233話 消えない傷跡
「それじゃサティさんはムゲンの頼みで俺達を捜しに来たってことか! それならそうと最初に言ってくれればいいのに~」
「う~ん、一応あんた達はこの国を味方につければ大丈夫だってムゲンに聞いてたから重要じゃないって言われたんだけどね」
そう、第四大陸全体の協力はもともと俺達の仕事ではない。俺達がムゲンから頼まれたのはこの大陸のどこかにいるとされるもう一人の勇者の捜索だ。
「ムゲン様ですか……もはや遠い昔のことのように思えます。あの方が現れたことでわたくし達の国は精霊神様の加護を得られることとなったのですから」
「精霊神か。この大陸に降り立った時から多くの精霊の気配がすると気にはなっていたが、この国は特に精霊の気配が活発に感じられるな」
「お、やっぱレイレイはエルフだからわかるよね。ランは『世界樹』近くの里出身だからこれが普通だけど、同じエルフ族でも外の人にとっては気になっちゃうんだ」
「確かにこの感覚にはまだ慣れないな……というかなんだその変な呼び方は」
このエルフ、俺より年上だというのにどうしてこんなに子供っぽいのか……。本当に成長期を超えたのか疑わしいくらいだ。
「えー、いいじゃんレイレイ。可愛いよ」
「あはは、アタシも可愛いと思うぞーレイレイ」
「くっ、サティまで面白がって茶化さないでくれ……」
サティはここの連中と気が合うのかすぐに仲良くなって馴染んでしまった。俺はというと……この集団のノリはどうも苦手だ。特にあの勇者とかいう男とはこの先も馬が合わないだろうな。
「しっかしレイくんも隅に置けないねぇ。あんな綺麗なお姉さんをものにするなんて……いったいどんな手を使ったんだこのこの~」
「……」
特にこういう絡みが最高にウザい。聞いた話ではこいつも異世界人ということだが、異世界人はどいつもこいつも変に絡んでくる奴しかいないのか。早く謁見の間とやらに着かないのかまったく。
「でも驚いたよ。もっと警戒されてるものだと思ってたけど結構友好的じゃないか」
「うむ、我々も魔導師ギルドと交戦していたがゆえにこれまでは警戒を強めていたが、長期間監視を続けていた精霊の話では協力を持ちかけてきた貴公らからは邪気はなく友好的な気のみを感じたとの話なので警戒を緩めることにしたのだ」
「精霊が人に従いそれを伝えるというのか? 俺の故郷ではそんな難しい頼みを聞く連中はいないが……」
あいつらは気ままに好みの場所をふらふらしては適当に生きているだけだ。エルフの頼みを聞き入れるのも、あいつらは他種族と話せるのを珍しがって気まぐれにこちらの言った通りに行動するだけだからな。
「この大陸には精霊神様がみんなを教育してくれてるからねー。多分他の大陸の精霊より頭がよくておりこうさんだよ」
ムゲンの話にも出てきた“精霊神”か。どうやら情報通り俺達の敵ではないようだ。ムゲンからは『今は接触する必要はない』と言われたが、俺はいささか興味がある。どうやらその精霊神とやらも、“神器”の使い手らしいからな……。接触できれば、何かヒントがつかめるかもしれない。
「皆さま、そろそろ謁見の間ですので雑談は控えるようお願いいたします」
だが今は、こちらの問題を解決するのが先か。この国の有力者である勇者や第二王女が味方に付いているのだから手早く話は進みそうだな。……この勇者とやらにそれほどの発言権があるのかはまだ疑問ではあるが。
「けど、第二王女サマや騎士長サマが友好的で助かるよ。これなら交渉も友好的に済みそうだね」
「クレアと呼んでもらって構いませんよサティさん。ですが……」
「交渉が上手くいくかは……まだわからないだろう」
どうやらサティも俺と同じことを考えていたようだ。しかし、その言葉に対して勇者達の表情が急に微妙なものへと変化していく。
これは……どういうことだ?
「こちらです。扉が開かれれば王と対面することとなるので準備はよろしいですね」
廊下を進んだ先には重苦しい雰囲気の巨大な扉が俺達の目の前に現れ、全員がその前に揃い立ち止まる。
「今日は部屋でおとなしくしてくれりゃいいんだけどな……」
「どうでしょう……。一応情報は漏れないよう細心の注意はいたしましたけど」
そんな勇者ケントと王女クレアが小さく語り合うが俺達にその意味はわからない。そしてそのまま扉がゆっくりと開かれ、その先に現れた光景は……。
「お父様、ヴォリンレクスより参られた大使の方々をお連れし……」
広大とまではいかないものの数十人は余裕で収まりそうな広間。その脇をこの国の貴族や重役が並び、目の前には高く積み上げられた玉座が二つ、その上に座っているのがおそらく王と王妃だろう。
だが、クレアはその玉座を見て言葉に詰まってしまった。それはきっと、その視線の先……玉座の横に立っている女の姿を見たからだろう。
「お、お姉様……」
「うっそだろ……今回は最初からラフィナさん来ちゃってるよ」
クレアがお姉様と呼んだことや、ケントのしまったというような態度。それに加えヴォリンレクスの大使もあの女の姿を見た瞬間に表情が曇ったところから察するに……あれがこの国の……。
「ヴォリンレクスからの使者よ、遠路はるばるよくぞ参られた。……ただ、此度の協定の交渉に我が娘ラフィナも出席したいと言い出してな。それでもよろしいかな」
「わ、我々は一向に構いませんが……」
大使がちらりと俺達に視線を向けてくる。やはり、あの女がこの国の第一王女……毎回交渉の場に現れては荒らすだけ荒らして強制的に中断してしまうという厄介な人物か。
それが最初からいるということは、可能性のあった俺達の大陸捜索の許可すら怪しくなってきたということだ。
「いったいどこから情報が漏れたのか……陛下も平静を装ってはいるがラフィナが現れたことに焦っておられるだろう。済まない、我々が彼女の行動を予測できなかったばかりに……」
「気にしないでいいよ。アタシらは別に誰が邪魔しようと立ち止まるわけにはいかない、前に進まなきゃいけないんだ。な、レイ」
「ふっ……ああ、その通りだ」
あの女が現れたからといってまだすべてを諦める理由にはならない。俺達は悲しみを乗り越えて共に前に進むと決めたのだから。
「……ではクラムシェル王、これまでにも幾度か交わした国家間、および大陸間における和平協定と今後の脅威による協力の件から進めてもよろしいでしょうか」
「うむ、魔導師ギルドの内情が激変し我が国への脅威も去った。そして今度はお主らヴォリンレクスの者がその新体制のギルドと共に我が国に和平と協力を持ちかけてきた……なんとも奇妙な話だ」
以前の魔導師ギルドも元々は新魔族への脅威に立ち向かうため女神政権の傘下に加わるよう押しかけてきていたからな。奴らのように強引な手を使うことはないが、今ヴォリンレクスがやっていることも似たようなものともいえるか。
「我々から提案する協定は、互いに侵略行為を許さず、国家間の交易貿易による物流品の流通。それと、互いに国家への危機が訪れた場合に協力して脅威へと立ち向かうというものです」
「確かその一環としてそちらの国の兵を我らが国に常駐させるという話もあったな」
「はい、脅威が訪れた際の素早い伝達は同国の兵が行うのが適任です。加えて、我らが国の最新装備などの提供をさせてもらう際、使用法を享受させることのできる者を配備させるなども視野に入れております」
「なるほど、そこまで考えて……」
「我が国は海に面していながら外の大陸との関りは少なかった。貿易の話はありがたいかもしれぬな……」
「ヴォリンレクス帝国はすでに多くの国と協定を結んでいると聞く。さらに繋がりを広めることも見えてきますね」
大使の説明する内容に興味を示すかのように周囲の重役達もざわつきだす。国というのは繋がりが広ければ広いほどその力を増し豊かになるのは俺でも理解できるからな。
だが、いくら周りがいい反応を見せようが結局のところ決定権を持つ王が首を縦に振らなければ何の意味もない。
「静まれ皆の者。……ふむ、だが確かに我々にとっても悪くない話ばかりだ。ならばそちらの提示した条件をもとに詳細な条約を定めることで協定を結ぼ……」
「お待ちくださいお父様。わたくしはこの協定を結ぶことに異義があります」
王の印象もよく、上手くことが進みそうだったというのにここで横やりを入れてくるか。
だがこの女から感じる空気はなんだ……俺にはまるで感情のない人形のようにただ淡々と話を進めているようにも見えるが……。
「お父様、それにお集まりの重役の方々もお忘れですか? この国に起きた悲劇を……。外の者を受け入れたからこそこの国は貶められ滅亡の寸前まで追い込まれてしまったのですよ」
「し、しかしだなラフィナよ……我らが住まう地に精霊神様の加護はあれどこのまま外の国との交流を拒み続け孤立していくのは我が国の進歩を止めることとなってしまう。お前の言う通り外の者を受け入れるのを恐れるのは我らも承知しているが、リスクのない発展はあり得ないのだ」
「ならば、発展などしなければよいのです。この国に必要なものは平和と安寧……お父様は取り返しのつかないリスクでまた民を危険に貶める気なのですか」
「そうではない。我が言いたいのはそういう問題ではなく……」
王の言葉に段々と抵抗力がなくなっていく。第一王女が言っていることは正しいように思えるが絶対ではない。やはり王といえど娘には甘いということなのか。
それに、あの女の言い分が俺には気に食わない。まるで自分の信じる世界以外を受け入れなかったガキの頃の自分を思い出すようでな……。
「ら、ラフィナール王女。お言葉ですが今世界には危機が迫っており、自国の防衛力だけではこれを乗り越えることはできないと我々の方では考えられております。それを乗り越えるためにも我々は共に手を取り脅威に立ち向かう必要があるのです」
「その言葉にどれだけ信頼性があるのでしょうか。他の国ではそれで通用しても、わたくしはその言葉を信用することはできません。嘘の情報で我々を信用させ、長い月日をかけ国を貶める準備をするとも考えられます……」
「わ、我らが皇帝に限ってそのようなことはあり得ませぬ!」
「あなた方の主君が良き王であろうと、この国に送り込まれる人物に邪な考えを持つ者がいるかもしれません。例えば、悪しき考えを持つ新魔族……とか」
この女、どこまでも自分の言い分を変えず俺達を拒絶するつもりか。
新魔族によって引き起こされたこの国の悲劇は知っている。この広間に入った瞬間にも周囲から疑いの眼差しを向けられていたことからその傷跡がまだ深く残っていることも理解できた。だがこちらの友好的な姿勢を見せることで少しづつ周囲の警戒も薄れていったのもまた事実。
しかし、この女だけはどれだけ有効的な態度を示してもこちらを信用することはない。何か心の中に眠る深い"闇"がかたくなにこちらを拒絶しているようにも感じられる……。
「あの子……なんかムリしてるね」
「それは本意ではない言葉を口にしているということか?」
「そうじゃないよ、あれも本意さ。でも……あの子の奥からはすさまじい"怒り"が感じられるんだ。本当はもっと言いたいことがあるんじゃないかな」
本当に言いたいことか……。俺には世間知らずのわがままなお姫様が駄々をこねているようにしか見えないがな。
だがサティは七大罪の力の一つである“憤怒”によって人の怒りの感情を感じ取ることができる。つまりあの女にはそれほどの怒りの感情が眠っているということなのか。俺にはあの華奢な見た目からは想像もできないが。
「ラフィナの言うことはもっともだ。やはりこの件はもう少し考えるべきなのかもしれぬ……」
あの王の態度……娘の言葉に納得したというよりはこれ以上あの女に発言させないよう配慮し、この交渉を終わらせようとしているようだな。
だが、ここで終わってしまってはマズい。
「お、お待ちくださいクラムシェル王よ! この交渉を終わらせる前に一つだけある了承を承諾していただきたいのですが」
「承諾とな? 先ほどの件に関する内容ならばすべて保留させてもらうこととなるが?」
「いえ、こちらは先ほどの件とは別件です。実はこちらの方々がこの大陸にてとある人物の捜索の任を受けておりまして。彼らだけでもこの地を自由に捜索する権利を承諾してはいただけないでしょうか」
そのまま大使は俺達を紹介するようにその場を退いて王との交渉に臨み始める。そう、俺達がここまでやってきたのはこの承諾を得るためだ。たとえ国同士の交渉が上手くいかずともこの許可だけは得ておかなくてはいつまでも待ちぼうけを食らうハメになる。
「ほう、その者達は?」
「アタシらはヴォリンレクスの者じゃないけど、同じ志を持つ同盟者だ。そして同じように世界の危機に立ち向かおうとしてる仲間がこの地にいるはずのある人物を捜してる。アタシらはそいつを捜しに来ただけなんだ」
「なるほど……そういうことならお主らだけでもこの地を巡ることを……」
「お父様、そんな言葉を本当に信じるのですか?」
あと少し、もう一声というところまで引き出せたというのにまたあの女の横やりによって中断させられてしまう。どこまでも邪魔をしてくれる……。
「人探しなどという曖昧な理由で潜り込み、この大陸の支配を目論む工作員ということもあり得ます。こうしてこの国に取り入り精霊神様の加護を抜けようとしている可能性があるのではないでしょうか。とにかく、わたくしは反対です」
「う、うむ……しかし……」
周囲が再びざわつき始め、俺とサティに疑いの目を向けているのを感じる。あの女の言葉にはなぜか周囲の同調を得る力がある。どうして誰もがあの女の言葉に耳を傾け納得してしまうのか。
「お姉様! 彼らは信頼できる人物です。わたくし達は彼らと話をしてこの地に脅威をもたらすような人とはとても……」
「ならクレア、もしその方々があなたの信頼を裏切ったのなら……あなたはどれほどの苦しみを味わうのか想像できるかしら」
「それは……」
「わたくしにはわかります。信じる者に裏切られた絶望は何よりも深い……。なればこそ最初から受けれることを選ばなければよいのです」
この女は……自分の妹の言葉でさえ信用しないというのか。クレアの態度から姉のことをどれだけ大事に思ってるかは俺には痛いほどよくわかる。だが、そんな想いすら無下にし拒絶するのは俺には許しがたい愚行でしかない。
たとえ王女だろうと、関係ない。
「よしなレイ。あんたの気持ちは痛いほどわかるよ。けど、今はその気持ちを抑えてくれ」
「しかしサティ。あの女の態度は俺には許せるものでは……」
もはやこの怒りは抑えておけるものではない……そう思っていたが、見上げたサティの表情を見た瞬間にその気持ちは消え失せていた。
なぜならその表情からは今までのサティからは見たことのない、強い"決意"のようなものを感じられるような凄みが伝わってきたのだから。
「レイ、ここは黙って……アタシのやることを見守っててくれないかい」
「……」
俺は無言で頷き、怒りを抑えその場をサティに任せることにした。だが無茶だけはするなよ……もしもの時は俺が必ずお前を守るからな。
「なぁ王女さん、あんたは可哀そうな人だね。そんなに誰かを……肉親すら信じることができないかい?」
「なんですか突然? 外の方に何を言われようとわたくしは主張を変える気はありませんよ」
「だろうね、よっぽどショックなことがあったんだね。……でも、そうやって何もかも拒み続けてるとあんたを想ってくれてる本当の優しさにさえ気づけなくなっちまうよ」
サティ……それは、お前自身のことを言っているのか。ベルフェゴルの真の想いに気づこうともせずに拒絶していた自分と重ね合わせているのか……。
「あなたに何がわかるというのですか。わたくしはお父様もクレアも信じています。信じてるがゆえに、想うがゆえに家族が傷つかない道を示しているのです」
「違うね、あんたは自分の逃げ道のためだけに家族を利用してるだけさ。誰からも背を向けて真実を受け止める勇気のない弱虫だよ!」
「なっ……!?」
ここにきて初めて王女の表情に曇りが生じ始めたな。サティの言葉に思い当たる節があるんだろう。
「なにをそんなに恐れてるんだい。また裏切られることかい? 自分のせいで誰かが傷つくことかい? ……いや、そんなんじゃないね」
「黙りなさい! これ以上は王族を侮辱した罪で罪状を与えますよ! わたくしは……わたくしは何かを恐れてなど……」
「あんたが恐れてるのは、自分以外の人間が誰かを信じて……裏切られない姿を見続けることだろ。自分と同じように不幸にならないことが許せないのさ」
……サティの言葉に王女も、場の空気も凍ったように静まり返る。それが意味するものは、きっと誰もが納得しているからだろう。サティの言葉が正しいのだと。
あの女が交渉の場に出てきてまですべてを拒絶するのは、誰かを信じることで誰もが幸せになるのが許せなかったから……。本当に、どこまでも身勝手な女だ。
「アタシの言葉に異論があるなら……立ち向かってみなよ、逃げずにさ」
サティの意思と王女の意地のぶつかり合いはどうやらサティの勝ちのようだ……と、思われたが……。
「ふ、ふふ……そうですか。あなたの言いたいことはわかりました」
王女の雰囲気は先ほどの人形のような無機質なものとはまるで変わり、感情を表に出して攻撃的な表情でサティを睨んでいる。
「その通りですよ! わたくしは何も信じてませんし誰かが信じることも許さない! でも、だからこそ平和が保たれるのです! 誰かを信じたところで心の奥に何を隠しているかわかりませんから。あなただって何を隠しているかわかったものではない……だからわたくしは信じないのです」
「お姉様……」
「ラフィナさん、そんなになるまで病んじまったのかよ……」
クレアやケントも身近な人間がまさかこんなことを言い出すなど思ってもいなかったんだろう。その表情には暗く、悲しみに満ちている。
「なるほどね、何を隠してるかわかったもんじゃないか。……ならそうだね、アタシの秘密を一つ教えてあげるよ」
「サティ、何を……」
サティは何かを思いついたようにゆっくりと玉座に向かい足を進めていく。それも体内の魔力を少しづつ高めながら。
それでもサティは俺に視線で『大丈夫だ』と訴えかけており……。
「な、何のつもりですか。あなたがどのような秘密を打ち明けようとわたくしの心が揺さぶられることなど……」
「これが、アタシの本当の姿さ」
そして、誰もの視線がサティに集中したその瞬間……魔力が溢れ出しその身が炎に包まれていく。
やがて炎が収まると、そこに立っていたサティの姿は……。
「嘘でしょう、サティさん……」
「あ、あの姿って……マジかよ」
その姿に心当たりがある者もいるのだろう。それはもともとこの世界には存在しなかった独特な個性を持った者。
「アタシは元七皇凶魔、“憤怒”のサティアン。あんた達が言うところの……新魔族ってやつさ」




