62話 それぞれの明日
終わった……。魔導鎧の装甲は砕け散り、領主が飛び出す。周囲にいた魔導鎧郡もすべて拘束され、敵の兵士達も戦意喪失と言ったところだ。
そして、私の腕の中には意識を失いすやすやと眠るミミの姿がある。
「よかった……」
特にこれといった外傷は見受けられず、呼吸も安定している。まだ完全に安心はできないが最悪の事態は避けられたみたいだ。
「いや大丈夫じゃないだろ! ムゲンお前、その手!?」
突然サティが大声をあげる。
「ん? ああこれか……」
私の右手は先ほど放った『反逆の雷突』の影響で指が数本ありえない方向に曲がっていた。
勢いに任せて全開術式なんて使うもんじゃなかったな。
全開術式とは現在私が有している魔力回路をすべて無理矢理繋げた状態のことだ。基本的に属性を一つか二つくらいに絞り、でかい一撃を放ったり連続で超魔術や合成魔術を発動ための手法だ。だが今回私が同時に使用した集束という手法は、それらの力を更に無理矢理一つの魔術に集めた、まさに必殺の奥義だ。
まあ今回は私の肉体の限界以上の魔力を集束してしまったため、このように手がボロボロになってしまったが。
でも手が消し飛ばなかっただけマシだな、うん。
「なに、この程度なら数日もあれば回復するさ。今も結界の治癒作用が働いてるしな」
「いや、そんな冷静に答えられても……」
私は自分の魔術で失敗した時やリスクを負うことは仕方ないと考えてる。
前世では手足が吹っ飛んだ時なんかはよく再生してたけど、今の私ではまだ無理だからな……少し反省だ。
「おーい、サティー! ムゲンくーん!」
お、リアが手を振りながらこちらへ走ってくる。
「リア!」
リアも今回の功労者の一人だな、彼女の働きがなかったらこの結界はなかっただろうし。
「二人共だいじょう……って! ムゲン君どうしたのその手!?」
「心配はいらない、時期に治る。それよりもミミを頼む」
「う、うん。でもよかった、ミミちゃんも無事で……。もの凄い衝撃が二回連続で起きたから慌ててこっちに来ちゃった」
二回? そうか、やはりあちらも決着がついたということか。
そして、そのことを思い出したかの様にサティがハッ! っとなっる。
「そ、そうだ、レイ! あいつは、あいつは大丈夫なのか!? こうしちゃいられない。速くあいつのところに! よし、力解放!」
「ちょっとサティ!?」
サティも力が戻ってきたようで新魔族の姿になってレイを助けに行こうとする。
てか流石にそれは慌てすぎだろ。まあ私も気になるから早く様子を見に……ん?
ヒュウゥゥゥ……ドズン!
「きゃ!? なに?」
上から何か降ってきた、結構大きい……人間サイズぐらいか。
これは……。
「リヴィ!?」
そこには先ほどまでレイと戦っていたであろうリヴィがボロボロになって落下してきていた。
私達は咄嗟に身構える……が、見たところリヴィにはもう戦う力は残っていないようだ。
「安心しろ、もうそいつは戦えない。俺も同様だがな……」
館の屋上からスッーっとレイが降りてきて膝をつく。こちらも疲労困憊、あちこちボロボロだ。
「レイ!」
「あっ、サティちょっと待……」
レイを回復してやろうと思ったら、物凄い速さでサティがレイに抱きつく。
お察しの通り、新魔族化しているためその威力は今までの比じゃないほどで。
「うぎゃあああああ!? さ……サティ、ちょ……おおお!」
「この馬鹿! いつもいつも心配かけさせやがって! でも、助けに来てくれた時は本当に嬉しかった」
その姿と同じように顔を真っ赤にしてレイに抱きつくサティ。それとは逆に抱きしめられる度顔が真っ青になっていくレイ。
……そろそろ止めた方がいいか? リアも「レイったらいつの間に来てたの?」って感じで呆けてて止める気配もないしな。
「ふん、やっぱり親が親なら子も子だね……ぐっ!」
「……!」
突然背後から聞こえた声に全員がそちらを向くと、そこには重症を負いながらもなんとか立ち上がるリヴィがいた。
「まだ立てたのか」
「もう戦えないけどね……。まったく屈辱だよ、このボクが君達みたいな劣等種に負けるなんてさ」
ここまでボロボロなのにまだ喋る余裕があるか。
「特にエルフの君、レイだっけ? 君は特別ムカつくよ。それに新魔族の中でボクが一番嫌いなサティアンとくっついてさらにムカつくカップル誕生ってとこかな」
「リヴィ、アタシは心からレイのことが好きだ。そしてここにはどんなアタシでも受け入れてくれる場所がある。今日限りであんた達との縁は完全に切るよ」
ギュッとレイを抱くサティ。その腕の中でレイの顔が凄い勢いで赤くなっていく。
「はぁ、散々あんな父親のようにはならないって言ってた君がねぇ……」
「む、あいつのことは関係ないだろ」
なんだか長話に突入しそうだが、そろそろリヴィを拘束して後は署の方でゆっくりと話を……って感じにした方がいいだろう。
何を企んでいるかわからんしな。
「サティ、話はまた今度だ。今はこいつを抵抗できないよう縛り上げる」
「ん、そうだな」
「それは勘弁。逃げるのは癪だけど捕まりたくないからね」
そう言ってリヴィは懐からスッ……っと見覚えのある小さな黒い箱を取り出した。
あれは……そうだ! 第三大陸でアリスティウスが使った特異点のようなものを発生させた石と同じものだ!
「しまった、緊急帰還装置! それがあったか」
「緊急帰還装置!?」
あれにサティがいち早く感づく。
そうか、サティは奴らと同じようにこちらに来た新魔族の一人。知っていても不思議ではない。
「それじゃ、ボクは帰るね。お前ら、特にレイとサティアンは絶対に許さないからな。いつか覚えとけよ」
「待てリヴィ! クソッ!」
あ、しまった! サティが知っていたということに気を取られている隙にいつの間にか特異点が発生していた。
止める間もなくリヴィは渦の中へ、渦はすぐに小さくなりあっという間に消えてしまう……。くそ、また特異点の手がかりをみすみす逃してしまった。
「い、今だあああああ!」
「なに!?」
リヴィに逃げられたと思ったら今度は目を覚ました領主が隙をついて逃げ出す。
結構速いぞ!? 駄目だ、もう完全に見えない。
「逃げられてしまったな……」
「ああ、でもリヴィは向こうからまたこっちにやってくるのはかなり困難だ。領主も今逃げたとしてもいずれ本国の奴らに捕えられるだろ。ま、ひとまずはこれで万事解決ってとこかな」
ちょっと後味が残る終りだがな。今回も結局何も聞き出せないまま逃がしてしまったし。
だが、今回はサティという話を聞ける人物がちょうどいるのだ、そこまで悪く考えなくてもいいだろう。
「無神限……だったかな? 少しいいか」
不意に声をかけられる、誰だ?
「ん? おお、リアとレイの親父さん」
そこに立っていたのは二人の父親であり、集落の長でもあるゼノ・アンブラルだった。ちなみにエルフ達は団の皆と一緒に地下に捕らえられてた人々の救出活動に行ってもらっている
「父さん……」
「レイ、無茶をしおって。そんなにこの者達が……そこの女子が大切か」
サティに支えられるレイをジッと見つめるゼノ。その前にレイは一歩ずいっと前に出た。
「ここには、俺のかけがえのないものがある。俺は彼らと……サティと共に生きていく、これからもずっと」
その言葉にホロりとサティの目から涙が垂れる、リアがそれを支える。
その光景を見たゼノは一言「そうか……」と呟き。
「それがお前達が選んだ道ならば……私はもう止めはせん。だが、時々でいいから帰って来い。その時はお前の仲間も連れて……な」
「ふん、礼は言わないぞ、父さ……」
スパコーン!
おおっと、父親に素直になれない弟に対してリアの綺麗なツッコミが炸裂!
「こんな時にまで意地張らない! ありがとうお父様。必ず行くわ、仲間と一緒に。ほら、レイも!」
「う……か、必ず行く」
今度行く時は孫の顔が見れるかもね~……とはしゃぐリア、それは流石に気が早くないか。
ま、この親子の問題もこれで一件落着かな。
「では我々は本国の者達が来る前に森へ戻らせてもらう」
「ん? また森に籠るのか?」
「ああ、今回の一件で我々は変わることを選んだ。だが急激な変化を我々は望んでいない。これからはリア、レイと交流しつつ外に目を向けていく、今回はそのキッカケにすぎない」
なるほど、これからは外もキチンと見定めていくが変化はゆっくり、自分達のペースでってとこか。
「それでいいんじゃないか? そうしていけば、いつかリアのように外へ飛び出していく者も増えるかもしれないしな」
彼らはそれでいいのだ。
エルフは気の長い種族……昔も「何年かかってもいい、我々はあなたのもとで変わっていきたい」、とか言ってきた奴らもいたなぁ……。
「ふ、なぜかはわからんがお主と話していると不思議な感覚がする。まるで自分よりも年輩の者に話をしているような」
「よしてくれ、私はまだピチピチの15歳だ」
「そういうことにしておこうか。ではさらばだ異界の者よ、またいつか会おう」
エルフ達が森へ帰っていく、それと同時に周囲にいた精霊達はどこかへ飛び去っていき、維持されていた結界が消える。いつしか街には日の光が差し込んでいる、いつの間にか夜が明けていたのだった。
街の人間が出てき始め、一気にざわつきだす。
「凄い目立っちゃってるね、私達」
「なに、今回の件や領主のことは本国の人間がどうにかしてくれるだろう。それよりも……疲れた、今は思いっきり休みたい」
「同感だ。その後に……飯が食いたい、また皆と一緒にな」
私とレイは同時に仰向けになって倒れる。
本国の人間が来るまでまだかかるだろう……それまでは、こうしていよう、皆で。
ここは幻影の森、いつもは生命の息吹を何一つ感じさせないその静寂の森に一つの人影が息を切らせながら走っていた。
「はぁ……はぁ……」
ムゲン達の隙をついてなんとか逃げ出した領主。
しかし彼は国の反逆者として追われる身、逃げたところで捕まるのは時間の問題だった。
「もう他に逃げられる場所が思いつかん。しかし、ついに入ってしまった……『幻影の森』」
そこはこの第二大陸で最も危険と言われている場所、一度入ればその身はチリ一つ残らない。
浸入した者はまるで幻影のようにこの世から消えさる……。
「ば、馬鹿馬鹿しい! そんなものただの噂にすぎん!」
そう、その中身は一切の謎に包まれている。
今まで誰も抜け出したことのないと言われている恐怖の場所。
「あの賊共め、いつか必ず復讐してやる! いつか……ん?」
森の奥で何かがキラリと光る。それはとても魅力的でとても素晴らしいもの……。
「素晴らしい……。あれだ、あれこそ私が求めていた力……」
それは見る者にとって一番必要なもの、今一番自分が心から欲しているもの。
領主の体は勝手に動く、それを求めてゆっくり……ゆっくりと。
「これで! 奴らに、復讐……を……?」
だけど領主は辿り着くことはできない。
なぜなら、それを見ていた首と歩みを進めていた動体はもう繋がっていないのだから。
「え……? あ……う……」
消えていく、存在が消えていく。何も考えられない、ただあの光に辿り着きたかったことだけしか頭に浮かばない。
"彼"はそれを許さない……。
"彼"は先程まで領主が存在していた場所に立っており、仕事を終えると無言でまたその姿を消していく。
“幻影神”は狩り続ける……その存在に引き寄せられるすべてを。
修正しました(10章時点)




