343話 事象修正 -妖魔神ノ章- 後編その1
「どうして……この戦いについて来ようと思った?」
「それは……えっと……」
「フッ、まだ言葉にするのは憚られるか。まぁ俺は構わないがな、お前の中に揺るぎない想いがあれば無理に聞こうとは思わん」
転人による異種体一斉捕縛作戦の話を聞いた後、地下に身を潜めていた『アトラクトレジスタンス』の面々はレイの空間転移によって地上の小さな拠点に集まっていた。
そんな中、レジスタンスの中でも二人だけの男性陣であるレイと、転人でありながら異種体に味方する変わった青年ラエルが、女性陣から少し離れた場所で話をしていた。
「レイ……さんは、どうしてサティさんと一緒にいるんですか?」
「簡単すぎる質問だな。それは俺があいつを愛し、家族として共に有りたいと、そう心に誓っているからだ」
いやぁ、よくもまぁこんな恥ずかしいセリフが出てくるもんだ。ま、レイらしいっちゃらしいけどな。
「家族……ですか?」
「そうだ……お前にはいないのか?」
「男女が愛し合うことで作られるコミュニティが"家族"という形体を取る事は知っています。それとそこから生まれた人間が"血縁"という関係に当たることも。そう考えると……残念ながら僕には"家族"というものが存在しないかもしれませんね」
……これもまた、この世界における価値観の違いということか。
この世界はたしかに"愛"を知り、人と人とのより深い関係というものが存在するのだと誰もが理解するようになった。
そうだ、確かに愛の力は素晴らしいと、その想いさえあればどんな壁も乗り越えられると信じていた者がいた。だが……その"愛"の先に存在した強すぎる想いがゆえに起きた悲劇……。
(あれは……あれは……)
いつの……ことだったろうか? なぜだか頭に霧がかかったかのように思い出すことができない。
転生しても2000年前のことまで覚えられてたので、記憶力はいい方だと思ったんだがな。
「ラエル、お前に一つだけ言っておく。家族とは、縛られるためにあるものじゃない。お前のすべてを受け入れてくれる、温かい場所だとな」
「僕の……すべてを?」
「だから逃げるな。立ち向かってみせろ」
私もうじうじと思い出せないことばかりに囚われてるわけにもいかないな。
まずは、レイ達の行く末をきっちりと見届けることだ。そこからきっと、見えてくるものがあるはず。
「ただ、一つだけ聞きたい。お前がこの戦いに参加したのは、あの女性……ヴェルゼのことを愛しているからか?」
「え、ええっと……そうではないです。綺麗な方だとは思いましたけど、あの人とはそもそも初対面ですし」
レイの質問は私も一度ありえるかもと考えたことだが、流石にそれはなかったか。
初対面で一目惚れ……なんてこともあるんじゃないかとも思えたが、今のラエルの言葉の感じからしても本当にその説はなさそうだ。
「レイ、ラエル、こっちはみんな準備できたからそろそろ降りてきてもいいぞ~」
と、下の方からサティの声が聞こえてくる。実はここは街の中でもそれなりに高い建造物の頂上で、二人はそこで話していたのだ。
下の建物内では女性達が戦いのために衣服を着替える必要があったので、こうして二人は外に出ていたわけなのだが……高い場所に登ったのはどう考えてもレイがこういう場所が好きなせいだろう。
「あ、はい! 今降ります……って言ってもどうすれば」
「問題ない、すぐ行くぞ」
「え? わっ…!?」
ラエルが驚く間もなくレイの広げたアーリュスワイズが二人の体を包み込んで小さく消えていく。レイの奴、こういう時は本当に人のことを気にしないというか……。
とにかく、私もレイの事象にしがみつくようにして一緒にあとを付いていき。
「もう準備はすべて済んだのか?」
「ああ、みんなバッチリさ」
転移した先にはサティがおり、奥には異種体の女性達も集まっており、みんなこれまで『普通の町娘』とった風の服装だったのが一変して。
「み、皆さん結構キワドい格好してますね」
「なにか文句でもあるんですか……。あたし達にとってはこれが一番戦いやすい格好なんです」
その姿はみんなどれも肌の露出が多く、健全な青少年にはちと刺激が強い格好ばかりだった。
異種体である彼女達は変身することで肉体の大部分に変化が現れる。人によっては鎧で体を覆うよりも自分の体の方が硬いというのだから、逆に衣服の布面積は少ない方がいいのだ。
いや、別に読者サービスとかじゃないぞ、うん。
「それでサティ、作戦はどうする」
「どうもこうも、相手が行動を起こそうとしているなら動く前に潰す。それがアタシらのいつものやり方だろ」
「フッ、そうだな。聞くまでもない質問だったか」
相変わらずの脳筋先方なこって。
この感じ、まだ二人とアステリムで出会ったばかりの頃に異種族狩りをしようとしている貴族の館に飛び込んでいった時のことを思い出すな。
まぁ、もうあの頃とは立場も世界も全然違うし、私もこうして見ているだけなんだが。
「よし、なら全員俺のアーリュスワイズの上に乗れ。敵の拠点まで一気に飛ぶぞ!」
「そ、そんなことができるの!?」
「ああ、うちのレイはすごいからね。そんくらい朝飯前さ」
「あ、あまり褒めすぎるな……」
とまぁ流石のレイもここまで褒めちぎられると照れるようで、顔を反らしながら全員を乗せたアーリュスワイズから魔力を解放していく。
「きゃっ! 本当に飛んだ!?」
広げたマントの内側から莫大な量の風が吹き出し始め、数十名を乗せながら軽々と飛び立っていく。これまでのレイでは考えられないほどの魔術の質と量だ。
確かにレイは英雄神として覚醒したことでほぼ無尽蔵の魔力を扱えるようにはあっているはずだが、一度に扱える出力に限界はあるはず。
「さぁ、さらにスピードを上げていくぞ!」
これは……私もまだ知らないアーリュスワイズの新しい力のようだな。
そうこうしているうちに、レジスタンス一行はこの街で一番大きな建物、そのガッチリと閉ざされた正門を完全に無視する形で上から本丸へと飛び込んでいく。
「なぁ!? なぁああんでぁてめぇいら!? どこぉのどいつだ! 何様のつもりでここに……」
「アタシらは『アトラクトレジスタンス』! このサル山にふんぞり返ってるあんたをぶっ潰して追い出して、この街を正常な姿にするために降り立った正義の味方だよ!」
相手側の大将が驚いている間にここまで大見得を切れるサティは本当に組織のリーダーに向いてるよな。
「みんな、今こそこれまでの雪辱を果たす時よ! 全員叩きのめして、あたし達の居場所を取り戻しましょう!」
「「「 ええ! 」」」
ヴェルゼの言葉と同時に全員が異種体としての姿を顕にしていく。
その姿はヴェルゼのように獣の爪や体毛が生える者もいれば、腕が翼のように変わる者や下半身が蛸のようなものに変化する者とまさに多種多様だ。
数ではこちらが不利ではあるが、相手は今上空から不意に攻め込まれ指揮系統が機能しておらず、こちらがしっかりと連携を取れれば確実に数を減らすこともできる。
「さて、あんたがここの大将首かい?」
「き、貴様ぁ……誰に向かって口を聞いているぅ! おれぇ様はこのまま街の"王"だぞ!」
顔と体の半分がノイズに覆われたこの男がここの今の統治者か。確かに体のノイズも肥大化して、この中では一番強そうではあるが。転人の王……転人王とでも呼ぶべきか。
ただ一番驚いたのは、この世界に"王"という概念が存在したことだ……。
「あんたが王様ねぇ。いったい誰が決めたんだいそんなこと?」
「誰がだと? それはもちろん……我々にこの力をお与えになられた“転史”様さぁ!」
そう大声で叫びながら転人王が天を指差すと、そこには一つの異形な……どう見ても人間とはかけ離れた形のモノがそこに浮かんでいた。
「……」
その形は……なんと形容すればいいだろうか。まるで下半身のない、腕が四本あるガラスのデッサン人形とでも言えばいいのだろうか。
そしてもう一つ……テンシの背後には光輪携えられ、それを取り囲むように六枚の翼が生えていた。
(あれには、見覚えがある)
以前、ここと同じようにカロフ達の姿を見ていた時に現れたテンシ……あれにも同じような翼の生えた光輪が存在していた。
となれば、やはりあれと戦えるのは……。
「サティ、異種体達のことは任せた。こいつは……俺がやる」
ここにいる、人も魔もすべてを超越した-妖魔神-だけだろう。
「みんな! 一人で戦おうとせずに必ず二人以上で各個撃破するんだよ!」
「はい! やあああああ!」
サティの言う通り、それぞれの体の特徴を活かした戦い方で確実に一人ずつ意識を失わせていく。
「きゃあ!?」
「怪我をした人は僕のところへ! なんとかノイズを取り除いてみせます!」
だが、敵は倒しても倒しても湧き出てくるかのように押し寄せてくる。
加えて、転人のノイズの攻撃が体にまとわりつくと、じわじわと体を蝕むようで、取り除けなければ確実に戦力が減らされていってしまう。
ラエルもどうにか役に立とうとノイズをどうにかしようと手を尽くして入るが、どうにも上手くいってる様子はない。
この戦いの勝敗を決める鍵はやはり……。
「サティさん、あたしもこちらに加勢します! こいつさえ倒せれば一気に有利になるんでしょ!」
確かにサティ一人でタイマンさせるより多少は優勢になるだろうが。
「ああ、でも無茶だけはするんじゃないよ!」
「ハハハハァ! たった二人でおれに勝てるってぇ? 舐められたもんんんだぁ……なっ!」
その言葉と同時に転人王は巨大なノイズの腕を振り下ろすと、大きな地響きと共に地面をノイズが走り回る。
サティとヴェルゼはなんとか飛び退いて避けられたが、このまま地面にノイズが広がっていくと近づくこともできなくなってしまう。
「うっとおしいね! 全部吹き飛ばしてやるよ! 『爆炎斬』!」
サティの大剣から放たれる強力な炎がノイズを押し返すように焼き尽くしていく。
ただし、それでもすべてを消し去ることはできないようで……。
「なんだいこれ……力では圧倒してるはずなのに的確に炎の隙間を抜けてきやがるよ!」
しかも消しきれないだけではない。地面を這うノイズはそのままサティ達の足元を通り抜け、その背後で戦っている仲間達へと襲いかかり……。
「皆さん! 危な……」
「え……きゃあああああ!?」
ラエルがとっさに異種体の女性を助けようと飛び出すも、今一歩間に合わず広がるノイズが体へとまとわりついていく。
それは一人にとどまらず、二人、三人と毒牙にかかっていき、こちらの優位は一気に覆されてしまった……。
「そんな……やはり僕は何もできないのか」
手を伸ばしたにも関わらず眼の前の女性を助けられなかったラエルはその場に崩れ落ちるように膝をつき、異種体の女性がノイズに覆われていく様をただ見ているだけしかできなかった……はずだったが。
「いやあああああ……あら?」
「え? どうしてノイズが消え……」
まさに一瞬の出来事だった。ラエルは瞬きもせず見ていたはずなのに、急に女性にまとわりついていたノイズが消えたのだ。
かわりに残っていたのは……。
ヒュウ……
「風……これは」
「まったく、手を煩わせちまって済まないね、レイ」
それは今も上空でテンシと対峙するレイによる援護だった。
ノイズが影も形もなく消えたことから見るに、おそらく風で巻き上げたものをすべて異空間に飲み込んだのだろう。だが、普通誰にも気づかれずにあの量のノイズをどうこうするというのは流石に不可能のはず。
ただそれは、あの時あの瞬間にやったのならの話しだ。
「気にするな。志を共にした仲間はもはや家族も同然。ならば俺は、持てる力の全てでそれを守り抜くだけだ。アーリュスワイズ、『過ぎ去りし日々』」
その一瞬、世界が変わる。
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