341話 事象修正 -妖魔神ノ章- 前編
……ゆらゆらとした感覚に揺り起こされ、私は目を覚ます。
いや、正確にはまだ起きてはいないのかもしれない。
私の体……いや精神は、この事象の波に流されどこかへと向かっている。抵抗しようと思えば、できないこともない。
だが私はそのまま流れに身を任せ意識を送り出していく。
きっとこの先にはまた、私が見るべき世界が待っているのだから。
ザザ──────────
(きたな……)
もはや聞きなれた……いや感じなれたこの世界の事象の乱れ。これが良いものなのか悪いものなのか、私にはまだ判断できない……。
だがこの事象の乱れ、修正力とも呼べる力は確実に世界を変えるだろう。
……ただ、そんなことよりも今私が気になっているのは。
(二人は……どうなっただろうか。特に……ゼロは……)
最後の瞬間、ゼロは確実に“鍵”を手に入れた。
だがそのために犠牲となったすべての存在を前に、ゼロの心は崩壊寸前だったはずだ。
それに、ティーカの様子も少しおかしかった……。
ザザ────ザザ─────
どうやら、考える時間はここまでのようだ。
夢のような空間が色づく世界に塗り替えられていき、新たな世界を観測する準備が完了したことを理解する。
そして、私の意識は再び暗闇に落ち、一瞬虚空の海へと溶けていくのだった……。
そして再び目を覚ますと、私は見知らぬ地に立っていた。
ただこの状況は大方予想はついていた。すでに一度似たような経験をしたからな。
(やはり私一人だけのようだな)
この謎の現象は私にしか起こらず、しかも私自身存在があやふやだ。この状態で私ができることはただ"観測"することのみ。
そしてこの観測が終わった時、また"あちらの世界"に改変が起こるのだろうか……。
(とにかく、この観測を終えてみないことにはなにもわからない。まずは人の姿を探したいが)
いま現在、私のいる場所はどこかの都市の中のようで、四方が大きな建物に囲まれた路地のような場所だ。
しかし不自然なのは周囲の建物はところどころ破壊された形跡があり、周囲にも残骸が散らばっている。
この状況が意味することは……。
「きゃあああああ!」
突然甲高い悲鳴が響き渡る。
聞いた感じ女性のものだがどこから……いや、これは、こちらに向かって誰かが走ってくるのが見える。
「いやっ! 誰か……助けて!」
「ゲッ……ゲヘッ! 大人しく捕まれよぉ、悪いようにはしねぇからさ~」
その女性はなにかに追われていた。
なんだ……あのバケモノは? いや、よく見れば普通の成人男性……なのだが、顔の半分や体の部分部分がノイズに覆われており、奇妙な姿に変貌している。
「そんな……行き止まり……。もう、こうなったら……」
そう、残念なことに私のいるこの場所は袋小路でありどこにも逃げ場がなかった。
私が助けられればいいのだが、意識だけの状態では何も干渉することができない。ただこの女性が嬲られる姿を見ているしができないのか……と思ったが。
「ゲヘヘ、さぁ追い詰めた……コパァ!?」
「え……?」
それは突然の出来事だった。どこからともなく飛んできた風の刃が、今までベロベロと舌なめずりしていた男の下顎を切り落とし、女性を助けたのだ。
「ふぁ……ふぇふぇふぁ、ふぉ……!」
しかも、風の刃はその一つだけではなかった。もはやまともに喋れなくなった男が自分の状態に気づき顔を上げた瞬間、四方八方から次々と風の刃が走り抜けその体を分割していく。
「おべ……」
「ひ……!」
最後にバラバラになった体が地面にグチャリと崩れ落ち、動かなくなる。
何が起きたのかわからず怯えたまま腰を抜かしてしまう女性だが、そんな彼女の側の空間がゆっくりと切り開かれるように穴が現れる。
……この魔力反応はまさか。
「危ないところだったな。だが俺達が来たからにはもう安し……」
「このアホレイ!」
そんな穴の中から一組の男女が現れるが、出てきた瞬間片方の少年がもう片方の女性に殴られるというなんとも気の抜けた登場だ。
ただ私は知っている。この二人は……間違いない、私の仲間であるレイとリアだ。
今の空間移動はおそらくレイの神器“アーリュスワイズ”によるもの。先ほどの多方向からの風の刃もその力の応用だろう。
「ね、姉さん、なぜいきなり殴るんだ」
「レイはいっつも助け方が雑なの。ほら、この人怯えちゃってるじゃない」
確かに、いくら襲ってきた相手とはいえ突然スプラッタ状態になったらそりゃ怯えもする。
「あ、あなた方はいったい……」
ただ、そんな二人のちょっと微笑ましいやり取りを見て少しは気持ちが落ち着いたのか、腰を抜かしていた女性がゆっくりと二人に語りかける。
「ああ、俺達は……ちょっとした正義の味方だとでも思ってもらえればそれでいい」
「はぁ……?」
「とにかく、私達はあなたやあなたのような人を保護して回っているの。ここは危険だから、私達と一緒にいきましょう。ついてきて」
怪物に追い回される弱き人々を守るか……やっぱり、こいつらはどこにいっても同じようなことしてるんだな。
「えっと、ついていくってどこに……」
「この中だ、入れ」
「ええ! この中……ってどうなって……」
「まぁまぁ、細かいことは置いておいて。入ってみればわかるから」
まぁ、この世界の人には空間転移なんて概念もないだろうしそりゃ不安にもなるわな。
……おっと、というかこのままでは私が置き去りにされてしまうぞ。
(む……この感覚、レイの魔力、いや神器の事象力には干渉できそうか?)
こちらから何か指示を送ることはできないが、事象力の流れに身を任せることで一緒に跳ぶことはできるかもしれない。
「よし、二人とも跳んだな」
(おおっと、考え込んでる場合じゃないな。私も乗せてくれー!)
と、まさに駆け込み乗車の如くギリギリで空間の穴に飛び込むことで、私もレイ達の向かう先へとついていくことに成功するのだった。
……だが。
ピク……
そのせいで、あの場にいた全員が見逃すこととなってしまった。レイがバラバラにしたはずの肉片が、微かに動き始める瞬間を……。
「ここは……」
空間を跳んできた先は、薄暗いがそれなりに広さのあるどこかの室内のようだった。
明かりは……ところどころに置かれた焚き火の炎だけだが。
「おう、帰ったかい」
その炎のように真っ赤な髪の女性が奥からレイ達を出迎えるように歩いてくる。
彼女は……。
「ああサティ、今帰った。やはり地上はどこもかしこも奴らに侵略されているな」
そう、サティ。私達の仲間の一人であり、レイにとっては一番大切なパートナーでもある女性だ。
「それで、狙われたのは?」
「ええ、間違いないわ。彼女も……『異種体』ね」
なんだ? 急に私の知らない単語が出てきたぞ。
この女性も私には一見では普通の人間にしか見えないが……。
「ッ……! あなた達、やはり気づいていたんですね!」
『異種体』という言葉を聞いた女性の態度が急に一変し、敵意の表情に変わる。
……いや、変わっているのは表情だけではない。ザワザワとした微かな音とともに女性の体に白い体毛が腕と脚を覆い、その先に大きな黒く鋭い爪が生えていく。
首周りから耳の辺りにかけても白い体毛に覆われていき、爪と同じように黒い角のようなものが毛の中から数本伸び、その姿は普通の人間とはもう呼べないほど別のものへと変化していた。
「落ち着いて! 私達は別にあなたの正体を知ってるからといって危害を加えるつもりは……」
「うるさい! どうせ誰も私のことを認めようとはしない! だったらあたしは……あたし以外を全部消してやる!」
もはや冷静さを失った異種体の女性は、驚異的なスピードでその場から飛び出し、その鋭い爪でリアに襲いかかるが。
ギィン!
「おっと、冷静になりなよ。アタシも、あんたを傷つけたくはないからね」
ただ、その攻撃は間に割って入ったサティの大剣によって止められた。
しかも……。
「あ、あなた……その姿は!?」
サティはその姿を本来の姿……かつて私達の世界を侵略しようとした新魔族の姿へと変えていた。
彼女の実力なら力を開放せずとも攻撃を止めることなど簡単だっただろうが、あえてこの姿を見せたのは。
「あなたも……あたしと同じ『異種体』なの?」
「うーん、厳密に言えばちょっと違うんだけど、まぁ似たようなもんだね。とにかく言いたいことは、アタシらはあんたの味方ってことさ」
自分達も普通ではないところを見せて、警戒を解くためというわけだ。言葉ではなく行動で実行、実にサティらしいやり方だな。
「あと少し遅かったら俺が縛り上げていたところだ。サティに感謝するんだな」
「はいはい、よく我慢してくれたねレイ」
そういえば、重度のシスコンであったはずのレイがリアのピンチに動かなかったのは意外だったな。ま、あいつもその辺はちょっと成長したってとこか。
「あなた達は……本当に私を助けてくれただけなんですね。ごめんなさい」
女性は冷静になるとその体毛や爪が引っ込んでいき、先ほどまでの一般的な人間と変わらない姿に戻っていく。
「別に構わないさ、もう慣れっこだしね」
「慣れ? そういえば……ここはどこなんですか?」
「ああ、ここかい? そうだね……えーっと……リア、説明頼んだ」
必死に頭を捻ったようだが、やはりサティに難しい説明は無理そうだ。
「はぁ、まったく。いいわ、私が説明してあげるわね。ここは、あなたのような地上で追われる『異種体』を匿うため作られた地下空間。そして私達は、そんなあなた達をまとめて地上に戻してあげるための組織」
リアがそう説明すると、今まで奥に隠れていたのか、何人もの人間がその場に立っていた。
そして一斉に……。
「『アトラクトレジスタンス』よ」
全員が自身の『異種体』としての姿を表すのだった。
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