51話 幻影の神との帰路
まず最初に感じたのは……恐怖。私達の前に突然現れた"何か"は、言葉では表せないような圧倒的な恐怖を私達に植え付けた。
見ただけで……感じただけで理解できる。あれと一瞬でも戦おうとすれば、その瞬間私達の体はチリも残らないだろう。それだけ力の差があるとハッキリと伝わってくる。
全身が薄汚れたボロボロのローブのようなもので覆われているので姿形はわからない。大きさは人と同じぐらいだが。
絶対的強者を目の前にし、私達の体は全員固まってしまった。今すぐにでもこの場所から逃げ出したい。だが逃げ出せば、それこそ奴に殺されるかもしれない。
「ふぅ……」
落ち着け、今ここで全員取り乱してしまったら収集がつかなくなる。前世での長年の経験で鍛え上げた精神力によって、私は誰よりも早く冷静さを取り戻す。
問題ない、前世でだったらこれほどの力を持つ相手も相対したことはある……経験を活かせ。
そして大丈夫……奴は敵じゃない、奴はメールの主が寄こした案内役のはずだ。むしろ、これほどの力を持つ存在が護衛につくと考えればいいんだ。
「よし、覚悟完了。二人共、帰り道はこっちだ」
私は動けなくなっていた二人を先導するように歩き出す。[map]に記されたルートの通り、そう……幻影神のいる方向へ。
「お、おいムゲン!?」
「あれはヤバイよ! 早くこっちに戻ってくるんだ」
恐怖で足がすくんでいた二人も、私が幻影神のもとへ向かうのを止めようと少しづつ動きだしていた。
いい感じだ、二人共『目の前の恐怖』よりも『仲間を助けたい』という思いの方が強い。なんだかんだ言って二人は結構似たもの同士なのかもな。
「レイ、サティ、大丈夫だ。あれはきっと敵じゃない。今度は私を信じてくれ、サティの考えが間違っていなかったことを私が証明してやろう」
私が話し終えると、二人は少し考えた後、顔を上げた。
その顔には先程までの恐怖はなく、どこか吹っ切れたような顔になり、私の後をついてきてくれた。
「ありがとう」
私は二人に感謝し、再び手の中のスマホを見て先導を開始する。
すると、先ほどまでの場所に幻影神はおらず、いつの間にかルートの少し先に行った所に立っていた。
「ついて来い……ってことか」
今はこの道しかない。この道の先に希望があると信じて、私達は歩き始めた。
その後は、ひたすら歩いた。だが、いくら歩いても辺りの風景は代わり映えせず、前にいる幻影神に近づいてはいつの間にか遠ざかるを繰り返していた。
これでは本当に出口に向かっているのかわかったもんじゃない。
「唯一変化があるのはこいつだけか」
私は手の中にあるスマホを確認すると、[map]のナビルートは先程よりも短くなっている、私達の辿った場所が消えているのだ。加えて歩行中[map]もポチポチいじってたので操作方法も大分理解してきた。
地図を拡大すれば周囲の情報がおおまかに表示され、辺りの地理が一瞬で把握できる。縮小すれば近くの場所を様々な角度から見た情報を得ることができ、さらに近くの人の動きまで詳細に表示してくれる。今はレイとサティと犬が私の後ろに表示され、その上に[party]と書かれているが……これは味方の識別信号ということだろう。
「さて、この地図の通りだとそろそろ目的地に着く頃なんだが……」
ナビルートはすでに最終地点に到達していた。だが私達の目の前にあるのは先ほどと変わらぬ深い森ばかり……いや、あの一角だけ濃い茂みが続いているな…。
「おいムゲン、奴は……どこに消えた?」
「えっ?」
レイにそう言われるが、何のことかわからず辺りを見回すと先ほどまで近くにいた幻影神がそこにいなくなっていた。
「いや、二人共、後ろにいるよ」
サティの声で振り返ると、私達が今まで通ってきたルートに奴は立っていた。
私達の見送りか? いや、違うな、奴は私達が引き返さないように見張っているんだ。だとしたらこの場所が目的地で間違い無いだろう。となると……。
「うし、やっぱこっちか」
[map]の縮小モードでも確認すると、詳細なルートはやはりこの茂みの奥を指している。
「本当にこの先が安全に帰れる道なのかい? ムゲンを信じてない訳じゃないけど……」
「どっちにしても俺達ももう体力が限界に近い、せめて休める場所に出れればなんでもいい」
皆の顔色は目に見えて悪くなってきている。
犬なんて疲れ果てて私が持って歩いてるくらいだし。
「クゥ~ン(腹減ったっす)」
私も腹が減った、そういえば今日はまともな食事をしてなかったしな。
「皆、ここから先はどうなってるかわからない。もしこれで駄目だったら……」
バシンッ!
「おおう!?」
サティにいきなりケツを叩かれてしまった。
「そんな言葉はアタシ達は望んでないよ。アタシ達はムゲンを信じるって決めたんだから、もっと胸張って進みなよ」
「サティ」
不安になり、ちょっと弱気な言葉がでそうになったが、サティの喝で目が覚めた。
そうだな、もっと明るくいこう! 私達にはまだまだやるべきことが沢山あるのだから。
「よし! 行くぞ!」
恐れず進め! きっとその先には希望があるはずだから。
「っと、その前に」
私は振り向き、幻影神に向かって手を振った。
「ここまで案内サンキューな! またいつか会おうぜ!」
「……」
返事はない。だけどこれでいい、助け合ったならどんな相手でも繋がりができる。その繋がりこそがきっと平和へと導いてくれる、私はそう考えている。
それを最後に幻影神は音もなく森の中へと消えていった。
「奴とはまた会える……そんな気がするな」
「俺は二度と会いたくないぞ」
「アタシは会ってもいいかな、お礼言いそびれたし」
「お前ら……正気か?」
皆少しづつだが元気が出てきたな。
「じゃあ全てが解決したらまた来てみるか……なんてな。さ、進もうぜ」
ここにはたった数時間しかいなかったのに、まるで何日も過ごしていたかのような感覚だ。
そして、この森に入って最初に感じた"何か"、そして“幻影神”……この森は一体何なのか。
私はいつかまたここを訪れる……そんな予感を胸に[map]のルートを進んで行った。
それは茂みを進んでいる瞬間に起こった。
急に眩暈が襲ってきたのだ。
「ぐっ、これは」
後ろを見ると、どうやら二人にも同じ現象が起こっているようだ。
何事かと異変を探ろうとするが、そんな暇もなく一瞬のうちに意識が途切れていく。
(一体どうなっているんだ。まさか、騙された? メールの主に)
それは考えたくなかった、だったら今までの援助は一体何だったのかということになるから。
(なら一体……ん!?)
考えようとしたら意識が戻った。
「あれ? 別になんともない」
「なんだったんだ今のは?」
二人も同じか、皆体力がもうヤバいからか? スマホの時計を見るに、どうやら意識が飛んでいたのはほんの一瞬のことだったらしい。
「ん? あれ?」
このスマホなんかおかしい…いや、正確にはさっきまで起動していた[map]がおかしいのだ。よく見ると先程まで私達が表示されていた場所とは全然違う場所、かなり遠くに表示されている。
「どうなってんだ? バグか?」
目の前には町っぽいものまで表示されているし。
「おい! あの光はなんだ」
「光?」
レイが突然目の前を指差し叫ぶ。いや、この森の近くに明かりがある場所なんてなかったし。
「あ、あれは町か!? どうなってんだい、アタシ達は確かに幻影の森にいたはずなのに……」
「サティまで一体何を言って……ってマジで町だー!?」
確かに目の前に町がある。
ということは、この茂みは幻影の森のものではなくこの町近辺の林のもの、と[map]に書かれている。
「そんなまさか、転移したのか……あの一瞬で!? 馬鹿な、あり得ない」
前世でも何の前触れもなく転移が起こるなんて現象は存在しなかったし、時空属性を今の時代に操れる者はいないだろう。
じゃあ一体……。
「なるほど、俺達は転移したのか。馴れないなこの感覚は」
そうか、レイは一度転移を経験してたんだっけな。
「とにかく、これで助かったじゃないか。今度本当にお礼に行かないとな!」
こっちはこっちで転移についてはあんまり気にしてないご様子。
そうだな、今は助かったことを喜ぼう。
「それにしてもここはどこだ? 俺は見たこともないぞ」
「うーん、アタシはなんか見たことある気がするなぁ」
実は私もだ、[map]には『パコムの町』と書いてあるが、今まで寄った町の名前なんて気にしてなかったしな。
「とりあえず行くかないだろ」
[map]を信じるなら、この場所はレディスの街からは離れた所だ、追手の心配はないだろう。
「うーんどこかで見た気がするんだけどな」
ほら、あの店の看板だって見たことある気がする、『ホーリーの魔術屋さん』……って!
ガチャ
「「あ」」
私とサティは同時に声を上げた。
そこから出てきたのは、私達がこの東領に入って最初に訪れた町にある店で出会ったちょっとイタイ店主の姿だった。
「あれ? あなた達は……」
どうやら向こうもこちらに気づいたようだ。
荷物(多分商品だろう)を置いてパタパタとこっちに歩いてきた。
「お久しぶりですね。こんな時間にどうしたんですか?」
どう説明したもんかねぇ……とりあえず誤魔化しとくか。
「いや、ちょっと遠くの街まで行ってたんですけど、帰りの馬車がなくなってしまって。歩いて帰ってたらこんな時間に」
「あ、そうなんですか。でもあなた達の住まいはここじゃないですよね?」
「ええ、だから今日はここで一休みしようと思っているところです」
とりあえず知っている場所、しかもここはアジトへはそう遠くない。今日はここで休むのが得策だろう。
「それはいいけどムゲン、アタシ金持ってないぞ」
なぬ!?
「俺も、奴らに盗られて今は持ってない」
ぬお! ちょ、ちょっと待ってくれ、今の私の残金は……。
ちゃりん……
「よ、48ルード……」
大体の金はアジトに置いてきたからなぁ。これじゃあ良くて一人泊まれるかくらいだ、どうしよう。
「あ、あのー……よかったらうちに泊まります? 部屋なら少しあいてるんで、軽い食事くらいなら出せますし」
「マジすか!」
よかった……地獄に仏とはこのことだ、しかも飯まで恵んでくれるなんて……神かこの人!?
この間は馬鹿にして本当にすみませんでした!
「あ、でもちょっと煩い人が一人いるんでそれが大丈夫なら……」
バタン!
「おーい、ホリィ。これはここに置いとけばいいのか……って!」
おや、店からもう一人出てきた。前回はかけなかった結構ガタイのいい男。手伝いか? でもこっちを見て驚いてるような。
「あ、ガッちゃん。今日ちょっとこの人達を泊めることになったから。あんまり煩くしないでね……聞いてる?」
ガッちゃんと呼ばれた男はホリィさんの話を聞いておらずこっちを見ながらプルプルと震えている。
「て、てめぇ、なぜここに!? てかなんでお前はそいつと一緒にいるんだよ!」
あれ? 知り合いだっけ。……あ。
「懐かしいな! 護衛任務の時にいたカレーか」
「ガレイだっつーの!」
「あれ? 知り合いだったんですか? ならよかった」
「ちっとも良くねぇよ……」
なんで落ち込むんだ? てかちょっと怯えてるような……ああ、そうか。
「おいムゲン、これはどういうことなんだ?」
おっと、こっちで盛り上がってしまったせいでレイが蚊帳の外になってしまった。
とりあえずレイだけに聞こえるように耳打ちして説明しておこう。
「あいつは以前、私と一緒に知らずに違法奴隷の輸送護衛をしていた奴でな、その途中サティに完膚なきまでにやられた哀れな護衛Aだ。ほら、今もサティに対して怯えてるだろ」
ちらちら見てはガクガクブルブルしてる、そんなに怖いか。
「てか店主さんや、そっちこそどういった関係なんだ? やけに親しそうにしてるが」
「私とガッちゃんは幼馴染なんです。それなのに私を置いて一人でお金を稼いで中央大陸に行こうとしてたので罰としてこうしてただ働きさせてるんです」
幼馴染……なんだか無性にガレイを殴りたくなってきたぞ。
「てかお前ら本当に泊まるのか……」
もちろんだ、ここは素直にご厚意に甘えさせてもらおう。
「今度いっぱい魔道具買っていってくださいね」
なるほどね、腐っても商売人だな。これは今度沢山買わないといかんだろう。
「部屋は三つあるんだけど、どうします?」
普通なら男二人に女一人で二部屋欲しいが、向こうも二人だし。
「じゃあムゲン、レイ、一緒に寝るか」
はっはっはと笑いながら冗談交じりにそんなことを言うサティ、調子が戻ってきたな。
ま、ここは私も軽口で返して……。
「な、馬鹿なことを言うな! なな、なぜお前と一緒に寝ないといけないんだ!」
私が喋る前にレイが凄い勢いで否定してきた、真っ赤な顔で。
うーむ、確定か? これ。
「ふふふ、そうですね。じゃあサティさんは私と同じ部屋で、そちらの二人で一部屋使ってください」
あの笑い方を見るに、ホリィさんも何か感づいたようだな。
そしてガレイはぼっちか……てかいつまで震えてるんだよ。
「ではこのまま外にいるのも寒いですし、中に入りましょう」
こうして、私達は長い一日を無事終えることができた。
見過ごせない事態、新たな事実、多くの謎……全く濃厚な一日だった。
そしてもう一つ気になることが……。
店に入る時ちらっと横を見る、そこにはまだ少し顔の赤いレイがガレイとはまた違った感じの視線をサティに送っていた。
「これからどうなる事やら」
こういうのを見てると、やっぱり背中を押してやりたくなるんだよなぁ……。
ヴー……ヴー……ヴー……
……ピッ
件名:脱出おめでとう
無事乗り切れたようだな、おめでとう
辛いことも多いだろうがこれからの君の旅の無事を祈っているよ
PS
あまり他人のことばかりではなく自分のことにも気をつかえ
せっかく手に入れた新しい命なのだからな
修正しました(10章時点)




