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345話 二度目の変革


「………………ッハァッ!?」


 いつかと同じ夢の終わり。私は急に意識を取り戻したかのように目覚め、その場から飛び起きた。

 今回も夢の内容をぼんやりとしか思い出せず、前回よりも意識が混濁している。


(ここはどこだ? それに……そうだ、ゼロはどうなった)


 どうやら私はどこかの個室のベッドに寝ていたようだが、意識を失ったのは戦場だったはず。

 それに……あの時のゼロは……。


「とにかく、外に出てみよう」


 結局あの戦いは……『連なる町』を巡る戦いは最終的にどのように帰結したのか。


「これは……」


 個室を出た私の眼前に広がっていたのはあまりにも穏やかな、戦いとはまるで無縁そうな人々の往来する街だった。

 ……だが、すべてが見覚えのない光景というわけでもない。建物の造りなどは確かに意識を失う前までにいた『連なる町』のものに近い。

 しかし……


(まったく戦いの痕跡が見当たらない。それに……これまで町同士を分断していた"壁"がどこにもない)


 私はいったいどれくらい眠っていたんだろうか? これだけ街並みが変わるほどとなると相当な時間が……。


「お! 起きたのかムゲン。もう太陽こんなに高くまで昇ってるってのにやっとお目覚めかよ」


「ゼロ!?」


「うおっ、急に大声出すなよ。ビックリすんなぁ」


 ビックリしたのはこっちだっての。何食わぬ顔でしれっと登場してきやがって。

 しかし……見たところ異常はなさそうだが、ゼロは大丈夫なのか? 最後に見た時はとてもじゃないがまともな精神状態ではなかったように見えたが。


「ゼロ、その……大丈夫か?」


「大丈夫って、なんの心配だよ。こうして二つ目の“鍵”も手に入ったし、何もかもが順風満帆。むしろなんの不安もないじゃねぇか」


 ゼロのこの感じ、嘘や惚けてる風には思えない。鍵がゼロの手にあるということは、やはりあの戦いは存在したはずだが……。


「ゼロ、ムゲンは起きた? みんなを待たせてるからなるべく早くしないとダメよ」


「おっとそうだったな。この通り今起きたみてぇだから安心してくれよティーカ」


 続けてティーカもやってきたか。ここは二人でワンセットって感じだからな。何も変わりないようで安心し……。


「……ゼロ、お前……そんなに背高かったか?」


 その違和感を感じたのは二人が横に並び、ティーカが見上げるようにゼロに話しかけていたからだ。

 よく見れば、ゼロの視線の位置は私とそう変わらない。これまでは少し視線を下げていた覚えがあるというのに……おかしい。


「そうか? ま、おれも成長期ってことだな。自分でも気づかないうちに伸びてるなんてよくあることだろ。別に悪いことでもねぇしな」


「むしろ成長はいいことだから。よかったね、ゼロ」


 はたして成長で済ましていいことなのだろうか。それに、だとしたらもう一つ疑問が生まれてしまう。


(なぜ……ティーカは一切成長していない(・・・・・・・・・)んだ)


 ゼロが急激に成長したと感じたのはこれがはじめてではない。

 鍵を手に入れるたびに世界そのものに変化が表れているとすれば、ゼロ自身にもなにかしらの変化があってもおかしくはない。

 だが逆に、そうなるとなぜティーカには大きな変化がないのかという点が気になってしまう。


「さ、これで全員揃ったし行きましょう」


 しかし、それをティーカに問いただしたところで望んだ答えを得るとこはできないだろう。だから、この疑問は一旦私の胸の中にしまっておこう。


 それよりも、今聞くべきことは他にある。


「みんなを待たせてるって言ったが、ということはトゥーレのみんなってことか?」


 私が今一番知りたいのは、あの“鍵”を巡る戦いの後すべての勢力がどうなったかということだ。

 虐げられてきた女性達による反撃の戦。その結末がどうなったかのか、私はこの目で確認していない。

 だから、先に真相を聞いて起きたかったのだが……。


「トゥーレ……って、なんだ?」


 返ってきたのは、思いもよらない言葉だった。


「覚えて……ないのか」


「ど、どうしたんだよムゲン、そんなこえー顔してよ……」


「ゼロ、お前の中には残ってないのか、フェリットの残した苦しみの想いも、お前を庇って死んだブラムのことも」


「な、なんのことを言ってるんだよムゲン! 苦しみとか死とか、おれにはなんもわかんねぇよ!」


 これは……この反応は……本心だ。

 ゼロの中には本当に存在しないのだ……トゥーレの仲間と過ごした日々も、共に戦った記憶も。

 確かに、フェリットやブラムが与えた心の傷はゼロにとって耐え難い苦痛でもあった。だがそれをなかったことにするのは……背負うことを放棄するというのは……あまりにも報われなくないだろうか。


「なんだよ……おれ、なんか悪いことでもしちまったか?」


「大丈夫よ、ゼロはそのままで大丈夫だから。ムゲンはきっと、変な夢でも見てたのよ」


 そんなティーカの私を全否定するような言葉に反論しようと私も一歩踏み出そうとしたが。


「……」


(なんだ……このティーカの、私を見る瞳の威圧感は)


 まるで敵を睨むかのような視線が突き刺さってくる。ティーカのこんな表情ははじめてだ。

 ただこの視線から感じるのは敵意だけじゃない。そう……どこか嘆願するかのような、何かを恐れているからこれ以上はやめてくれと訴えかけているようにも感じられる。


 ……いいだろう。その真意も、何を隠しているのかもわからないが、きっとティーカのゼロを守りたいという気持ちだけは本物だ。今はそれだけを信じて、先に進もう

 おそらく答えは……この道の先にあるだろうから。


「……それじゃ、私達は結局これから誰に会いにいくんだ?」


 ゼロの記憶からトゥーレが消えているということは、ワウンスもミドランもフォシルスもないと考えていいだろう。

 というかそもそもこの街の名前はどうなってるんだ? 戦いがなかったとなると、テンシが与えたはずの人々の属性の力はどうなっている?


「……ねぇゼロ、なんだかムゲンは記憶が混乱してるみたいだから、一度“記憶の石”を見に行かない?」


「え? そりゃおれは別に構わないけどよ。人を待たせてるのはいいのか?」


「それくらいで怒る人達ではないから大丈夫。さぁ、行きましょう」


 これは、ティーカなりの気遣いなんだろうか。ゼロへの追及をしない代わりにそれなりのことはしてくれるってとこなのかもしれないな。


 それに“記憶の石”を見せてもらえるというのなら話が早い。

 あれはこの地で何が起きたのかを記す事象の記憶媒体だからな。大まかなことはこれで分かるだろう。


「しかし、綺麗な街並みだな」


 ティーカに連れられて街中を歩いているが、道はしっかりと整備されており建物も規則正しく建ち並んでいる。商店も多く、ここなら衣食住には困らないだろうというほどの大都市であることに間違いはないだろう。


「だよなぁ、おれの育った国とは大違いだぜ……ってあっ! い、いやティーカ、別におれはそういうつもりで言ったわけじゃなくてだな……!」


「ゼロが別にそういう意味で言ったわけじゃないってわかってるから、気にしないで」


 身長の差は変わっても、二人のこういうやり取りは変わらない……が、ゼロは今どうして慌てたんだ? なにかティーカに対して失言をしたようには思えなかったが。

 というか、今の会話事態になんだか違和感があったのだが……。


「なぁ、ちょっと……」


「着いた、ここが“記憶の石”がある場所よ」


 と、私が問いかけるより先に目的地に到着してしまい、その疑問は遮られてしまった。

 だがそれでも先に聞いておきたいと声をかけようとした瞬間、私は言葉を失ってしまう。


「この……場所は」


 なぜなら、目の前の建物を見てこの場所がどこかわかってしまったから。


「ここはフォシルスの……ディライグの館」


 周囲の景観が整っていたためここにたどり着くまで気づかなかったが、これまで通ってきた道は間違いなくトゥーレの仲間達と攻め入るために進んだあの道だ。


「館ってか、ここは教会なんだってよ」


「教会?」


「ええ、入ってみればわかるわ」


 そう言って扉を開けると、その中に広がっていたのは私の知っているものとは大きく異なっていた。

 規則正しく並べられた長椅子に教壇、そして一際目立つ最奥の大きなステンドグラス……確かにここは"教会"らしい。

 ただ一つ気になるのは……。


「あのステンドグラス……人が描かれてるのか?」


 よく見れば、そのステンドグラスは男女が向かい合い手を取り合ってるように見える。

 その姿は、まるで……。


「あれは絶対に離れないって誓った二人の永遠の愛を描いたものなんだってさ。おれも人から聞いただけの話だけどさ……なんか、すげぇってのはわかる」


 それは……この場所で絶対に離れないことを誓った二人の男女というと、私にはあの二人しか……この世界から消えたはずのフェリットとディライグとしか思えない。


「しっかし適当な感想だな」


「いやいや適当じゃねぇって! なんつーかこう……胸の奥が熱くなるってか、込み上げてくるもんがあるんだって」


 もしかしたら、ゼロも心のどこかにはあの日々の出来事は残されているのかもしれない。

 だが……


「この世界はすでに……修正された。だから、わたしはゼロをその世界に導くことしかできない」


 そうゼロには聞こえないよう呟くティーカの姿を見て、私も納得した。

 私達はもうすでに別の事象に移動した。だがあの事象で起きたことも、どこかに刻まれているのだと。


「ここは……中心だった。だから、あれもここにある」


「あれ? ……ああ、なるほど」


 私達が眺めていたステンドグラスの真下。そこに静かに佇むかのように、“記憶の石”は置かれていた。




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