331話 救いを得た場所
……ここは、どこだ。
なんだか長い夢を見ていたような気がする。いや、今もまだ夢の中なのだろうか。
このまどろみの中で私は……。
「おい! そろそろ起きろよムゲン!」
「うおっ!?」
突然私の名を呼ぶ大きな声に、驚いて飛び起きる。
何事かと周囲を見渡すと、そこにいたのは。
「やっと起きたか。まったくいつまで寝てんだよ」
「……おはよう」
ゼロとティーカの二人が私を見下ろしていた。
えっと……ちょっと状況を整理しようか。二人が目の前にいるってことはこれは夢じゃないってことだ。
となると、今はあの時テンシとの戦いの中“鍵”を手に入れた後ということになる。
「ここは……“記憶の石”があるってことは場所は変わってない……のか?」
なんだろう、少し違和感を感じる。途中までは見知った場所の体で話していたがどうも妙だ。
壁や天井が綺麗すぎる。私の知るこの場所はどこも風化して今にも崩れそうな壁や天井ばかりだったはずなのに。
「ったく、いきなりぶっ倒れるんだもんな。とにかく、いつまでもここに居座ると迷惑だから出ようぜ」
「迷惑? こんな廃墟で誰にだ?」
「は? ムゲンこそ何言ってんだよ。いいから行くぜ」
と、私の頭の中の整理もつかないうちに二人が部屋から出ていってしまったので、とりあえず後についていって外に出ることにしたのだが。
「なんじゃこりゃ……」
部屋の外には、思いもよらない光景が広がっていた。
この記憶の石のある一番大きな建物を中心に石造りの建物がいくつも建ち並んでおり、居住区のように整えられている。
また別の通りには露店のようなものも建ち並んで、多くの人が行き交っている様子まで確認できた。
ここは間違いなくただの廃墟だったはずなのに、どうしてここまで発展した町……いや、もうこれは都市と言っていいレベルだ。
「なぁゼロ、私が眠ってる間になにが……」
とにかく私は詳細をゼロに訪ねようとしたが、すぐに言葉を飲み込んでしまった。
その理由は……ゼロの格好、姿といってもいいものの違和感に気づいたからだ。
私の知るはずのゼロはボロ布を着た身なりの良くない少年だった。
だが目の前の彼の衣服は頭の先から足先までしっかりとした衣類を纏っており、加えてささやかではあるが肩と胸に防具まで身に付けている。
それに……。
「どうしたよムゲン? おれを見て変な顔しやがって。なんか変なもんでもついてっか?」
「いや、変と言われれば全部変な気はするんだが……。それよりゼロ……お前私の名前をちゃんと呼んでくれるんだな」
あんなに私のことを名前で呼んでくれなかったゼロが先ほどから何度も、それこそ自然な感じで私の名を口にしている。
「仲間なんだから当然だろ? 本当に大丈夫かよ、“転史”との戦いでおかしくなっちまったか?」
そうだテンシだ。私が倒れる前、確かに私達はあれと戦っていたはず。
“鍵”が手に入ったことで私の意識は途絶えたが、あれからテンシはどうなった。
「ゼロ、私達はテンシと戦っていたよな?」
「ああ、この町を襲ってきたあいつと戦って、ピンチのところで鍵の力を解放してくれたティーカのおかげでおれの剣が覚醒したんだ。ほら見てくれよ」
そう言ってゼロが見せてくれたのは、あの刀身が欠けたように見える剣だった。だが今はその欠けたくぼみの一つにガッチリ嵌まるようにひし形のクリスタルのようなものが収まっている。
「こいつを突き立てたらあいつが消えて、この町も救われたってとこだ。まさか、本当に世界を救う力があったなんてな、ビックリだぜ」
「言ったでしょ……ゼロには世界を救う力があるって」
「いやさ、今までは実感なんてなかったからさ」
……そういえばティーカは、前見た時と変わってないな。
私も随分寝ていたようだし、もしかしたらゼロもただ着替えただけ……。
(あれ? この二人って……こんなに身長差あったっけか?)
ゼロとティーカの二人が並んだところで、ようやく一番感じてた違和感に気づくことができた。
最初出会った時、二人の身長は同じくらいの少年少女だったはずなのに……今はゼロの方がティーカに合わせて若干視線を落とすくらいの差がある。
「ゼロ、お前背伸びた?」
「いやどした突然。まぁ、成長期だし最近伸びてきたとは思うぜ。メシだっていっぱい食って……」
ぐぅ~
と、そんな話をしていたらその腹からなんとも情けない音が聞こえてきて。
「ったく、ムゲンが変な話題振るから腹減っちまったじゃねえか」
「ふふ、それじゃあ町へ降りてご飯を食べにいきましょう」
「そうすっか。ムゲンもいいよな?」
「ああ、構わないが……」
見た目は変わってないって思ったが、ティーカのやつ少し接し方が明るくなったか?
本当に……なにがどうなってるんだか。とにかく、町の様子も見てみたいからここは二人の後をついていくことにしよう。
「なんというか、平和そのものって感じだな」
しばらく町中を歩いてみても、そこには誰一人苦しむことなく笑顔で溢れていた。
それに、ここでの生活に関してもだが……。
「よし、ここで食うか。メシ三人分頼むぜ」
「はいはい三人分ですね、すぐご用意しますよ」
建物自体は周囲とそう変わらないが、どうやらここは食堂のようなものらしく、一声かけるだけで料理を出してくれる。
ただ出てくるものは完全にあちら次第のようだが。
「はいよ、おまちどうさん。たんと食べておくれよ」
「なぁ、本当に私達はなにも支払わなくてもこれ食べていいのか?」
「支払うって……なにをですか? あなた達は食事が必要だからここへ来たんでしょう?」
これもこの町を見ていて気になったことの一つ、なにかを得るために対価を支払う必要がないということだ。店舗のように野菜や果物のような作物や、狩ってきた動物を捌いたものが置かれてはいるものの、それを求めてきた人は店員のような人と二言三言会話しただけでそれを手に取り持ち帰っていくのだ。
他にも衣服が並んでいる店や農具を扱っているような店のようなものを見かけたが、そこではそれを必要としている人に差し出すだけしかしていなかった。
「変なことを聞く人だね。ま、ゆっくりしてきなさいよ」
そしてやはり、こうして食堂で料理を提供してもらうことにも対価を支払う必要はないようだ。
「いきなりどうしたってんだよ? ま、ムゲンが不思議なやつだってのはおれ達はわかってるから別に気にしないけどな」
「ほんの少し一緒に戦った仲ってだけなのに、ゼロの中ではもうそんな認識なのか私は」
まぁ私も結構短い付き合いでその相手がどんな人間なのか自分の中で定めることはあるが。
「いやいやなに言ってんだよムゲン。ここまで長い間一緒に旅した仲だろ。これまでもおれ達をいろいろ助けてくれたんだし、お前のこともちょっとはわかってるつもりだぜ」
……ん? どういうことだ、私がゼロ達を助けたのはこの間のテンシとの一戦だけのはず。
どこか噛み合っていない。この町にしてもそうだが、ただ単純に目に見えるものが変わっただけではないような……これは……。
「ま、とりあえずメシ食おうぜ。お、この肉めっちゃうまそうだ」
「ゼロはお肉が大好物だものね。逆にお野菜が苦手だけど」
「それは言うなって。そういやティーカは昔っから好き嫌いなくなんでも食べるよな」
「昔から? そういや二人は旅を始めてからどのくらい一緒なんだ?」
あの荒廃した大地をたった二人で生き抜くのはとても過酷だったとは思うが、それでも食の好みができるほどには共に過ごせてはいたのか……。
「どれぐらいって言われてもな……一緒に村を出てもう数百日は経つだろうし、わかんねぇよ」
そうか村を出てから……村?
確か前にゼロが世界救済の旅をはじめたきっかけを聞いた際には、自分の住んでいたところを"村"ではなく"場所"と言っていた記憶があるが……。
そういえば、そこが砂嵐やテンシにやられたからとも。
「っとすまん。お前にとっては少々嫌なことを思い出させたかもな」
私としたことがちょっと考えなしに喋ってしまった。ゼロが気を落としてなければいいんだが……。
「別に嫌なことってわけでもないだろ。そりゃ村のみんなのことが気にならないって言えば嘘になるけどよ。この旅をはじめた時から覚悟は決まってんだ」
あれ? どういうことだ、この会話も噛み合っていないぞ?
「……すまないゼロ、お前が世界救済の旅に出た理由をもう一度教えてくれないか」
「いいけどよ、別に前話した通りだぜ?」
「それでも、もう一度聞きたいんだ」
「……」
私の質問にゼロは首を傾げ、ティーカもなにも応えはしない。
この様子からして、おそらくゼロにとっては以前にも話したことがあるのだろう。
確かに私は一度ゼロの口から彼が旅立った理由を聞いた。しかし……。
「おれの住む村は小さいとこだったけど、昔から古い伝承があってさ、『いつか世界を救う者がこの地より現れるだろう』っていう。それで、ついにその時がやってきたってわけだ。巫女であるティーカが神託を受けて、こうしておれと一緒に旅してる……まぁ前に言った通りだぜ」
……これは、私が以前聞いたものとまったく違う。
「送り出してくれたみんなのためにも、絶対に世界を救わなきゃな」
「うん、ゼロならきっとできるって信じてる」
ゼロが旅に出た理由が以前聞いた悲劇的なものではなくなっている。それどころかとても明るい理由だ。
それに、もう一つ気になる大きな変更点もある。
「二人は……旅に出る前から知り合いだったのか?」
「あたりまえだろ。おれとティーカは幼馴染みなんだから……ってのも知ってるだろ」
知らないから聞いてるんだけどな……。まさかの幼馴染みなんて単語が出てくるとは思ってもなかったぞ。
私の記憶では二人の出会いはティーカがゼロを『世界を救う者』だと見定めたことがはじまりだったからな。
ただこうして聞いてみると話の流れの大本は変わってないようにも思える。
(今は……深く踏み込むのはやめておくか)
ここで急に私とゼロの記憶に食い違いがあると言っても混乱を招くだけだろう。なのでしばらくは様子見だ。
しかし、これで最初の疑問には答えが出たな。
「幼馴染みで食べ物の好みもよく知る仲か。こりゃラブラブカップル通り越して熟年の夫婦か、ってか」
ゼロにこういったからかいが通じないのはわかっているが、こういった二人を見るとつい言葉が出てしまうのも私の性分……。
「ばばばっ……! ななななに言ってんだよムゲン!? べ、別におれはティーカのことをそういう対象として見たことはい、一度もないっての!」
……あれぇ?




