1-2 一目見れば
遅くなってすみません。
就活で地元を離れているので、しばらく更新は安定しないかもしれませんが、頑張ります。
「ひ、ひろいなぁ・・・」
馬車の車窓から眺める帝都の景色は、都市の中でも開発が進んでいると噂の地元とは比べるのもおこがましいほどであった。
まず帝都の中心に聳え立つヴァルメリア城からして豪華絢爛にして、壮大なものである。
大陸のど真ん中に位置し、山々に囲まれた盆地に建てられた城を囲むように、城壁と城下町が形成されているのが帝都である。
帝城の正面の、美しい獅子像が彫刻されたアーチの城門から続く帝都の巨大な大通りには、どれも立派な邸宅が隣家同士で張り合うかのごとく並んでいる。
帝城で勤務する高官や、帝都の城下町管理を任された都市参議会の役員等だけの、いわゆる上層貴族のみに許された特権の一つが、この帝都での住まいである。
いまピノスが乗り合わせている馬車は、それら貴族の邸宅に挟まれた帝都のど真ん中を通る大通りなのだ。
その名も、獅子心通り。
名前の由来は、帝城に住まう、この大陸で最も高貴とされる、とある一族の紋章旗である。
深紅色の布地に二本の交差した剣、そして立ち上がり咆哮する金の獅子の紋章。
“正統なる血統”の一族の紋章だ。
彼らは、かつて荒れ果てていたヴァルメリア大陸を統一し、大陸全土を掌握した一族なのだ。
それ故に、大陸においては絶対的な権力を誇る。
しかし、その血統の高貴さは他の人間を一切近づけさせないため、一般民にはお目にかかれない、まさに天上の存在とも言える。
そんな一族がいま、ピノスの視線の先にあるとてつもなく大きな城に住んでいるというのだ。
だが、馬車は途中で交差点を曲がり、少年の眺める景色から城が遠ざかる。
彼が向かっている場所はあの天上人の住まう雲の上などではなく、騎士見習いの最後の試練を行う場所であった。
◇
「よし、全員いるな」
前回の演壇で試練説明を行っていた教師とは別の若い男性が、点呼を終え訓練生たちの出欠を確認した。
今年も例年通り欠席者はなく、騎士見習いたちは自力でここ、帝都の騎士候補生最終訓練所までたどり着いたのだ。
現在、騎士見習いたちは訓練所の正門から入ってすぐの、宿舎までの屋外広間に集合している。
そう、すでに最終試練は始まっている。
まずは定刻までに指定された地点に自分の力でたどり着けるかが試されたわけなのである。
「さてまずは私の自己紹介だ。
私の名前はアベルという。アベル・ストレンダスだ。
現在、私はここの経営責任者であられるガラード候の騎士であるが、主君の後進育成への思いからここへ派遣されている。
君たち全員の試練がどのような形を迎えるにしろ、私は最後まで君たちに付き合おう」
気前の良さそうな笑顔で、騎士見習いたちの教師役を任されている男、アベルが言った。
言葉一つ一つに表れる誠実さと、衣服の上からでも窺える逞しく精悍な身体つきを併せ持っているのだろう。
わずかながらも高貴さを感じさせるのは、彼の輝く金の髪色だからだろうか。
ハキハキとした自信のある喋り方と顔つきから、成人して職務についてから大分たっていると考えられる。
見る者にベテランさを感じさせる頼もしい人である。
そんな風に、ピノスはアベルを評しているのだった。
「では、君たちに最初のミッションを与えよう」
と、アベルが勿体ぶるようにニヤリと笑う。
「各自、部屋の確保と荷物の搬入、だ!」
◇
よっこいせ、とピノスは一か月近くお世話になる自室に荷物を運びいれた。
部屋は木製の引き戸を開けると、すぐ左手には簡易な物置と靴置、段差を一段越えて短い廊下を突き進むと小さな居間に続く。
居間の突き当りには小さな窓と、窓を向いて左側には2段ベッドが備え付けられていた。
少年はその二段ベッドの下の段に腰をかけ、荷物をまとめているところだった。
今日から、彼はここで一人で過ごすことになるのだ。
「二人部屋なのにね・・・一人で暮らすにはちょっと、広いかな」
そんなことをぼやきながら、騎士の正装を壁の上着掛に掛けた。
居間には小さな円卓があるのみで、装飾品などは特に存在しない。
外や隣室からガヤガヤと騒音と話し声が聞こえるが、この部屋には彼一人なので静かなものだ。
最終試練を受けるためのこの騎士候補生最終訓練所の宿舎は、割りかし大きなものである。
しかし、全訓練生を宿屋のごとく個別に部屋当てするほどは用意されていない。
部屋数は80ほどであり、例年通りであれば訓練生は150人程度なので2人部屋で問題はないのだ。
しかし、当然一人で暮らせる部屋というのは需要が高い。
本来であれば、成績が優秀であったり、家柄が格式高い家の訓練生が一人部屋を獲得するのであるが・・・。
「この、髪の色のせい、だよねぇ・・・」
そう、彼の髪の色に問題がある。
薄茶色の髪の毛。
濃い羊色といったところで、白と茶のちょうど中間くらいの色である。
母は向日葵のように鮮やかな金髪であるのに。
彼にとっては一種のコンプレックスでもあり、実際に周囲からのあまり評判はよくない。
ピノスの身の回りでは珍しい色らしく、騎士訓練生でも現役の騎士の中でも同じような髪を持つ人を見たこともない。
騎士を目指す子供は、一般民ではなく高い身分の家庭の子供が多い。
そして、身分の高い人間というのは、総じて鮮やかな金色の髪をしているものが多いのだ。
幼いころから騎士養成所で訓練をともにしてきた仲間はみな同じような毛色であり、
そのような環境では、身長も低く目立たない上に奇妙な髪色であるとして、避けられているのだ。
髪の色が普通の人と違う。
それだけで、彼は周りから嫌煙され、どこの仲良しグループにも所属できず、孤独に騎士を目指している。
それが、心根の優しいピノスにとっては、少し寂しいものであった。
ピノスが二人部屋を一人で住むようになったのは、これらの延長線にある状況だった。
「でも、騎士になれればそんなこと、関係なくなるよね」
よし、とひとつ気合いを入れて、彼はとりあえずベッドに寝転がる。
今日はこの宿舎に着くまでが試されたのであり、本格的な試練は明日以降に始まる。
がんばらなきゃ、と一言漏らし、彼は夕餉の時間までしばし休むことにしたのだった。
◇
翌日。
「では、諸君らにはこの紙に書かれている内容に沿って、指定の場所に赴いてもらう!」
場所は変わって屋内の訓練施設。
技術的な訓練を促す場所ではなく、訓練生を一同に集め、今回のように説明を促す場所のようだ。
思えば、モノートンでの騎士養成所では、座学と実技を交互に厳しく指導されていたものだ。
最終試練というだけあって、訓練という意味合いではこの施設は用いられていないのだろう。
昨日訓練生の前で自己紹介を行ったアベルが、本日も説明のため訓練生たちの前で大声を挙げている。
今日は、明日以降の訓練で騎士として仕えることになる相手を選ぶこととなっている。
「いまから配る資料に、今回の騎士従事模擬訓練の協力してくださる方々の一覧が乗っている。
各々が自分の資質や考えに合う相手を選ぶのだ。
これはあくまで模擬訓練ではあるが、仕えるべき主君を正確に選択する能力も必要だ。
良き主君に、良き従者、これが騎士の世界だ。
訓練の内容次第では、最終試練後に仕えた相手がそのまま主君として契約を結ぶことになることもある。
よく考え、相手を見極めるように!」
アベルの指示に従い、訓練生の皆が資料を眺める。
ピノスも周りに習い、束ねられた羊皮紙をめくる。
どうやら、お相手となる様々な貴族たちの趣味嗜好や思想、仕事内容や家族構成、そして訓練生へのメッセージが書かれている。
羊皮紙一枚に8名ずつ名前とプロフィールが書かれ、最後に訓練のために仮契約を行う場所が指定されている。
「指定されている時間は本日の真昼の大鐘が鳴る頃だ。
相手を待たせないよう、あまり悩みすぎずに向かうように。
では解散!」
現在は起床の大鐘がなってから、2回小鐘がならされている。
真昼までにまだ3回は小鐘が鳴らされる。時間に余裕はあった。
ピノスは騎士見習いたちの集団を離れ、自室に戻ることにする。
同じように宿舎の割り当てられた部屋へ戻っていく訓練生たちは多い。
ともすれば、外へとつながる玄関から外に出て行く訓練生までいる。
それぞれが、自分の考えで動いている。
ピノスもまた、己に相応しい相手を考えねばと気合を入れなおし、
自室の扉を開け、居間の小さな円卓に資料を広げた。
「えーっと・・・」
一枚目から順に、書かれている名前をあたっていく。
まったく知らない名前もあれば、隣の都市のモノートンでも聞いたことのある貴族の名前まである。
「うわ、紋章官のルシル家や、裁判準監督官のリデチ家、都市参議会副長の名前まで・・・すごいな・・・」
ひとりひとり名前とプロフィールを丁寧に見ていく。
その中に、ピンとくるものがあった。
「・・・ヤール家?」
家族構成は4人。他に親戚筋もなく、ありていにいって小規模な家門だ。
どうやら酒造監理官らしく、年齢も26と若いところを考えれば、
新興貴族であることが窺える。
たまに、伝統ある貴族社会において、本当に珍しいことに、貴族家門が途絶えることがある。
そうなると、その家門が襲名していた役職に空きができてしまう。
大抵の場合は他の親戚筋が分家を立てて穴を埋めるのだが、稀に別の家門が形成されるのだ。
そうして宛がわれた家庭が、新興貴族となるのだ。
しかし、役職の名誉を重んじる貴族において、新興貴族は疎まれる場合が多い。
伝統を重要視すればこそ、若い芽は潰されがちなのである。
どうやら、ここほんの最近任命されたらしく、従者の騎士もいないとのことだ。
こうなってくると、つまり、言ってはなんだが。
「長持ちするか、わからないよねぇ・・・」
主君を支え、助けるのが騎士の役目ではあるが。
かといって、貴族社会で短命に終わりそうな家門に所属するのはリスクが高い。
主君の家門がつぶれた場合、騎士は主君にどこまでもついていくケースが多いからだ。
ハッキリと言えば、没落した貴族と、ともに没落するしかない。
それは、母を楽にさせるために稼ぎをよくしたいピノスにとっては非常に困る結果なのだ。
頑張ってくださいね、の気持ちで次の人物に移ろうとした、その時。
ふと、最後のメッセージが目に入ったのだ。
『私と共に、一から始めてみませんか?』
たった一文だけの、短い文章だった。
華美に己を称賛し、誇大して出るのが貴族の本質。
なんとも、貴族らしからぬ一文に、しかしピノスは目をひかれたのだ。
「一から・・・」
直感が、何かを訴えかけてくるような、そんな感覚。
資料を前に、ピノスはうーんと考え込んでしまう。
外では、一刻が過ぎたことを知らせる小鐘が、コーンと響いていた。
◇
「・・・・・・・・・・・・・誰もいない」
結局、ピノスは悩みに悩み、定刻の一刻前まで悩んだ結果、ヤール家の長男に従事すべく待ち合わせの場所に来ていた。
待ち合わせの場所は、大通りを少し東に離れたシックな雰囲気のカフェテリアだった。
店の前には小さなテラスと白いテーブル席が用意され、いかにもお高そうな雰囲気を醸し出している。
二階にも上品なテラスが備え付けられ、彩色された美しい日差し除けの大傘まで用意されている。
赤のレンガで建てられ、手触りのいい高級木材の扉から察するに、ピノスにとってやはりお高そうな店である。
そんな場所に、客とは別に訳ありな少年、一人である。
もう、あと少しもすれば真昼を知らせる大鐘が鳴るというのに、誰もいない。
契約相手も、自分以外の訓練生も。
どうやら、このヤール家という新興貴族とやらを、みな避けたらしい。
それもそのはずで、今回のリストに上がっていた紋章官のルシル家など、上層貴族の中でも一流だ。
そうでなくても他にも有名所や、堅実そうな家門はあった。
間違っても、このような絶好の機会に新興貴族の門戸に、などとは普通考えまい。
(やっちゃったかなぁ・・・でももう変えられないしなぁ・・・)
所在な下げにピノスが途方に暮れていると、
ゴーンと、帝都の中央広間付近に設置された大鐘が鳴らされた。
真昼の時間だ。
しかし、指定された時間だというのに、ピノスの待ち人は現れない。
ピノスはもぞもぞと、キョロキョロとしだす。
不安になってきたのだ。
と、そのような不審な様子で待っていると、黒いフードで頭部を隠した怪しげな人物がすっとピノスの前に現れた。
「君だけかな?ついておいで」
透通る、けど確かな力強さを感じさせる声。
男性だ。
黒のフード付きマントを羽織った、おそらくヤール家の長男が待ち合わせのカフェの扉を開けて中に入る。
見るからに怪しいが、そこは騎士見習のピノス。
はい、と一言応えて彼についていく。
カフェテリアは内装にも拘りが見て取れ、一般民出身のピノスがかつて経験したことのないほど高級感漂う雰囲気であった。
店員の燕尾服の男がようこそ、と声をかけに近寄ってくると、フードの男性はコソコソと何事かを店員にささやく。
店員は、ご予約の通りですね、承っております、こちらへ、と彼を店の奥左手の階段・・・ではなく右手の扉へと通す。
(え、個室!?)
なにやら怪しい雰囲気が濃くなっていく中で、先んじてフードの男性は扉を店員に開けさせると入ってしまった。
店員は、困ったように立ち尽くすピノスを、ニコニコと見つめ返すのみであった。
こんな、一目から隠れて行おうという行動に、少年は自然と鼓動が速くなる。
だいたい、仮にも騎士の契約なのだ。
通常なら仕える相手の屋敷に招かれ、他者の介在しない場所で行うものだ。
なんで、こんな、ほかのお客もいるようなお店で・・・。
考えられる要素はいろいろとあるが・・・。
しかし、
(ええぃ、ここまできたらなるがまま、だ!)
ピノスは、ウジウジするのをやめた。
どうせ、ヤール家とやらを選んだ時点で、いろいろと駄目そうな雰囲気なのだ。
笑顔で扉のノブを右手に、あけたままで控えている店員の横を通り過ぎる。
―あなたのこれからに、祝福を
すれ違う一瞬、そんなことを店員に言われる。
え?と聞き返す暇もなく、ピノスの後ろで扉が閉められた。
個室の中は意外と広く、天井にぶら下がる5つのランタンで照らされている。
大人15人が悠々と入り込めそうな空間に、真っ白なテーブル。
イスは二脚用意されていて、扉から入って右の奥側にフードの男は座っていた。
密談をするには、まさにうってつけ、といった雰囲気である。
「さぁ、かけたまえ」
またも、耳触りのいい奇麗なテノールでフードの男は言う。
おそるおそるといった体でピノスもイスに座る。
そして、
さて、挨拶をしようか、と彼は言った。
失礼、フードをかけたまんまってのも体裁が悪いね、と彼はフードを取った。
ピノスは目を見開き、息を飲んだ。
たとえ、一度として出会ったことがなくてもわかる。
それは、帝国中の誰もが知っている、常識であり。
一般民では、決してお目にかかれないであろう姿。
一目見れば。
一目見ればわかってしまうのだ。
フードの下から現れたのは、煌く長い銀の髪。
煌く銀の髪。
“正統なる血族”の証だった。
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