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332話 認識の変化


「お、おれとティーカはただの幼馴染みで、別にそんな……恋愛感情なんてないっての!」


 なんかすっごいムキになって否定してくるなゼロのやつ。なんか予想していた反応と全然違うぞ。

 前に似たような感じでからかった時は本当に興味ないといった風に軽く流されただけだったというのに。


「い、いいかムゲン、人を愛するっていうのは最も信頼を寄せる男と女が誓う最大級の繋がりだ。そんな軽々しく好きだなんだの言えるもんじゃないっての」


 ふむ、なんだか私の考えてる恋愛観とはどこかズレているような気もするが、あながち間違ってもいない……か?


「それに……おれなんかに好きになられてもティーカは困るだろうし……」


「どうしてかしら? わたしはゼロが好きだって言ってくれたらとても嬉しいけど」


「え……!? いや、それって……」


「でもゼロの言う通り、そんな簡単に愛してるなんて言えないものね。それこそ、真剣に恋愛をしている人達に失礼だもの。愛とは神が人に与えし尊き感情……そういう教えだものね」


「そ、そうだよなぁハハハ……! はぁ……」


 二人のこの反応を見るに、ゼロのやつは苦労してそうだな。

 ゼロの方は本当にティーカのことが好きで、でもティーカの方がお互いにそういう感情はないだろうとスッパリ否定していると。


 ただ、この世界における愛の価値観はまさにティーカの考え方が基準なんだろうな。

 愛とは神が人に与えし尊き感情ねぇ……。


「愛といえば、ここはその教えの発祥の地だから、せっかくだし教えが刻まれてる中心部の神像に行ってみない?」


「お、いいなそれ! ムゲンもそれでいいよな?」


「ああ、構わない」


 それにしても、ティーカは以前に比べてハキハキ喋るようになったな。

 ただ、この感覚も私にしかわからないものなんだろう。なにせゼロはティーカの幼馴染みなんだからな、違和感がある方がおかしい。


 これは推測だが、世界が急激に変わったのはこの前の戦いであの“鍵”を手に入れたからである可能性が高い。

 どうやったかはわからないが、あの鍵がこの世界におけるかなり前の原因系に作用することで、そこから繋がる新たな事象ツリーであるこの世界線が生まれた。

 つまり、私だけがこちらの事象に移動してきたということになるのか? 確かに事象の矯正力で二人が世界を救うために旅をしている事実は変わらないかもしれないが……いや、そもそもあの鍵でどうやって事象に作用して。


「おーいムゲン、また考え事かー。もう神像の前に着いたぜ」


「ん? おおすまない」


 気がつけばすでに町の中心部に到着していたようだ。

 建物のない大きく開かれた円形の広場、人々はここから様々な区画へ移動し、その中央には信仰の対象らしき大きな像が……。


「どうしたムゲン? そんな呆けた顔してよ」


「いや……だってこれはどう見ても……」


 そこに建っていたのは、まっすぐ剣を天に突き立てるカロフの姿だった。


「カロフ……だよな」


「そうですよ、かつてこの町ができる前のこの場所を救い、愛という素晴らしい概念をもたらしてくれた“雷狼神”カロフ様の神像でございます」


「ん、誰だ?」


 私達が像を見上げていると不意に後ろから声をかけられた。

 振り返るとそこには一組の男女が立っていた。


「あんたらは?」


「なんだムゲン、忘れちまったのかよ? この町を訪れた時におれ達を案内してくれたアルベルさんとルチルさんだろ」


 なるほど、今の事象ではそういうことになってるのね。

 こちらとしては初対面なんだが、ややこしくしないためここは私も合わせておくか。


「スマンスマン、ど忘れしてたみたいだ」


「いえいえ、町を案内していたのもほんの少しだけですし、あんな壮絶な戦いの後では我々のことなど頭から抜けていて当然ですよ」


「あなた方がいなければ私達は“転史(てんし)”にやられていたかもしれません」


 ふむふむ、これでようやくことの詳細の全貌が見えてきたぞ。

 つまり鍵を求めてこの町にたどり着いた私達はこの人らに案内してもらってる途中でテンシの襲撃に逢い、それを退けた……って感じになってるわけか。


「本当になんとお礼をすればいいか……。なにか我々にできることはあるでしょうか?」


「いやいや礼なんて言われてもなぁ。おれ達はただ巻き込まれただけだし、ここに来た目的の“鍵”だってこうして手に入った。これ以上望むものなんてないぜ……な」


「んじゃこの像のこととか町の成り立ちとかいろいろ教えて欲しいんだけどいっすか?」


「っておい! なんでせっかくおれがかっこよく決めたのにぶち壊してんだよ!」


 だって気になるものは気になるし。逆にチャンスを逃して後悔したくないからな。


「ふふ、それくらいのことでしたらお礼でなくても教えてさしあげますよ」


「お、サンキュー」


「ったく……まぁいいけどよ。おれもちょっとは興味あるし」


 というわけで、このままカロフの像の前で話を聞いてみることとなったのだが。


「そうですね、かの神のことを語るとなるとまずは600記録前まで遡る必要があります」


「待った、600記録ってなんだ?」


 いきなり知らない単位が出てきたんだが。なんとなく予想できるきはするが、ここはしっかり聞いておこう。


「1記録ってのは“記憶の石”に刻まれた一項目のことだ。項目が増えてくごとに町の記録も増えていくんだよ。ムゲンの無知っぷりは相変わらずだな」


 この町、いや世界はそうやって時代を重ねていくのか。

 どの程度の頻度で追加されていくのかはわからないが、言い方的に600となると相当古いんだろう。


「大丈夫ですか? 話を戻しますね。かつてまだ町が場所と呼ばれていた頃、人々は限られた食料で暮らし、互いに関心をもたず過ごしていました」


(あれ……この話の内容、どこかで……)


 初めて聞く話だというのにどこか覚えがある。だがなぜだろう、思い出そうとすると頭に霧がかかったかのようにぼんやりとしてしまう。


「だが突如としてその場所に“転史(てんし)”が舞い降りました。人々は対抗する術を持たず、残されたのは滅びという終幕のみ。当時、記憶の石にもこの地は滅ぼされると記載されていたようです」


 記憶の石に記載されていた? どういうことだ……あの石は場所に起こったことが記載されていくだけのものだと思っていたが、預言書のようなものでもあったのか?


「しかし、そこへ現れたのが雷狼神様でした。かの神の一閃により“転史(てんし)”は打ち倒され、そこで終わるはずだった記憶の石にも続きが記載されたのです。ですが、戦いの被害は大きく、人々は行き場を失ってしまいます」


「でも、その場所であるこの町はこんなにも発展している」


「そう、滅びるしかなかった人々に雷狼神様は"愛"を説き、これまで互いに関心のなかった人々の中に隣人を慈しむ心が生まれたのです。その瞬間、大地は肥え、人々に恵みがもたらされた。そして人々の中でも最も愛し合う二人が先頭に立ち、その愛の力で町を発展させていったのです」


(……なんだ? 今の話を聞いてるとなんかモヤモヤするような……)


「こうしてこの地から"愛"という概念は広まり、今なおこの世界で最も尊重すべき感情となったのです……と、こんなところですが、いかがでしょう?」


「なるほどなぁ、やっぱ愛ってのは軽々しく口にしていいもんじゃないってことだ。わかったかムゲン……ってどうした、そんな頭捻らせて」


「んー……もうちょっとでなにか思い出せそうな気が……あ」


 そうだ、思い出したぞ……この内容は私がこの町で起きるまで見ていた夢とほとんど同じじゃないか。

 ただ神、つまりカロフが一人だけだったりしてちょこっと内容が違う辺り、細かくは伝わっていないようではあるが。


 というより、どうして私は今まであの夢の内容を忘れていたんだ。

 これはつまり、かなり昔にカロフ達が実際にここにいたということに繋がる。


「アルベル、雷狼神はその後どうなったんだ」


「え? どうでしょう、そこまでは……。神というくらいですから、天にでも帰ったのではないでしょうか」


 その後の行方に関しては詳細不明か。もし私達が違う時代に飛ばされているのだとしたら、どうにかしてその事象へ干渉する必要があるな。

 ヒントはある、この町における600記録前だ。あとは私のほうで方法を探せば……。


「お、おい、今日は随分と悩んでる時間が長いけど大丈夫か?」


「ああ、問題ない。ただ私のやるべきことが見つかっただけだ」


 そういえば、やるべきことといえば。


「ゼロとティーカはこのまま鍵を探すんだよな?」


「当たり前だろ……ってまさか、お前ここで別れるつもりか!?」


 ふむ、確かに私がこのまま別の時代の事象へと干渉する方法を探すとなるとそういうこともあり得るが。


「いや、一緒についていくさ。ただその途中で探し物が増えたってだけだ」


 ここで焦って闇雲に探しても見つかるわけでもない。

 なら、現状この世界の事象に唯一繋がる可能性もある“鍵”を一緒に追うのが私の探し物にも繋がるというものだ。


「うっし、んじゃ早速出発するか」


「ええ!? もう行ってしまわれるんですか! まだ町を救った英雄である皆さんをもてなしたいと思っていたのですが……」


「え、英雄? まいったな……」


 と、照れてはいるもののまんざらでもなさそうだな。

 それに、気づけば周囲も町の住民が足を止めて遠くから囲むように集まっている。そこから浴びせられる視線はどれも、羨望や感謝によるものだ。


「ど、どうすっか……ティーカ」


「少しの間ならいいんじゃないかしら。それに、急いで出発してもまだ次の“鍵”がどこにあるかもわかってないから」


 次の鍵の在りかはわかってないのか? てっきりすべての鍵の在りかはティーカが全部知ってるものかと思っていたが。


「ま、ならお言葉に甘えてもいいんじゃないか? 数日はここで鍵の情報を集めてもよさそうだしな」


「おお! では早速自分の家へどうぞ! 精一杯おもてなしさせていただきますよ」


 こうして私達はアルベルの住む家まで案内されることとなり。


「ここがアルベルさん家か。へー結構デッケェな」


 到着した場所に建てられていた建物は、確かにここまで歩いてきた中で見てきた邸宅と比べれば一回り大きい。

 こういった住居の住み分けはどうやって決められているんだろうか。


「それでは中へどうぞ」


 室内は……まぁ特に変わったところもないこの世界では一般的なものってところだな。

 ただ、一人暮しで使うには少々広すぎるとも思うが……。


「少々お待ちください、今お飲み物をお出ししますね」


「あ、お構い無く……ってあれ? ルチルさんがどうして中に?」


 そういえば、あまりも自然すぎて今までスルーしていたが、ルチルも一緒に家の中に入っている。

 しかもここはアルベルの家のはずなのに、てきぱきと飲み物の用意までしはじめたぞ。


「二人は一緒に住んでいるのか?」


「はい、ここは自分と彼女、二人の家ということになっています」


 ま、そういうことだろうな。なんてことはない、私にとっては一般的な同棲生活……と思っていたんだが。


「えええ!? それじゃあまさか……アルベルさんとルチルさんはあ、愛し合ってるってことなのか!?」


「はい、自分はルチルのことを愛してます」


「私も、アルベルと同じ想いです」


 私としては「やっぱりな」と思うだけで別段驚くようなことでもなかったんだが、なんかゼロは異様なまでに驚いてるな。


「そんなに驚くようなことか?」


「そりゃ愛し合うってことは生涯を共に過ごすっていうお互いの覚悟があってはじめて成立するものなんだぞ。だから、こうして堂々と愛し合ってるって言える二人はすげぇよ、尊敬するぜ」


 ゼロにとってはそこまでのことなのか。

 この世界ではこれが一般的な反応ってことなんかね? ティーカはいつも通りな感じだが。


「いえいえ恐縮です。かくいう自分もずっとこの胸の中にある彼女への想いが本当に愛であるのか悩んでいました。しかし、それを確かめるためにも先日意を決して想いを伝えたのです。そしたら……」


「彼の想いを聞いた瞬間、私も気づいたんです。この胸の奥から湧き上がってくる感情は、きっと彼への愛なんだって」


「そうして我々は町の全員から祝福され、この邸宅へと移り住むこととなりました」


 なんかすごい壮大な話に聞こえはするが、要はプロポーズが上手くいって、結婚式みたいに祝われて、新居で新婚生活はじめました……ってことだよな。


「へぇ……すっげぇなぁ。や、やっぱこういうの憧れるぜ。おれもいつか……な、なぁティーカ」


「うん、叶うといいね。ゼロにもいつか素敵な人が見つかるようにわたし応援するから」


「う……さ、サンキューな……」


 ゼロ、不憫な……。

 しかし愛する人との新婚生活か……私も早く終極神との戦いを終わらせセフィラとクリファと一緒に……っていかんいかん、安易にフラグを立てるところだったぜ。


「とりあえず私もくつろがせてもらうとしよ……おや?」


 少々部屋の中を見て回っていると、片隅に掘られた小さな文章が目に飛び込んでくる。

 そこに書かれていたのは……。


「『ムゲン、この文章を見つけたらさっさと次の鍵を探しにいけ』だって?」


 これは……私宛てに書かれたメッセージだ! それにこの乱雑な文章と筆跡、心当たりはあるが確信が持てない。


「アルベル、ここに書かれている文章は誰が書いたものなんだ」


「ああそれですか。それはかつて雷狼神様が書き残したとされているものなんですよ。誰かに宛てたメッセージのようですが、その意味は誰にもわからず……」


「どうしてカロフがここにメッセージを?」


「ええ、この邸宅はその昔かの神がお住まいになられていた場所だそうでして。彼が伝えた"愛"を継承せし者のみが住まうことを許されているんですよ」


 ……私が見た夢はやはりカロフがこの世界で実際に行った出来事だったということだ。

 この町を救ったあいつらはそのままここに居着き、私や他の仲間が訪れるのを待っていた……。


(ただ、なぜカロフはここにメッセージを残した? それにあいつがどうして"鍵"のことまで……)


 どれだけ考えても判断材料の足りない現状では答えは出てこない。

 ただ一つだけわかることは、私はこのメッセージの導きに従って次の鍵を目指さなければならないということだ。


「なんだ……スマホが?」


 急に懐から久しい振動が伝わってきたので、その発信源であるスマホを取り出すと、ふわりとひとりでに浮かび上がった。

 いや、浮かび上がったのはスマホだけではなかった。背中のケルケイオンと腰のアルマデスも同じように浮かび、勝手に一つの形へと組み上がっていく。


「おわ!? なんだムゲン、それお前の武器か?」


「なぜひとりでにアルマアークに? それだけじゃない……この感覚は……」


 間違いない、この感覚はアステリムのマナだ。この世界では今まで微塵も感じなかった魔力の波長が急に溢れ始めた。

 それに、アルマアークの中心……スマホの画面には見たこともない場所の画像が映し出されており。


「お、おい、なんか勝手に動いてるけどいいのかよそれ」


「大丈夫だ……多分な」


 アルマアークがゆっくりと動き、やがて先端がピタリと止まると、ひとつの方向を指し示すかのようにその場に留まる。

 これは……そちらへ向かえということなのか?


「あの……どうかされましたか?」


「……済まないが、今すぐここを出立したい。ゼロとティーカにも悪いが、一緒に旅立ってもらいたい。次の"鍵"の在り処がわかったかもしれないんだ」


「マジかよ!? いやそれにしたってもうちょっとゆっくりしてもいいんじゃ……」


「わたしも、すぐに向かった方がいい……と思う」


 すでに座ってくつろいでいた二人だが、以外にもティーカがスッと立ち上がり私の意見に賛同してきた。

 やはりティーカには、私とは別に感じられるものがあるのだろうか……。


「ゼロ、わたし達の旅の目的は英雄になることじゃない……そうだったでしょ」


「あーもうわかったって! そんじゃお二人さんには悪いけど、すぐに出ることにするぜ」


「そうですか、ですがあなた方にはきっとやらねばならないことがあるんですね。でしたら、自分達も止めはしません」


「またいつでもいらしてください」


 そうだな、すべてが終わったらまたここにお邪魔して


ザザ────────────


 ……なんだ? 今一瞬、私の思考に何かが割り込んできたような……。


「おい、すぐ出発するんだろ。お前が言ったんだから早くいこーぜ、ムゲン!」


「次の場所は……どこ?」


 ま、とにかく今は前に進んでみるしかないよな。


「ああ、今行く。次の目的地は……よくわからんが多分町だ!」


 こうして私達は、スマホの画面に映し出された町を目指して再び旅を再開するのだった。



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