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327話 破壊の結果


 私の掛け声と同時に一斉に廃墟へ向かって走り出す。

 ただ、とりあえず“鍵”を目指すとはいったものの……。


「えー……っと、こっちで道会ってんの?」


 一応廃墟の中でも一際目立つ大きな建造物にあるだろうという安直な考えで走り始めたわけだが。


「大丈夫、あそこに……ある。でも……」


「でも? って危ねえ!?」


「ほいほい私の出番だぞっと」


 走り続けている間にも私達と並走するように周囲にノイズが発生し、一つの形を成していく。

 これが完全にテンシの形になってしまうとすぐさま回避不可能な一撃がゼロ達を襲うだろう。

 なので、この時点で止めておく。


「事象力解放、直接干渉はできなくてもこいつをぶつければちっとは揺らぐだろ!」


 私が全力で拳を振り下ろすと、ゼロ達を追いかけていたノイズがさらに乱れるようにブレてその場に霧散しかけるが……さすがにこの程度で消えてはくれないようだ。

 だが、一時的にシステムを固定することには成功した。これでしばらくは追いかけてこれないはず。


「これでよし! さぁ先を急ぐぞ」


「やっぱこっちに現れるんだなあんた」


 あちらに『テンシと戦っている私』の事象は置いてきたので再びゼロ達と一緒に逃げている私を主軸にして逃再開だ。

 ただこの調子ならあと数回同じことを繰り返せば目の前の建造物に辿り着けそう……。


「気をつけて……変わるから」


「は? 変わるって何が……あぁ!?」


 それは予兆もなしに突然訪れた。突如目の前の風景が切り替わるようにスライドしてまったく違う場所を私達は走っていた。


(おかしい……事象が乱れている?)


 つい今まで私達は建造物を目指して走っていたはずなのに、今はそれを右手に見ながら駆けている。

 場所を一瞬で移動した? にしては少々違和感が……。


「くそ、また周囲が乱れてきたぞ!」


 まだ困惑してる途中だというのに、ここでまたテンシのお出ましかよ。

 どうやらあちらさんは私達がどんな動きをしようと的確に追ってくるようだな。


「ここから先は通さないっての!」


 まずは現れたテンシを抑えて、すぐに二人に合流しなければ。この場所に謎の瞬間移動があるとわかった以上長期間離れているのは危険だ。


「また……今度は違う場所に出るから注意して」


 二人に追いつくと不意にティーカがそう口にすると再び一瞬にして周囲の風景が切り替わり、今度は建物の中のような閉鎖的な空間へと移動していた。

 私は再びテンシの襲撃に備えて周囲を警戒するが……。


「……こないな」


「ここは……まだ場が安定しているから、安心していい」


 ティーカの言う通りここは安全そうだが、どうしてそんなことがわかるんだろうか?

 場が安定しているという言葉も気になる。先ほどから場所が変わる度に若干だが事象の乱れを感じているのだ。


「ここなら一息つけるってことだな。けどこの場所ってなんなんだろうな? 人が住んでたような形跡があるけど、おれが住んでた場所とは全然違う感じがするぜ」


 辺りをよく観察してみれば、大分荒らされてはいるが長い机や小さな椅子が破壊され散らばっているのがわかる。奥には何かを受け渡しするカウンターのような仕切りも見え。


「どうやら、ここは大きな食堂だったのかもしれないな」


「ショクドウってなんだ?」


「いや食堂は食堂だ。メシを食うところに決まってるだろう」


「?」


 なんだか話が噛み合ってない気がするが、ともかく先を目指すことに集中しよう。


「ティーカ、道はわかるか?」


「あの扉から出て……左に真っ直ぐ進む」


 こんな場所でもきっちり鍵の場所はわかるんだな。

 砂嵐、テンシ、変化する場所、感覚の齟齬……そして世界を救うという“鍵”。

 何もかもが謎だらけのこの世界だが、この危機を乗り越えられたらその辺りも徹底的に調べてみよう。


「よし、なら一気に駆け抜けるぞ!」


 合図と同時に部屋を飛び出した私達は一目散に左の道へと駆けていく。

 ここで再びテンシが襲撃してくるのではないかと警戒していたのだが……いくら待っても現れない。


(それよりも、なんだこの感覚は?)


 この道も何かがおかしい。建物内の上下左右が閉じられた一本道なのに、終わりが見えない。

 進んでも進んでもどこかにたどり着く気がしない。私達はいったい、どこを走っているのかさえ……。


(私達は今本当に走っているのか? 走っているという意識はあるのに手足の感覚がなくなっているような……。いや、なんだあれは?)


 気づけば私の視界……いや脳裏には室外の様子が映像のように流れていた。

 しかも先ほどまで見ていたボロボロの建造物ではない、幾人もの人間が住めるしっかりと形が保たれている状態のものだ。


 しかし、そこに住まう人間は誰もが恐怖に顔を歪ませ、なにかに追われるように逃げ惑っていた。


「もしかして、これがこの場所の歴史なのか?」


 どこからかゼロの声が聞こえてくる。もしや二人も私と同じようにこの光景を感じ取っているのか?

 と、私が考えてる間にも映像の状況は次々と移り変わり、段々とひどい結果へと向かっていく。


 テンシが人々を虐殺し、舞う砂嵐が建物を削り取り、全てが破壊され尽くしていく光景はまさにこの世の終わりと表現するのにふさわしい。


「おれの場所と同じだ……誰も為す術もなく、すべてが消されていって……」


 確かに、こんな光景を間近で見てしまったら、今もどこかでこんな残虐な諸行が起きているなら、それを食い止めたいという気持ちはよくわかる。


「大丈夫……ゼロ、全部の“鍵”さえ手に入れられれば、すべてが救われるから」


「ああ……そうだよな。そのためにも、まずは最初の一つ目を絶対手に入れてやる!」


 どうやら映像を見てゼロも気持ちが再燃したみたいだ。

 二人の情熱を感じてなんだか私もやる気が高ぶってきたぞ。このまま勢いに乗って……。


(なんだ? 映像が……)


 先ほどから続いている映像に若干の乱れのようなものが見え始めている。これは映像の中の砂嵐じゃない、まるで映し出されている光景そのものが徐々に差し替えられていくような。


ザザ―――


(なん……だ、これは……)


 怯え逃げ惑っていた人々は次々と爪と牙を持つ怪物に切り替わっていき、人々の集いの場だと思われていた建造物はその怪物を生み出しては排出する生産工場のようなものへと変わっていた。

 そして怪物達は一斉に目の前の"敵"であるテンシ……いや、剣を構える人影へと襲いかかっていく。


 だが、戦局はあまりにも一方的すぎた。

 襲いかかったはずの怪物は目の前の人影が消えたと認識する間もなく細切れにされ、その切り口から内部を破壊するようになにかの衝撃が走り抜けていく。

 怪物は無尽蔵に生み出され続けてはいるが、それを上回る速度で人影が光の速度で駆け抜ける。いや、ただの光というよりあれは……そう、稲光と言った方がいいだろう。


(圧倒的だな)


 やがて勝敗は決した。人影はすべての怪物を切り裂き、建造物の内部までも粉々に破壊し尽くし、勝利を収めた。


 だが、この映像はなんだ? これが本当にこの場所で起きたことだというのなら。それに、あの人影は……。


「おい、ぼさっとしてんなよ! 話ちゃんと聞いてんのか」


「え……? ああ、ゼロ……か」


 急に呼びかけられたゼロの声に我に返ると、私はいつの間にか二人とともに階段を駆け上がっていた。


「なぁゼロ、ティーカ、お前達はさっきの映像……怪物と一人の剣士の戦いを見たか?」


「……」


「あ、何の話だ? ともかく、この階段を抜けたら一度建造物の外に出るからヤツに見つかる可能性が高いだかからな。戦いに関しはあんたが要なんだからしっかりしてくれよ」


 ティーカは相変わらず私とはあまり話したくないようだが、ゼロのこの反応はあれを見ていなさそうだ。

 となると、やはり私だけか? しかしあの映像……なんだろうか、私にとってとても重要なもののような気がするのだが。


ザ――ザ――――


「きたぞ!」


「まだ考え事の途中だってのに、嫌なところでやってきてくれるなぁおい!」


 階段を抜けたその瞬間、急に現れた砂嵐とテンシに私は思考を切り替えざるを得なくされる。

 だが、もしかしたらこれは逆にチャンスかもしれない。ここらでもう一度、テンシについて詳しく探ってみることにしよう。


(ゼロ達の方へ残す事象は……よし)


 先ほどと同じように事象を分け、保険をかけた。だから今度はあいつらと逃げる事象ではなく、こちらを中心事象として観察を行わせてもらう。


 よくよく考えれば、このテンシはなぜ人の形をして剣を握っているのか。

 私は振り下ろされる一太刀をひらりと避けるが。


「ガハッ……!」


 こうして砂嵐の影響下ならどこにいようと絶対に斬られてしまうというのに目の前の形が存在する意味はあるのだろうか。


「というわけで今回はもう一戦いこうか」


ザザ――――


 いつもならここで分けていた逃走中の事象に中心事象を切り替えるところだが、今回に限って事前にもう一つ増やしておいた事象で再スタートさせてもらった。

 テンシはこちらの私の存在に気づくとすぐさま剣で斬りかかろうとするが、一旦それはやめてもらおう。


ザ―――


 切先が私の体の手前で寸止めされる。だがこれは何もテンシの意思で止めたわけじゃない、少しばかりズルをさせてもらったのだ。


「悪いね、こうでもしないと止まんなそうだったんでな」


 今渡しが斬られていないのは、この場所にすでに『私が斬られた』という結果系を存在させているからだ。それはすでに起こった事実であり、世界の共通認識となっている。

 そう、すでに起こったことを同じ事象で二つ重ねることはできない。


 これでテンシはもうこの場面で私に手が出せない……と思っていたのだが。


(ほんの僅かずつではあるが、剣がこちらへと向かってきている。となると、やはりこれは……)


 本来ならば私が攻撃されるという結果に至る行為はすべて抑え込まれるはずだというのに、それでもテンシは私への攻撃の意思を緩めない。

 そうなると考えられる可能性は一つだけだ。事象力によって縛られた制限を超えられるのは同じく事象力による影響のみ。


 すなわち、このテンシの組み込まれている事象力とはこの場に存在する人間はすべて消滅するという結果であり、それが終わるまで止まることはないということだ。

 だが問題はどうしてそのような結果系が生まれたのかということに繋がってくる。


(やはり、先ほど見た映像が関係しているか)


 怪物との戦いでボロボロに壊滅した廃墟……もしあれがこの事象の結果系と同じ原因系で結ばれてる別の結果なのだとしたら……。


ザ――


「っと、もう時間切れか」


 拘束していたテンシのノイズが段々と薄く、小さく消えていく。先を行くゼロ達がかなり遠くまで離れたからそちらに移動しようとしてるんだろう。

 となれば、私も早く中心をあちらに戻し事象を統合扨せなければ。


「はい、というわけでただいま」


「いや、今まで一緒に走ってたのに急にどうした」


 っとそうだったな、私は別に瞬間移動したわけでなくあくまで『二人と一緒に逃げていた』事象の私に他の意識を統合させただけだからな。

 もちろんこっちの記憶もちゃんとある。今は……そうか、もうここにたどり着いたところか。


「近くで見るとでっけぇな。ここが……“鍵”のある場所か」


「早く……入ろう」


 最初に鍵を目指して遠くから見ていたあの巨大な建造物、その天辺にある突き出た部屋の前に私達は立っていた。

 そのまま中へと進んでいくと意外と中は殺風景で、中心になにやら台座のようなものが備え付けられているだけの場所だった。


「もしかしてあれが“鍵”なのか?」


 他には何も見当たらないし順当に推察すればあれがそうなのだとは思うが。


「おれには普通の“記憶の石”に見えるけどな」


 んん? ちょっと待て、なんだかここで急に知らない単語が出てきちゃったぞ。


「なんだそのなんちゃらの石ってのは?」


「記憶の石は記憶の石だろ。この石がある場所に人が集まって暮らす。そんでここで起きたすべてがあれに記憶されていく。普通のことだろ?」


 この世界では……それが普通のことなのか。だが気になるな、“記憶の石”……なぜそんなものが存在して、人々はそこに集まり暮らすようになったのか。

 できることなら私自身の手で調べ尽くしたいところなのだが……。


「“鍵”は……その石の中に隠されてるの。少し……待ってて」


 やはりそうだったか。ともかく、ここは二人の世界救済の用事を先に済まさせないとな。

 ティーカが石に触れると、一部がパネルのように光り出し、謎の文字の羅列が次々と表示されていく。

 もしや、あれがここで起こったすべての"記憶"ということなのだろうか。


「これは……ダメ、もっと深いところにいかないと」


 パネルを操作しながらなにやらブツブツと呟いているが、あれは何かを探しているんだろうか?

 それを探し終えるまで私とゼロは待ちぼうけ……というわけにもいかなさそうだ。


「嘘だろ、この場所にまで……“砂嵐”が!」


「ゼロ、お前はティーカのそばにいてやれ。ヤツには私が対処する」


 部屋の外壁を砂嵐が貫通して入り込み、そして入り口からは……テンシがゆっくりとこちらへと歩みを進めてきていた。


(なぁ……お前はいったい"誰"なんだ……)


 テンシは言葉を交わさない、意思を持つこともない。だがその姿、その立ち振舞には、原因系となった事象が関わっているはずだ。


ザ――ザザ――――


 私のケルケイオンとテンシの剣がぶつかり合う。どうやらこの場所ではあの認識外からの攻撃を仕掛けてくることはできないらしい。


「これも違う……これも、これも」


 ティーカの作業はまだ終わらない。自身への事象操作により私がやられることはないが、もし万が一テンシが私の守りを抜けてしまったら。


「どうして……どうして“鍵”が見つからないの。絶対にあるはずなのに」


(ティーカ……。おれは……またこうして見てるだけなのか。あの時みんなが消滅させられた時のように。……いや、違え)


 テンシの攻撃も激しくなってきたそんな状況で、どういうわけかゼロがその背中のボロボロの剣を構えてこちらへと進んできた。


「来るなゼロ! お前が来てどうこうなる相手じゃない!」


「え……ゼロ? そんな、ダメ……あなたは消えてはいけない存在。だからこっちに戻ってきて……」


 私達の声にゼロは目を閉じて一瞬立ち止まる、だがすぐにその目を開くと再びこちらに向かって歩き出し。


「もう嫌なんだよ。おれだけ何もしないで見てるのは」


 その目は、私と初めて対峙したときに見せたあの決意を秘めた眼差しだった。


「だからおれは……今ここであの時のおれを超える!」


 そう叫ぶとゼロは一気に走り出し、私の背後で飛び上がった。

 そしてそのまま落下しながらテンシに向かって剣を突き立て……。


ザザ――――


 その時……見えた。ただのボロボロの剣だと思っていたゼロの剣は錆びていたのでも壊れていたのでもなく、そういう形状なのだと。

 欠けていたように見えていた刀身の穴はそれぞれが均等な間隔で……六つの何かがはめ込められるような作りになっていた。


 間近で見ていた私は、その剣がテンシに突き刺さろうとするその瞬間……くぼみの一つが光ったような気がして……。


「ゼロ……はっ! これ……見つけた! これが“鍵”、世界を救うためのっ!」


 そして同時にティーカの方もついに記憶の石から鍵を見つけ出したらしい。

 これで……。



ザザ――――――再修正プログラム起動確認――――――並行事象処理を開始します――――



「なに……?」


 次の瞬間、テンシから放たれた光が一瞬にしてすべてを包み込んでいく。

 なにが原因かはわからない。ただ何かが起こったことにより、私の意識……そしてこの世界の事象が……一旦その意識を眠らせることとなるのだった……。



――――――


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