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329話 事象修正 -雷狼神ノ章- 中編


 テンシ……それは私がつい最近聞いた言葉でもある。

 世界の法則によって現れた人の輪郭を持つノイズは、私と死闘を繰り広げあの“鍵”のある部屋まで追い詰めた。


 ……だが、今目の前に見えているあれ(・・)は果たして私と対峙したあのテンシと同一のものなのか?


「グオオオオオン!」


 上空に浮かぶ巨大な光輪、その中心から獣の叫び声のようなものが響き渡ると、輪の外周に変化が起き始めていく。

 あれは……翼だろうか?


 そこに現れたのは、鳥のような翼だった。

 輪の根元から生えるかのように真っ白な翼が、まるでその外周を囲むように一枚、また一枚と増えていく。

 やがて七枚の翼がその光輪を取り囲むと、さらに輪の中心からゆっくりと何かが姿を現すように降りてきて……。


「なんですの……あれ」


「生物……というには自分達の常識からは少々逸脱しておりますね」


 そこに現れたのは、獅子のような頭部に霊長類の上半身、肩からはさらに熊のような腕が生え合計四本の腕を持ち、下半身は猛禽類のような脚と爪となっている。加えてその身体を包むのは体毛だけではなく爬虫類のような鱗にも覆われていた。

 最後に、それの全身が輪の中から出ききると、輪がその存在に合わせるように縮小していき、まるで最初から身体の一部であったかのようにその場に収まっていく。


 確かに、目の前に現れた存在を普通の生物と言うには少々常識はずれな部分が多すぎて無理があるだろうな。


「んじゃなんだ? 魔物かなんかかってとこか?」


「どうだろう、そもそもこの世界に魔物がいるかもわからないけど。突然あんなのが現れるなんて」


 本当にあれはいったいなんなのだろうか。様々な動物の要素を取り入れた魔物ならアステリムでならいないこともないかもしれないが、あの光輪だけはまったく理解ができない物体だ。

 だがまさか、これこそが男性の言っていた……。


「あれが“転史(てんし)”です。記憶の石にもだいたい同じ終わり方が数多く記載されていました。“転史(てんし)”の終極によって終わりを迎えた、と」


 やはり、あれがテンシで間違いないのか。

 だがいったいどういうことだ? 本当にあれがテンシだとしたら、私が戦ったあのノイズは……。


「テンシねぇ……。ま、よくわかんねーけど、要はあれをぶっ倒しゃここは安全ってことだろ?」


「え?」


 言うが早いか、男性がカロフの言葉を理解する前にはすでにその場から消え、あのテンシに向かって飛び出していた。

 そしてそのままの勢いで力一杯に……。


「オッ……ラアッ!」


「……!?」


 突き出された拳でテンシの獅子の頭を思いっきり殴り抜けるのだった。

 その衝撃にテンシの体は吹き飛び、地面へと勢いよく叩きつけられて。


ドゴォォォン……


「な……んと」


 人間の数倍もの巨体を有するテンシが素手で殴り倒される姿を目の当たりにして、流石に集落の住人達もポカンと口を広げ驚きの表情を隠せないでいる。


 まぁ、カロフならこうするよな。いつだってどんな困難もその豪胆さで乗り越えてきたやつだ。

 それに……。


「カロフ、それじゃあ私達は住民の避難に回るね」


「そんな変な動物、さっさとやっつけておしまいなさいな」


 すでにそんなカロフの行動を予測していたのか、リィナ達もすでにカロフが存分に戦えるよう動きはじめている。

 まさに、ここまでずっと連れ添った彼女達だからこなせる迅速な対応だ。


「なぜ……あなた方はこんなにも的確に彼のための最善の行動ができるのですか?」


「それは……」


 男性はそんなカロフ達の息の合った動きに戸惑っているようだが……まぁ、これに対する答えは一つだけだよな。


「私達が彼を愛しているから」

「わたくし達がカロフを愛しているからですわ」


 二人は胸を張って、揺るぎない意思でそう答える。

 もう彼女達にはそれを隠す必要も躊躇う障害もないのだから。


「愛……」


 記憶の石に記されてない概念であるその言葉の意味を男性は理解することができない。

 だがそれでも、男性はその言葉を呟き、何かを感じはじめているようだった。


「カロフ! 私達も頑張るけど、なるべく集落に被害が出ないよう離れて戦って!」


「そんくれーのことなら任せとけっての。……っと、どうやら奴さんも起き上がってきたみてぇだな」


「ウォルルルルル……ヴォオオオウ!」


 倒れていたテンシがその身を起き上がらせると、カロフを敵とみなしたのかその四つ腕を大きく広げ威嚇するように咆哮を浴びせてくる。


「へっ、だいぶやる気じゃねえか。いいぜ、だったらかかってこいよ!」


「ルバァウ!」


 カロフの挑発に乗ったのか、テンシはその巨体からはとても考えられないような素早さで躍進し拳を繰り出してくる。

 常人ならば反応もできないような速度と受けきれないほどの質量による攻撃だが。


「ハッ! 遅すぎるぜ!」


 もはやその程度の単純な力押など今のカロフには止まって見えるようなものだろう。

 数多の神域の戦いを経験したカロフの強さはすでに、歴戦の英雄すら凌駕するまでに昇華されているのだから。


「パワーもスピードもあの鎧に比べりゃカスみてーなもんだぜ。それに……!」


「……グオオオオ!?」


「身体も全然柔らけぇ。その鱗は見かけだけかよ」


 攻撃を軽々とかわしたカロフはそのまま健脚を駆使して鱗に覆われた皮膚の上から腕を蹴り潰す。


「アアアア……ウグゥウウ!」


「おっと、再生能力持ちか。そういうメンドくせぇのは……もう飽きてんだよ!」


 破壊された腕を再生していくのを見て、今度は雷を纏った拳で同じ箇所を攻撃していく。

 どうやらカロフはこの世界でも魔力を扱えるみたいだな? 意識だけでこの光景を観測している私にはわからないことだが。


「グァ? ガァアア!?」


「へっ、いてーだろ。無理に治そうとすっともっと電撃が走るぜ」


 傷口を通して内部へと電撃の魔力を帯電させるのとで再生しようとする細胞を破壊し続けている。

 これならカロフの勝利であっさり終わってしまいそうだが。


ザザーーーー


「あ? なんだ……ッ!?」


 どういうことだ……急にカロフの体が吹き飛ばされたぞ。それに、いつの間にか傷ついていたはずのテンシの腕が黒く変色した別のものに変わっており、それで殴り抜けたような体勢だが。

 ……いや、今確かに一瞬だけ事象の乱れのようなものを感じた気がした。


「くっそ、いったいどうなってやが……あの背中の輪っか、あんな動いてたか?」


 どうやらカロフも気づいたようだ。あのテンシの背中の光輪、それがいつの間にか発光しながら急速に回転しており、次第にその勢いは収まっていく。

 そもそもあの体自体あの輪の中から現れたものであることを考えると、本体はもしや……。


「カロフ、大丈夫!?」


「俺のことは気にせず避難を優先しろ! どうやらヤロウも本気出してきたみてぇだからよ!」


 吹き飛ばされた場所がちょうどリィナ達が避難を先導していた場所らしく、カロフも自分がここにいるのはよくないと素早く離れようとするが。


「グォルル……」


「ッ……! まじぃ、なんか攻撃が飛んでくるぞ! 全員その場に伏せろ!」


 遠くに見えるテンシが直立の体勢のまま光輪の翼を輝かせる。そしてそこから放たれた光が細い槍のような形となって集落へ降り注ぎ……。


「う、うわああああ!」

「きゃあああああ!」


 それは人も建造物も関係なく無差別に触れたものを貫き、破壊しつくしていく。


「そんな、なんてこと……きゃ!」


 容赦なく襲いかかる光の雨がリィナ達の近くの建物にも直撃し、その衝撃によって倒壊をはじめていく。


「いけない! あの建物には……!」


 あそこは……先ほど気を失った女性を運び寝かせた家だ。

 このまま放っておけば建物の崩壊に巻き込まれ彼女の命はない。


「早く助けに……あっ!?」


「……!」


 そこへリィナ達が動くよりも早く、建物の中へと飛び込んでいく一人の人影があった。それは、この集落で女性を助けてくれたあの男性の姿だった。

 しかし、今にも倒壊しそうな建物の中を一人で進んでいくのはあまりにも危険すぎる。記憶の石に記載されていることを守っていた彼が、なぜそこまでしてこんな激情に身を任せるような行動を起こしたのか……。


「一人で行くのは危険です! 私達も手伝いますから少し待って……」


「それでは間に合わないかもしれません。私もどうしてこんなことをしているのかはわかりません……でも、私は彼女を失いたくないのです!」


 そう言って男性の姿が建物の中へと消えてしまう。

 未だ降り注ぎ続ける光の槍の猛攻のせいでリィナ達も迂闊に近づくことができないでいる。もしこのまま男性が間に合わなければ二人とも共倒れになってしまう。


「いつまでも……調子に乗ってんじゃねーぞ!」


 だが、そんな窮地に復活したカロフが崩れた瓦礫の中から飛び出してくる。


「こっちが様子見で力抑えてりゃいい気になりやがって。だったらこっちも抜くもん抜かさせてもらうぜ!」


 そう言うとカロフは両手を腰に添え、虚空を掴みながら空中でゆっくりと体勢を低くしていく。

 体内に溜め込んだ電撃の魔力がカロフの体全体に伝わっていく。それに加えて獣人特有の荒々しい魔力と、内に眠る秘められた力が一体となって爆発する時……。


「起きろリ・ヴァルク! 獣人剣技“龍神ノ章”第一節『春雷(シュンライ)』!」


「……  グヴァ!?」


 それは光よりも速く駆け抜けていく一筋の斬激。

 獣深化によって獣人最大の利点である肉体の強さを引き出した姿と、すべてを切り裂く剣の神器“リ・ヴァルク”、そして雷の魔力によってそれらが一つとなった瞬間……カロフは誰にも捉えられない稲光となって万物を一閃する。


 実際テンシは背後に切り抜けたカロフの存在に気づくまで自分が斬られたことすら認識できていなかっただろう。

 そして気づいた時にはもう遅い。


「ア……ギ……ガアアアアア!?」


 切断面には先ほどと同じように雷が帯電しており、内部の組織を連鎖的に破壊しつくしていく。

 もはや抵抗することすら叶わず肉体はどんどんと黒ずんでボロボロに崩れ去ってしまう。そしてついには獣のテンシの身体はすべて消え去ってしまうのだった……翼の生えた光の輪だけをそこに残して。


「おい! とりあえずこっちはぶっ潰したぜ!」


「ありがとうカロフ! さぁ、早く中のあの人達を助けないと」


 カロフがテンシを消滅させたことによって攻撃の雨は止んだ。しかしそれで集落全体が助かったというわけでもなく。


「建物が……もう限界ですわ! このままではあの方々が……!」


 リィナ達が救出に向かおうとするも、すでに建物は限界を超えてしまい頭頂からガラガラと崩れ落ちてしまう。

 まさか、本当に二人を救うことができなかったのか……。


「……待って! あの人影は!」


 誰もが半ば諦めかけていたその時、倒壊した建物の砂煙の中にうっすらと人影の姿が見えはじめていた。

 しかも、あれは一人だけの人影ではない。背中に人を背負った、二人分の人影だ。


「皆さん……お騒がせいたしました」


 あの男性が、女性を背負って現れたのだ。まさかあの状況で本当に助け出してしまうとは。


「そんな、私達こそ一緒に助けにいけなくて……でも、無事で本当によかったです」


「いいえ、私こそ無我夢中で……でも彼女のことを思うと、なぜか不思議と力が湧いてきて」


「まぁ、それってもしかして……あなたがその女性を愛しているからではなくて」


「愛? 私の中にも……愛が……」


 まだ実感は湧かないようだが、きっと理解できるだろう。男性が彼女を助けに飛び出したあの時の表情は、これまでこの世界で生きてきた者が感じたことのないはじめて感情が込められた顔だったのだから。


「よし、二人もなんとか無事だったし、とにかく今はここから離れよう。まだどこが崩壊するかもわからないから」


「そうですわね、早く先に避難を進めているカトレアに合流して……」



「グオオオオオン……!」



 その遠吠えは、再び集落へと響き渡った。まるで絶望を再臨させるかのように。


「んなろ! 消し炭にしてやったってのにまだ現れるってのかよ!」


 光輪が再び回転をはじめると中心から歪みが広がり、そこから這い出てくるように獣の腕が伸び……。


「なん……だ、ありゃあ……」


 そこから出てきたのは、先ほどまでの人型のものではなかった。いや、よく見ればところどころ先ほどのテンシの原型は残されているのだが……本当に微かな名残を残してその姿は異形へと変化していた。

 頭は三つに増え、そのうち二つはほぼ融合している。四本の腕はどれも関節の数がバラバラで、さらに関節の部分から別の腕が生えているものも見える。足はタコのように何本も生えてはぐにゃりと軟体のように曲がり、異質さを際立たせている。

 加えて体の体毛や鱗は一部抜けたり剥がれたりしている部分があり、気色悪い粘膜が張り付いているおまけ付きだ。


「う……わたくしなんだか気分が悪くなってきましたわ」


 どこか見る者に不安と嫌悪を与えるような姿……あれもまたテンシの一つの形だというのか。


「ウ……ヴォオウ……」


「……ッ! 仕掛けてくるぞ! 全員伏せろ!」


ビュッ……!


 その攻撃はあまりにも突然だった。テンシの腕の一部がわずかに震えたと感じた次の瞬間には、もうその腕が急速に伸びてこちらに襲いかかってきたのだから。


「なろっ!」


 それを間一髪のところでカロフが切断することによって止めることができたのだが。


「なんだこの粘液!? 雷が拡散されて外に逃されやがる。それに……ッ!」


 本当に微かだが、カロフは体に触れた粘液で痛みを感じたようだ。となれば、人体にとても有害な成分でできているのは明らかだろう。

 もしかしたら、テンシは先ほどのカロフとの戦いを学習してあんな怪物を生み出したのかもしれない。


「くっそ、まぁ勝てない相手じゃなさそうだけどよ。問題はぶっ倒しても次がやってくることだぜ」


「そうだね、最初のも空から突然現れて、そしてあれもまた虚空から現れた。いったいどこから生まれてるんだろう」


 ……ん? まさか、カロフ達にはあの背後の光輪が見えていなかったのか?

 というよりも意識だけの存在である私にしか見えていない可能性がある。


 となれば、あの光輪は間違いなく事象の外側に属するものだ。

 カロフ達がその存在に気づけなくてはジリ貧だ。どうにかして私の力をカロフに繋げることができれば……。


(……なんだ? この光は?)


 それは突然現れた。いや、もしかしたら最初からそこにあったのかもしれないが、どうしてか気づけたのは今だった。

 これは間違いない……あの“鍵”の光だ。


 この先からカロフ達の事象を感じられる。これなら……!


「あれ? なんだろう、急に胸の奥から温かいものがこみ上げてくるような」


「わたくしも感じますわ。これはいったい……」


「お嬢様! なにか不思議なものを感じたので戻ってきましたが……これは」


「カトレア、あなたも感じましたのね」


「この感覚の正体はわからない……けどわかるよ。これは、カロフを助けるためのものだって」


 私が事象力を送るのはカロフだけではない。彼を守りたいと強く願うパートナー達の想いにそれを乗せることで、“英雄神”の力は真に覚醒するのだから!


「こいつは……感じるぜ、お前らの想い! 神器を通して、俺の体を通して……今! 未来を切り開く力がよ!」


「ヴォ……ヴァアアアア!」


 光り輝くカロフに怯えるようにテンシはその腕を伸ばすが、そのすべてがカロフに届く前にすべて消滅していく。

 そこにいるのはもはや今までのカロフではない。その体に黄金の鎧を身にまとった雷と化した狼の姿をした……一柱の神。


「さぁ行くぜ。もう、俺に斬れないモンはねぇ!」


 -雷狼神-がここに降臨するのだった。



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