53話 ムゲンのラブラブ大作戦-セカンドジェネレーション- 前編
現在の時刻は朝の五時、私は隣で寝ているレイに気づかれないようにそっと寝床から抜け出す。向かう先は魔道具保管庫、私がよく仕事をするところだ。
そこには私と志を同じくする者達が待っている。
「さて、皆よく集まってくれた……」
「ワウワウ(ご主人、皆って言ってもぼくとリアさんしかいないっすよ)」
「う~、流石にこの時間だと寒いね。ムゲン君、火お願いできる?」
「……『火柱』」
う~む……なぜだ、どうしてもシリアスな感じで始まらないのか。
もっと趣向を凝らしたほうがいいのか、薄暗い部屋に青や緑の光を当てたり、スモーク焚いたり……。
「ワウン(ご主人、そろそろ話し合い始めましょうよ)」
おっと、そうだな、朝が早い奴は後三十分もしないうちに起きてくるからその前に終わらせよう。
「コホン……さて、今回の議題、言わずもながレイのことについてだ。リア、ちゃんと裏はとってくれたか?」
昨日の集まりの後、改めてリアに問いただされ、事の顛末を話したところ「信じられない!」とのお言葉をいただいたため今日の集まりの前にリアには宿題を出しておいた。
それは、『それとなーくサティのことをどう思っているのか聞いてみる』というものだ。
「最初は本当に信じられなかったの……。でも、サティのことを話しているうちに明らかに動揺しだして、目も泳いでた。以前はそんなことなかったのに……」
恋をすると人は変わる言うが、ここまで変わるとは予想できないだろう。しかもたった数日の間にこの変わりようだ、疑うなという方が難しい。
「で、リアとしてはどうなんだ、レイとサティがくっつくというのは?」
なにしろ実の弟と一番の親友だ。
弟が親友に取られるようなもの……いや待てよ、ここは親友を弟に取られるというあっち方面的な考え方も……。
「ワフゥ(ご主人、なんか変なこと考えてないっすか……)」
「大丈夫だ、何もやましいことは考えてないぞ!」
どうやら考えが変な方向に行きかけていたようだ。ここは真剣にリアの話を聞かなければ。
「そうね、私としては願ったり叶ったりよ。レイはあんな性格だから、無理やりにでも引っ張っていけるような性格のサティはぴったりだと思う。それにサティだって恋愛すればあのガサツな態度も少しは良くなるかもしれないしね」
リアは満面の笑みで二人の仲を応援すると言った。よし、家族の了承も得たところで本題に入ろうか!
「そういう訳で我々はあの二人、もといレイの恋路を応援する! そこで私が考え出した作戦がこれ! 『魔導師ムゲンのラブラブ大作戦! -気になるあの子に急接近!-大作戦』だ!」
「「……」」
なぜだ? なぜ二人共黙っているんだ。
ここは私の完璧な作戦名に感心の声と拍手喝采が聞こえてくるはずなんだが……。
「ワウワウ(あ、大丈夫っすよ続けて。ドラゴス先輩からご主人のネーミングセンスの話は聞いてるんで)」
ドラゴスのヤロウ……犬に余計なことを吹き込みやがって。やはりあいつとはいつか決着をつけなければならないようだな……。
「え、えーと……ムゲン君、その作戦っていうのは一体どういうものなの?」
「よし、では作戦内容を説明する。まずは……」
今回の作戦を事細かに説明していく。
リアはレイが言うことを聞く唯一の人間だ、この作戦では重要なファクターとなってくれるだろう。
「……という内容だ」
「わかった、できるだけ頑張ってみる」
「よし、では最初のミッションは朝食後だ! 解散」
さてさて、時刻は過ぎて朝食の時間、広間には皆集まって食事をしている。だが、そこにいつもの活気はない、皆昨日の話を聞いて迷っているんだろう。
私達もレイの恋路を応援だとか浮かれてていいのだろうか……。いや、こんな時だからこそ少しでも明るいニュースを作って皆の気持ちを楽にしてやるのもありだろう。
そんな暗い雰囲気とは裏腹に、この食卓だけは空気が違う。私、リア、レイ、サティ、ミミの五人、あと犬。
ミミはいつも通りだが、他が以前とは違う……サティは表情が少し暗いし、レイはそんなサティを意識して余り箸が進んでいない。そして私とリア(と犬)は作戦のタイミングを図っていた。
「ふぅ、ごちそうさま」
よし、サティの食事が終わったな。
私達もとっくに食べ終わっている、他の団員の皆もぞろぞろと食器を片付ける姿が見受けられる。そんな中でレイの皿の上にはまだ食事が残っているこの状況……。
(ここだ!)
私はリアにアイコンタクトを試みる。
(リア、第一作戦開始だ!)
私の目配せにコクンと頷くリア、どうやら伝わったようだ。
「ごちそうさま、おや? レイ、まだ全然残ってるじゃないか。今日はパコムの町まで買い出しだ、先に準備してるから早く食えよな」
よし、とても自然な感じだ。
後はさっさとこの場から離れるだけ。
「お、おいムゲン、ちょっと待……」
「ほら、ミミ。食器を片付けてお出かけの準備だ」
「うん!」
止める隙など与えん! レイは立ち上がって私を追いかけようとするが、させるか!
バトンタッチだリア、頼んだぞ。
「あ! レイ、どこ行くの!」
「ね、姉さん」
リアがレイを引き止める。
そしてテーブルに残っている食べかけの皿を見ると。
「まだ残ってるじゃない。好き嫌いしないでちゃんと全部食べる!」
「え、あ、いや……そんなつもりは」
姉に怒られしょぼくれてしまうレイ。スマンね、でもこれもお前のためだ。
「サティ、私は洗い物してくるからレイがちゃんと全部食べるまで見張っておいて」
2コンボ!
レイを引き止めるだけでなくサティもそこに留めておくナイスな言い回しだ。
「ん、わかった」
「じゃ、お願いね」
これにより、かなり自然な感じで二人きりにすることに成功! リアも役目を終えこちらへやって来て私と合流予定だ。
私は今広間の隣の部屋で待機中、ここなら広間の様子を伺うことが出来る。
「お待たせムゲン君、これでいいの?」
「ああ、バッチリだ」
広間を覗くと、サティを意識しながら食事をするレイとその隣に座るサティ。
図らずも二人の距離は結構近い。
だが、私達はここではまだ行動を起こさない。まずはもっと二人の距離を縮める……そのために二人きりにし、それによって浮かび上がった情報を元に次の作戦に移る。
現状、これは完全にレイの片思いだからな。
「う~ん、でもこの距離じゃ様子はわかっても二人が何を話してるかまではわからないわね」
「フッフッフッ、焦るなリア。そこでこの秘密兵器の登場だ!」
取り出したるは最近なにかと出番の多いスマートフォン。
「えっと、それって確かこの前ムゲン君達がピンチの時に役に立った鉄の塊だよね。地図とか雷とか出てくるっていう……」
「そうだ、だがそれだけじゃない。昨夜手に入れた新機能を試してやろう」
「新機能?」
そう、それは昨夜のことだった……。
「やはりメールの返信は不可能か……。アドレスも逐一変わってるし、特定は無理そうだな」
私は謎のメールの主にどうにかコンタクトをとろうと試みたが、結果は見ての通り惨敗。
あの日の夜の終わりに来たメールを最後にプッツリと途絶えてしまった。
「はぁ、やめだやめ。今はわけのわからんメールの主の解明より領主達の計画の阻止とレイの恋路の問題解決だ」
まずはレイの恋の行方だ。作戦は色々立ててはいるが……最近のレイは魔力に敏感だ、魔術を使った作戦は気づかれる可能性が高い。
「なんとか魔術を使わずに二人をくっつけるには……ん、これは?」
先程まで操作していたスマホになにやら更新のお知らせがきている。
このパターンからすると……。
『アプリを有効活用してくれてるあなたにプレゼント! 新しい魔術であなたの魔術ライフをもっと豊かへ!』
魔術ライフて……てかアプリを有効活用してたらプレゼントってことは、これからどんどん使っていけばもっと増えてくってことか?
「ま、考えてもわからないか。とにかく新しい魔術を確認してみるか、どれどれ……」
[wiretap] 消費魔力:10~100 10単位で魔力を装填し、先端からエネルギーを射出する エネルギー着弾地点から半径5メートルの音を受信できる 盗聴時間は装填した魔力量に依存する
wiretap……盗聴器ってとこか。って普通に犯罪道具じゃねえか!
まぁこの世界じゃ盗聴で捕まることもないだろうけど。
「うーん、しかしこれで何ができる? 色々悪用はできそうだが……お、そうだ!」
よし、今回の作戦は決まった。
と、いうことだ。
「てな訳でポチッとな」
[wiretap]を起動!
(……レイ、ちゃ…と残…ず食べろよ)
お、聞こえてきた。まだ安定してないのかちょっとノイズがあるな。
え? いつの間に盗聴器を仕掛けたのかって? なぁに、皆が飯食ってる時にテーブルにちょろっとね。
「凄い、本当に声が聞こえる! あ、今度はレイが喋るみたい、静かにしなきゃ」
なんだかリアが楽しそうだ。いや、むしろこれがリアの本質かもしれない、昔のリアは色々なものに興味を示す純粋な子供だったらしいしな。
おっと、今はそんなことを考える場合じゃなかった。
(わ、わかってる! そんなにじっと見るな。お、落ち着いて飯が食えないだろ)
(いや、リアにちゃんと見張っておいてって言われたからな。このまま見張るぞ)
(う……)
「ふふ、レイったらわかりやすいほど動揺してるわね」
「リア、少し声が大きい。もうちょっと抑えて」
まったく、弟のあたふたする様子を見て楽しむとは。
とにかく、この作戦の第一段階は二人きりにして距離を少しでも縮める。その上で二人の会話を聞いて今後のヒントを得ていくのが今回のミッションの重要なところだ。
(まさか会話もできないほどって訳じゃないよな、レイ?)
とにかく今は静かに見守るとしよう。
気まずい……凄く気まずい。
サティはそんなことないだろうがこちらは内心ドキドキしっぱなしだ。
くそ、そんなにじっと見つめるな、体が動かなくなるだろ!
まさか恋がこんなにも厄介だとは、だが今更サティのことを嫌いになることなんてできるはずもない。
と、とりあえず会話だ……いつもの様に何気ない文句ばかりの会話でもすればいつもの調子になれるはず!
でも一体何を話したらいいんだ? わ、話題、とにかくなんでもいいから話を……。
「ごめんな、レイ。アタシが盗賊団に無理矢理入れたせいであんたやリアが辛い目にあってる。怒るのも無理ないよな」
よかった、向こうから話題が出てきた。しかしサティにしては話題が暗い、というか……。
「辛いだと……いったい何のことだ」
「お前にとっちゃアタシは姉を人質にしてるようなものだし、入団してから厄介なことばかりに巻き込まれてる。挙句の果てにはお前達の故郷も巻き込まれて……」
「待て……俺が辛い? 自分が巻き込んだようなもの?」
なぜだろう、なぜか腹が立ってくる。
「そんなことはない! 俺は姉さんが人質などと思ったことは一度もない。厄介事も俺が勝手に突っ込んだからだ! それに故郷のことまでなぜお前が謝る!」
「アタシがお前達を引き止めるようなことをしなければ何も知らずに済んだ。アタシらが勝手に戦って、お前らは集落の仲間と簡単に逃げることだってできた」
「余計なお世話だ! 仮にそうなったとしても俺なら逆に戦いに行ってただろうしな」
くそっ、なんでここまでの言い合いになっているんだ。俺は軽く罵り合う程度で終わらせようと思ったのに、こいつが似合わないことを言うせいで……いや、そうか。
俺はいつものサティじゃないから腹が立っていたのか。俺が惚れた、あの大らかで強きな態度とは真逆の反応をしてきたから。
「……ふん、似合わないことするな」
「え?」
「いいか、俺はここにいて辛いと思ったことはない、姉さんだって多分そうだ。ここには今まで俺達が感じたことのない……なんていうか、温もりみたいなものがある……。その中心にいるお前がそんな調子では俺の調子も崩れる……それだけの話だ」
くそ、恥ずかしい。似合わないことしてるのは俺も同じじゃないか。
とにかくここから離れる。これ以上いると恥ずかしさで体が沸騰しそうだからな。
「ほら、全部食った……これで文句はないだろう。俺はこれから姉さんとパコムの町だ。だから……か、帰ってくるまでにはその湿気た面直しておけ! いいな!」
もう一秒もこの場所にいられるか、早く立ち去って……。
「待て、レイ!」
クッ、呼び止められた。少しだけ立ち止まりちらっと後ろを向くと、そこには……。
「ありがとな、レイ。気をつけて行ってこいよ」
太陽の様に赤い髪をなびかせ、いつもの微笑みで俺を見送る、俺の一番好きな顔がそこにあった。
もう振り返らずに走る。今の俺の顔は多分真っ赤だろうから、こんな顔見せられる訳がない。
(くそっ、なんだその表情は。反則だ……)
この瞬間、やはり俺はあいつのことが好きなのだと……改めて理解してしまうのだった。
修正しました(10章時点)
 




