第8話 スターチス
「皆様、おはようございますわぁ。朝ですよぉ。そして、到着しますわよぉ」
ロゼールの声により、幌馬車の中にいた一行は目を覚まし、
(何が起こった)
と思っていた。
出立した日の晩、何度もグロリアとニコラは御者の交代を申し出たがロゼールに「私しか知らない道を通るからぁ」と言われ、渋々引き下がった。
夕食の為に何処かの山奥に馬車を止められ、夕食後、野営の準備に取り掛かろうとしたらロゼールに「野営とかしないで、夜もとばすわよぉ」と一同は馬車の中に押し込められた。
そして、現在に戻る。
(どんな手段を使ったら、5日を1日に短縮出来るんだ⁉︎)
些細なことにはあまり動揺しないグロリアであるが、流石に今回の件は人知を超え、いっそ化け物染みていた。かく言うグロリア自身も化け物のようなものであるが、本人はそのことには気がついていない。
「何をどうやったんすか、ロゼ姐さん」
イヴォンが恐る恐る尋ねると、ロゼールはウィンクして「グロリアちゃんと一緒で、ちょっとした魔法よぉ」と茶目っ気を含んだ笑みを浮かべた。
(実はロゼさんって、白の民の関係者だったりするのか)
とグロリアは訝しんだが、本人が何も言わないという事は詮索しない方が良いのだろうと判断を下した。
何はともあれ、ボーモン辺境伯領は直ぐ目の前。
朝日の中、馬車は関所へと歩みを進めた。
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「さぁさ、見てらっしゃい、聞いてらっしゃい!一座『月桂樹』の始まりだよっ」
イヴォンの客引きの声が街の一角で響く。
昼間の辺境伯領の中心市街地は多くの人で溢れかえっていた。
グロリア達一行は広場の一角で演目を始めようとしていた。
「おにーちゃんたち、なにをやるの?」
母親に手を引かれた女の子が、目をキラキラさせていた。
「歌と劇と大道芸っすよ。お嬢ちゃん、見ていって!」
童顔のイヴォンが笑いかけると、「みるっ!」と女の子も笑いかえした。
人懐っこそうなイヴォンの客引きにより、ドンドン人が集まっていく。勿論、酒は入っていないので、頬は赤く染まってはいないから、少年ぽさの残る好青年ぶりが演出されている。
「そろそろ、始めるぞ」
眼鏡を押し上げたジェラルドの号令で一同は配置についた。そして、ジェラルドの「語り」が始まった。
「これは今から100年程前の話ーーー建国王アルト様がこの地を平定しようとしていた時の話」
観客は期待の眼差しを向け始めた。
(掴みはばっちし!)
グロリアは満足そうに観客を見渡した。今回の公演は「ただの大道芸でなく、劇形式にした方が新鮮でないでしょうか。王都の劇でこの頃流行り始めていますよ」というリュシアンの案が採用された次第である。
流石は女好きだからか、流行には敏感のようだ。
そして、演目も人々の興味を惹くものであった。
『フローシア建国物語』
国民的英雄の建国王が仲間を集めていく物語。古くから吟遊詩人によって語られてきたものだ。この話は幾つもの説話があり、バリエーションも豊富で昔から人々に親しまれてきたものであった。
今回、グロリアが選んだ説話は「建国王と勇者の話」であった。
主要な登場人物は建国王アルト様、そしてアルト様から異界より呼ばれた勇者。
キャスティングは選考に選考を重ね(というより揉めに揉めて)、最終的にーーー
「「「キャー!」」」
黄色い悲鳴が響く。
若い娘から老婆まで、表に出てきた人物に視線が釘付けだった。
「今日は何処の悪人を成敗してやろうか」
男性にしては高く、女性にしては低い、性別を感じさせない声が場を魅了した。
凛とした立ち姿に、中性的な顔立ち、動く度に揺れる髪はキラキラと銀色に輝く。
リュシアンは歓声を受けて、観客に手を振る。
再び黄色い悲鳴が当たりを木霊した。
そして、間を空けずして又も歓声が上がる。
「アルト様、無茶しないで下さい。貴女は女性なのですから」
今度は男性からも野太い歓声があがる。
リュシアンの中性的な外見は男か女か判別しづらい事もあり、倒錯的な感覚に陥らせられた観客は興奮状態だ。
この光景を作ったとも言えるグロリアは、人の悪い笑みを浮かべて眺めていた。主役二人の人選と観客を引き寄せる設定が決まったことは、偶然の重なりだった。
時は遡ること半日ほど。
馬車を一時停止し、夕食を摂っていた時、グロリアはペンを片手に食事を取っていた。無論、演目の台本を制作していたからだ。この時点では建国王アルト様も「男」で、話も勇者と共に仲間を集めながら旅をする話で書き進めていた。
グロリアが頭を悩ませていた所、イヴォンが話題提供をした。
「リアさん、リュリュは演劇とか得意なんすよ。男役は勿論、女役もいけるんすよ」
因みにリアはグロリア、リュリュはリュシアンの道中における愛称だ。慣れるためにも、一行は本名禁止令を厳守していた。
「イヴォンっ!」
焦った声をリュシアンがあげる。
「いいじゃんかよ。お前、声色とか変えられっから、女口説いたり、人を騙したりすんのに有効活用してんじゃんか」
「イヴ、リアさんの前です。言葉を慎みなさい。まぁ…リュリュが酒場で声色を巧みに操っていることは否定しませんが」
ジェラルドも同意をしたところを見ると、相当腕ならぬ声がたつようだ。
「じゃ、リュリュは主役決定。アルト様役でいいな……アルト様は性別不詳説も濃厚な人だし、中性的なリュリュの容姿とぴったりだ」
グロリアは悩み事が一つ減ったことを喜んだ。そして、ついでとばかりにもう要求を出した。
「実際に何かを演じてくれないか」
「じゃ、今王都の劇場で流行りの『ルイスとクリスティアーヌ』の見せ場を一人芝居とかどうよ」
イヴォンがリクエストし、グロリアが目を輝かせると、リュシアンは肩を竦めて立ち上がった。
「クリスティアーヌよ、私についてきてくれ。一生貴女を守り通す」
「ルイス様、それは無理よ」
「どうして」
「だって、貴方より私の方が強いもの」
話の筋を知らないグロリアであったが、それでも真剣な様子から一気にコミカルになる間の取り方、そして、何よりもリュシアンの変化自在な声色に魅了された。
思わずペンを置き、拍手を送ってしまった程である。
「すごいな、リュリュ!」
「いえ、それ程でも御座いません、リアさん」
リュシアンは恐縮だと言わんばかりに頭を下げた。
すかさず、ロゼールも感想を述べる。
「リュリュ坊や、何処かで演劇とかやってのぉ」
「はい、アカデミアで勉学の傍ら演劇部に入っていました」
「あらぁ、アカデミアとは懐かしい響きね」
「ロゼ姐さんもアカデミア出身ですか」
「ええ、大分昔のことだけどねぇ。講堂の屋根に穴を開けたり、教授の部屋から隠してた賄賂を暴いたり、なかなか楽しい生活だったわぁ」
ロゼールの昔話に一同がどうツッコミを入れたらいいのか思案していた所で出た唯一のツッコミは、
「嘘だ……推定50歳以上とか化け物か……」
と珍しく丁寧語が崩れたジェラルドの呟きであった。
どうやら先程のロゼールの言葉を元に計算したようだった。
「あらぁ、実年齢は秘密よぉ」
特に気にした様子もないロゼールは優雅に微笑んだ。
そんな中、グロリアは残っていた自分の鳥の串焼き(現地調達)を食べようとした所、ひょいと隣から手が伸びてきた。
目の前から消えた串刺しは、ハッとした時には略奪者の胃袋へと消え去っていた。
「ニコ……お前、私の串焼きを」
グロリアの左隣に座っていたニコラは飄々とした構えでいる。
「リアさんがトロいのがいけないのではありませんか」
相変わらずのゆるふわとした外見とは真逆の性格である。
軍人であったからこそ「戦場で倒れたくなくば、食料はきちんと胃に入れる」の精神をもつグロリアは、握る拳に力の入る。ただ単に自分の分け前が減ったことへの怒りともいうが。
グロリアは久々の食料強奪に血がのぼる。
カトレア軍人時代は最初こそは略奪されたことはあれど、どんな相手であろうとも、きちんと報復をしていたため、恐れ多くもグロリアの食料を強奪する輩はいなくなっていたのだ。
久々の食料強奪犯をどう調理してやろうかと、今までしてきた報復方法を思い返す。黙り込むグロリアは殺気を放ち始めていて、殺気に慣れない監査室の面々は恐れおののく。流石にニコラも無駄に殺気立つグロリアの状態をみて、マズイと思ったのか下手に出ようとする。
「リアさん、すい……
「……決めたぞ」
一同は固唾を飲んでグロリアの言葉を待つ。
「勇者様役はニコだ。これで串焼きのことは許してやる」
人の悪い笑みを浮かべるグロリアだが、目は全く笑っていない。アイスブルーの瞳は凍てついている。
ニコラも一応は罪悪感があったのか、「わかりました」と返事をした。
その返事を耳にしながら、グロリアはペンを目に止まらぬ速さで動かす。
書き終わると右隣にいるマリーに髪を手渡して、読み上げるように言った。
マリーはグロリアの書き記したものに目を通すと「うふふ、分かりましたわリア様」と可愛さを兼ね備えた女神オーラを解き放つーーーが、何処か面白い物を見つけたかのような笑みである。
「リア様による演劇の台本が決まりました。『建国王と勇者』の幾つかある説話の中の『スターチス』に決まりました。主役は建国王アルト様役をリュリュさん、勇者ラインハルト様役をニコさんに決定しました。そして」
一度マリーは言葉を溜めた。
一同の関心が高まる。但し、若干不貞腐れていたニコは除く。
「今回はアルト様の性別は『女性』という設定になっております」
この言葉を受けて、真っ先にロゼールが笑い出した。吊られるようにして、イヴォンも口を大きく開けて笑い、ジェラルドも口元を押さえて震えている。
一方の主役二人は相対な様子である。リュシアンは口をポカンと開け、綺麗な顔を崩している。
ニコラは完全にドス黒さ全開でグロリアのことを睨んでいる。
「リアさん、何を企んでいる……のですか」
今にも剣を抜きそうな様子のニコラに、グロリアは変わらず笑みを浮かべる。
「だから、串焼きのことは無かったことにしてあげると言っているんだ」
その様子を伺っていたリュシアンは挙手をして発言した。
「リアさん、もしかしてですが『スターチス』の話しという事は……誓いの場面も入るのでしょうか」
グロリアの意図を察したリュシアンは、顔を引き攣らせている。ニコラも『スターチス』の名を聞いて察したらしく、眉間のシワをより一層深めた。
「ええ、勿論。『スターチス』は勇者様が建国王に永遠の忠誠を誓う話。それを少しだけ恋愛解釈を入れる。しかも、演じている人間は男同士という倒錯的な状況と来たら、文句なしだ」
ニコラは不機嫌さ全開で、リュシアンは何処か諦めの表情を浮かべ、「こうなったら、全力でやります」と力無く呟いた。
画して、ニコラの食料強奪の報復は決定された。リュシアンはとんだとばっちりを受けた形だが、「女性には優しく」が信念のリュシアンは寛容に受け入れたのであった。
時は現在に戻り、昨日の回想が終わったグロリアは手元のリュートを鳴らす。マリーは小型のハープ、ロゼールはフルートを演奏している。
楽器は全てグロリアの私物だ。何故グロリアがそんなにも楽器を持っていて、音楽に明るいのかはまた別の話だ。
(やっぱり、マリーは完璧にハープを弾きこなしてるし、ロゼ姐さんは年のこ……ゴホゴホ、熟練とした佇まいだなぁ)
グロリアの突如の「この曲、弾けますか?」というかなりの無茶振りに対応している女性二人を横目でチラリと見やる。
目の前の演劇は暴漢やら敵(これはイヴォンとジェラルドが担当した)をやっつけて、クライマックスを迎えようとしていた。
リュシアン演じるアルト様の前に、ニコラ演じる勇者ラインハルト様がかしずく。
「アルト様、私は貴女に一生を捧げます。このスターチスに誓って」
スターチスは薬効も持つ花だ。ドライフラワーにも適していて、美しい色の萼の中にぽつぽつと白い花弁の小さな花を咲かせる。
花言葉は「変わらぬ心」「途絶えぬ記憶」。ニコラの手の中にあるピンク色のスターチスには「永久不変」という意味がある。
騎士が忠誠を誓うのに今でも使うものだ。他にも恋人へのプロポーズにも使われたりする。
(本職騎士のニコラには、ある意味ハマリ役だったかもな)
と目の前の光景を眺めながら思う。
リュシアンがニコラからスターチスを受け取り、無事演目は終了した。
観客は一斉に手を叩き、歓声や囃し立てる声を思い思いにあげる。お捻りを貰いに、籠を持ってグロリア以外の面々は客の間を回り始めた。
時に「今晩、うちの食堂で雇われないか!」とか、「我が家にお招きしたいのですが」という声も聞こえる。
グロリアは楽器の手入れを始める。
地面に腰を下ろしたまま、楽器を丁寧に扱う。
そして、顔を俯かせながら思っていた。
(計画通りだ)
グロリアがほくそ笑む中、ある一人の人間が喧騒の中からグロリア達一行を見つめていた。その人間は小さく何かを呟いたが、誰にもその声は拾われない。
そして、人混みの中へと紛れて行った。
【書かれていない真実】
リュシアンの髪の色はグロリアの「ちょっとした魔法」によって銀髪になりました。




