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336話 修正不備/相反する感情


「よう、こんなところでなにしてんだ」


「……見たらわかるでしょ。弓の練習中」


 ゼロが気さくに話しかけると、ブラムはゼロの方を向かずそのまま弓の練習をしながら質問に答えてくれた。


「それって、やっぱりワウンスやミドランと戦うためか」


「それ以外にどんな理由があるってのよ。あいつらはアタシが倒してやる。特にトゥーレを裏切ったワウンスの連中は絶対に許さない」


 その言葉にはどこか憎しみが込められているようで、その表情にも怒りの感情が見て取れるな。

 他の町がやったことを考えれば怒りを覚えるのもわかるが、彼女からはそれだけではないなにかを感じさせられる。


「でも、元々は一緒に暮らしていた仲間だったんだろ? だったら、仲直りすることだってできるんじゃないか? お互いによりもそっちの道を見つける方が……」


「アンタ、本気でそんなこと言ってんの……」


「ああ、確かにワウンスやミドランの人達はひどいことをした。でもそいつらと違って愛のためにここに残った人達もいるだろ。だから、出ていった人達も誰かを愛する気持ちを理解すればきっと……」


 ゼロの口から出た理想論に、ブラムはようやくその手を止めまっすぐこちらへと向き合ってくれた。

 しかし、その表情はさらに怒りの形相に満ちており、そのままゼロの目の前まで近づくと胸ぐらをガッと掴みかかり。


「なんにも知らないくせにいい加減なこと言うな! アタシらには……アタシにはもう戦うことしか残ってないんだよ!」


 怒鳴り付けるように、苦しさを吐き出すように、ブラムはその言葉を続けていく。


「愛ですって……? そんなもの……この世界で一番くだらない感情よ! そんなものじゃ誰も救えないのよ!」


「なっ……愛がくだらないだって!? 愛は人と人の心を繋ぐ一番素晴らしい感情だろ! どうしてそれを侮辱するような言い方ができるんだ!」


 そう言い返しながら、胸ぐらを掴まれていた手を振りほどき、こちらも怒るように言い返すゼロ。

 普段人に対しては怒りを見せないゼロにしては珍しいことだが、ゼロにとって愛は絶対的に信ずるべき、人間にとってなによりも大切にすべき想いだ。それを貶されたとあっては感情的になるのも無理はないが……。


「だったら教えてあげる……。アタシが愛した人はね……アタシを見捨ててワウンスに行ったの!」


「えっ!? それってどういう……」


「あいつはアタシを一生愛するって言ったし、アタシもそれに応えた。信じてた、二人ならどんな困難でも乗り越えられるって……でも! あいつはミドランからの攻撃で重症を負ったアタシを……見捨てて逃げた」


「う、嘘だ! そんな……愛を捨てて逃げるなんて……」


「アタシはフェリットさんに助けられてなんとか一命を取り留めた。けど本当に最悪なのはその後のことよ……。アタシが復帰した次のワウンスの侵攻に……嬉々として加わるあいつの姿を見たの!」


 それは……聞く限りでは最低のクズ野郎そのものだな。

 愛する女性を見捨てて逃げるということは、そいつの中には愛という感情の優先順位が下がったからなのかもしれない。

 他の欲望に支配された結果、愛を失ってしまった……。


 すべては……この連なる町が出来上がった過程で生まれた人間の私欲の変化のせいか。


「それと、アンタ達は知らないようだから教えてあげる」


「な、なにをだ……」


「この町の悲惨な現状を生み出した元凶の火の男、その正体は……かつてフェリットさんに愛を誓った男なのよ」


「なっ……!?」


 それは初耳だな。

 ただ、確かにフェリットが火の男の話をしていた時、どこか苦しさのようなものを含んでいる気はした。まさか、元恋人だったとは。


「わかる? 所詮愛なんてものは人と人が通じ合えたと信じたい楽天的な考えしか持たない愚かな人間の幻想なの」


「ち、違う……愛は、幻想なんかじゃ……」


「人間にとって重要なのは、自分が相手より上だということを証明することなのよ。アタシはアンタみたいな"愛"を振りかざして人が誰しも平等だって言う奴が大嫌い。だから、アタシはアンタ達を信用してない」


 そういってブラムはこちらに弓を向けてくる。あの敵意に満ちた瞳……この子は、本当に心から私達を信用してないようだ。

 ゼロも今の話を聞いてなにも言い返せないでいる。"愛"を信じきっていたゼロにとっては、辛い現実を突きつけられたようなものだろう。


 ともかく、これ以上ブラムを刺激すれば本当に撃たれかねない状況なので、すぐにでもここから離れようとゼロに声をかけようと思ったのだが。


「アンタ、なんのつもり」


「……」


「ティーカ……なんで」


 どうしてか、ゼロを守るようにその前に立ち、静かにブラムへと鋭い視線を向けていた。


「ゼロは、間違ってない」


 まっすぐと、迷いなくそう言い放つ。

 普段あまり自己主張のしないティーカがこんなにも堂々とするとは。いったい、なにが彼女をそこまでさせたのか。


「なに? アンタも愛を盲目的に信じてるから怒ったの? それとも、そいつのことを愛してるから庇ってるつもり?」


「違う。わたしに愛を語る資格はないし、愛が絶対だとも言うつもりもない……。けど、あなたの歪んだ主観を押し付けてゼロの純粋な気持ちを穢したことが許せない」


「誰が歪んだ主観ですって? アタシはただ事実を言っただけよ!」


「いいえ、主観です。確かにあなたは愛を裏切られ、辛い思いをした。けど、それを世界の在り方として決めつけ、押し付けている。そんな世界を歪ませるような考えを認めるわけにはいかない……」


 歪んだ考えを認めない……それは彼女自身の意見なのか、それとも"巫女"としての責務を持つがゆえなのか。

 ただ、どちらにせよ今の状況においては……。


「この……! 言わせておけば!」


「はいはいストップストップ。互いの意見をぶつけ合うのも時には大事なことだが、今ここで続けても答えの出るもんじゃない」


 ブラムがしびれを切らしそうなのでこの辺で仲裁だ。仮にも協力関係にあるんだし、ここで争う意味もない。


「そろそろ腹も減ったし私達はここらで失礼させてもらうとしようや。あっちで炊き出ししてたはずだしそっちに行こう。ゼロもそれでいいよな?」


「あ、ああ、そうだなメシにしよう。ほら、行こうぜティーカ」


「……はい」


 とにかく素早くここから離れることでなんとか事なきを得たのだが。


「……わかってる。わたしの役目も、存在する意味も……」


 空を見つめながらまるで誰かと会話するような、はたまた自分に言い聞かせるかのように小さく呟くティーカのその姿が……私の胸の内に何かを感じさせるのだった。




「さっきは……ありがとな、ティーカ」


 それから私達は食事を済ませ、少し人気から離れた場所に集まって今後のことに話し合うことにしていたのだが。

 それよりもまずは先ほどのことについて互いに言いたいこともあるだろう。


「ううん、気にしないで。わたしはゼロを導くための巫女だから、ゼロの意見を尊重しただけだもの」


「それでも……嬉しかったからさ」


 ブラムから聞いた話で落ち込んでいたゼロもこれで少しは気が楽になったみたいだ。

 しかし、先ほどの話の内容はなかなかにショッキングだったな。


「……なぁ、ティーカはおれのことを尊重してくれたけど、ムゲンはどう思う? 愛は……絶対じゃないと思うか?」


「私は、ブラムの言うことにも一理あるとは思う」


「そう……か」


 ここは、素直に私の意見を述べるべきだろう。下手に慰めの言葉を並べても、きっとゼロは納得しないはずだ。

 先ほどフォローしてくれたティーカには悪いが、聞かれたからには私の価値観も知ってもらうべきだ。


「ただ、あれはちょっと極端な意見だとは思うがな。私の意見としては、人の上下関係と愛情は両立する……これが私の答えだ」


「よくわかんねぇ。だってブラムは裏切った男のことをあんなにも憎んで……あいつから愛なんてこれっぽっちも感じられなかったぞ」


 だからこそゼロの不幸は最初に極端な例に出会ってしまったことなんだよな。

 ブラムが経験した裏切りは、愛を信じられなくなるのも仕方ないことだし、彼女自身そういった感情に振り回されやすいタイプだったというのもあるだろう。


「結局はそれぞれの感じ方の問題に過ぎない。たとえ人に上下関係が生まれようと、愛を持てる人だっているかもしれないだろ」


「そんな人間、ほんとにいたりすんのかな……」


「そうだな……じゃあ、ちょっと確かめにいってみるか」


「は? 確かめるってどこに……」


 こうなれば善は急げだ。いつ次の戦いが起きるかわからない現状で聞きに行くとすれば今が絶好のタイミングだろう。


 私はゼロとティーカを連れてそそくさとある場所へと向かっていく。……いや、向かうというよりは戻るというべきか。

 その場所は……。


「あらあなた達、もう戻ったんですね。どうでした? 皆さんにお話は聞けましたか」


 フェリットのいる宿舎だ。彼女は明るい顔で私達を迎えてくれるが、先ほどブラムから聞いた話では。


「フェリットの愛していた人が火の男だというのは本当なのか?」


「えっ……!?」


「ちょっ! おいムゲン、いきなりすぎだろ!」


 まどろっこしいのは嫌いなんでね、さらっといかせてもらうさ。

 幸い他の人は全員出払ってるようだし、誰彼に聞かれる心配もない。


「どうして、そのことを……」


「ブラムから聞いた。あいつ自身の境遇もな」


「そう、あの子から。だったらもう、隠しておく必要もないですね」


 やはり、あの時フェリットが火の男について話していた際に、どこか言いたくなさそうな雰囲気を感じ取っていたが、正解だったようだな。


「それで、それを知ってあなたは私にどうしてほしいんですか」


「ああいやいや、そんな真剣にならなくていいっての。私はただそれを知ったうえで一つだけ聞きたいことがあるだけなんだ」


「聞きたいこと……ですか?」


 そう、今の私に必要だったのはブラムからの話の裏付け。

 これで聞くことができる。


「フェリットは、今でもその火の男を愛しているのか?」


「「!?」」


 私の質問にフェリット、そしてゼロも驚愕のあまり目を見開いて固まってしまう。

 この質問の返答は、おそらくきっとゼロの疑問に答えを与えてくれるだろう。


「……」


「フェリットさん……答えにくいなら、無理に答えなくても」


「いいえ、言うわ。私もいつまでも……逃げ続けるわけにはいかないもの」


 ただやはり言葉にするのは勇気がいるようで、少し息を整えるのを待つと、意を決したように真っ直ぐ私達を見つめ。


「私は今でも彼を……ディライグを愛しているわ」


 やっぱり、そうだったか。

 彼女が火の男について言い淀んだのは、そのディライグという男のことをまだ想っているからだったということだ。

 しかし、"火の男"に散々苦しめられた町の人達を前にしてそんなことを絶対に口にできるはずもない。


「でも、フェリットさんはトゥーレの町の人間としてその火の男、ディライグと戦ってるんだよな。まだ愛しているなら、どうしてこっち側についてるんだよ」


「……実は私も、どうしたらいいかまだ迷っているの」


「迷い?」


「ディライグは確かにみんなを苦しめて、私もそれは許せない。だからこそここでみんなと一緒に戦ってる。……けど、私の中にはまだ優しかった頃の彼の笑顔が忘れられないでいるの」


 二つの相反する感情を抱えながら戦いに挑む彼女にとって、この争いはどこへ終着するのが一番良い結果となるのか。


「もちろんみんなのために私は全力で戦いに臨むつもりよ。だけどいざ彼が討たれることを想像すると、複雑な気持ちになるの」


「フェリットさん……」


「ごめんなさい……こんな話、他の人には絶対できないから。つい余計なことまで言っちゃうなんて」


 こんな話を町の人にすれば絶対に反感を買うのはまず間違いない。それこそブラムなんかにでも知られればどんな反応されるかわかったもんじゃない。

 余所者である私達だからこそ話せた真意なんだろう。


「言いにくいことを聞いて悪かったな。このことは、私達の心の中だけに秘めさせてもらう」


「フェリットさん、ありがとう。なんとなくだけど、おれ、自分の中にある疑問に答えが出た気がするよ」


「お役に立てたのならよかったわ。それと、近々大きな戦いがあるかもしれないから、その時はよろしく頼むわね」


 そうして私達はフェリットと別れ、人気のない場所へと再び集結する。

 そこで、ゼロの導き出した答えを聞くこととするのだった。



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