338話 戦闘経験不足
「ほいこれ」
「ん、なんだよこの輪っか?」
先ほどの作戦会議内でどういうわけかブラムと戦うことになってしまったゼロに、私はあるものを手渡す。
「そいつを腕に嵌めて、手を開きながらグッと前に押し出してみてくれ」
「? よくわかんねぇけど……こうか?」
ドブォン!
私のいう通りゼロが手を尽き出すと、その先から空気の塊が突風に押し出されるように発射されていく。その空気弾は遠くにあった壺に当たると、くるくると回転しながら吹き飛ばされ、最後には地面に叩きつけられて割れてしまった。
「うわっ! おれの手からなんか出たぞ!? おいムゲン、どうなってんだよこりゃ」
「私が即席で作った魔道具だ。簡単な操作で誰でも魔術が使えるよう調整した」
ゼロが単騎で戦うということなので、戦闘中手出ししない代わりにこんなものを用意させてもらった。
どうやって作ったかといわれたら、まぁその辺にあった腕輪と小さな鉱石に魔力を与えて仕上げに事象力でちょちょいっとね。今やアステリムの世界構造そのものを宿す私にとってこの程度のものを作り出すのはわけないことだ。
ただ、どうしてこんなものを作ったのかといえば。
「ゼロが本当は風の力を使えないことを隠すため……ですね」
「ああ、私達は風の加護を受けた仲間としてここに潜り込んだ以上、戦いでその力を見せないわけにはいかないからな」
私はあらゆる魔術を扱うことができるのでどうとでも言い訳できるが、なんの力も持たないゼロとティーカはそうもいかない。
ただ、あまり力の強いものを持たせても扱いに困るうえに目立ってしまうため軽めの力しか使えないよう調整してあるけどな。
「……」
「どうしたゼロ?」
どうしてかゼロは腕輪を見つめたまま立ち尽くしている。
「いや、お互い真剣勝負だってのに、おれだけこんなん使っていいのかなって……」
そういうことか。なんだかんだで真面目なやつだなゼロも。
ただこれだけは言える。
「ゼロ、どんな形であろうとまずは勝者にならなければ何かを伝えることすらできない。この町と同じように」
正しさというものはいつの時代も勝者によって築き上げられてきた。
この連なる町もその縮図の一つだ。トゥーレの人々は力ある人も力を持たない人でも共に助け合い生きていこうとしているが、力を持つ他の町に攻められ、そのすべてが失われようとしている。
己の正しさを証明するためには力がいる。そして……。
「お前のためになにかしたいっていう私達の想いも、お前の力の一つだ」
なにもその力というのは個人のものだけで成さねばならないものでもない。その正しさに共感し支えたいという存在はきっとどこにでも存在する。
そして本当の強さとは、それらを背負いつつも変わらずその正しさを貫けるかどうかだ。
「ゼロ、一人で抱え込まないで。わたしはいつでもあなたの味方だから」
「ティーカ……ムゲン。わかった、お前達の想いも力も一緒に……戦う」
そうしてゼロの決意も新たに約束の修練場に向かうと、すでにブラムは臨戦態勢で待ち構えていた。
「逃げずにやってきたことは褒めてあげる。でも、それが逆に後悔する結果にならないといいけどね」
「誰が逃げるもんかよ」
「ブラムもゼロ少年も、二人とも気合いは十分だね。今回の立会人はウチが務めさせてもらうよ。さぁ両者とも構えな」
ナヴェルの宣言と同時に両者ともに背中の武器を手に取り、構える。ゼロはいつもの歪な形の剣を。対してブラムは弓……トゥーレの戦士の基本スタイルといったところだろう。
正直この勝負、ゼロが勝てる見込みがあるかどうかわからない。結果次第では最悪、作戦に参加できなくなるかもしれないが。
「勝敗はウチが勝負アリと判断したらその時点で決着。そんじゃいくよ……試合開始だ!」
「ふん! 先手必勝よ!」
試合開始の宣言と同時にブラムが高く飛び上がり、ゼロに向かって弓を構える。
しかし……。
「へっ、焦りすぎだろ。矢がセットされてないじゃんか」
その言葉通り、ブラムは矢も持たずに空の弓で弦を引いている。
確かに一見焦りすぎたための凡ミスのような行動にも見えるが。
「やっぱアンタ、シロウトね」
やはりこれは魔力反応。ブラムが弦を引き絞るその手から真っ直ぐに風の魔力が形を形成し出している。
「一撃で終わらせてあげる!」
「ッ! そんなんアリかよっ!」
ゼロも間一髪風の矢の存在に気づき、その場から飛び退く。
しかし着弾地点で矢は爆発するように周囲に突風を引き起こし。
「ぐはっ!?」
避けきれなかったゼロはその突風によって吹き飛ばされ、受け身を取れずに地面に叩きつけられてしまう。
ブラムの魔力の練度も相当なものだ。流石はこれまで前線で戦ってきたトゥーレの戦士といったところか。
それに……。
「くっそ……おい! いつまでそうやって浮いてるつもりだ! 降りて堂々と戦えよ!」
「これがアタシ達トゥーレの戦い方よ」
風の魔力で常に浮遊するブラムにゼロは手も足も出せないでいた。
近接戦闘を得意とする他の町に対抗するために編み出された戦術といったところか。実に合理的だが、このままでは剣で戦うゼロも手出しができない。
「だったら、こいつでどうだ!」
ゼロが腕輪を着けた腕を突き出し、空気の塊を発射させる。
私が授けたその魔道具は、圧倒的不利なこの状況におけるゼロに残された最後の手段だが。
「へぇ、それくらいはできるんだ。でも……こんなんでどうにかできると思った?」
「そんな……ぐうっ!?」
無慈悲にも空気の塊は風の矢によって貫かれて消えてしまい、さらに先ほどと同じようにゼロを吹き飛ばしていく。
「くっ……そぉ!」
「何度やっても同じ! アンタみたいなよわっちい人間には、何も選べない! どんな言葉も届かない! あの時のアタシみたいに!」
ゼロは負けまいと何度も空気の塊を撃ち出し続けるが、すべてブラムの矢にかき消され、その度に地面に這いつくばる。
「ゼロ……どうして私は……見てることしかできないの……」
「ゼロさん、あなたはどうしてそこまで……」
その姿を見て、観戦していた女性陣も苦悩の表情を浮かべていた。
あんな一方的な戦いを見ていれば、そりゃそんな苦しく不安な気持ちにもなる。
この状況ならゼロが勝つのはもう絶望的でしかない。
もしここから逆転できるならそれは……。
「おれは……諦めねぇ。おれが証明してやるんだ、前に進み続ければきっと……想いは届くって」
「ならその証明はここで終わり! 強い存在が弱い存在を支配する。それがこの町のすべてよ!」
「だったら……おれが変えてやる!」
ザザ────────
……! これは……この感覚は!
「そんな!? アタシの突風を利用して逆にここまで飛び上がるなんて……!」
「これで……決まりだ!」
私が別のことに気を取られている間に二人の勝負は今まさに決着がつこうとしていた。
ブラムが放った矢から発生した突風は、それを読み逆に前進していたゼロが飛び上がった際に押し上げる形となって。
「うっ……きゃあ!」
完全に密着する距離まで近づいたゼロはそのまま0距離で風の塊を撃ち出すことでブラムを地面へと叩きつけた。
だが、ゼロも力尽きたのかそのまま地面へと落ちてしまい。
「ぐへっ……くっそ、もう動けねぇ」
「このっ……! よくも……やったわね!」
先ほどの一撃に全力を使い果たしたゼロと違いブラムはまだまだ戦う気力が残ってそうだ。
だが……。
「そこまでだ。この勝負はゼロ少年の勝ちだね」
「なっ……!? ナヴェ姐どうして! アタシはまだこうして戦え……」
「ブラム、あんたが最初に提示した条件は、『ゼロ少年が戦えることを証明すること』さ。つまり、あんたが致命的な一撃を入れられた時点で勝敗は決したんだよ」
ふぅ、やはりここで止めてくれたか。ナヴェルが言ってくれなければ私が前に出ようかとも思っていたが、彼女が気の良い人で助かった。
「で、でも! アタシはこうして立ち上がってるし、致命的な一撃ってわけじゃ!」
「ブラム、ゼロ少年には空気の塊じゃなく剣で突き刺すって選択肢もあったのにそれをしなかった。理由はわかるね」
「それは……」
そう、ゼロはブラムを傷つけることをためらった。それは自分がすべきことは今仲間同士で傷つけ合うことの無意味さを知ってもらいたかったから……かどうかは当の本人も必死な状況だったのでどこまで考えてたかはわからないけどな。
とにかく、この勝負はゼロの勝ちということで決着がついたわけだ。
「ぜぇ、ぜぇ、なぁブラム……お前の裏切り者への怒りってやつは今の戦いで十分伝わってきた。だからさ、おれ考えたんだ」
もはや満身創痍でまともに息もできないゼロだが、それでも何かを伝えようとブラムの下まで歩み寄っていく。
「そんなに息を切らして、何を考えたっていうのよ」
「もうさ、そんな奴のこと忘れちまえよ。で、今度はおれのこと信じてくれ」
「……は、はぁ!? あ、アンタなに言ってんのよ。そそそ、それって……」
ゼロの突然の大胆なセリフにブラムは顔を赤くし、それを聞いていたフェリットやナヴェルも同じように驚き赤面してしまっている。
確かに、ゼロの発言はそういった意味のように聞こえなくもないが……。
「おれは絶対この町を裏切らない。そのおれの姿を見てくれれば、ブラムもまた人を信じられるようになれるだろ」
「い……いきなり変なこと言わないでよこのアホ男子!」
「ぐほぉ!? ちょっ……みぞおちは卑怯だろ」
まぁ年頃の女の子を勘違いさせた罰ってとこだな。立ってるのもやっとだった状態であれはもうトドメだろうに。南無南無……。
「ふん! やっぱり、アンタなんかなんにもわかってないただのバカよ!」
と、そう言い放ってブラムはこの場から離れていってしまった。ただ、去り際の顔は真っ赤だったため、もしかしたらまんざらでもない……かも?
まぁ、とにかくこれで……。
「それじゃあ、ゼロ少年も晴れて作戦のメンバー入りってことでいいかい、フェリット」
「ええ、それで作戦を組んでおいて」
私達全員でフォルシスへ向かうことができる。危うくゼロが欠けての出発で、肝心の“鍵”を見つけてもどうにもならない可能性があったからな。
「でもゼロ、大丈夫? 結構ボロボロになっちゃったけど……」
「そうね、ゼロさん……ブラムがちょっとやり過ぎちゃったみたいだし。もし作戦までに痛みが残るようなら無理しないで……」
「ああ、大丈夫大丈夫。ゼロだってそんなヤワな鍛え方してないよ……なっ!」
「いづっ……!? おおお、おう、これくらいなんともななないぜ!」
ま、この程度なら私の回復魔術があれば一日もかからずに全快させてやれるだろうから心配もない。
「そういや、"これ"本当にサンキューな」
「ん? ああそれか」
そう言ってゼロが見せてきたのは私があげた腕輪だ。
ただ、正直いって。
「別にそれがなくたって、最後はお前自身の力で決着をつけたじゃないか。私はなんにもしてないさ」
そう、ブラムとの勝負で決定打となったのはゼロの渾身の一手。
……そして。
(間違いない……あの時ゼロが最後の賭けに出たあの瞬間、何者かがこの事象に介入して操作した感覚があった)
事象の管理者である私だからこそ感じ取れたあの一瞬を私は見逃さなかった。
あれは確実に……『ゼロにとって一番最善な結果系』を何者かが選らんで確定させていた。
「ゼロ、もうあんな無茶はしないで……わたし、心配だから」
「そ、そんな顔すんなってティーカ。わかったよ、これからはあんま無茶しないよう努力すっからさ」
果たしていったい誰が、ゼロをそこまで優遇し助けるような真似をしているのか。
その存在はいつか私達の……いや、私の敵となるのだろうか……。
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