68話 魔導闘技場
と、いうわけで……急きょ二日後に私とあのアホ貴族魔導師との対戦が決まってしまった。
戦いの場は魔導闘技場という場所で行われるとのこと。
私と犬はまだギルドに空き部屋が無いとの事なので当日まで街の宿を無料で使わせてもらっている。
「うーん、どうしたものか」
「ワウン(なんだか大変なことになっちゃったっすけど……勝算はあるんすか?)」
「ん? むしろ勝算しかないぞ」
確かにその辺のやつよりかは高い魔力を有しているようだが、魔術を放とうとした際に感じ取れた回路は単純なものだった。
「見立てでは一属性に特化してあるタイプだな。ちょろっとアレンジしてるみたいだが、その程度の小細工にやられることはないさ」
「ワフ?(じゃあなんであんなに悩んでたんすか?)」
「ほれ、ディガンが言うには対決の日にはギルドマスターを含む多くのゴールド魔導師が見に来るらしいからな。どう"魅せる戦い"をするかを悩んでいたんだ」
いくらギルドナンバー2の決めたことであっても、どこぞの馬の骨ともわからん奴にいきなりゴールドランクを与えるというのは納得できない者も多いだろう。
この戦いで誰もが納得できるような魔術を披露しなければならないというわけだ。
「ワウ(でもあんまり油断してると痛い目見るっすよ)」
「わかっている、以前のような油断はもうしないさ」
第二大陸でリヴィにハメられた時は少しづつ回路が構築できていたので少々舞い上がっていたからな。
前世の全盛期と比べたら雀の涙ほどの力しか引き出せなかったというのに……。
「それに、今回だって完全にナメきってるわけではないぞ」
奴とて一つの属性の魔術しか使えないということは無いだろう。得意な属性から考えれば最低でもあと二属性は強さ同じといかないまでもこちらに対応してくることもあるかもしれない。
もう一つ気をつけることといえば、反則的な行為だな。闘技場内は観客に被害が出ないように数人の魔導師がバリアを発生させる魔道具を使用しているらしい。
そのバリアを超えて隠れた援護などができると思わないが、可能性としては考えておこう。そんな時のための"対個人用"と"対多人数用"の回路をいつでもシフトできるよう調整してある。
「後は……闘技場に事前に何か仕掛けるとかな」
闘技場には常にチェックが入り、いつも不正のない状態だと言われてはいる。
だが、ジオの話によると、「あの野郎は上層の魔導師何人かに賄賂を渡し取り込んでいる」ということなので、そのチェックをスルーされる可能性も無くはない。
「と、いうわけで明日は闘技場の下見だ」
「ワフ……(相変わらず急っすね……)」
「先んずれば人を制す……おはよう二人共」
「は、早いですねムゲンさん」
「てかお前いつからそこにいたんだよ」
朝、私はギルドの受付所にてジオとイレーヌの二人を待っていた。
「ムゲンくんったら受付所が開いてから五分と立たないでやって来たのよ」
なにせ二人がいつやって来るかなんてわからないからな。
暇でしょうがなかったのでこうしてマレルと話しながら二人が来るのを待っていたのだ。
「ムゲンくん面白いね。あたしすぐに仲良くなっちゃった」
「はっはっはっ、どうだ、そのまま私とお付き合いしてみないか?」
「ははは、それはないね~」
おう、残念……といったやりとりを何回か繰り返していた。
「それで、俺たちになんの用だ?」
「おっと、そうだった。カクカクシカジカ……」
二人に私の考えを説明し、闘技場まで案内を頼むことにした。
ってことで闘技場に着くまで質問&お喋りタイムだ。
「ったく、こっちだって忙しいってのに……」
「いいじゃないですか先輩。ムゲンさんを連れてきたのは私たちなんですから、せめて今日までは面倒見てあげましょうよ」
「私としては今日までと言わずこれからも仲良くしていきたいのだがな」
なにせ私はこの街に来たばかり。知り合いなどいるわけもなく今頼れるのはこの二人くらいなものだからな。
「そいつは無理な話だ、俺たちは今日の夕方にはここを発つからな」
「どういうことだ?」
「実は、今回の勧誘の仕事は一つだけではないんです。あと二、三件ほど別大陸にいるであろう“はぐれ魔導師”を見つけて勧誘しないと」
「噂によると“女ったらしの勇者”、“氷結の魔剣”とか言われてる奴らがいるらしいが……。今度は上手く見極めてみせるさ」
ギルドに戻ってほとんど休み無く次の場所へ移動か、忙しいな。まぁこの任務はディガンが二人の他人の魔力を見極める目を養わせるために与えたものという趣旨を二人も理解したからやる気も出ると思うが。
「しかしそうなると二人は私の戦う勇姿を見ずに行ってしまうのか」
「あんな奴に負けんなよ。連れてきた俺らのメンツに関わる」
「先輩、そんな言い方しなくてもいいじゃないですか。頑張ってくださいねムゲンさん」
これは余計負けられんな。二人には色々とお世話になった、帰ってきたら何かお礼ができるほどの余裕ができてればいいんだが。
「ほれ、もう着いたぞ」
「済まなかったな忙しいのに」
こうして私は闘技場内部を見学し、構造を把握していった。
見た目はまんま中世のコロッセウムのようだが、内部には多くの魔道具が使用されており治療施設や客に被害の出ないようにするための装置なのが設置されていた。
ここまで見れれば十分だろう。
後は明日に向けて私自身の調整を万全にするだけだ!
はい、そんでもって次の日、試合当日でござい。
あの後、闘技場を下見し終え、任務に旅立つジオとイレーヌを見送り宿屋へと戻った私は対戦相手の情報を元に魔術回路を仕上げておいた。
そして試合当日、今現在私は闘技場の目の前に立っている。
「しっかし凄い人の数だな、昨日とはエラい違いだ」
昨日は試合のない日だったせいか人はおらず、ガランとした寂しい雰囲気だったが、今日は打って変わって大盛況。
人の波に巻き込まれたら身動きがとれなくなりそうだ。街の人ほとんど来てるんじゃないか、これ?
「とりあえず選手控室に行くか。たしかこっちだったよな……」
「おーい、ムゲンく~ん。こっちこっち」
誰かが私を呼んで手を振っている。あれは……マレルだ。
「おはようマレル。ギルドの方はいいのか?」
「うん、今日はムゲンくんの案内と説明してやれってディガンさんに言われたから。でもなんか大丈夫そうだね」
まぁ昨日下見をしてきたからな。
「今日は頑張ってね、あたしも観客席で応援してるから」
「ああ、今日は派手にあの野郎を叩きのめしてやるから期待しておいてくれ」
話している内に控室に着くと、これから戦いを始まる者、すでに戦いを終えてヘロヘロになっている者がいた。時々入場ゲートの方から激しい爆音やけたたましい歓声が聞こえてくる、現在も試合の真っ最中のようだ。
「私の番はまだなのか?」
「ムゲンくんは今日のメインイベントだからね、いっちばん最後だよ」
まったくあのおっさん、この私を大トリに持ってくるとは……わかってやがるなぁ。
いいだろう、そこまで期待されてるなら答えない訳にはいかないだろう。
それから数時間後、盛り上がりも絶頂値に達した闘技場でついに最後の試合が始まろうとしていた。
「えーっと……むじんげんさん、そろそろ試合が始まりますので待機してください」
日本人の名前を言いづらそうに読み上げる係員の女性(すでに玉砕した)に呼ばれ席を立つ。
「よし、では行くか!」
「ワウン!(ファイトっすご主人! ボクも端っこの方で応援してるっす!)」
すでに準備は万端。ケルケイオンを握り、スマホ内の充電と魔力がMAXなことを再度確認し入場ゲートをくぐる。
ワァアアアアア!!!
入場と同時に観客のすさまじい歓声が闘技場を覆い尽くす。
相手さんはすでに入場済のようだ。ニヤニヤとした気持ち悪い笑みを浮かべながらこちらを見てやがるぜ。
『さぁさぁさぁ! 今回最後の試合を飾ってくれるのはぁ……メルト国の名門貴族ハグリード家の次男であり魔導師ギルドシルバーランクの魔導師。この闘技場にも多く顔を出す皆さんご存知、シュナイダー・ハグリードだあああ!』
凄いな、実況付きなのか。よく見ると観客席の間に一際でかいスピーカーのようなものがある。
なるほど、裏から当てた声を風の振動を伝わらせて増大させるような魔道具か。
『そして対するは……なんとまったくの無名の新人! 遥か遠くからやって来たはぐれ魔導師がギルドでの地位をかけて挑戦だ! 能力は未知数、一体どんな戦いを見せてくれるんだぁ!? えーっと……むじんげんこと、ムゲンだぁ!』
ノリノリだなこの実況者……。まぁお陰で闘技場は先ほどよりも物凄い熱気で溢れかえっている。
『なんと今回の勝負、我らが魔導師ギルドのナンバー2、“魔導戦騎”の異名を持つあのディガン・マクシミリアンが独断で組んだ試合だぁ! この戦いの勝者はゴールドランクの魔導師になれるという凄い特典がついてくるぞぉ!』
この勝負あのおっさんの独断かよ。よく見るとお偉いさんが座るような一際目立つ席に座るディガンが隣の人に怒鳴られている。
つまり、彼がギルドマスターということだろう。
「ふん、逃げずにやって来たことは褒めてやろう! だが、そのせいで貴様がズタボロになる無様な姿がこの大衆の前にさらされるこのになってしまったがな!」
「ん?」
遠くからアホが叫んでいる。会場の熱気に感心しすぎて忘れてたな。
「どうした、ビビって声も出ないか?」
む、言われっぱなしも癪だな。
「はっ、こちとらお前ごときヘボ魔導師にやられることなんてないさ。無様な姿を晒すのはてめぇの方だバーカバーカ!」
「な、この僕を馬鹿にするなんて……絶対に許さんぞ!」
『どうやら選手の二人も気合充分のようだ! それじゃいくぜ、闘技場魔導戦、試合開始だぁ!』
カーン!
「偉大なる僕のために、この地を白く染め上げろ! 『氷結の卓上』!」
試合開始のゴングが鳴ると同時に速攻で魔術が放たれる。すると、奴の魔術により一瞬で闘技場の地面全てが凍りついてしまった。さらにその影響で地面に接していた私の足も一緒に凍ってしまう。
「ふっ……どうだ、これでもう動けないだろう。これが僕の魔術、氷の魔術なんて見たこと無いだろう? 《氷》の属性……僕が見つけ出してしまった新しい属性さ。ああ、自分の才能が怖い……」
「……」
アホすぎて声も出ない……。魔術で氷を生み出す技術は水属性の延長線上であり、温度を上げるのに火属性、下げるには水属性をそのまま術式に加えるだけでいい。
だから氷属性なんてものは存在しないのだ。
「さぁ、これで手も足も出ないキミに僕の華麗なる妙技をお見せしよう!」
氷の上をツツーと滑りながら私の周りをぐるぐると回る。
こいつは一体何がしたいんだか。
「ふははは、踊れ氷の槍よ! 『氷槍の舞』!」
『おおっと! シュナイダー選手が通った場所から無数の氷槍が現れたぞ、そして相手を取り囲むように……これはムゲン選手危うしかぁ!?』
いやまぁ……今の私ならこの程度危うい内にも入らないんだがな。
この場に来てからずっとケルケイオンで辺りを調べてみたが、罠の類はなさそうだ。
設置出来なかったのか、余程実力に自身があったのかは知らんが。ま、敵を倒すイメージ力はなかなかいいものを持ってるようだが、その他がおざなりすぎだ。
「これで終わりだ! ゆけ!」
奴の合図で氷槍が私目掛けて一気に振りかかる。
それじゃ、ここらで私が本当に誰も知らない魔術を披露してやるとするか。
「術式展開、属性 《重力》、『重力球』×3!」
スコココココ!
「終わったな……所詮はぐれ魔導師。この僕の敵では……」
「そう簡単に終わらせるなよ。お楽しみはこれからなんだからな」
『こ、これはどういうことだ!? シュナイダー選手の氷槍がすべてムゲン選手の体の手前でピタリと止まってしまっているぞ!? それに、周りに浮いているあの黒い球は一体なんなんだぁ?』
奴の攻撃は私には届かない。
この『重力球』は私に影響を及ぼさない重力場を発生させ、反発と引きつけが可能となる。さらにこの球は数が増えればその分多彩な重力操作が可能になる。例えば……。
「ほら、返すぞ」
「なっ、おわああ!?」
氷槍を起動修正して重力による加速をつけて送り返してやったぜ。まぁ当然あいつは滑って避けたわけだが。
「小癪な真似を……。だ、だが、この氷の場が存在する限りこちらの有利は変わらないさ!」
「そうだな、そろそろ邪魔だから消すかこれ」
本当はこんなものいつでも消せたんだが、やっぱり演出って大事じゃん?
ふっふっふ、ピンチに陥ったと思われた無名の新人が世紀の逆転劇! これぞエンターテイィメントだ!
「まずはこれ! 『火炎車輪』!」
背後に魔力を展開し、私の後ろから燃え盛る炎の車輪が私の脇を通りぬけ、相手へと一直線に走っていく。
その熱で私を中心としたラインの氷が綺麗さっぱり無くなった。
「こ、こんなもの! 『水流破』!」
おいおい、お得意の氷魔術はどうしたよ? 奴が生み出した水流に炎の車輪が抑えられる。
が、ここからが魔法神流の真骨頂だ!
「第二術式展開、『火柱』!」
術式の追加により車輪が渦を巻きながら空へと伸びていく。
「まだまだいくぞ! 術式第三から第五まで展開、『蛇龍炎撃』!」
炎に拡散、形態変化、手動操作の術式を一気に加えて炎の柱から何本もの龍や蛇の頭ようなものを操作していく。
「ひ、ひいいい! 『水流破』、『水流破』!」
シュナイダーはもはや狂ったように水を出し続け私の炎を消そうと足掻いている。
このまま続けていれば向こうの魔力切れで勝手に勝てるのは確実なんだが……。そんな終わりじゃやっぱ地味だよな?
だからここは一発凄いのでババンと決めてやりますか!
「さぁ、ここらでイッツ・ショウ・タイム! 中心に集まれ龍蛇の頭よ!」
私の合図で炎がうねりを挙げながら大きな塊と化していく。
「そしていくぞ、会場の皆さん少々お熱いので気をつけてくださいね。第六術式展開、『青き炎の制裁』!」
ドジュウウウウウ!
「ひぃ! ど、どうして僕の『水流破』が……」
『なんだこれはあああああ!? 炎が青くなったと思ったら突然シュナイダー選手の放った水がすべて蒸発したぞおおお! それに……なんだか熱い! 我々は魔導障壁の中にいるというのに!』
さて、これで奴は防御の術を失った。後はこいつを……。
「ドスンとね」
「や、やめ……ほぎゃあああ!」
上から落としてはい終了。
ん? 殺してなんてないぞ、相手の魔力障壁は考慮してあるしちゃんと威力は抑えてあるからな。それでも全身丸こげは確実だろうけど。
『なんと物凄い大番狂わせ! 無名の新人ムゲンがシルバーランクの魔導師に大、大、大勝利だあああああ!』
ワアアアアア!
よし、これで晴れて私もゴールドランクということだ。控室に戻るとディガンとその他数人の魔導師が集まっていた。客席でディガンと言い争っていた人もいるな、おそらく彼がギルドマスターだろう。
「まずは勝利おめでとう。そしてはじめましてムゲンくん、私がギルドマスターのマステリオン・ベルガンドだ」
見た目はまだ30手前ぐらい若く見えるが、ギルドマスターというぐらいだからそこそこ歳は食ってるかもな。
「さて、ゴールドランクおめでとう……と言いたいが。これはディガンが勝手に決めたことだ」
あらま。どうやら彼はディガンの一存だけで私をゴールドランクにするのは反対なようだ。
ま、普通はそんなに簡単になれるもんじゃないだろうしな。
「ではどうすれはいいんだ?」
「ああ、君のゴールドランク昇格にあたって私からも課題を科そうと思っている」
なるほど、それをクリアすれば今度こそランクアップということか。
「でも、与える課題がなかなか決まらなく……」
「――――てください! ――――――しかないんです!」
なんだ? 控室の入り口付近からなんだか必死な声が聞こえてくる。
「何事だ!」
ギルドマスターを筆頭に全員が入り口に移動する。するとそこには、この間シュナイダーにイジメられてたあの落ちこぼれくんが警備員に押さえつけられていた。
「あっ、こら!」
そして、少年は私たちが現れたことで気の緩んだ警備からするりと抜けだすとまっすぐ私を見据えて言い放つ。
「お願いします! 僕を……僕をあなたの弟子にしてください!」
修正しました(10章時点)




