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戦乙女と少年王  作者: うすい 京
第1章 戦場に帰るには賭けに勝たねばなりません!
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第7話 出立

 手合わせを行ってから4日後、グロリア達は出立の朝を迎えていた。

 夜明けと共に城を、後にする算段のため、まだ暗い中、彼等は集合場所に集うことになっていた。一番乗りのグロリアはアラン、マリー、ジョセフと共に幌馬車の横で皆が来るのを待っている。


「グロリアさまぁー、おはようございます!」


 元気発剌と言った具合のイヴォンが大手を振っている。酒が抜けているため、顔は赤くない。

 後ろからリュシアンとジェラルドも付いて来ている。


 別の方角からは不機嫌な声が聞こえた。


「グロリア様、よくもこんなに朝早くの出立にして下さいましたね」


 声の主のニコラは表情は笑っているのに、出てくる言葉はドス黒さ満点だ。


 ここ数日の朝の手合わせは、初日の戦いを見てか、グロリアに挑戦するものはニコラだけであったのだ。大抵朝の走り込みや柔軟、筋力強化、素振りなど基礎的な鍛錬をこなした後に、ニコラが現れて、一戦を交えるのが習慣となり始めていた。ニコラが少し遅れて訓練場に来るのは、朝が弱いからと言っていた。故に、ジョセフが護衛を依頼した時、出立の時刻で揉めたらしい。どんな手段が用いられたかは定かではないが、結果としてジョセフの言い分が通ったようだ。


 相当に機嫌の悪いニコラは、眉間に皺を寄せている。

 腹黒で口が悪いのが仲間内での標準装備と知ったのは、手合わせを通してである。今はグロリアに対して全くの遠慮もしない。


 全員が揃ったと思い、グロリアが声をかける。


「皆揃ったから出発しましょう」


「いや、まだ一人来ていない」


 一同はアランの言葉に首を傾げ、「どういうことだ」という視線をグロリアに送る。

 グロリアも予想外の言葉にアランに疑問を呈した。


「もう一人とはどなたですか、アラン」


「勝手ながら医術と薬学に通じるものを手配した。念のためにな」


 アランの言葉に、ジョセフが「本当に勝手ですよ」と呟いていた気がするが、苦労溢れる言葉をグロリアは聞かなかった事にした。心の中でのみジョセフの苦労を労った。


「そうですか、ご好意ありがとうござい」


「別に当たり前だ。何かあった時に困る。それに、その…嫁を大事にしない夫はいないのだから」


 グロリアを気遣うアランの耳は仄かに赤く染まっている。

 隣に立つアランは少し顔を俯かせ、黙り込んでしまった。

 その姿が不覚にも可愛らしいと思ってしまったグロリアは、アランの頭に手を乗せて、髪をグシャグシャと撫でる。


「お気遣いありがとうござい、私の可愛い旦那様」


『嫁』と言われた返しで『旦那様』と呼んだグロリアであったが、アランとしては『可愛い』は不本意であったらしく、「可愛いはいらない」と顔を赤くして抗議してきた。


 出会ってたった数日の仲でしかないが、それでもグロリアはアランを好意的に思っていた。基本的に敵意を向けられることの多かった自身を大切にしようとし、時に子供らしく感情をぶつけてくるアランは物珍しい存在であった。きっと、弟がいたらこんな感じなのではないかと勝手に想像をする。


 想像に耽るグロリアは周囲の視線を感じた。それはアランと自身に向けられたものであると理解したグロリアであるが、何故生暖かい視線を受けるのか疑問でしかなかった。

 そんなにもこの小さな王様が感情的になるのが珍しかったのだろうか。


  そんなほのぼのとした空気の中に色っぽい声が響いた。


「あら、少し遅れてしまってゴメンなさいねぇ」


 ネズミ色のローブを着た女性が何処となく姿を現した。気配のない登場にグロリアはギョッとした。

 突然の登場にアランとジョセフを除いたものも同様に驚きを隠せずにいる。ジョセフは何故か溜息をつき、アランはくつくつと笑っている。


「私はロゼール・ランベール。『薬室の魔女』と城では呼ばれているわぁ」


『薬室の魔女』という言葉を聞き、数日前にジョセフが近づかない方がいいと言っていたことを思い出した。

 厄介なものを押し付けられたと捉えるべきか、アランの好意として素直に受け入れるべきか悩ましいことだと考えながら、グロリアは女性を見る。


 すらりとした背丈はグロリアよりも高く、亜麻色の髪は緩くカールがされている。ポッテリとした唇と目の下にあるホクロが色気を感じさせる。ローブを着ていても判る大きな胸は女性らしさを感じさせる。ハリのある肌は年齢を感じさせずにいる。

『魔女』というより『魔性』ではないだろうか、と一人で脳内ツッコミを入れるグロリアである。


「出発のお時間です」


 ジョセフの声により、皆で幌馬車へ移動する。御者台にはニコラとジェラルドが乗り込む。イヴォン、リュシアン、魔女殿、最後にグロリアが乗り込むーーーはずであったが、またも予測不能の事態が発生した。


「マリー、どうして幌馬車に乗ろうとしているの」


「あら、グロリア様のお世話の為ですわ」


 いつものメイド服着ておらず、私服のマリーに疑問を抱いていたグロリアであったが、ここに来て納得がいった。

 女神様の微笑みに持ちこたえながら、グロリアはアランとジョセフに「どういうことだ」と視線を送る。


「マリーはグロリアの専属侍女だ。連れて行ってやれ」


 アランの言葉に、戦闘能力の点でもマリーは役に立つ人間なことを薄々気がついているグロリアは了承の意を示した。


 ようやく全員が幌馬車に乗り込んだところでアランが荷台の方へ駆け寄る。

 何か言い忘れたことでもあったかと思い、グロリアは荷台から上半身を乗り出す。


「何か伝え忘れがありましたか」


「ある」


 短く呟いたアランは背伸びをして、グロリアの頬に軽く手を添える。

 次の瞬間、暖かく柔らかい湿った感触がグロリアの頬に落とされた。

 どんな動きも大抵察知することが出来るグロリアであるが、この時ばかりは彼女の予想の範疇を超えていた。

 謎の心臓がむず痒い様な感触に襲われたグロリアは、微動だにせず停止していた。

 アランはそんなグロリアの様子に気がつかず、彼女の首に両腕を絡め、顔を首に埋める。

 ぎゅうっと抱きつく動作にグロリアはハッとした。


 (どうやら私はこの小さな少年を心配させているらしい。)


 首に顔を埋めたままのアランは、その状態で話す。


「絶対に帰ってきてくれ」


 か細い少年の声に、やはり心配をさせてしまったのだとグロリアは実感した。


「大丈夫です。戦場からも無傷で帰ってくる戦乙女です。帰ってくるに決まっているじゃないですか」


 出来るだけ安心させようと、グロリアはアランを抱きしめ返した。


「では、行ってきます」


 グロリアは笑顔でいう。


「待っている」


 アランはグロリアから体を離し、少し生意気な感じで言葉を返す。

 その言葉を合図にしたかの様に幌馬車は動き出した。


 グロリアはアランが視界に入る間は、ずっとそちらの方を見つめていた。



 ********


「ごほんっ」


 イヴォンが咳払いをして、荷台にいる人間の注目を集めた。彼としては残っている何処か甘い空気を追い出そうとする意図もあったりした。


「ええー、皆さん。おはようございます。とりあえず、自己紹介をしませんか。オレはイヴォン・ブリュノ。監査室に勤めています」


 続くようにリュシアンが話す。


「私はリュシアン・パスキエ。同じく監査室に勤めております。御者台にいる眼鏡をかけたの者も監査室の仲間でジェラルド・フレモンと言います。この度は美しい女性と旅を共に出来、嬉しく存じます」


 監査室で見るよりもリュシアンは3割り増しでキラキラとしていた。

 流石は女好きのリュシアンというべきである。


「あらぁ、坊や。嬉しいことを言ってくれるわねぇ」


 ロゼールが人差し指を唇に当てる。


「改めまして、私はロゼール・ランベール。薬室勤めよ。一応、医学の心得もあるわ。歳はひ・み・つ。普段は魔女とか呼ばれてるけど、ロゼと呼んでくれると嬉しいわぁ」


 どっと溢れ出す色気にイヴォンとリュシアンは勿論、グロリアも当てられていた。


 (やっぱり、『魔女』じゃなくて『魔性』だ!)


 グロリアの心の中のツッコミを他所に自己紹介は進んでいく。


(わたくし)はマリーと申します。グロリア様の専属侍女をさせて頂いてます。道中は皆様のお世話を仰せつかっております。宜しくお願いしますわ」


 またもイヴォン、リュシアンそしてグロリアはマリーのほんわりとした女神様な空気に当てられる。


 (ここは天国なのかっ!?)


 アホな脳内ツッコミをグロリアが入れてると、マリーが「グロリア様?」と声をかける。

 ハッとしたグロリアは、背筋を伸ばした。


「私はグロリアだ。今回、私の我儘に付き合って下さり感謝を申し上げる」


 グロリアが軽く一礼すると、イヴォンが慌て出す。


「グロリア様、これは監査室の仕事ですっ。王妃になるんすから、ホイホイ頭を下げないで下さい!」


「いや、しかし発端は陛下と私の賭けだ。それに、私の自由気儘な行動に付いてきてくれる人がいるのは嬉しく、感謝しているのは嘘でない」


 慌てるイヴォンをグロリアは宥めた所で、御者台から声がかかる。


「グロリア様、俺は陛下と貴女の賭けがとかいう面倒くさそうな話は聞いていないのですが」


 馬を操りながら会話に入ってきたのはニコラ。


 (そういえば、ニコラと魔女さんには話してないんだっけ)


「すまない、話し忘れていた」


 ニコラはその言葉を聞くと、


「別に王命でしたから、どんな面倒事だったとしても引き受けましたけどね」


 と溜息をついた。そして、ついでと言うように自己紹介をした。


「僕はニコラ・アントナです。近衛騎士団所属の新米です。道中の護衛を担当します」


 護衛とはいうものの、御者台に座るニコラの服装は簡素な旅人の衣装で、決して鎧を装着しているわけではない。何しろ今回の目的は目立たないように状態収集をすることである。

 グロリア達一行は服装は皆旅装束であるが、全体的に皆見目麗しいので否が応でも目立ってしまう。

 そして、その事を深く自覚するのはもう少し先の事である。


 自己紹介が終わり、静まり返った幌馬車の中、その空気をかき消す様に魔女ロゼールがはしゃぎ出す。


「グロリア様、私達はあくまでも旅の一座という設定ですから、何か演目を決めないといけませんわぁ。それにお互いの呼び名も決めませんと。でも、一番心配なのは貴女様御髪の色ですわぁ。染色するものか、鬘はお持ちですか」


 大人の色気と共に無邪気さも放出し始めた魔女ロゼールは可愛らしさを醸し出し、一瞬空気に当てられたグロリアであったが、そろそろ耐性ができ始めていたため、すぐ持ち直した。


「各々で使えそうなものは持ってきていますので、演目はどうにかなります。あとは構成を考えるだけです。呼び名は道中で考えましょう。あと、髪の方は大丈夫です」


 グロリアは得意気にいうとパチリと指を鳴らした。


 次の瞬間、幌馬車の中にいたグロリア以外の人間は息を飲んだ。


 先程まで銀髪とアイスブルーの瞳のグロリアが、今はダークブラウンの髪とエメラルドの瞳に変わっていたのだから。


「どうやって?」


 イヴォンが震える声で尋ねる。


「ちょっとした魔法だ。多分、白の民の血を引くからこそできる事なんだと思う。因みに信頼しようと思う人間にしか見せない技なので、他言無用だ」


 魔女ロゼールは面白いものを見たとでも言う様に、変身したグロリアの姿を見て笑みを浮かべる。

 そして、突然の話題転換をした。


「グロリア様、ボーモン辺境伯領まで片道何日かける予定ですか」


 突然の質問にきょとんとしたグロリアであるが、すぐ様体制を立て直した。


「早くて5日、長くて7日という所です」


 ロゼールは悪戯を企むかのような笑みを浮かべる。


「グロリア様、御者を私に替えて頂ければもっと早く着くようにできますわぁ」


「本当ですか」


「ええ、魔女の名に懸けて」


(そこまで言われると遠慮するのも無粋に当たるか)


 グロリアは遠慮なくロゼールの提案に乗った。


「お願いします、魔女殿」


 グロリアがそういうと、ロゼールは艶っぽく笑う。


「グロリア様、魔女殿じゃなくて、ロゼよぉ。私は貴女を何て呼べば良いかしら」


「では、リアと」


「うん、リアちゃんね」


「じゃぁ、私は御者台行くわぁ。御者台にいる子達には、こっちに移ってもらうから、演目の構成と呼び名を決めといてねぇ」


 ロゼールはヒラヒラと手を振り、御者台へと身体を乗り出した。

 直ぐにジェラルドとニコラが幌馬車の中に引っ込んできた。




 旅はまだ始まったばかり。


 この先、どんなことが待ち受けるのか、この時はまだ誰も予想出来なかった。

【アランがグロリアに抱きついたりしていた場面で周囲はなんと思っていたのか】



(監査室の3人)「「「溺愛過ぎだろ、陛下っwww」」」


(マリー)「……」


(ニコル)「陛下、女の趣味悪くないか」


(ロゼール)「あらあら、若いわねぇ」


(ジョセフ)「何、陛下引き止めてらっしゃるのです!リア充してないで、仕事に戻って下さい」

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