第3話 監査室の変態達
まだ数ページしか書いていないのに、ブックマークをつけて下さった方、ありがとうございます。
グロリアの朝は早い。
軍に所属していた時の習慣で夜明けとともにおきる。彼女のお付きになった侍女も起きる時間にしては早過ぎるため、部屋にまだ参上していない。
別に侍女がいないところで、グロリアは幾分困ったことはない。今までの軍隊生活では、そもそも侍女という存在自体がいなかったのだから当たり前だ。
自分のことは、自分でやる。体に染み付いた習慣に従い、顔を洗いクローゼットから運動に比較的適した動きやすそうな服を手に取り着替える。
そして、今までの朝の習慣を実行する。
まずは全身の柔軟のために、床に座ら、開脚をして体を倒したりする。次に筋肉の鍛錬のため腹筋や背筋に負荷をかける運動をする。一通りの動作が終わったところで、次に何をしようかとグロリアは思案した。
勝手に部屋を出ては侍女に迷惑をかける上、城の構造も殆ど解っていない中、闇雲に外へ足を運ぶのは賢くない。
そう考えたグロリアは部屋にいることにした。何を考えてか、彼女が部屋の家具を脇に追いやり出す。
これでいいだろう、満足気に部屋を見渡し、意気揚々とベッドの脇に立てかけていたものを手に取る。
そして、足音も立てず、気配も消し、それを振り回す。
一時間後、部屋に入ってきた人間に声ならぬ悲鳴をあげられるとも思わずに。
********
「部屋の中で剣を振るうとは非常識なことなのですよ、グロリア様」
聖フローシア王国王妃予定のグロリアは、朝から絶賛説教中。足を折り曲げ、床に直接座る「正座」という格好で、目の前で腰に手を当て立つお方からお説教を受けていた。
事の発端は朝の鍛錬だった。
グロリアは柔軟や筋トレを終え、暇を持て余した私が部屋に広い空間を作り剣を振るっていた所に、起こしに来た侍女と現在説教をしているアランの側近を名乗る人物が来た。そして、侍女の方が声ならぬ悲鳴をあげたのだった。
現在、その侍女さんは平静を取り戻し、説教をしている方の後ろでグロリアの朝食を用意してくれている。立ち直りの早い辺り、王宮のプロは違うと感心してしまうグロリアである。
グロリアがよそ見をしていると、再び怒られた。
「聞いてますか。本当に王妃になる人間としての自覚を持ってください。貴女は只の戦乙女じゃないのです。ご自分の御立場をわきまえた行動を取って下さい」
「はい、申し訳ありません」
軍隊生活一色だったグロリアにとって、剣を振るうのは何処でもあっても当たり前であったゆえ、部屋の中で剣を振るうことに疑問はなかったゆえに起こったことだ。グロリアは耳を痛くして聞くのである。
「今後は室内での剣を振り回す行為は原則御やめください。万が一にでも、調度品が壊れたり、人が怪我をしても貴女は責任を取れないのですから」
「以後気をつけます」
大人しく頭を垂れるグロリアに救いの声がかけられた。
「ジョセフ様もその辺になさって下さい。朝食が覚めてしまいます」
侍女さんが、朗らかに声をかけて下さる。推定30代前半の美しい侍女さんが女神に見えてきた所(実際に美人であるのだが)、推定20代後半のアラン様の側近のジョセフさん(今名前を知った)の吹雪のような冷たい声が降ってくる。
「わかりましたマリー殿。では、朝食にして下さいグロリア様。ただし、夜の社交マナーの訓練は覚悟なさって下さい」
「はい」
力なく返事をした所で朝食に移った。
しかし、目の前の朝食を目にした途端、暗い気持ちは何処かへと吹っ飛んだ。
食欲そそるコーンスープ。美しく赤、黄、緑と彩りの考えられたサラダ。柔らかな白いパン。表面はカリッと、でも中はジューシーだと伺わせる肉汁を滴らせるベーコン。程よい半熟具合の目玉焼き。そして、瑞々しさ溢れるオレンジ。
絶対に戦場ではもちろん、軍の食堂でも食べられない上品な味が口の中を広がる。
パーティー並みの豪華さに、朝から驚きを隠せずにいる。加えて運動をした後のこともあり、美味しさが身に染みて、次から次へと物凄い速さで朝食が胃に収まっていく。
「美味しいです」
自然と言葉が出てくる美味しさに、舌鼓を打っていると、食後の紅茶の用意をして下さっている侍女さんことマリーさんが微笑みを浮かべて答えてくれた。
「シェフが王妃様のために腕によりをかけて下さいました。シェフに王妃様のお言葉を伝えてさせて頂きます」
「マリーさん、お願いします。特にベーコンの味付けと焼き具合が、今まで食べた中で一番だとお伝え下さい」
「王妃様、『お伝え下さい』と侍女に向かって丁寧な言葉はお使いになってはなりません。貴女様は私達の主なのですから。それと、マリーとお呼び下さい王妃様」
「はい、マリー。私の事は王妃様でなく、名前で呼んで下さい。あまり慣れないもので恥ずかしいので」
「承知致しました、グロリア様。他の侍女にも伝えておきます」
紅茶を入れてくれるマリーさんが女神すぎる!ほんわかとしたとした雰囲気が動作の端々から伝わってくる!朝の目覚めにこの笑顔が毎日あると思うと、心が晴れやかになる!本当に女神様だ!春の女神様!
グロリアは心の中で叫ぶ。
周りが男だらけの軍に身を置いていたため、可愛さに飢えているグロリアは可愛いものや可愛い人に弱い。
暖かい紅茶を口にしながら、マリーの給仕姿に心を和ませているグロリアの目は何処か熱っぽいものがある。端から見ると、変態にみえなくもない。
案の定、その姿に変態性を嗅ぎ取った男が咳払いをした。
「ええ、改めて自己紹介をさせて頂きます。陛下の側近として秘書をしております、ジョセフ・モローと申します。ジョセフとお呼び下さい」
「はい、ジョセフ」
「では、本日のご予定を申し上げます。朝食の後は、此方の文官の服に着替えて頂きます。午前9時から午後5時まで仕事をして頂きます。午後6時から午後8時までお食事とマナー講座を行い、引き続きてダンスのレッスンを午後10時まで行い、本日のご予定は終了となります。また、マナー講座にあたっては夜会用のドレスを着て頂きますのでご承知下さい。今後暫くはこの予定で進めていこうと思っております。明日からは午前5時から7時まで軍の方での訓練を入れさせて頂きました。訓練着はこちらのものをご使用下さい」
グロリアは平然と「わかった」と了承の意を示した。しかし、肝心な所はまだ話されていない。
「御質問はございますか」
「ああ、ジョセフは知っていると思うが、私はアランと賭けをしている。その賭けの対象の仕事とは何ですか」
「政務室直属の監査室にございます。主な仕事は各領地や公共事業における金銭の不備の確認することにございます。詳しい事は後ほどお話します」
「分かりました。ちなみに、帯剣してもいいですか」
ギロッと睨まれてしまう。先程、剣を振り回していた人間にが信用ならないのはわかるが、どうかそこは譲って頂きたい、とグロリアはジョセフに目で訴える。剣があってこその戦乙女……帯剣が許されないなら、短剣や暗器を大量に仕込むほかないーーーと言いつつも、もとより仕込む予定であったのだが。武器を持たないという選択肢はないに等しい、それがグロリアの習慣だ。
じっと、懇願する視線を送ると、仕方ないという風にジョセフに肩をすくめられた。
「仕方ありません。グロリア様に万が一のことがあった場合、ご自身で自衛して頂くことが最善ですからね。しかし、無闇に剣を抜かないで下さいね」
「善処致します」
「では、お支度が整い次第お迎えに上がります」
一礼してジョセフは出て行った。
ただ、支度と言っても着替えるぐらいなのだから、少し廊下で待ってくれればいいものを。
そんな風に考えていると、いつの間にか朝食の片付けを済ませていたマリーが微笑んできた。しかし、何処か怖い感じがすら。
この感覚は良くないことが起きる気がする。席を立とうとした所で、マリーにバッチリ目を合わせられて微笑まれ、そして、
「お洋服は指定のものがございますますが、髪を結わねばなりません。その前に湯浴みもしなけらばなりません」
女神様は部屋付きのベルを鳴らし、他の侍女さんを呼ぶ。やっぱり、拒否権はないんですね、と女神様に気圧され、グロリアはなすがままに身支度をされるのであった。
********
一時間後、綺麗に身体を磨かれヘアセットまでされた私はジョセフさんの隣を歩く。化粧と香水は匂いがするため、仕事にふさわしくないと言って、何とか逃れることが出来た。
王宮案内も兼ねて城の施設の説明を受けていると、通り過ぎる人にあからさまではないものの、チラチラと視線を送られた。格好が格好な故だと思いたい。
回廊にでると光が溢れ、きらきらとする中庭が見えた。
広い中には、美しい花々が咲き誇り、所々にベンチが設置されている。木々がなく見晴らしが良いのは、防犯上の配慮であろう。
ここなら剣の稽古場に丁度良いかもしれない、と思っていると、お隣を歩く冬将軍ことジョセフに「ここで剣の稽古をなさらないで下さいね」と言われた。
回廊を中ほどに差し掛かった所で、中庭の遠く隅に人がいるのが見えた。しかも、真っ黒なローブを羽織って。もしかしたら、と思いジョセフに聞いてみる。
「あちらの方は、もしかして魔術師ですか」
期待を胸に聞いてみると、ジョセフは何やら複雑な面持ちになり、
「いえ、魔術師などというのはご存知の通り、絶滅危惧種です。あのような格好で王宮にいることが勘違いさせるのでしょうが」
魔術師とは400年程前には当たり前にいた存在であったが、近年では殆ど…いや、全くお目にかかれない存在だ。年中真っ黒なローブで身体を覆っている、それが今に伝わる伝統的な魔術師の格好だ。私は奇跡的な確率で一度だけ以前会ったことがあるが、その人は真夏の炎天下でも真っ黒なローブをずっと来ていた。暑くないのか聞いてみたが、魔法で身体の温度調節をしているから問題ないと言われたことがある。
今、中庭でローブを羽織っている人も、この強い日差しの中、真っ黒なローブを羽織っているから魔術師かと思ったがそうでは無いらしい。
「では、何のお仕事をされている方なのですか」
少し間をおいて、隣から返事が来た。
「本人は魔女を名乗っています。王宮の薬室で専ら薬の調合をしていて、普段は薬室に篭っていらっしゃるのですが、あまり関わらない方がよろしいでしょう」
「女性の方もこちらでは王宮勤めをなさっておられるのですね。同じ女としてはお会いしたい所ですが、何故関わらない方がよいのですか」
「実験台にされるからです」
心なしか、ジョセフの顔色が悪い気がする。
「目をつけられる前に早く行きますよ」
歩速を上げるジョセフに合わせ、大股で回廊を抜ける。
しかし、二人の後ろ姿を遠く中庭の端から見ているものがいることに、グロリアは気がついていなかった。
********
政務室直属の監査室は王宮の政務を行う棟の三階にあった。少し緊張して、扉の前に立つとジョセフに「緊張していても、直ぐに肩の力が抜けるので大丈夫ですよ」と謎の言葉をかけられた。
「失礼します。陛下の側近、ジョセフ入ります」
緊張するなと言われても、少しは緊張してしまう。少し握る拳に力を入れた所で、扉が開かれた……が、次の瞬間、私は顔を顰めた。
恐る恐る、隣に立つジョセフに聞いてみる。
「あの、本当にここであってますか。場所を間違えただけですよね」
呆然と、鼻と口を手で覆いながら聞く。
ジョセフも頭が痛いと言った様子で答えた。
「いえ、残念ながらここが監査室にございます、グロリア様」
こちらに気がついた中の人の一人が、顔を赤くした状態でこちらを向いた。
「もしかして、そん人が噂のグロリア様か、ジョセフ様」
「グロリア・エーリス・カトゥーリアと申します」
今は男性用の服を着ているから、男性の仕草で自己紹介をする。名前も正式に王妃となったわけではないので、今までの名前を述べる。
すると、服装を崩して着ている人がこちらを向いた。
「本当に建国者様と同じ髪の色なんですね。そして、男装姿も美しくていらっしゃる」
流し目を送ってくるその人の言葉に間髪入れずに、一番奥に座った眼鏡をかけた人が、手元にある道具をパチパチさせながら、悪態をついた。
「朝からキザな台詞を吐くな、鬱陶しい」
目の前の3人を呆然と見つめると、ジョセフが咳払いをした。
「こちらの方が王妃様になられるグロリア様だ。そして、今日から一ヶ月ここの室長になって頂きます。そして、例の件を片付けるのを手伝って頂きます」
顔を赤くしている人が手を挙げた。
「はいはい、ジョセフ様。マジであの件に足突っ込むんすか。オレ、面倒くさいっす」
「ずっと人が足りないことを言い訳にして、あまり手をつけていなかったのですから、良い機会です。片付けて下さい」
ジョセフは続けて私の方へに向き直り、
「これが仕事内容です。期限は一ヶ月。お引き受け願いますか」
と言った。
グロリアは小声でジョセフに聞く。
「賭けのことは伏せた方がよいのですか」
「どちらでも構いません。この三人なら口が固いので大丈夫です」
「わかりました。仕事を引き受けます」
小声で話す私たちに、奥の眼鏡をかけた人から声がかかった。
「とりあえず、中に入って下さい」
グロリアは部屋の中に入ると、ジョセフは「私はここで」と言って速やかに出て行った。
服装を着崩した人が私の元にやってきて、空いている机に案内してくれた。
私が席に着くと、顔の赤い人が挙手をした。
「はいはい、まずは自己紹介しようぜ。オレはイヴォン・ブリュノ。みんなには、酒好きのイヴォンって呼ばれてる」
次に服装を着崩した人が笑みを浮かべて言う。
「僕はリュシアン・パスキエと申します。貴女の美しさに目がくらんでおります」
若干体を仰け反らしていると、顔の赤い人こと酒好きのイヴォンが茶々を入れる。
「そいつは女好きのリュシアン。グロリア様、気をつけた方が良いっすよ。ちなみに奥の奴は金好きのジェラルドだ」
勝手に紹介をされた眼鏡の人が溜息をついた。
「お前たち、静かにしろ。グロリア様、わたくしジェラルド・フレモンと申します。室長代理をしておりましたが、今この場を持って権限をお渡しします。ご要望があればなんなりと」
そう言ったジェラルドに向かって、グロリアは完全武装の笑顔で言った。
「この部屋の換気をして下さい。話はその後です」
どうやら、自分は変態性の高い魔窟に来たようだ、とグロリアは悟った。