第11話 魔女の名を冠する者
今回は5000字を超えました!
読んで下さっている方々に感謝を申し上げます。
「ロゼ姐さん、いえ、ロゼール殿。そろそろ貴女が何者であるか教えていただけませんか」
ジェラルドとマリーと分かれてから暫く歩き、少し森に入った所でグロリアは立ち止まった。辺りは静けさで満たされ、冷涼とした空気が流れた。
「あらぁ、やっぱり其処を聞くのね」
「ええ、あの少年王様が只医者の役割を果たすだけの人間を連れて行くように言うとは思えません。何かしらの理由があるはず……例えば魔術絡みとか」
「やっぱりリアちゃんは賢いわねぇ」
「賢くはないです。ただ、私が髪の色を変えた時にロゼール殿の出方を見させてもらいました……まぁ、思いの外貴女が反応を示して下さり、どこか事情を聞いて欲しいとでもいう態度をとられたから、こうした状況を作った次第です」
「其れは嬉しいわねぇ。こっちの姿を見れば分かりやすいかしらぁ」
ロゼールは優美に微笑む。すると、次の瞬間ロゼールの姿が変わる。グロリアはその姿に息を呑んだ。
「やはり貴女は白の民でしたか」
ロゼールの亜麻色の髪は美しい銀髪に変わり、目の色は紫になっていた。そして何よりも外見の年齢が変わっていた。今までは40代の女性に見えていたが、今のロゼールは20代半ばに見えた。
「魔術で外見の年齢も変えられるのですね」
「ええ、こっちが本来の姿なのよぉ」
神々しささえ感じさせるロゼールの美女っぷりにグロリアは気圧されていた。
「では、改めて自己紹介をするわねぇ。私は魔女ロゼール。魔女の名を冠する者よ」
「『魔女』とは一体何なのですか?」
「非公式部隊の魔術師団の長の肩書きよぉ」
「王宮に魔術師はやはり存在していたんですね」
「あらぁ、気づいていたの?」
「薄々ですが。王宮に普通な人間の気配以外の気配を感じられました。空気の流れや匂いとかも普通と違うものを感じのものを感じましたし」
「白の民の血を引くだけあるわねぇ。帰ったら是非魔術師団に入って頂きたいわぁ」
「いや、私は魔術は殆ど使えませんよ」
「えっ? でも、髪の色を変えたりしてたじゃないのぉ」
ロゼールの眉間に縦皺が寄る。美しい人は悩ましげな様子も様になるらしい。その立ち姿は一種の芸術だとグロリアは一瞬思ってしまった……が、はっとして質問に答えた。
「髪の色を変えるのは一応魔術を使ってます。アレは人に教えてもらったものなので。でも、教わったことのある魔術はアレだけです。通信機は元から術式が組んでありましたので、私が組んだ術式ではありませんし」
「……ん?ちょっと待って、リアちゃん。貴女、通信機に魔力貯めていたわよねぇ。その時、術式を組んでいたんじゃないのぉ?」
「えっ、どういうことですか」
グロリアとロゼールは互いに顔を見合わせる。互いの魔術に対する認識が違っていたのは、当たり前かもしれない。そもそもグロリアは魔術の教えを受けたことは無いに等しい。まずは、認識の擦り合わせが求められた。
「うーん、リアちゃんは魔術をどう発動させるかしらぁ」
「私が知る唯一の魔術は髪と目の色を変えるものですが、発動させる時は術式を組むんで……具体的に言うなら円形の陣を頭の中に思い浮かべて……魔力をそこに流し込む感じでしょうか」
「その点の認識は私と同じだわぁ。じゃぁ、通信機に魔力を貯める時はどうかしらぁ」
「魔力を貯める術式は組んであるので、同じくそこに魔力を注ぎ込みました」
「そう、そこよぉ。リアちゃんは気がついていないかも知れないけど、通信機の術式は魔力を貯めるものは組まれてなかったわよぉ。組んであったのは、通信機としての機能のみよぉ」
「えっ、そうだったのですか」
「それにねぇ、魔術には限界があるわぁ。あの通信機、通常ならそこまで長持ちしないわよぉ。でも、魔術には無理な事でも……魔法なら出来るわぁ」
「魔法?」
グロリアは首を傾げる。魔法とは「この世の不思議な出来事を起こす力」。最早、お伽話の中の話。そして、不思議な事の真相を隠したりする時の文言みたいなものだ。例えば、ある子どもが母親に「どうしてこのスープは美味しいの?」と聞く。それに母親は「魔法を使ったからよ」と答える。たとえ、いつもより作業工程を増やし手間暇かけてスープを作ったという理由があったとしてもだ。
「今となっては信じる人も殆どいないけど、魔術とは違う魔法は存在するのよぉ。魔法は使い方によっては天候すらも操れるものだわぁ。ねぇ、リアちゃん。少し聞いてくれないかしらぁ。ーーー魔法使いと魔術師について」
ロゼールは何処か切なさを浮かべながら、グロリアに微笑みかけた。グロリアはゴクリと喉を鳴らし、首を縦に振ったのだった。
「昔々、そうねぇ、フローシアが建国されるよりずっと前の話。当時の書物すら碌に残っていない時代、この世界には多くの魔法使いがいたの。
ある者は火を、ある者は水を、ある者は風を、ある者は土を、ある者は光を、ある者は闇を操ることが出来たわ。時には大雨を降らしたこともあるし、時には山さえ、いとも簡単に創ったわ。最初の頃は良かったの。ただ生きるためだけに人は魔法を行使したわ。でも、だめなのよ、人間って。結局は人を傷つける為につかうようになった。人間同士で魔法戦争を始めたら何が起こったと思う?自然界の魔力枯渇よ。
魔法がどういう仕組みで発動されるかに問題があったの。魔術と違って魔法は自分の魔力以外に自然界にある魔力も使うもの。大規模な魔法を使えば使うほど、自然界からの魔力供給が不可欠になるわ。
戦争を繰り返していくうちに、自然界の調和は崩れ始め、人々の生活に影響が出るようになったわ。困窮していく人々の生活が見るに耐えなくなった一人の人間がいた。だからその人は決めたの。
『魔法に頼らない世界を創ろう』
そうして、その人は世界中の魔法使いの魔法に関する記憶を消し、魔法に関する書物を焼き捨てた。場合によっては強大な魔力を持つ人間の命を刈り取ったともいわれているわ。
全ては次代に魔法を残さないため。人の手に余る魔力を継がせないため。
その代わりに、その人は魔術を生み出したの。自身魔力のみをもって行使出来る力、それが魔術よ。
しかも魔術は術式があってこそ発動する。術式を知らなかったり、覚えていないものは使えない。己の身の丈にあった術式しか使えないから、魔力の保持量の少ない人間達では戦争レベルのものは使えない。
時が過ぎると、人間一人当たりの持つ魔力量も微々たるものとなり、魔術を使えるものも殆どいなくなっていった。こうして、現在までに至ったの。
魔法のない世界を創ったその人こそがーーー我らが白の民の祖なのよ。
祖は自分の一族だけに魔法に関する知識と膨大な魔力を残した。そうして白の民は世界の調停者となったのよ」
グロリアは何も言えなかった。
母親から自らのルーツである白の民について、思い返せば彼女は何一つとして教えられていなかったのだ。魔術に関しても、偶々遺品として持っていたものを彼女が自分で弄っただけだ。
そして、世界の調停者と次元の違う話にも驚いた。
無知であったことに気づかされ、グロリアの頭の中は真っ白になる。返す言葉すら見つからず、グロリアとロゼールの間に沈黙が流れる。
「私が魔女たる所以は魔術を使えるからだけではないの。魔法も使えるからよ」
馬車での移動時間短縮にも説明がつく。グロリアはそういえばロゼールは最初から「ちょっとした魔法よ」と言っていた事を思い出した。そのまんまの意味だったのだ。
「そしてね、リアちゃん。白の民の中にも魔法の使える人間と使えない人間がいるの。貴女は半分は普通の人間の血が入っているけど、半分は白の民の血が流れている、れっきとした白の民よ。だから通信機の件も鑑みて、貴女は魔法を使える人間である可能性が高いのよ」
「私が魔法使い……ですか?」
辛うじてグロリアは声を出した。普段の堂々とした態度はなく、瞳は戸惑いに満ちていた。
「ええ。例えば、こんなことない?自分の怪我が早く治ればいいのにと思ったら傷が治ったり、暑いから温度が下がればいいと思ったら自分の周りの温度が下がったり」
「言われて見れば、ありますね。特に怪我に関しては、戦場に出たての頃は生傷が耐えなくて『早く治れ。傷つかない頑丈な体が欲しい』とか思っていたら、そのうち怪我の頻度は減りましたね」
「魔法とは、そういうことよ。自分の想像したものを力として発動させること」
「そうだったのですか。自分でも偶に人間離れをした現象を起こしている気はしてましたが、まさか魔法だったとは」
長年の悩みの原因に終止符を打ったグロリアは今までのことを振り返っていた。
戦場で雨が降っていた時、「雨が止めばいいのに」と思ったら雨が突如として止んだこと。偶々通りかかった村の土が痩せていたため、「栄養価の高い土になればいいのに」と願ったら、次の年からその村の収穫量が何倍にも増えたこと。洗濯物が早く乾かしたくて「風が吹けば、早く乾くのに」と思ったら風が吹いたこと。他にも数え切れない。
「リアちゃん、余計なお節介を焼いても良いかしらぁ」
物思いに耽るグロリアにロゼールから突如として声がかかった。彼女は驚き、ロゼールの紫の瞳を見る。気がつけばロゼールの口調は先程の真面目なかたりくちょから、いつもの間延びした口調に戻っていた。そして、ロゼールは何処かニマニマしている。ニマニマしている様さえ、美しさでカバーされているあたり、コメントの入れようがないのだが。
「リアちゃんが魔術を使えるだけの魔力を持ち、魔法を使えるかもという事でーーー陛下と脳内会話をしてみないかしらぁ?」
「脳内会話とは、何でしょうか」
「簡単に言えば、通信機の脳内完結版。頭の中に相手の声が響く感じなのよぉ。ある程度の魔力があれば出来るからぁ、やってみない? 私も陛下との通信手段に使ってるのよぉ」
「アランは魔力を持っているのですね」
「曲がりなりにも、建国王が白の民だからねぇ」
「では、了解しました。脳内通信をやってみたいです」
「わかったわぁ。じゃ、今日の夜、陛下に通信しましょうねっ!あの坊やも喜ぶわよぉ」
「そうですね、寂しいそうにしてましたしね。勝手な事ばかりしているので、経過報告だけでも入れませんとね」
グロリアのその言葉にロゼールは軽く首を傾げた。
「リアちゃん、一ついいかしらぁ」
「はい」
「リアちゃんは、あの少年王について、どう思っているのかしらぁ」
「王としては偉大ですが、それ以外では少々甘えたがりな年相応の少年って所でしょうか。なんか弟ができた感じですね」
「うん、ありがとう。それは、坊やに伝えないであげた方がいいわぁ」
ロゼールの言葉に、今度はグロリアが首を傾げた。
ロゼールは「坊や、不憫ねぇ」と呟いたことはグロリアの耳には入っていない。遠い目のロゼールを他所に、グロリアは前進しながらロゼールに問う。
「あの、ロゼ姐さん。白の民であり、魔術師で、魔法使いで、薬学そして医学にも通じる貴女に聞きます。今回の調査において、白の民は関わっていると思いますか」
暫くの沈黙の後にロゼールは口を開いた。
「白の民は世界の調停者。フローシアは建国王が白の民で白の民の住む場所も犯さないでくれているから、少しばかし力を貸しているけど、基本的には何処か肩入れはしないわ。多分、辺境伯の娘はリアちゃんの使った魔術と同じ様な魔術を使って銀髪にしているだけだと思う。白の民は血族の間でしか結婚しないから、その辺に銀髪の娘が現れる事はない。ただ、貴女のお母様のように外へ行く人もいるけど、それは少数。そういう事は直ぐに白の民全体に知れ渡るから」
再びロゼールの口調が真面目なものとなる。彼女は腕を組んで考え込み、再び声を出した。
「多分だけど、白の民以外の魔術師が関わってーーー」
ロゼールが言葉を言い終わるよりも早く、グロリアは突然ロゼールの方へ飛び掛る。グロリアはロゼールを抱えるようにして、横に跳んだ。
ロゼールが今さっきまで立っていた場所にあった草は焦げている。
グロリアは紐で通して肩にかけていたハープを手にするや、高い音を奏で始める。
その音色は攻撃的なものである。
彼女のかき鳴らす音ともに、辺りの木々からバキッと枝の折れる音が聞こえる。その音が幾度か聞こえた所で、グロリアの正面にある木から黒い物体が落っこちてきた。
「止めて!降参です!魔法攻撃を止めて下さい!」
落っこちてきた人間に続き、もう一人の人間が木から飛び降りてきた。
「お騒がせして、申し訳ありません」
木から降ってきたのは二人の少年は、見た所12、3歳ぐらいの少年だ。
しかし、驚くのはそこじゃない。
グロリアは己の目を見開いた。
美しい銀髪に、アイスブルーの瞳。
それは、まるでーーー
「「お迎えにあがりました、グロリア姉様」」
二人の瓜二つの少年は、何処となくグロリアに似たその顔で、グロリアに向かって挨拶をしたのだった。