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68.5話 落ちこぼれの過去


 初めはただのちょっとした憧れだった……。

 僕は辺境大陸の田舎村出身で中央大陸なんて絶対に縁の無い場所、そう思っていた。けど、5才の誕生日、親にねだってちょっと高価な魔術を本を買ってもらったことがきっかけだったんだ。読めば読むほど魔導師への憧れは強くなっていき、次もまた次の誕生日にも魔術の本を買ってもらった。


 そして、僕が9才になった日……転機は訪れた。


「よーし、今年こそ……いでよ炎『フレイム』!」


ボウッ!


「えっ!?」


 その日、本当に出てしまったのだ。それからというもの、自分には才能がある、自分は魔導師になれるんだと胸を高鳴らせていた。仲良くしていた兄や姉のような存在の友人からの誘いも拒否してずっと魔導師になる方法を勉強することに没頭するくらいに。

 そして決意した、中央大陸に存在する“魔導師ギルド”に加入することを。でも自分の家はこの村の村長で、親としては跡を継がせたいだろうからきっと反対される……。だから、10才の誕生日に誰にも告げずに移動とギルド加入のためのお金を家から持ち出して出発した。

 このお金は立派な魔導師になって何倍にもして返そう。そうすればきっと親も文句は言わない……いや、言えないほど凄い魔導師になってやるんだ。


「お父さん、お母さん、みんな……ごめんなさい。でもきっと有名な魔導師になってみせるから」


 そうなれば、この村も有名魔導師出身の村として賑わうようになるはずだ。そんな多くの期待を胸に僕はついに旅立った。




 ……けれど、現実はそんなに甘くは無かった。

 近年、第六大陸付近以外はそこまで危なくは無いと言われてはいるもののそれでも子供の一人旅、辛くないわけが無い。世界の広大さなど知らなかったし、お金の管理もまだままならなかった。乗っていた馬車が盗賊に襲われることもあったし、大嵐に遭い乗っていた船が転覆したこともあった。


 そうして“魔導師ギルド”がある首都『ブルーメ』に到着したのは約半年後のことだった。お金も大事に取っておいた入学金以外はすっからかんとなってしまっていた。


「でも、でもこれで……僕もやっと魔導師になれるんだ」


 そう……思っていた。ここまで辛い思いをしてきたのだから、これからは輝かしい魔導師人生が待っているはずだと。

 しかし、そこで突きつけられたのはこれまでよりも更に辛く、厳しい現実という名の地獄だった……。


 僕には才能なんて無かった。ギルドの学舎では同年代……いや、僕よりも幼い身なりのいい貴族の子はすでに僕よりも凄い魔術をバンバン使用していた。

 僕といえば、教わったことさえ満足にこなすことが出来ない。ギルド始まって以来の落ちこぼれだとも言われ、貴族の子達からは特に罵られる毎日。


「あなたのような落ちこぼれがどうしてまだここにいらっしゃるの? 実力もないくせに」


 そう言って僕を貶してくる彼女は同期に魔導学舎に入学したとある貴族の令嬢、エリーゼ・ライズ・ティレイルさんだった。彼女が最初に僕を罵りだし、それに呼応するかのように周りの人達も僕を罵るようになっていった。


「それだけやって全然上達しないのですからこれ以上やったって無駄ですわ。さっさと田舎に帰ればよろしいんじゃなくて?」


 それに合わせて彼女の後ろ、いつもいる取り巻きの女子二人が「そうだそうだ」とはやし立ててくる。


「僕は……帰らないよ」


 違う、自分ではわかっている。"帰らない"のではなく"帰れない"のだと。あの家を出てからもう一年近くの時が経とうとしていた、いまさら戻れるはずも無い。しかも、あの大陸では自分が去った後中央大陸と同時期に“特異点”が発生したというので、安全が確認できるまで戻るに戻れない状態だ。

 それにお金も無い。僕の持ち金はほとんど無く、毎月貯めたお金は授業料へと消えていき明日の食事もままならないほど枯渇していた。




 しかし入学して一年、そんな僕にもちょっとした転機が訪れた。


「今日から皆さんと一緒に学ぶことになりました、リオウ・ラクシャラスといいます」


「い、妹のシリカ・ラクシャラス……です」


 珍しい時期に僕と近い歳の兄妹が転入してきたんだ。どうやら家庭の事情で入学が遅れていたって話らしい。

 けど、彼らは有名な貴族の家の子だというし自分には関わりの無い人間だ……とその時は思っていた。


「すべてを飲み込む炎よ、出でよ『炎の波(フレイムウェーブ)』!」


ボスン……


「くそっ」


 また失敗した。ちょっとでも大きな魔術になると何度やっても上手くいかない。教科書通りに、習った通りにやってるのに……。


「いい加減諦めたら? いくらやっても無駄なものは無駄ですわよ」


 いつものようにエリーゼさんが僕を見下してきた。本当は僕だって気づいてる、こんなんじゃいつまで経っても魔導師なんかにはなれないって。いっそ諦めてしまったほうが楽になれるんじゃないか……そう思い始めたその時だった。


「そんなことはないさ。人は皆可能性を秘めているんだ、諦めるのはまだ早いと思うよ」


 そう言って奥から現れたのは、昨日転入してきたリオウ・ラクシャラス君とその後ろに隠れるように立っている妹のシリカ・ラクシャラスさんの二人だ。


「あら、あなた貴族のくせにその平民を庇うの?」

「そんな落ちこぼれの平民なんてこのギルドには必要ありませんわ」

「ワタクシ達の家の力でこんな奴とっとと追い出してしまいましょうか」


 突然乱入してきたリオウ君に向かってエリーゼさんの取り巻き達が批難の声を挙げ、更に僕を追い詰める。


「身分がどうこうなんて関係ない。この場所はどんな人間でも平等に魔術を学ぶことができる場所だ。君達が彼を追い出す権利なんてどこにも無いだろう」


 彼の気迫に気圧されたのか、取り巻きの皆さんは苦い顔で後ろに後ずさる。


「そうですわね、学ぶ権利は誰にでもある。だけどそれを活かせない実力の無いものが吠えるのはわたくし我慢なりませんの。ねぇ、実力も見せていない転入生さん」


 ただ一人、毅然とした態度で挑発的なセリフを叩きつけるエリーゼさん。彼女の意図を察したのか、リオウ君はニヤリと笑みを浮かべて。


「いいだろう、俺の実力……その体で確かめてみるといい」


 それが、二人の魔術戦の開始の合図だった。




 結果は……リオウ君の勝利だった。正直、僕には説明が出来ないほど凄い戦いだった。

 エリーゼさんの魔術の連打をリオウ君が避わしたと思ったら、すでに反撃が始まっていた。これによってエリーゼさんは少しづつ追い詰められ、最終的にリオウ君の勝利となった。


「俺の勝ちだな」


「くっ、次はこうはいきませんから……」


 そう捨て台詞を残してエリーゼさんは去っていく。周りにはいつの間にか沢山の人が集まって、僕らはその中心にいた。


「立てるかい」


 リオウ君がスッ……とこちらに手を差し伸べてくれる。一瞬その行動が理解出来ず、僕はポカンとしてしまった。


「先生達にこの有様を見られると面倒くさいからね。ささっと退散しよう」


「う……うん」


 そのまま僕は彼らと共に走り出していた。




 それからというもの、僕の学園生活は一変した。


「よし、お昼休みだ、学食に行こうか。ほら、シリカも早く教科書しまって」


 僕は彼らと共に過ごすことが多くなり、学内でのイジメは大分無くなった。未だ突っかかってくるのはエリーゼさん達ぐらいだ。

 魔術の訓練の時もリオウ君は僕を誘っては色々と教えてくれた。


 だけど、それでも変わらない問題もあった……。共に訓練して、少しは上達したものの、周りに比べると僕は遥かに伸びが遅い。

 そして一番の問題はお金だ。食堂の手伝いや、図書館の整理、魔道具の整理などでコツコツ貯めてはいるものの、高額な授業料のせいでやはり明日の食費もままならない。

 リオウ君は「そんなに厳しいなら俺が工面してあげようか?」と言ってくれたが、流石にそんなところまで世話になるわけにはいかない。


「よし、昼を食べに行こう。今日は何にする?」


「あっ……ご、ごめん。僕ちょっと用事があるから気にしないで行ってきて」


 彼に迷惑はかけたくない。リオウ君は僕の大切な友達なんだから。


「はぁ……学食でもらったパンの耳のもうないし、今日は水で空腹を誤魔化すしかないかなぁ」


 更に空腹を紛らわすため学舎裏で横になる。


ぐぅ~……


「うう、我慢我慢」


 ご飯のことを考えるから駄目なんだ。ああ、でも考えないようにすればするほど逆に考えてしまう。ほら、今もこうして横からいい匂いが……。


「ってどゆこと?」


 すぐ隣からおいしそうな匂いがしてくる。バッ! っと体を起こして横を向くと、そこにはリオウ君の妹であるシリカさんが立っていた。

 僕が「何で?」と呆けていると、シリカさんが手に抱えていた箱をぐいっと僕の方に突き出して。


「こ、これ……よかったらどうぞ!」


「え、これって……?」


 貰った箱の包みを開けると、そこには美味しそうな色とりどりのサンドイッチが敷き詰められていた。


「で、でもこれってきみのお弁当なんじゃ……」


「わ、私はいつも兄さんと一緒に学食で済ませてますから」


 そういえばそうだった。リオウ君と学食に行く時はいつも彼女も一緒だった、あまり自己主張しない人だから忘れてたけど。


「でも、なんで僕にこれを?」


「えっと……いつも小食で辛そうに見えたから。余計なこと……でしたか?」


「余計だなんて、純粋に嬉しいよ。ありがとう」


 空腹の限界にきていた僕はそのまま一心不乱に彼女のお弁当にがっついた。


「んん!?」


 く、苦しい……急いで食べ過ぎたせいで喉に!


「はい、水どうぞ」


 後ろから水を差し出される。


「ん、ゴク……ゴク……た、助かった。どうもありがとう」


「ああ、どういたしまして」


 あれ? シリカさんは僕の横にいる。じゃあ今後ろから水を渡してくれたのは……ってか声も男っぽかったし……。


「いやぁ、俺に隠れて二人でこんなところで密会してるなんてね」


「うわ!? り、リオウ君!」


 ビックリした。昼ごはんを食べに行った彼が突然僕の後ろから現れたんだから。


「ど、どうしてここに」


「君が消えた後、シリカも突然用事が出来たって言って出て行ったからね。気になって後をつけたんだ」


 そうか、彼女は僕の様子がおかしかったから心配になってついてきてくれたのか……。


「シリカも、朝何をせっせと作っているのかと思ったら」


「に、兄さん!」


 リオウ君の言葉に慌てるシリカさん。このお弁当……彼女の手作りだったんだ。


「ありゃ、もしかしてそのこと内緒だった?」


「あはははは」


 楽しい、村を出てからここまで気分が楽になったのは初めてだ。


「なぁ、俺からの援助は受けないって言ったけど、こうしてシリカが作ってくれば受け取るよね」


 あっ、そういえばそうだった。でも、こんな日がずっと続けばそれでもいいかな。


「っておいおいどうしたんだい!?」


「えっ? な、なに」


「あの……涙が」


 慌てて顔を拭うと、僕の瞳からは大粒の涙がポロポロとこぼれていた。それは自分でも理解できないほど、大量に……。


「あ、あれ、なんでだろ……」


「なんだい、泣くほど美味しかったのかい」


「はは、そうだね。ありがとうシリカさん」


「ふふ、シリカでいいですよ、私の方が年下なんですから」


「えっと……じゃあシリカちゃんで」


 こうして本当の意味で二人と打ち解けられたことは、僕にとってとても大事なものになった。彼らと一緒なら、これからも挫けないで進んでいけると。




 しかし、運命は残酷なまでに僕を追い詰めていった。


「そこまで! これにて魔導師選抜試験を終了する。結果は……不合格!」


「ぜぇ……ぜぇ……くっ!」


 学園入学から二年、とうとうギルドへの加入試験を受けられるようになった。だが、僕に突きつけられたのは残酷な現実でしかなかった。


「大丈夫かい!? 無理に魔力を使いすぎだ」


 同じく試験を受けていたリオウ君がこちらに駆け寄ってくる。彼は入学一年目だが、その才能を見込まれて試験を受けさせてもらえたらしい。

 どうやら彼は合格のようだ……彼なら当然だろう。


「やはり才能のない者が魔導師になるなんて無理だったようですわね」


 そう言って僕を見下してくるのは、やっぱりエリーゼさんだった。


「やめないかエリーゼ!」


「あら、わたくしは別に間違ってることは言ってませんわよ。現に才気溢れるわたくし達はこうして合格し、そこの凡人はそうして惨めに這いつくばっているのですから」


「貴様……!」


 彼女の言い方に腹が立ったのか、リオウ君は今にもエリーゼさんに掴みかかろうとしていた。僕のために怒ってくれている、そのことは本当に嬉しい。

 でも、それは駄目だ。僕は彼の腕を掴んでその行動を制止させた。


「リオウ君、僕は大丈夫だから。また次頑張ればいいんだ」


 彼のこれからの魔導師人生を僕のせいで台無しにさせるわけにはいかない。


「……くっ! わかったよ、俺は先に魔導師になってきみを待っているよ」


 そうだ、また次頑張ればいい。学園にはまだシリカちゃんだっているしね。




 でも、そんな甘い考えはまたしても一瞬で打ち砕かれてしまった。


「結果は……不合格!」


「ぜぇ……ぐっ! そんな」


 翌年の試験、二度目の試験に僕はまた合格することが出来なかった。


「大丈夫ですか!?」


 慌ててシリカちゃんがこちらに駆け寄ってくる。彼女は勿論合格……これじゃあ去年と同じだ。


「大丈夫だよシリカちゃん。また次の試験で合格すればいいんだ。だからリオウ君と一緒に先に待っててよ」


「でも……」


 彼女が心配しているのは、自分が学園を去れば僕の味方をしてくれる人はほとんどいなくなるといったことだろう。


「僕なら一人でも平気さ、みんなで立派な魔導師になろうって約束もしたしね」


 二人が来るまでは一人でやってきていたし、きっと大丈夫だ。

 ……でも、頭の中ではそう考えていても、やはり心のどこかに言いようのない不安が渦巻いていた。




 そして、その不安は現実のものとなる。味方のいない学園、上達しない魔術、金欠の問題。今まで頼りにしていた二人はもう魔導師として別の地へ任務に赴いているだろう。

 僕はどんどん追い詰められていった。


 そしてある日、僕の噂を聞きつけた平民を嫌うシルバーランクの貴族魔導師が僕を罵倒し、魔術を叩きつけられる。


「ふん、貴様のような落第生がいつまでも居座っているとギルドの品位が下がるのだよ! 身の程を知ってとっとと故郷へ帰れ!」


 確かに彼の言うとおりかもしれない。でもここまで頑張ってきたのに今更諦めるなんて出来ない。

 それに……二人との約束もある。僕を支えてくれた二人のためにも……。


(そうだ、諦めない。僕は絶対に魔導師に……)


「やめろゴラァ!」


 僕の意識が薄れかけたその時、僕を庇い助けてくれた人がいた。

その人からは不思議と懐かしい匂いがしたような気がした。


 僕の意識はそこで途切れ、目を覚ましたのは二日後だ。寝ている間に何があったのか聞くと、あの時僕を庇ってくれた人は本部の人が連れてきたはぐれ魔導師とのこと。さらに、今日その人と突っかかってきたあの貴族魔導師が闘技場で対戦を行うらしい。

 それを聞いて僕はいても立ってもいられなくなり病室から飛び出し、急ぎ魔導闘技場へと走り出す。


(僕のせいで誰かが巻き込まれるのはもう嫌なんだ!)


 あの貴族魔導師はシルバーランクでも有名な魔術の使い手、もしかしたらあの人はもうコテンパンにやられてしまっているかもしれない。


ワァアアアアア!!


 闘技場内に物凄い歓声が沸きあがる。どうやらすでに戦いは終盤を迎えているらしい。


「はぁ……はぁ、間に合った」


 なんとか彼の試合に間に合う。しかしそこで見たものは予想とは大きく異なる意外な展開だった。


「……術式展開、『青き炎の制裁(プロミネンスコア)』!」


「ほぎゃあああああ!?」


 そこにはあの貴族魔導師が僕を助けてくれたはぐれ魔導師の凄い魔術の前に無様に丸こげにされる姿だった。


「凄い……」


 そんな言葉しか出ないほど僕は放心してしまった。そして、同時にあることを思いついた。あの人なら、あんな凄い人ならきっと!


 僕は一心不乱で駆け出した、彼がいる選手控え室に。


「キミ、ここは関係者以外立ち入り禁止だよ!」


「離してください! 僕には、もうこの道しかないんです!」


 入り口で警備の魔導師に捕まっていると、奥から騒ぎを聞きつけた人達がやって来る。その中には僕を助けてくれたあの人の姿も……。

 僕は警備の一瞬の隙をついて彼の元へ駆け寄る。そして……。


「お願いします! 僕を……僕をあなたの弟子にしてください!」


 僕の最後の賭けが、今始まる。




修正しました(10章時点)


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