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335話 歪がもたらしたもの


「さぁ入ってくれ、ここが私達の拠点だ。といっても普通の家に少々手を加えただけのものだがね」


 先ほどの戦いの後、フェリットに案内されたのは数十人は住めそうな大きな家だった。

 ただ、中では戦いを終えたばかりの戦士達が怪我人の治療や武器の手入れをしている姿が目に入ってくる。


「本当に……ここでは争いが起きてるんだな。どうしてだよ……」


「お前達は私達の劣勢を聞きつけ救援に駆けつけてくれた同胞だろう? だというのにこの町の現状を知らないのか?」


「あっ……と、それは……」


「ああ、私達は他の町であんた達の噂を聞いてな。同じ風の力を持つ者としてこれは助けねばと急いでやってきたんだ。だから詳しい話までは聞いてなくてな」


 ふぅ、危ない危ない。ゼロは嘘をつくのが苦手だからな。

 私達が本当は風の力を持つ同胞などではなく、ただ"鍵"を得るため潜り込むのに利用させてもらっただけと気づかれたらどうなるかわかったもんじゃないぞ。


「そうなのか……いや、それでも私達の窮地を救ってくれたのは事実だ。君たちをトゥーレへ受け入れよう」


 どうやらフェリットは納得してくれたようだ。このまま友好的な関係を築けていけば……。


「ふん! アタシはそんな胡散臭い奴らなんて信用しないよ!」


「ブラム! お前恩人に対してなんて口の利き方をするんだ!」


 と、希望がわいてきたと思ったところへ突然それをぶち壊すかのように会話に割り込んできたのは、フェリットに似ているが少し小柄な少女の姿だった。


「この町では女にしか発現しなかったはずの風の加護を持ったやつが突然外から来た男が持ってるなんて絶対おかしい! きっとアタシらを騙そうとしてるんだ!」


「やめないかブラム! 理由や経緯がどうあれ、彼らが私達を助けてくれたことは事実だ。だから私達は彼らを受け入れる」


「……ふん!」


 ブラムと呼ばれた少女はそのまま背を向けて去っていってしまった。

 まぁ私達を信用できない派閥が出てくるだろうことは仕方ないことだとは思うが。


「すまない、あなた方は恩人であるというのにあんな態度で……。あの子には私から言って聞かせておく」


「いやいや、別にしょうがないことだって。それより聞きたいんだが、ここには風の力を使えるのは女性のみなのか?」


「ええ、風の加護は女性のみが発現し、戦いに赴いてます。他の住民は誰も特異な力を持たない者のみ」


 よく観察してみれば、戦士と思わしき女性は皆同じような衣服に袖を通し、そうでない者は普通のどこにでもありそうな服装の人物ばかりだ。

 男性は基本雑務や食事の支度に追われている姿が目に入っており、なんだかここだけ男女の立場が逆転したような雰囲気だな。


「あなた方の町では違うのですよね? よければ教えてくださいますか?」


「ええ!? お、おれ達の町!? ……はええと、その」


「まず力を発現する人間自体が少ないんでなんとも言えないが、男女で半々……いや、女性の方がちょっと多かったかもしれんなぁ」


 とまぁここはゼロがボロを出す前に私がさらっと作り話で合わせておこう。


「で、その中でも一番優秀な私が救援に来たってわけ。後ろの二人は力は弱いんだが、信用のために頭数はいた方がいいと思ってな」


「なるほど、納得しました」


 よし、これでフェリットへの信頼はオッケー問題なさそうだな。


「ムゲンお前……よくもまぁそんな嘘がすらすらと出てくるもんだな……」


 なんだか冷ややかな目を向けながらゼロが小声で語りかけてくるが、これも必要なことだ。

 すべて正直に話してそれを信用させ協力してもらう……全部やろうとすると信頼を築く時間も必要なうえ失敗するリスクもある。

 それにそういうのは私のがらじゃないしな。


「さて、それじゃそろそろこの町で何が起きたのか教えてほしい。どうも、先ほどの力が女にのみ発現したのと関わりがありそうだが?」


「そうですね、無関係ではありません。……そもそもの発端は、とある一人の男性が火の力に目覚めたことから始まりました。これがだいたい1記録前のことになります」


 1記録……それがどれほどの歳月なのか私にはわからないが、自分の中で整理するためにだいたい一年くらいと捉えておくか。


「そうしてその男性は言ったのです……特別な自分は他者よりも"上"であるべきだと」


「上って……なんだよそれ」


「言葉通りの意味です。まるで他者を道具のように酷使したり、町の女性はすべて自分を愛することを強いたりと……逆らえば彼の火によって粛清まで行うようになって」


「なんだよそれ、滅茶苦茶じゃねぇか!?」


 まるで暴君だな。確かにこの世界の人間は争うこともなかったため誰もが非力だ。支配するのも簡単だったろう。

 しかし、急に力を手に入れただけでそこまで変わるものなのか?


「許せねぇ! 人を傷つけるのはもちろん、女は自分を愛せだって? ふざけてやがる! 愛ってのはそういうもんじゃねぇだろ!」


「落ち着いてゼロ。大丈夫、あなたが許せないのはわかってるから」


 フェリットの話を聞いてさすがのゼロもこれには怒りが押さえられないようだ。

 ともかく、大本の原因はこれで理解できた。しかしそうなると。


「それがこの町が別れてることとどう関わってくるんだ?」


「それについては……実は私は詳しくなくて、他の者に聞いた方がいいでしょう。仲間達もあなた方を受け入れてるので、町を回りながら話を聞いてみてください」


「ああ、そうさせてもらうよ。いろいろとありがとな」


 なんだかフェリットの言葉の歯切れが悪かったような気もしたが、今は深く追求する時じゃないだろう。


「ほれほれ、ゼロもそこでいつまでも怒ってないで行くぞ」


「わかったよ……フェリットさん、サンキューな」


「お邪魔しました」


 そのまま私達は建物の外に出ると、そこではボロボロになった町を修復したり、炊き出しを行ってる様子が目に入ってきた。

 とりあえず、近くの人から話を聞いてみるとしよう。


「もしもし、ちょっと話を聞いてもいいか?」


「あなた方は……あの時助けてくださった。なにか御用ですか」


 まずはフェリットと同じトゥーレの戦士からだ。役職が同じでも別の視点から得られるものは多いからな。


「フェリットから町の成り立ちは皆に聞いた方がいいって言われてな」


「フェリットが……そっか。うん、そういうことならあたし聞いて」


 どうやらこの女性も町の分断とフェリットの関係についてなにか知っていそうな素振りだな。

 まぁそっちも気にはなるが。


「じゃあ火の男が町の支配をはじめてからどうなったのか教えてくれるか」


「そこまでは知ってるんですね。了解しました」


 今はとにかくこの町についての情報が最優先だ。


「"火の男"が暴虐の限りを尽くして誰もが逆らえなくなっていた。彼の支配に誰もが諦めかけていたけどその時、今度は何人もの男性が"水"の力に目覚めたの。その力をもって、今まで虐げられていた人達は火の男へ反乱をはじめたわ」


「そりゃ立ち上がるよな。おれだって許せねぇよそんなやつ」


「ええ、そうして水の力を持つ者を中心に反乱に加わる人も増えていった」


 水の力……となると、先ほど戦いに乱入してきたあいつらがそうか。

 だがそうなると、彼らがトゥーレへと攻めてきたのは……。


「それで、火の男は倒せたのかよ?」


「……いいえ、水の力をもってしても火の男は倒せなかった。すべての水は圧倒的な火力で蒸発させられて、そして……ついに水の者達は火の男に屈してしまったの」


「つまり、寝返ったということか」


「は!? な、なんだよそれ……」


「火の男が提案してきたのよ、自分の下につけば安定した暮らしと報酬を与えるって」


 なんとも賢いやり方だ。水の者達を引き入れればその分自らの手を下す労力も減り、反乱も簡単に収まる。

 しかし、火の男はたった一人だというのにそれほどまでの力の差があるというのか。


「これにより残っていた反乱者も行き場を失いかけたが……その時再び力が発現したの。そう、あたし達の風の力がね」


 水の者達はすべてが男……なるほど、だから反乱に残っていたのはその大多数が女性で、その者達が発現したってわけか。


「この力のお陰で水の者達に対抗できるようにはなったけど、結局押し込まれてこんなところまでやられちゃった」


 それでこの状況というわけか。

 ただそうなると、気になるのは。


「あの"地"の力を持つワウンスはどこから来た集団なんだ?」


「彼らは……あたし達反乱者の離反者なの……」


 離反……か。風の力が女性にのみ発現したとなると、残るのは何の力も持たない男だけ……。


「風の力が発現したのは女性だけだった。だから男性達には裏での支援をお願いしてたんだけど……その状況に不満を持つ人達が現れたの」


「は? 不満って……何の不満があんだよ」


「自分達が女性よりも下の存在でいることに……よ。彼らにとってはもう、女性は男性にとって下の存在だいう認識が植え付けられていたの」


 確かにはじまりは火の男だったかもしれない。だがその男がはじめた支配という形態、そして水の者達の出現によって女性は守られるだけの存在となり、裏切りによって虐げられる存在という形が完成されてしまった。

 だというのに、自分達はその女性に守られているという事実が、何も持たない男性の中で不満を生んでしまったんだろう。


「嘘だろ……そんな、馬鹿げた理由で」


 確かに馬鹿げているが、男性としていい思いをしている者を見てしまったからには不公平さを感じ、私欲が膨れ上がってしまうのは……きっと仕方のないことなんだろう。

 ただ、そんな彼らも力がなければなにも出来ない。そう、力がなければ……。


「そして彼らは……目覚めてしまったの、地の力に」


 力を手にしてしまえばもうやることは決まっている。……そう、侵略だ。


「それでこの町は二つの勢力から狙われてるってわけか」


「ええ、そうしてこの町は地のワウンス、風のトゥーレ、水のミドラン……そして、火の男が治めるフォルシスの四つに分けられたの」


 これが『連なる町』の成り立ちか。きっかけはあれど、ここまでことが大きくなったのは人の欲望のせいだったというわけだ。


「あたしから話せるのはこれくらいですかね。お役に立てましたか?」


「ああ、十分だ、ありがとう。ほれ、次いくぞゼロ」


「……おう」


 今の話を聞いてからゼロが目に見えて落ち込んでしまったな。


「なぁムゲン……おれ、今の話を聞いても納得できねぇよ。どうして人間同士で傷つけ合わなきゃいけないんだ。誰が上とか下とか……関係ねぇじゃねぇか」


「かもな。……でも、それを知ってしまったらもう、気にせずにはいられないんだ」


 自分にとって何が上でなにを優先するべきなのか。人は無意識に幸福を選びたがるものだ。

 ゼロはきっとまだ、その感情を知らないのかもしれない。


「ほれほれ、気を取り直して次だ次」


 町の成り立ちは聞いたが、そうなると更に気になることも増えていくものだ。

 というわけ次のターゲットはこの方。


「どうも、ちょっと話を聞かせてもらってもいいか?」


「ああ、外からの救援者だね。もちろんいいよ」


 話しかけたのは瓦礫を撤去していた男性だ。

 風の力を持つのが女性だけというのなら、そうでないという男性からも話が聞きたいからな。


「どうしてあんたはこのトゥーレにいるんだ?」


 無能力者のほとんどはワウンスに向かったというのに、この男性はここに残っている。

 この男性だけではない、ここに残っている男性全員に理由があるはずだ。


「それは……愛する人が……ここにいるからです」


「え」


 その答えを聞いて、今まで沈んでいたゼロが勢いよく顔を上げ。


「じゃ、じゃあ! あんたは愛のためにここに残ったってことだよな!」


「は、はい。というか、ここに残ってる男性のほとんどは同じ理由だと思いますよ」


「そっかそっかぁ! やっぱり愛があれば変な気も起こさないよな」


 ゼロのやつ今までにないほど嬉しそうだな。

 まぁゼロにとってはなによりも大切なことで、成し遂げられてないすごいこと、って認識だろうしそりゃ喜ぶか。


「えっと……自分はなにかおかしなことを言ったでしょうか?」


「いいや、全然おかしくないぜ! むしろ最高だぜ!」


「はいはい、お前が嬉しいのはわかったから。教えてくれてありがとな。そんじゃ」


 とりあえず、このままだとゼロがうるさいので一旦離れるとしよう。

 ただわかったことは分断されたこの町でも愛の概念はしっかりと根付いていたということだ。


「やっぱり愛は世界を救うんだなぁ」


「ふふ、よかったね。ゼロってば本当に愛を大事にしてるんだから」


「お、おう、やっぱりこの世界を救う人間としてあ、愛は大切にしないとだしなー! アハハ!」


 だけど自分の恋愛に関しては本当にポンコツで困ったもんだ。


 さて、ここまでいろいろ話を聞けたがあとは……。


「ねぇ、ゼロ、あそこにいるの……」


「ん? ああ、あの女の子、フェリットさんと話してる時に割り込んできた」


 ティーカが示した方向にいたのは、ブラムと呼ばれていた少女だった。

 その様子を見るからに、どうやら弓の特訓中のようだが。


「よし! あの子にも愛の素晴らしさを教えてやろうぜ。それで、おれ達が平和のための使者だってことをわかってもらう」


「それはいいんだが……って行っちまった」


 今のゼロは誰にも止められなさそうだ。

 そのウッキウキな背中の後を、私とティーカも追うようについていくのだった。



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