第6話 手合わせ
4500字程度です。
更新ペースが遅いですが、お許し下さい。(週一ペースを保ちたいとは思ってます)
「おい、お嬢ちゃんよ。お前がカトレアの戦乙女エミリアか?」
早朝、日が昇り始めた頃。
訓練所の門をマリーの紹介で顔パスで通過し、少し進んだ所で訓練着を着た兵士達10人程に絡まれた。
敵国の武将、しかもつい最近まで戦場で顔を合わせていたもの同士、絡まれない訳がない。
予想の範疇とはいえ、あまりに明らさまな態度に内心笑いが込み上げてくるが、我慢しているグロリアである。
前に佇むマリーも侍女の鑑というべき毅然とした態度で応対する。
「私達は招待を受けて、手合わせに参りました。道を開けて下さい」
「俺たちゃぁ、侍女さんに話しているじゃねぇ、後ろにいるエミリア将軍に話してるんだ。侍女さんは痛い目見ないうちにとっとと帰りな」
この瞬間、マリーの纏う空気が変わった。先程までの「春の女神様モード」が消え、何処か冷たさを感じる。「雪女モード」とでも言うべきか。(因み、雪女とはフローシアの東に位置する標高の高い雪国に伝わる全身が白い冷酷な妖精の名前だ)
戦闘モードに入ったと思われるマリーだが、「これは私の問題だ」と思い、グロリアはマリーの前に出る。「グロリア様、ここはわたくしが」とグロリアを止めようとするマリーを制す。
「私が戦乙女グロリアだ。エミリアは偽の名。故に今後はグロリアと覚えおき給え」
尊大に言い放つグロリアに、目の前の不良兵士達は喚く。
「偉そうにしてんじゃねーよ」
「そーだ、俺たちを倒さねぇ限り通らせないぞ」
「カトレアの武将なんざ、脳筋だろ。脳筋なんか帰れ!」
不良達の罵詈雑言に我慢の限界が達したグロリアはーーー
ーーー笑った。
口角を軽く上げ、目を細める。
遠目から見たら、少女が笑みを浮かべているように見えるのであろうが、近くで見たら目が笑っていないことが分かる。
不良兵士達はその様子に背筋がぞくっとする。
「マリー、ここ以外に訓練所に通じる道はあるか」
「いいえ、残念ながらありません」
「そうか、それは残念だ。残念だったなぁ、お前ら。私も無駄な争いは好まないのに」
可愛らしい外見の少女は笑う。外見とかけ離れたーーー高慢さ、冷酷さ、残虐さを感じさせる無邪気な笑顔。
アイスブルーの瞳は細められ、後ろで一つに結われた髪がさらりと揺れる。
次の瞬間、一陣の風が不良達の間を駆け抜ける。
瞬く間も与えられぬうちに、体の要所に手刀を打ち込まれ、彼らは呼吸が出来なくなり、空気を求め口を大きく開ける。体は立つことが許されず、崩れ落ちる。
死を感じた時、彼らはある吟遊詩人の唄を思い出した。
『カトレアの最年少武将エミリア。またの名、戦乙女。
なびかせる銀の髪は光の道の如く、
宙を舞う剣は蝶の如く、
微笑む様はーーー冥界へと導く、殺戮の乙女』
道を塞いでいた10人程の兵士は、一瞬にして地べたに這いつくばった。
グロリアの「マリー、先へ進みましょう」という、先程とは少し違う朗らかな笑顔にマリーは静かに付き従う。
残されたもの達は動く事が許されない。辛うじて呼吸が出来る中、彼らが思うことはただ一つ。
『ーーー世の中、喧嘩を売ってはいけない相手がいる』
ということ。
********
「おはようございます。グロリアと申します」
大きな声で挨拶をし、一礼して訓練場に踏み込んだ。
礼儀を尽くすべきと思う人間には礼節を持って接する、それがグロリアの持論だ。
広い訓練場の中央の辺りに集まる8人の男達が、此方へ降る向く。
グロリアはそちらへと駆け寄った。マリーも音を立てず、私についてくる。やはり、この人は本職の人なんだなぁと実感する。
近づいて再度挨拶をすると、気の良さそうなオジサンが挨拶を返してくれた。その中では最年長と見受けられる。
「おはようございます。貴女が名高い戦乙女殿ですな。私は近衛騎士団長のフィルマン・シャプルと申します。我が国に来て早々、手合わせの機会を設けて頂き有難う御座います」
「いえ、私も手合わせの機会を嬉しく思います。私のことはグロリアとお呼び下さい」
「はい、グロリア様。早速手合わせと行きたい所ですが、まだ一名来ていないのです」
「構わないですよ、先に始めていましょう」
簡単なルール説明の後、手合わせが始まった。対戦に用いて良い武器は剣と体術。下手に木剣を使って、ぶつかった衝撃で剣が砕け散る方が危険性が高いため、真剣で勝負をすることになった。マリーは少し離れた所で見学です。
始めの四人は軍部の四人、全体的…ごつい。
「自分は第八部隊副隊長トビ・ルノダであります。よろしくお願いします!」
野太い声が訓練場に響く。
グロリアは無邪気な笑顔で応える。
「元カトレア白の将軍エミリア改めてグロリア、お相手願います」
近衛騎士団長フィルマンの「始め!」の声と共に手合わせが開始したがーーー
数度剣がぶつかり合った音と風を切る音がしてところで呆気なく終了した。
周りも唖然とした様で二人を見る。
それもそのはず、トビと名乗った人間の手には剣は無く、剣を主として持っていた手をもう片方の手で抑えている。その手は微かに震えているようにも見える。膝も笑っている様に見える。
方やグロリアは一糸乱れぬ様で立っている。
そして笑っている。
無邪気な笑顔を浮かべて、可愛らしい乙女の声で言う。
「お次は誰ですか?」
対戦相手達の心は恐怖で震えた。
初戦のグロリアの動きは化け物じみた速さであり、剣筋に至っては余りの速さに見えなかった。
実の所、彼等は『戦乙女』の数々の噂は半分誇張してあると思っていた。
『瞬きをした時には目の前から消えていた』
『銀の髪が視界に入ったら、次の瞬間には崩れ落ちる』
『奇襲をかけた隣国の一個隊を一人で殲滅した』
『ものの数分で目の前に広がる軍隊を血の海にした』
一人の少女の噂にしては現実離れをし過ぎていた。それにカトレアとフローシアが戦うのは、グロリアがカトレアの軍に入ってから初めてのことであり、今回の戦においても防衛を担当していたため戦場に直接顔を出さなかった。
故に信憑性が低かったのだが、噂は真であるとこの度をもって証明された。
震える軍部の人間は己を叱咤し、グロリアに挑むが、初戦同様、なす術もなく崩れ落ちていく。
周囲が恐れ慄く中、グロリアは笑っていた。数回でも自分の剣に合わせる人間がいることに。
対戦相手はどの人間もフローシアの有望な若手。カトレアでは片手に足りる程度の人間しか剣を受け止めることが出来なかった。
「さぁ、お次はどなたですか」
騎士団に所属する残り三人の対戦相手は顔を見合わせ、突如グロリアに襲いかかる。
一対一では相手にすらならないと判断し、総力を持って戦うことにしたのだ。
グロリアは三人の動きを自分の動きによって誘導し、三人の剣が互いにぶつかる様にする。
三人とも危険を察知し、一度グロリアから距離をとる。
そして、三方向から再び襲いかかる。
流れる水のように動き、三人の剣を弾いていく。
流石は王を守る近衛騎士団所属もあって、連携の取れた動きをみせる。
近衛騎士団所属の者達が奮闘する中、グロリアは歓喜していた。
彼女は一種の戦闘狂である。強い相手に当たるとあらば、歓喜するのだ。
彼女からすると戦うことは遊びの一つであり、強さの証明方法だ。
『強さの証明』
ーーーそれはグロリアにとって耽美な味わいであるのだ。
笑いながらグロリアは思う。
ーーーそろそろ仕上げと行こう。
再び一斉に襲いかかる三人の剣先がグロリアに届く範囲に入ろうとした時
ーーーグロリアは三人の視界から消えた。
三人は互いの顔を見合わせたその瞬間、三人の内の一人が倒れる。
空から落ちてくるグロリアの強烈な蹴りを背中に受けて。
残り二人も呆気に取られている間に背後から襲われ、次々と地に伏してゆく。
静まり返った訓練場にフィルマンの声が響く。
「勝者、グロリア様」
次の瞬間、歓声があがった。
話を聞きつけた大勢の兵士達がグロリア達を取り囲んでいた。
先程から大勢の人間が集まっていたことに気がついていたグロリアであったが、特に手合わせ中には気していなかった。
しかし、いざ取り囲む兵士達を見ると血が騒いだ。
(暴れ足りない。
全員を蹴散らせてみたい。)
しかし、物騒なグロリアの思考とは間逆の声により、グロリアの思考は正常に戻る。
「団長、すいません!寝坊しました」
優しげな顔をした青年が、取り囲む兵士達の中から飛び出して来た。
「おい! 寝坊とはいい度胸じゃないか」
「ひいっ、すいません」
フィルマンの元でペコペコと頭を下げる青年に、フィルマンは苦味を潰したような表情で「とっとと行け!」と叱責を飛ばす。先程手合わせをした軍人も騎士達も、同じ様な表情を浮かべていた。
青年はその言葉を受けて、グロリアの方へとトコトコと駆け寄る。
「すいませーん」
青年はフワリと笑う。
次の瞬間ーーー彼は殺気を撒き散らして、
「遅れました、戦乙女殿」
低い声でグロリアに突如として襲いかかった。
きんっ!
金属のぶつかる音が響き、喧騒と打って変わり、静寂が空間を支配する。
グロリアは青年の剣を押し返し、一度距離を取る。
「随分な挨拶ですねーーーしかし、嫌いじゃないです、こういうの」
「喜んで頂き光栄です、戦乙女殿」
グロリアのアイスブルーの瞳は凍てついた眼差しで青年に送る。
相変わらず表情は笑みを浮かべたままである。
一方の青年も、一見はフワフワとした笑みを浮かべるものの、腹黒さを感じさせる。
まさに一触即発といった場面、それを破ったのはグロリアの言葉であった。
「でも、殺気は撒き散らしてはいけません、ね!」
台詞を言い終わらぬ内にグロリアは相手剣の届く位置へと詰め寄る。
最早風と一体化したグロリアの速さに叶うものはいない。
しかし、青年は一瞬動揺したものの、グロリアの背後からの攻撃に間一髪というべき間合いで対応した。
「これはまた、随分と危ない所からの攻撃ですね」
「私を背後に回りこませたお主が悪いーーーといいたい所だが、それよりも私の攻撃について来れる人間がいたことに喜びを覚えている」
剣のぶつかる高い金属音が響く中、二人は息も切らさず会話をする。
顔に笑みを浮かべたもの同士の対戦は、剣舞のように美しく見えさえもする。
皆一様にその光景に見惚れた。
グロリアの銀の髪と青年の金の髪が朝日の元でキラキラと光る。その色合いが化け物染みた速さの動きに加えて、一層の事浮世離れしたものにした。
どれ程時間が経ったであろうか。
フィルマンによる「やめっ!」の合図が入り、二人はピタリと動きをとめた。
互いに剣を鞘に収め、顔を見合わせた。
グロリアは凍てついた瞳を解除し、左手を差し出す。
「私はグロリアだ。貴方の名前は」
「ニコラ。ニコラ・ラチェール」
「そう、ニコラ。これからよろしくお願いします」
不意に無邪気な笑みを浮かべたグロリアを見て、ニコラは一瞬惚けた顔をしたが、直ぐに元の人畜無害な笑みに戻す。
「ええ、今後ともよろしくお願いします」
そういうとニコラは、グロリアに背を向けて立ち去った。
取り囲んでいた仲間の兵士達は近寄っていくニコラを取り囲む。
グロリアは遠くからその光景を眺めながら、笑いながら小さく呟いた。
「決まりだな」
【手合わせのあった日の執務室での会話】
「なぁ、ジョセフ」
「なんでしょう、陛下」
「朝起きたら、隣にいた筈の嫁がいなくなっていた。俺も普通に早起きな方なんだけどな」
「グロリア様でしたら、夜明け前に起床なさり身支度をし、マリーを連れて夜明けには部屋から出て行かれたようですよ」
「鍛錬に励むのは構わないが、朝起きた時に隣に居ないと…いなくなった感じで落ち着かなかった」
「左様でございますか。それで、私にどうしろと」
「せめて、朝食を一緒にできるようにして欲しい」
「しかし、グロリア様が訓練場からお帰りになられて、朝食を摂られる時間にはいつも執務を始めていらっしゃるでしょう」
「そこをどうにかしろ」
「お子様ですか」
「そうだ、お子様だ」
「威張らないで下さい。まぁ、仕方ありませんね。どうにかしましょう」
「明日からよろしく頼む」
「陛下、一つよろしいでしょうか」
「なんだ」
「そもそも、起きた時にグロリア様がいないのがお寂しいのであれば、グロリア様に起こして頂ければよろしいのではないですか」
「………そうだな。でも、朝食も一緒にとりたい」
「左様にございますか。承知いたしました」
ーーー時にお子様な少年王アランとそのお守り…でなく側近を務めるジョセフの会話。