山猫族からの一方的な停戦の呼びかけだ。


「貴様」


 白狼族の長が目を剥いた。


「それは長か、称号を持った男しか叩いてはならんのではないか」

「このままじゃ、この村は全滅です。水害なんです、戦争どころじゃありません」

「そんなこた知らん!」

「あなた達もですよ?」


 そう言われて、白狼族の長は、体をびくりと揺らした。

 恐らく仮面の中では、目をまん丸に見開いているだろう。


「……なに?」

「消耗戦になりました。このままじゃ、男が全員死んじゃいますよ。雨季の前に。ヤムイモの作付けの前に」


 白狼族の長は、今度こそ本当に沈黙した。


「今は、平和週間です。この意味、ご存知ですか」

「土の精霊に」

「違います。慣習には意味があります、言い伝え以上に、ちゃんとした現実の理由があります」


 モノはオネから様々な教育を受けていた。


「雨季に入りました。イモの作付けをする時期です。こんな時期に戦争したら、畑の準備ができないし、すぐに決着がついても」


 そこで、白狼族の長は思い出したようだ。

 戦争が起きる。死人が出る。その分、働き手は減る。

 死人はまだいい。マシなのだ。問題は、けが人だ。

 村を維持するための人手は減るのに、口は減らない。けが人を世話をするため、また人手がかかる。

 これは戦士の比率が高い、亜人の社会に起こる問題だった。


「今、あなたの氏族(オボド)には何人残っているのですか?」

「関係のないことだ」


 モノは視線を厳しくした。今この瞬間にも、櫓の下では戦いが続いているのだ。


「長。今年が豊作だという保証はありません」

「それでもだ。死よりも重大なことはある」

「長の役割は、一族を死なせることですか」


 沈黙は、長かった。

 戦争は、すでに、どちらにも有害なものになっていたのだ。


「……よかろう」


 白狼族の長の言葉は、弱弱しかった。長は仮面を外す。

 何かを諦めたのだ、とモノは思った。


「祖霊に誓って、停戦に同意する」


 長は自らの仮面に向かって、そう語りかけた。モノは後で知ったが、極彩色の仮面は、白狼族にとって祖先を象ったものらしい。

 白狼族のリズムで、停戦の太鼓が叩かれた。

 停戦は、合意された。こうして戦争は終わった。長の身が相手にある状態で、停戦を無視しようとする白狼族はいなかった。


 なお、停戦に同意した白狼族の中に、マクシミリアン神官の姿はなかった。

 白狼族が持つ秘密の港から、彼の船が消えていたことが、追って判明した。


【読まなくても大丈夫な、この作品の魔法に関する解説】


1.概要


精霊術:物質を操作する、単純明快なパワー系。水だったら水で殴る。


魔術:物質を変質させる。水だったら氷にしたり、逆に何かを変質させて水にしたり。

   オットーの防音魔術は空気の変質。


奇跡:なんでもあり。何もない所から水を生み出したりできる。

   『雷』は莫大な量のエネルギーを生み出さなければならないので、

   魔術の変質では出力が足りない。そのため奇跡でしか用いられない。


2.強力さ、複雑さのイメージ

  精霊術<魔術<奇跡


3.燃費のイメージ

  精霊術>魔術>奇跡



本編で語るのが本当なのですが、精霊術・魔術・奇跡の使い手が出そろったので、ここで解説させていただきます。

それでは、お読みいただきありがとうございました。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ