339話 急襲、真相、不穏
「ここを抜ければもうそこはフォルシスだ。みんな、気を引き締めな」
ゼロとブラムの勝負から翌日、私達は約束通り作戦に参加することとなり、ナヴェルの先導の下ついにこうして最奥の町フォルシスへとたどり着くことができた。
私とゼロ、ティーカの目的はこの町にあるとされる“鍵”だが、トゥーレの仲間達にその真意は伝えていない。
なので、あくまで私達は『トゥーレの協力者』として彼女達と連携をとる必要があるわけだが。
「ま、戦場ではなるべく足手まといにならないことね」
「お前……なんでずっとおれの後ろにいるんだよ」
「べ、別にいいじゃない。こうしてアンタの背中を守ってあげてるんだから」
「そんなこと言って背後からおれの背中を撃つ気じゃないよな。もしくはおれを肉盾にしようとしてるとか……」
「そんなことしないわよ!」
二人の関係もあの勝負から変わったよな。
いや、ゼロにそこまでの変化はないが、それに比べてブラムのゼロへの態度の変わりようだ。
「ふふ、二人とも仲良しさんなのはいいけれど、ここからは敵地なんだからなるべく控えてね」
「な、なに言ってるんですかフェリットさん! アタシは別にこんな奴と仲良くなんて」
「そうそう、誰がこんな暴力女と……」
「誰が暴力女よ!」
「いでっ! やっぱり背後から攻撃してくるじゃねえかよ!」
まぁ、この様子じゃゼロには一生気づかないかもしれないが。
「よーし無駄話はそこまでだよ。全員、作戦の内容は覚えてるね」
さて、いよいよフォルシス攻略作戦が開始される。作戦の内容はいたってシンプルであり、ここから飛び出した後、ディライグのいるとされる館まで一直線。異常を察知したミドランの戦士達による背後からの強襲を避けるため入口に防衛の人員を残し、残りで一気に本丸を叩く。
私達はもちろん突入組だ。
これもまたゼロの功績だな。ブラムとの勝負に熱意を感じてくれたナヴェルがその気持ちを汲んでくれたからこその待遇だからな。
「それじゃ……いくよみんな! 作戦開始だ!」
ナヴェルの号令と同時に先行部隊が次々と風に乗って飛び出していき、館を目指していく。
彼女達が先に騒ぎを起こし、注意を引き付けているうちに私達突入部隊が一気に駆け抜けるというわけだ。
「それじゃあ、私達もいきましょう! 全員、飛翔!」
「了解です、フェリットさん!」
フェリットを中心に、少数精鋭で町中を駆け抜けていく。
ただ、ゼロとティーカは飛べないので、私が引っ張ってやる形だが。
「なにっ! 別動隊だと!? マズイ、奴らディライグ様の館へ……」
「おっと! そっちにはウチらがいかせないよ!」
作戦通り追撃してくる敵をナヴェルの隊が押さえてくれている。
……しかし、フォルシスの町を守っている戦士も水の力を使っているな。ということはあれもミドランの人間なんだろうが。
(なぜ、"火"の力を持つ人間はディライグだけなんだ)
ミドランも、トゥーレも、ワウンスもそれぞれ複数人が同じ魔力に目覚めているというのに、なぜここだけ例外なのか。
「よし、たどり着いたわ!」
と、考えている間に館まで着いてしまったな。
しかし、場所も外見も意外と普通の館だな。連なる町を支配してるのならもっといい所に住んでいると思ったが。
ともかく、背後から追っ手が来る気配もない。突入するなら今のうちだ。
「……」
「フェリットさん? 大丈夫かよ……」
「仕方ないわよ、ここは以前二人が一緒に住んでた館なんだから」
それはフェリットがためらうのも無理はないだろう。
しかし、その館をずっと使っているのか。噂では、人を奴隷のように扱い、女を侍らせる傍若無人な男と聞いてはいるが……実際はどんな奴なんだ。
「私なら大丈夫……ありがとう、心配してくれて。もう覚悟は決めたから」
そう言うとフェリットは意を決したように扉に手を掛ける。
そんな彼女の姿を見て部隊の仲間達も覚悟が決まったように引き締まった表情をしている。
ただ一人、そうでない顔をしているのは……。
「ティーカ? そんな暗い顔してどうしたんだよ? そりゃ戦いの中に飛び込むのは怖いよな。そもそもティーカには戦う力もないのに着いて来てもらって……」
「ううん、違うの」
ティーカだけはなにかを感じているように、不安な様子を見せていた。
「“鍵”を得るためならわたしはどこへだっていくわ。わたしが……わたしが感じている不安は……ゼロ、あなたが……」
「ちょっとアンタ達、フェリットさんが扉を開けるわよ。すぐに飛び込めるようにしておきなさい」
ブラムの言うようにフェリットが今まさに扉をゆっくりと開いていく。
トゥーレの戦士達もなにが飛び出してきてもいいように全員で弓を構えている。
「さぁ、なんでも来てみなさい!」
と、意気込むブラムだったが。
「……なんだ、なんも来ないぜ」
扉の先にはなにかが待ち受けてるわけでもなく、ただの閑散とした空気が流れているだけだ。
「うそでしょ、誰も……いない?」
「人の気配はまったく感じられないな」
それどころかこの館の雰囲気は……もう何日も手入れされておらず、人が住んでいる形跡もない。
これは……明らかにおかしい。ディライグは女を侍らせていたという話もあったのに、その人達はどこへいった?
「ッ! みんな、上を見て!」
最初にそれに気づいたのはティーカだった。
この館は中央の広間が二階まで吹き抜けになっており、その正面の上階……その一角はやや広いスペースとなっている。
そしてそこに置かれた椅子の上に、誰かが座っていいた……まったく動く気配もなく。
「ディライ……グ? あなたなの……」
やはり、あの人物こそがそうなのか。だが、あの様子はどう見ても……。
「ディライグ! ねぇ返事をして!」
「まったく、もっと引っ張れると思ったがぁ、こんなに早く攻めこんでくるとは思ってなかったぜぇ」
「え……あ、あなた達は……」
フェリットがいくら声をあげてもそれはディライグには届かない。変わりにその背後から出てきたのは、私達は見たことのない二人の男も姿だ。
ただ、トゥーレの人達は彼らを知っているようで、酷く動揺している。
「お、おい! 誰なんだよあいつら!」
「彼らは、最初に水の力に目覚めたミドランのリューガルと……」
右側から出てきたヒョロい体の常に姿勢の低い男の説明を終えたところでフェリットが口を紡いでしまう。その理由は彼女が振り向いた先、この場の誰より動揺を隠せないでいた……ブラムにあった。
「なんで……なんでワウンスにいるはずのアンタがここにいるのよ! ケラス!」
「だ、誰なんだ……?」
「アタシを裏切ってワウンスに与した最低な奴よ。だけど……なんで……ここに!」
あちらの左側から出てきたがっしりとした体つきの大男。あの男がブラムが愛を信じることのできなくなった原因を作ったやつだな。
しかし、ミドランの人間がここにいるのはあり得なくない話だが、どうしてワウンスの人間がここにいるのか。
「なんでだと? ふっ、簡単なことだ。それは俺がここの協力者だからだよ、最初からな」
「さ、最初から……最初って……」
「まだわからないか? 俺は『追われる者』を内部分裂させるために潜り込んだ『最初の地の力に目覚めた者』なんだよ。そしてそのために……お前に愛を囁いてやったのさ」
「そ……んな……」
なんとも最低な話ではあるが、私にはどうにも腑に落ちない点が一つ……いや二つほど存在する。
「おい、そっちのヒョロいの。お前は"火の男"であるディライグの力に敵わず、そいつの下についたんじゃないのか?」
「ハンッ! 俺様の名前はリューガルだっ! ああ、確かにこいつは強かったぜぃ。だぁからこそ、こいつを悪者に仕立て上げて孤立させるのに苦労したぜぇ」
「どういう……こと? 答えなさいリューガル!」
「おおっとぉ、こりゃフェリットちゃんじゃぁあねぇのぅ。大変だったぜぇ、こいつが君の中に『最初の風の力』を隠しちまってたせいで、今こんな苦労する羽目になってんだからさっ」
「え……ディライグが、私に……?」
それはフェリットも初耳だったということか。そういえば、それぞれの力は伝染するが風の力は何人もの女性が突然発現したとも聞いた気がする。
そしてやはり確信した。その口振りからして、こいつらは自分達がどうやって力に目覚めたのかを知っている。
とにかく、今はフェリットもブラムもまともに会話できるような精神状態ではないので、ここは私が矢面に立とう
「それで、お前達はどうやってそれほどの力を手に入れた?」
「あぁん? さっきからなぁんだおめぇ……というよりも、なんでトゥーレの部隊に男が混じってんだっ?」
「リューガル、おそらくこいつらが報告にあった外からの援軍だろう」
「あぁ~こいつぅらが……。まあったく余計なことしてくれちゃったよねっ。君らがこなけりゃ、彼女らもこぉんな無謀な作戦なんてせずいずれは俺らの軍門に降ってたはずだってのに」
こいつら……わかっていたな、ナヴェル達が必死にここまでの抜け道を探っていたことを。
だからこそ彼女らが留守の間に両側からトゥーレを攻め込み、たとえ抜け道を見つけたとしてもそこに向かわせる戦力を削ごうとしていたわけだ。
「君らの目的はなにさっ? よもや本当に風前の灯だったトゥーレを助けよう……なぁんてことだけじゃないだろぉう? 馬鹿な女どもを騙すのはさぞ簡単だったろぉう?」
「て、テメェ! お、おれ達は本当にフェリットさん達を助けたいと……!」
「ああ、確かに私達には別の目的があった」
「なっ……!? おいムゲン!」
「ムゲン……さん? あなた達の目的って……」
突然の私の告白に仲間達もざわつき、不安そうな表情を浮かべる。が、もうここまできたら隠し続ける方が逆に不和を生んでしまう。
だから……。
「ここまできてようやく私達の目的はトゥーレを助けることの延長線上だと理解したってことだ。なぁ、そうだろ……そいつらの後ろでこそこそ話を聞いてる“テンシ”さんよ!」
ザザ──────────
瞬間、空間にノイズが走る。そして、気づいた時すでに……"そいつ"はそこにいた。
「なんだ……あいつ……」
ディライグの背後、そこに現れたのは前に見たのと同じように人間の輪郭を境界線としてノイズに囲まれ、その中に吸い込まれそうなほど暗く輝く宇宙を詰め込んだような体を有する……“テンシ”の姿だった。
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