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326話 記憶の波


 なんだ、あれは……。

 輪郭は人間だが、その内側にまったく生気というものが感じられない。


ザザ――――


「!?」


 あいつ……今こちらを見つめているのか。顔と思われる部分は目も耳も鼻も見当たらないが、それでもハッキリと視線を感じる。

 だがそこに感情はない。まるで、ただそうするだけの命令を組み込まれたプログラムのような……。


「おい、なにぼさっとしてんだ! さっさと逃げるぞ!」


 ゼロの声に振り向くと、二人は手を繋ぎすぐにでも逃げ出せる準備を完了していた。


「あれは逃げるべきものなのか?」


「“砂嵐”と同じだ! あいつは現れると近くの人間をすべて消滅させていく……記録の中では“転史てんし”って呼ばれてるヤバいものなんだよ」


 人間に対してのみ砂嵐と同じ現象を引き起こすテンシ……か。


「今までもあいつを見かけたらすぐに身を隠して逃げてたんだ。こんなに近づかれたのは初めてだから逃げ切れるかわかんねえけど早く……」


「だったら、逃げずに立ち向かえばいい」


「は!?」


 確かにここで逃げるのは正攻法かもしれない。ただ、謎を謎のままに残しておくことは私の信条に反するんでな。

 驚異なのは相手が"未知なるもの"だからだ。それさえなくなれば……もう逃げる必要はなくなる。


「バカかあんた! 消滅しちまうぞ!」


「心配してくれてサンキューな。ただこれは私が勝手にやってることだ、ゼロとティーカは逃げるなりなんなりと自由にやってくれ」


 とまぁこんな軽口を叩いてはいるものの、私も初見の相手を前にどこまでやれるか未知数ではあるからな。

 念のため二人には逃げてもらいたいところではあるが……。


「くそっ、おれは……どうすれば」


「……ゼロ。信じて……みよう」


「ティーカ? ……わかった、お前がそれを選ぶならおれも一緒だ」


 逃げる気配はなしか。どうやら二人共私の戦いを見届けることを選んだみたいだな。

 しょうがない、ギャラリーに恥ずかしいところ見られないためにも、全力でお相手させてもらいますかね。


ザ――ザ――――


 目の前のテンシは私を観察するかのようにじっとして動かない。

 だがそうしていたのは束の間だけであり、どうやらテンシは私を敵と判断したらしくゆっくりとこちらに向かって歩みを進めてくる。

 そして……。


「おいおい、なんだか物騒なもん取り出しちゃってまぁ」


 テンシの周囲に再び“砂嵐”が走ったと思えば、そこから自身と同じようにノイズの囲われた長物を抜き出すかのように現れた。

 その輪郭から巨大な剣のようにも見えなくもないが、形状よりもその内に感じる異質な気配の方が危険な力を秘めているように思える。


「……くるか」


 次の瞬間、テンシは私の目の前に現れその大剣を振り下ろしてくる。

 避ける必要は……あるな。魔力の扱えない今、身を守る術が殆どないうえ、未知の攻撃をまともに受けるのは得策ではない。


「避け……」


 ようと思ったその時だった。急に現れたのは驚いたが剣の振りはそこまで速くなく十分避けられるはずだったというのに……。


ザ―――


「おいおい……嘘だろ……」


 大剣は確かに縦に振り下ろされたはずだというのに……なぜか私の下腹部が横薙ぎにされたように半分ほど抉り取られて(・・・・・・)いた。

 血液は噴き出ない、代わりにノイズのようなものが傷口にまとわりついている。だが痛みは消えてはくれない。むしろ痛みを増幅させるように体の中を何かが這いまわっているようで……。


 私は、そのまま意識を失いその場に倒れてしまった。


「ッ……! チクショウ、やっぱりダメなのかよ! “転史”には誰も敵わねえ、みんなあいつにやられちまう。やっぱこうなったら逃げるしか……」


「待って……ゼロ」


 傷つき倒れ込んだ私の姿を見て悔しそうな表情を浮かべながら逃げる準備を始めようとするゼロだったが、まぁそう慌てないで見ててほしい。


「初見殺しってズルいよな。ま、戦いの勝敗を決めるものなんてだいたいそういった、対応不可能の一撃なんだろうけど」


「そんなこと言ってる場合じゃ……ってうぉあ!? あんたいつの間におれの隣に……てか今確かにやられたはずじゃ!?」


「あーあの一撃なぁ。確かにありゃ避けらんないわ」


「いやそうじゃねえだろ! どうなってんだよあんた! さっき戦ってただろ、偽物だったってのか」


「いんや、確かに私はテンシと対峙して、横っ腹ぶった切られたよ。やられた私の事象には申し訳ないことをした」


 簡単にいえば自分自身を複製したのだが、ちょいと事象を操作して"戦ってる私"と"観察している私"を同事象に存在させたのだ。

 確かにこの世界において私は事象力を行使できない。しかし私自身に対してならばまったく制約はないのでこんなことも可能なわけだ。


「まぁ正確に言えば分身……いや分裂といった方が正しいか?」


「どうでもいいけどんな悠長にしてる場合かよ! このままだと“転史”がこっちに来ちまうから早く逃げ……」


「その心配はない。最初にあっちに好き勝手させてやったんだから、今度はこっちの攻撃フェイズだ」


「え?」


ザ―――ザ―――


 困惑したままのゼロを置いてけぼりにしたまま、私はすでに次の行動に移っていた。

 つい今までゼロと話していたはずの私はいつの間にかその場から姿を消しており、代わりに……。


「“転史”に……攻撃を当てた。いや、でもどうやって……。てかいつの間にまたあっちに」


 私の右手は背後からテンシの胸に当たる部分を貫いていた。自身の事象を操作して腕の硬度と貫通力を与えたのだが、結構あっさり貫けたな。

 ちなみに私は瞬間移動したわけではない。ゼロと会話している間にすでに"攻撃を仕掛けている"私の事象が存在していたわけだが、この世界において"認識できる私"は一人だけなのでこういった情報の齟齬が生まれるというわけだ。


「マジ……か? 倒したのかよ、“転史”を!」


「ダメ、ゼロ……動かないで」


「ティーカ? どうしたんだよ」


 どうやらティーカは気づいているようだ……このテンシがまだ生きているということに。

 いや、そもそも"生きている"と表現すべきものなのか。私の手は確かに目の前の存在を貫いている、手ごたえもちゃんとある。だというのに、この不穏さは……。


「ぐっ……!?」


「は!? ど、どうなってんだよあれ!」


 いつやられたのか、私の背中は縦に切り裂かれていた。そして、先ほども同様だったが、切り口から血液が噴き出ることはなくテンシと同じノイズでふさがれている。

 どうせなら……。


「おい! ぼさっとしてないでさっきみたいにこっちに逃げろよ! 早くしないと……!」


 先ほどは事象を回収したことでやられた私の顛末を知ることはなかったが、今回はこのまま放っておいたらどうなるか観察させてもらおう……そう、最後までな。


「これ……は!」


 私の中に侵入したノイズが体の中で何かを行っている。……いや違う、これは私の存在をなかったものとするためのシステムだ。

 そうか、これは一種の情報処理のようなもので……。


「き、消えちまっ……」


「なかなかに面倒な情報操作能力だな。確かにこれを前にしたら逃げる以外の選択肢はないようなもの……お、どうしたゼロ? そんな呆れたような顔をして」


「まぁそんなことだろうとは思ったけどよ。ったくピンピンしやがって」


「いやいやこれでも結構痛手食らってんだぞ。事象そのものがバラバラにされたから回収もできずに失ってしまったからな」


 とりあえず再びゼロの隣に刻み込んでいた事象に移動して分析を続けていたが、どうやら思った以上に事態は深刻なのかもしれないということが分かった。

 まさか私の事象が分解され、吸収されるでもなく消滅させられるとはな。


「んでどうなんだよ。あいつ、倒せそうなのか」


「んーどうだろうな。ちょっとまとめなきゃいかん情報が多くて少々困ってる」


 いうなれば砂嵐もテンシも世界が生み出した修正プログラムなのだ。

 発生する条件があり、削除すべき対象を消し去るため世界が生み出し続けるいわば世界の自浄作用。限定的な事象干渉能力といってもいい。

 つまり私達はこの世界の"ルール"を相手にしなくてはならないわけだが。


(まず発生条件が不明。削除対象は……やはりゼロとティーカなのか?)


 そもそもここは終極神の事象世界なわけで、それがどうしてこんなことが起きているのかだ。しかしそんなことを探っている時間もないので、とどのつまり今やるべきことは。


「ルールそのものを変えるか、対象を不在にするか……ってとこか」


 浄化作用が機能している限り目の前の実体をいくら潰そうがいくらでも現れる。私なら正面から戦っても負けることはないがそれで解決することもなく千日手となるだけだ。

 となれば方法は……。


「うん、そうだな。やっぱ逃げるか」


「はぁ!? あ、あんたあれだけデカい口叩いておきながら今更逃げるってのかよ!」


「まぁまぁ焦るな。逃げると言ってもこれは勝利のための一時的なもの、いわゆる戦略的撤退というやつだ」


 あのテンシがこの世界において正常な機能なのか、それとも作為的なものなのかはわからないが、"世界のシステム"であることには違いない。

 私が直接そのシステムに干渉できればそれが一番いいのだが、あいにくその権限を持ち合わせていない。一から解析していくこともできなくはないが、残念ながらそんな時間もないのが現状だ。


(せめて、セフィラとクリファが一緒にいてくれればまた話は違ったんだがな)


 終極神にとって重要な事象を持つあの二人がいればその力を通して干渉することも可能だっただろう。

 だがないものねだりをしても空から降ってくるわけでもなし。ならば、別の可能性(・・・)からアプローチを試みよう、ということで……。


「ティーカ、“鍵”には本当に世界を救う力があるんだな?」


「……それは、間違いない」


 やっとコミュニケーション成功だな。ここでも無視されたらどうしようかと思ったぜ。


「おいおいそれって……このまま“鍵”のところまで逃げるってことか!? いや無理だろ! 隠れながら逃げねえとあいつに追いつかれちまう!」


「別にテンシを撒こうとは思ってないさ。追ってくるヤツを私が相手し続けておくから、その内に二人は“鍵”を手に入れるなりなんなりしてくれ」


 テンシの狙いがおそらくこの二人である以上、私がここで戦い続けていても途中で逃げた二人の前に出現するだろう。

 だからこそ私が二人の周囲で守り続ける。これが現状の最善手だ。


 ……そして何より重要なのが“鍵”の存在だ。どんなものなのかはまだわからないが、二人はずっとそれが"世界"を救うと言っている。

 正体不明の力にそこまで"世界"を強調するとなれば、おそらくこの事象において世界に干渉できるほど強く刻み込まれた力である可能性は大いに高い。


「言ってしまえばこれは賭けのようなものだ。お前達にとっても、私にとっても。だから私は“鍵”が世界を救えるという二人の言葉に賭ける」


「代わりにおれ達はあんたに賭けろってか……本当にめちゃくちゃなやつだな。でも……」


 私の考えに呆れながらもその目はまったく諦めていない、情熱に満ち溢れており。


「おれだって世界救うって決めた時から覚悟はとっくにきまってんだよ。だからティーカ……」


「うん、大丈夫だよ。ゼロの選ぶ未知を信じるって……決めてるから」


 どうやら二人も覚悟は決まっているようでなにより。

 それじゃあ早速……。


「作戦開始だ!」



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