350話 絡み合う恋劇
「それで、出航はまだかかりそうなのか?」
「お待たせしてすみません。キシュウ、シーアと一緒に積み込みがあとどれほどか確認してきてくれますか。自分は皆さんを船室にお連れして今後の予定を共有しておきますので」
「あいよ、アタシらも後でそっちいくから、そんときゃパァーっと歓迎の宴でもしようぜ」
「ハクヤだけ英雄殿達を一人占めは許さんのじゃ……」
と、後程まだまだ退屈させてくれなさそうなセリフを残してキシュウが去り、隠れるようにシーアもその後ろをついていく。
そして私達はハクヤの指示の通り、自分達が今後この船内で過ごすこととなる船室へと案内されたのだった。
「先ほどはすみません、同僚の二人がご迷惑をかけて……」
「い、いやいや! 別にハクヤさんが謝るようなことじゃないって! おれはそんなに迷惑だと思ってないしさ」
迷惑かどうかはさておき、冷や汗が止まらないほど焦ってはいたけどな、ゼロは。
それに、ゼロはそれでいいとしても……。
「そう言っていただけるのはありがたいのですが……後ろのお二人も気分を害されたように感じたので……」
「後ろの二人っていうと……」
「……」
「ん? ウチのこと?」
もちろん私を除くゼロの連れであるティーカとナナのことだろう。
自分達のことが話題に上がったことで二人も反応を示すが。
「う~ん、ウチもゼロくんとは出会ってそれほどでもないからね~。あの人達の似たようなものだから気にしてないない。あ、でもティーカちゃんはちょっと嫉妬しちゃったり? ほら、ここにいる誰よりも付き合い長いんから」
「勝手に人の気持ちを決めつけないでください。ゼロにどんな交友関係があろうと、わたしは何も気にしません。やるべきことは変わらないのですから」
「ふ~ん、そっかぁ。……でも、ティーカちゃんのそれって本当に本心? なんというかぁ……ウチにはやせ我慢してるように見えるけど」
「だから、あなたの勝手な想像をわたしに押し付けないで。わたしのことは、わたしが一番よく理解してる」
「だぁー! この話しはここまで!要するにおれがちょっと有名になっちゃって大変だってことだろ。二人ともこんなことで熱くなんなって」
この二人が話し出すとどうも険悪なムードになってしまうな。こりゃ間に挟まれたゼロも大変だまったく。
「ご、ごめんなさい! 自分が変なこと聞いてしまったせいで……」
「いや、こっちのことはこっちの問題というだけだ。だからハクヤが気に病む必要もないさ」
しかしゼロ……もとい私達か。ここまでの旅で随分有名になったものだが、それも海の先に着くまでといったところかね。
これまで改変されてきた事象の中では、私達はどれもテンシを退けたことで各地を救ってきたという扱いになっている。
はたしてこの先も同じことが起きるのだろうか……ナナの持ってきた厄介ごとにもよるだろうが。
コンコン
と、そこまで考えたところで船室の扉を叩く音が聞こえ。
「おうい! 出航準備が整った! これでいつでも船を出せるよ!」
キシュウが勢いよく扉を開けて準備完了の報告をしにやってきた。
「ってなんだいあんたら? みんな暗い顔しちまってさ。船旅はこれからなんだから、もっと明るくいこうじゃないか!」
「そ、そうですよ皆さん! そうだ、これからすぐに出航しますので、甲板に出て海の景色をぜひ堪能してください! ね!」
「お、おう……それも悪くねぇな。みんな、一緒にいこうぜ」
その提案を助け船のように感じたゼロは動揺しながらも私達を連れて急ぐように甲板へと向かうこととなった。
そうして私達が甲板に到着する頃には、すでに船は動き出しており。
「ほ~、本当にこれだけ大型の船をたったの十人で動かせるもんなんだな。太陽の光が海面に反射して一面キラキラの絶景だな」
すでに陸地からは遠く離れ、船は大海原を進んでいる。日差しも強く、眩しいくらいに海が輝いて見えるほどだ。
……と、まずは目に写ったものの感想を私が素直に言葉にしてみたのだが……。
「……」
「……ツーン」
「な、なぁ二人とも、ムゲンが言うように言い眺めだしさ……そんなにお互いにツンケンせずにもっと仲良くいこうぜ」
先ほどからずっとこの調子だ。ティーカとナナ、互いに受け入れられない部分があるというか、絶妙にそりが合わないところがあるんだろうな。
まぁそれが何かと言えば、それぞれのゼロへの接し方なんだろうが。
「なぁ、一度互いに腹を割って話し合ってみないか? これから共に旅を続けるのなら、いつまでもここままというわけにもいかないだろう?」
三人の関係にあまり口を出すつもりはなかったが、ここまで空気が悪いと流石に助け船を出さずにいるのは私も我慢ならん。
この船がどのくらいで海を越えられるかわからないが、それまでに関係改善はしておいた方がいいはずだ。
「わかった……それじゃ、ハッキリ言わせてもらうからね。ウチはティーカちゃんのゼロくんに対する態度がずうっともやもやしてんの」
「別に……わたしとゼロは同じ旅の目的で旅を続けているだけで、それ以上でも以下でもない……」
「う……そ、そうだよな……」
これは最初に出会った頃からティーカが徹底してることだよな。これまで二度世界が変化し、二人の立場や関係が変わってもこれだけは頑なだ。
ただティーカはそれでよくともゼロの方は……。
「それ! ティーカちゃんの今の言葉ってぜえったい本心から出たものじゃないでしょ! ウチはそれが許せないのぉ!」
「あなたに許してもらわずとも、これがわたしの答えであることに代わりはありません」
「きっと……ティーカちゃんは旅の目的のためにわざとそういう言葉を選んでるんだよね。でも、だからこそ許せないのっ! ティーカちゃんだってゼロくんが自分のこと好きだってことわかってるくせに、それでも気づかないふりして傷つくこと言ってるんだもん!」
「うえっ!? な、ななな、ナナ!? 何言ってるんだよ!? お、おれがティーカを好きだなんてそそそそそんなことなんでわわわ、わか……」
「今まで必死に隠そうとしてたけどバレバレだよ!」
うん、それはそう。一目みても態度がわかりやすすぎるうえに、ここまで数日共に過ごしたナナなら気づいて当然だろう。
隠し通せてると思っているのは本人だけなのである。
「ウチってそんなに賢くないけど二人がお互いを意識してるってことぐらいはわかるよ。二人がこれまでどんな関係だったかも聞いたし、だからこそもやもやしちゃうの」
これは、いつかは向き合う必要のある問題だと私も考えていたが、見守る立場としては深く踏み込まないでおいた。
しかしナナは一歩離れた場所にいる私とは違い同じ目線に立つ同行者として踏み込まずにはいられないんだろう。
「ウチはゼロくんと出会ってまだまだ日が浅いけど、それでもゼロくんに惹かれてるのは本当だよ。きっと……この気持ちが好きってことなんだなあって、思ってる」
もしかしたら、停滞している二人の関係に必要だったのはナナのような素直に想いをぶつけてくれる存在だったのかもな。
「でも、わたしにはこれ以外に答えが……」
「ほんとにそう? 今はちゃんと気持ちが伝えられなくても、ゼロくんを傷つけずに済む答えだってきっとあるよ。ウチも一緒に考えたげるから」
「……わかった。善処は……してみる」
どうやら、これでひとまずティーカとナナのギスギスとした関係の問題は解決したといったところか。
あとの問題は……
「それで? ゼロくんはティーカちゃんのことどう思ってるの?」
「うえっ!? お、おれにも聞くの!?」
「そりゃそうだろう。むしろこの問題の本当の中心はお前だからな。この際ハッキリと言葉にしておけば後で困ることもないだろう」
ここでゼロの気持ちを有耶無耶にさせるとそれこそ問題が先送りになりそうだからな。私もしっかり問い詰めさせてもらうぞ。
「わたしは、別にゼロが言いたくないのなら無理にとは……」
「はいそれダメだよぉティーカちゃん。その優しさがゼロくんの成長を止めちゃってるんだからね」
確かに、これまでのティーカのゼロへの接し方は若干冷たいようにみえて実はとても甘やかしてるものばかりだった。
「おれは……まぁ、ティーカのことが……好きだよ」
「も~歯切れが悪いなぁ。もっとハッキリ言っていいんだよ? それとも本当は好きじゃないとか?」
「いや好きだ! ……んだけど、最近ちょっと自信ないかもな……。ティーカとは小さい頃から一緒で、王族だってのにいつもおれと仲良くしてくれててさ。おれの側にはいつもティーカがいてくれてて、いてくれて当たり前って思ってて、この先もずっと一緒でありたいっていうこの気持ちも好きだからなんだなって思ってたけど……本当は、ただティーカに依存してるだけなんじゃないかってさ」
最初に出会ったばかりのゼロは本当にただの純粋な少年といった感じで、まっすぐティーカのことを想っているだけだったが。
「それに、今こうしてナナから好意を向けられてさ、ちょっとわからなくなってんだ。おれ自身は愛したいのか、愛されたいのかってのも……」
……この世界のゼロは忘れてしまっているが、純粋な愛の美しさを信じていた頃、そして戦いの中で見た様々な形の愛に苦しんでいた姿を知っているからこそ、今のゼロが愛というものを理解しようと必死なのが伝わってくる。
「もちろん、二人がおれのこと好きだって思ってくれるのはすげぇ嬉しい。けどさ、おれはまだそれにどう答えていいかわかんねぇ。ティーカのことは変わらず好きだし、でもナナの気持ちも受け止めたい……こういうのってよくねぇよな」
なるほど、ゼロの価値観じゃ自分の愛は一人にしか与えられず、そしてまた自分も一人分しか受け止められないと考えてるからか。
確かに、一般的な恋愛で考えればそれでいいだろう……だが! ここはファンタジーな世界であるということを忘れてはいけない!
「ゼロ、自分から向ける愛と自分に向けられてる愛は両立できるんだ」
「両立って……つまりおれでいうとティーカとナナのことだよな?」
「ああ、これは私の知り合いの話なんだがな……そいつはもともと好意を寄せてる相手がいたんだが、とある事件をきっかけに別の女の子から猛烈にアプローチされはじめたんだ」
会話内では一応名前は伏せておくが、今のゼロの状況はあの頃のレオンになんとなく似ている気がするからな。
……一瞬、「もしかして私も似たような状況では?」と頭をよぎりもしたが、レオンの方が例えばなしとして適切だろう。きっとそうに違いない。
「そいつも最初は戸惑っていたんだ、自分には好意を寄せてる相手がいるのに向けられてる好意にはどう応えればいいかとな」
「それは……まさに今のおれって感じだな。それで、そいつはどんな選択をしたんだ? やっぱり、最初の愛を貫いたのか?」
「いいや、あいつは最終的にどちらの愛も平等に応えることを選んだんだ」
良く言えば男らしい、悪く言えば優柔不断という答えではあるが、それが許される世界であり当人にその覚悟さえあれば私は十分に納得のいく選択だと思っている。
「へぇ~二人一緒にかぁ。ウチもそこまでは考えてなかったな~」
「もちろん、これはその当事者全員が長い時間互いに向き合って出した結論だ。必ずしもお前達が同じ道を選ぶ必要はない。ただ、選択肢のひとつとして覚えておいてほしいだけって話だ」
ティーカもナナも受け入れられないっていうならそれはそれでいい。最終的にゼロがしっかり決断してくれればな。
「なら……ティーカ、ナナ、ごめん! おれの答え……もうちょっと待ってもらってもいいか! おれはおれ自身の気持ちをもっと理解したい……でも、きっとこの先で答えを出してみせるから!」
情けない答えのように聞こえるが、今のゼロはこれでいいんだ。
「ウチはいいよ。ゼロくんならそう言うと思ってたしね~。これからウチのこともっと知ってもらえれば、きっと考えても変わってくるでしょ」
ナナの方は相変わらずあっさりとしているな。
ティーカの方は……。
「うまく答えられてないのはわたしも一緒だから……。この旅の中で答えを見つけられるなら……」
「ああ、一緒に見つけようぜ」
「あ、も~隙があったらすぐ二人でいい雰囲気になるんだから~。ウチも混ぜて混ぜて~」
何はともあれ、これにてギスギス問題は一件落着ってとこか。
「皆さーん! お食事の用意ができましたので船室内へ来てくださーい!」
「お、ハクヤさんが呼んでる。みんな行こうぜ」
隣にはキシュウとシーアの姿も見えるな。ってことは、先ほど言ってた歓迎の宴の準備が整ったってとこか。
メンバーの空気も良くなったし、こいつは気分良く楽しめそうだ。
「そういやさムゲン、さっき話してくれた知り合いの話だけどさ」
「ん? ああ、それがどうした?」
「あれって実はムゲンの実体験……だったり?」
「……そんなわけないだろう、知り合いの話だ知り合いの」
「だよな!」
まったく妙なところで感がいい奴だ。
まぁ……私の場合はもっと事情が複雑なので、終わったらいろいろ考えないといけないんだよな。
そう、すべてはこの戦いが終わったら……な。
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