60話 運命の風
領主の館の屋根の上、対峙する二人。
新魔族、七皇凶魔のリヴィアサン……それに向かい合うように立つエルフ族の少年、レイ。
「レイ、どうしてここに……」
呟くサティの瞳からはまだ涙が流れている。私の読み通り、サティもレイのことをずっと意識していたわけだ。
しっかしあのヤロウ、こんなタイミングで出てくるなんてカッコつけすぎじゃないか?
「ムゲン!」
私がどうでもいいことを考えていると、涙を拭いたサティがいきなり肩を掴んでくる。
「うおっ!? どうしたサティ」
「早くレイの所に加勢に行ってやろう! 皆でリヴィに立ち向かえばきっと戦える!」
その顔にもう涙はなく、いつもの……いやいつも以上の笑みを浮かべている。レイが来てくれたことがそんなに嬉しいのか。
が……。
「悪いがその提案は却下だ」
「はぁ! なんでだ!?」
確かに三人で戦えばリヴィに勝てる確率はグッと上がるが。
「今は私達がこの場所を離れるのは得策ではない。魔導鎧群との戦闘は補助があるとしても厳しいものがある。指揮系統をできる者が一人、そしてもしもの事態に対応できるように私とサティはここに残る方が得策だ」
そのため、リヴィをどうにか対処するためにこの場から私が行かなければならないといけないと思っていたが、ここでまさかの救世主誕生だ。
まるで漫画や小説の主人公みたいだな……なんだか言ってて少し悲しくなってくるのは何故だろう。
「でも、レイ一人でリヴィと戦わせるなんて!」
「サティ、レイを信じるんだ」
「え?」
「あいつは誰のためでもなくただお前のためにここに来た、そしてリヴィと戦うことを選んだ……」
それがあいつの『覚悟』なら、むしろ私達が水を差すのは返って野暮ってもんだ。
「信じるんだ、レイのことを。そして私達は私達のやるべきことをやる! それがあいつの想いに答えることにもなる!」
「ムゲン……そうだな、アタシが信じてやらないでどうすんだ!」
どうやらサティもいつもの調子が戻ってきたみたいだな。
上を見ると二人の姿はない、ただ激しく魔力がぶつかり合う感覚はわかる。
レイ、負けんじゃねえぞ。
「へー……戻ってきたんだ、君」
目の前にいる俺の敵、リヴィがニヤリとしながらこちらに語りかけてくる。
「いやね、この前サティアンの正体を暴露した時、凄い動揺しながら逃げてくなー……って思った奴。後から君のことだって思いだしたんだよ」
「……それがどうした」
「君、この間サティアンに助けられたじゃん? だからそいつが裏切られたって思って逃げたんだって考えたらとても面白かったよ」
相変わらず性格が悪い、人を陥れるためには何でも利用する。俺の一番嫌いなヤツだ。
今だって奴はわざと俺の動揺を誘うためこうやって煽ってきている。
「まさかあんなに動揺するなんてねー。なに? もしかしてサティアンのこと好きだったりした? なーんて……」
「そうだ」
「へ?」
キョトンとした顔になるリヴィ。
こちらの動揺を誘ったつもりだろうがそんな言葉では俺はもう惑わされない。
「え~っと……なに? どゆこと?」
「言葉の通りだ。俺はあいつが好きだった、あの夜に告白だってしようとした……」
リヴィは「冗談でしょ?」といった感じで聞いていたが、聞いている内に本当のことだと気づいたようだ。
「アハハ、いやいや面白い! え、てことはつまり……君は告白直前にアレを聞いちゃった訳か! アハハ、傑作だ! それで百年の恋も冷めちゃったってとこかな?」
「違うな……」
「はえ……?」
この勘違いしてるアホ野郎に教えておいてやろう……俺の、『覚悟』ってやつをな。
「あの後俺は聞いたんだ、サティの過去を……あいつの歩んできた世界を」
あの後、アジトから逃げ出した俺は近くの茂みの中で狂いそうな頭を冷やしていた。そこにサティ、姉さん、ムゲンが現れ、俺は隠れるようにその話を聞いていた……聞いてしまったんだ。
「あいつの本心を聞いた、あいつの苦しみを知った。その時、逃げ出した自分に怒りが湧いた。信じてやれなかった、傷つけてしまった……」
気づけば走りだしていた。
去っていくサティを追いかけたかったからなのか、もしくは怒り狂ったこの感情を吐き出したかったからなのか。
走る度に一つ、また一つと噴き出す怒りが俺の中へ静まっていく。
「そして、最後に残ったものは……愛だった」
「は? 何言って……」
あの後、気づいた時には森の中にいた。俺が住んでいたエルフの集落よりもずっと暗い森の中。
無音の森の中でサティのことを考える。あいつのことをもっと知りたい……たとえそれがどんなものだったとしても、もう逃げたりしない。あいつがたとえどんな暗い闇の道を歩んでいるのだとしても俺は彼女を支えて一緒に歩いて行く。
気づくと、森を抜けていた。
視線の先に街が見える、強い魔力の反応……あの時のサティのものだった。
「なぜ俺はここに……」
ハッ! と振り向くと、そこにあるのはこの大陸最大の森……『幻影の森』があった。
またいつの間にか転移したのだろうか?
「いや、今はそんなことはどうでもいい、この奇跡をありがたく使わせてもらう」
振り向き森を後にしようとした時、なんだか優しい光に呼ばれたような気がした。そんなものを気にしている余裕は俺にはない。
今は一刻も早くサティのもとへ向かうだけだ。俺は受け入れる、たとえ彼女がどんな姿をしていようと……。
「あいつが何であろうと関係ない、俺はサティを愛してる。あいつが苦しいから俺も苦しい……あいつが悲しいから俺は怒る……。だから俺は、あいつの隣で生きる……あいつの笑顔のために戦うと決めたんだ!」
これが俺の本当の気持ち。
もう迷わない、俺はサティとサティの大事なものを守るために戦う。これが俺の決意、俺の覚悟だ!
「なにそれ、つまんなーい。あーあ、がっかりだよ……もっと面白い展開を期待したのにさ」
リヴィはイライラとしながら俺の周りをぐるぐる回る。
「で? 君は恋だの愛だとかいうくだらない感情に身を任せてわざわざ殺されに来たわけ?」
「俺は死なない。これからもあいつと共に生き続けるために今ここでお前を倒す」
「はぁ……なに? 愛の力でパワーアップしたからもう負けない~……とか思っちゃってるの? もう笑う気力も失せたよ」
つまらなそうに溜息を吐き少し上昇した所で動きを止めるリヴィ。その魔力が次第に強くなる。
お喋りの時間はお終いだ……奴を倒す、俺の力で!
「死ねよ『水突触手』」
「またそれか『烈風拳』!」
リヴィがいつも乗っている水の球体から水の触手がうねりを上げてこちらに向かってくる。
俺はそれを軽々と撃ち落とし……。
「なに!?」
吹き飛ばしたはずの触手が再生する。
「さっきのと同じだと思ってもらっちゃ困るな。この距離ならボクが魔力を与え続ければ何度だって再生できるよ」
再び触手が俺を狙い攻撃を仕掛ける。
「ふっ!」
水の触手を回避しながら術式固定してある『烈風拳』で迎撃していく。
「くらえ!」
リヴィまでの道が空き、『烈風拳』を連発する。
が……。
「そんなことしても無駄無駄」
次々と現れる触手にすべて遮られる。
「だったらこいつはどうだ、第二術式展開『飛返烈風』!」
触手に激突しなかった風に新たな術式を加える。
すると、風はくるりと軌道を変え、リヴィに向かって四方八方へと襲いかかる。
「こんなことしても無駄だってば、ほらほらぁ」
一つ、また一つと撃ち落とされ、辺りにはバラバラに霧散した風だけが残る。
「はぁ、悪いけどそろそろ終わりにさせてもらうよ。結構予想外の出来事が起きちゃってるからね。ボクも下の方に行かなきゃいけないんだ……だから、バイバイ」
リヴィは壊れたおもちゃを見るような眼で俺を見ると、俺がやられることは当然とばかりにさらに触手に術式を追加する。
「氷点の槍よ、ボクの触手に纏ってあの愚かなエルフ君を串刺しにしろ! 『氷纏の槍』」
様々な角度からその身をうねらせながら襲いくる氷の槍。
奴の力は強い……今までの俺では勝てない。だが、諦めない……だから決めたんだ、強くなると……今までよりもずっと強く!
「第三術式展開! 追加属性 《闇》! 縛れ『絡め取る黒風』!」
「……!?」
完全に興味を無くしそっぽを向いていたていたリヴィが驚いたようにこちらに振り向く。
「な、なんだこれ!?」
氷の槍は俺の体には届いておらず、黒い糸のようなもので巻き上げられ静止させられていた。
これの正体は先程撃ち落とされた俺の魔術に新たな術式を加えた風が動きを抑えているのだ。
《闇》……それこそが俺が目覚めたもう一つの属性。
暗い世界で生きてきた俺の新たな力『幻影の森』を抜けた時にはもう扱えると確信していた、何故かはわからないが……。
だがこの力、どこまで使いこなせるかは正直まだわからない。
「クッ! ボクにまで絡みついてきやがって! しょうがない……魔術解除!」
リヴィがパチンと指を鳴らすと、目の前にあった水と氷の槍は一瞬で溶けてリヴィの元へ戻っていく。
「『水勢洗浄』……ふぅ、少し驚いたよ、結構やってくれるね」
下の水球から噴き出る水がリヴィに絡まった黒風を解いていく。
これでやられてくれるほど甘くはない……か。
「いいねぇ、だんだん面白くなってきたじゃん! 狩りは必死で抵抗する得物をじわじわ殺していくのが楽しいんだ。それじゃあ……ちょっと本気出しちゃうよ!」
リヴィがさらに上昇する。
水球からいくつもの小さな球に分かれ、周囲を漂い始めた。
「『水弾襲撃』! どこまで避けられるかな?」
複雑な軌道で動く水球から俺目がけ四方八方から水弾が襲い掛かってくる。
「クッ!」
「そらそら、もっと本気で避けないと体が穴だらけになっちゃうよ~」
こうちょこちょこ動かれては『絡め取る黒風』で動きを止めるのは難しいか……なら!
「第四術式展開! 切り開け『風の道』!」
止みかけていた黒風達が新たな術式によって一気にその勢いを取り戻す。
風は道となり、俺はその上を滑るように移動し水弾を避けていく。
「別術式展開! 『烈風拳』! 術式固定」
そのまま新たに『烈風拳』の術式を作り、『風の道』の機動力を生かしながら水球を打ち落としていく。
「くらえ!」
「くうう、この程度で……やられるかよ!」
反撃の隙を与えないように『烈風拳』を連発するが、奴の防御力の前には少し威力が足りないようだ。
やはり直接でかい一撃をぶち込むしかないようだな……。
「チッ! ここまでされると流石にムカつくなぁ。でもあいつは近づかないとまともにダメージを与えられない。このまま距離を保って攻撃すればいずれ奴の体力はなくなる。そうだ、どうせだから下に行って皆巻き込んじゃおうか」
「悪いがそんなことをさせる訳にはいかない! 術式1、第五術式展開! 再び《闇》を追加! 『暴風結界』!!」
風の道がさらに黒く染まり、暴風となって広がっていく。
「クッ! この風……また!」
黒風が館の屋根をドーム状に覆うように被さる。この結界はちょっとやそっとではまず壊れない。もし奴がこの結界を壊そうと向かうなら、俺は遠慮なくその背中を撃ちぬかせてもらう!
「よっぽどボクに殺されたいみたいだねぇ……キミ」
「俺かお前、どちらかが倒れるまでこの結界は続く。決着がつくまで、俺と踊ってもらうぞ……リヴィ!」
今まで静かに溜めこんできた多くの怒り……今こそそれを開放する時!
俺は、絶対に勝つ!
修正しました(10章時点)




