219.5話 一方そのころ
今回の登場人物を忘れたor知らない方は4章と5章へGO!
時は少しばかり遡り、ムゲン達が行動を始める前まで戻る。
女神政権が本格的に新魔族根絶を宣言し、それに賛同した魔導師ギルドが他大陸にもその意思に同調するよう圧力をかけていた時期である。
第二大陸やメルト王国では魔導師ギルドによる制圧が進められていたが、その時他の大陸ではどうなっていたか……。
今回は、その中でも特に注目すべき二つの大陸をクローズアップしてみよう。
-第四大陸では-
ここは第四大陸『チャトヴァル』、人呼んで"精霊に守られし大地"。この大陸では海を渡り港町を占拠した魔導師ギルドの陣営が今まさに大陸一の大都市へ向け侵攻を開始しようとしていた。
のだが……。
「くそう、なんだこの木の根は! 次から次へと生えまるで進軍できぬではないか!」
そう、これまで三度の進軍を開始するもその三度とも進行を阻害する木の根が生え、その隙をつかれ撤退を余儀なくされていた。
「吾輩は六導師が一人、水のゴンティだぞ! それがこんな木の根程度に足止めをくらいまるで成果なしとは……うぐぐ、どうにかならんのか!」
「しかしゴンティ様! この根はいくら焼き払ってもなかなか燃え尽きず、再生するうえにいくらでも生えてきます! できても数人が先に進めるだけでありまして……」
「そんなことは言われずともわかっておる! だがそうしてもたもたと進めば奴らが……」
「はっはっは、誰か俺を呼んだか!」
ゴンティの言葉に反応するように彼らの上空から一筋の閃光が飛来してくる。
進行する魔導師達を吹き飛ばすように墜落したそれは、舞う土埃の中で輝く一対の翼を羽ばたかせると、土埃が払われその姿を現す。
「そこまでだぜ悪党ども。この"勇者"ケント様が来たからにはこれ以上先に進めるとは思わないことだな!」
「チイッ、現れたか! 毎度毎度我々の邪魔をしおってからに」
魔導師ギルド軍の前に現れたのは、この大陸を救った英雄の一人である"勇者"ケントだった。背中に輝く翼とその手に持つ剣は彼の魔術であり、並みの魔導師では相手にもならないだろう。
そもそもケントは異世界人であり、女神の恩恵によりその身体能力も高い。
「ふん、勇者だかなんだか知らないがいつまで抵抗を続けるつもりだ。我々魔導師ギルドは世界を脅かす新魔族との戦いのためにこの大陸に協力要請をしているというのになぜそれを邪魔する」
「いいえ、あなた方が行っているのはただの侵略です」
「協力とか言いながら体のいい捨て駒にする気が見え見えだろう。だというのに我らが王がそんな要請に応じると思うか」
「そうだそうだー、横暴だぞ」
ゴンティの言葉を否定するように現れたのはケントのハーレム……もとい仲間であるクレア、リネリカ、ランの三人だ。特に第四大陸一の王国の姫であるクレアの言葉は父である国王の代弁ともいえるだろう。
「言わせておけばいい気になりおって。いいだろう、そこまで反抗するのなら魔導師ギルドは貴様らの国を明確に"敵"とみなす」
「みなすもなにも、今までもさんざん侵略しようとしてきたじゃねーか。今更何か変わるかっての」
「それはどうかな? 今までは必要最低限の戦力を駆使していたにすぎん。吾輩が本気になったらどうなるか見せてやろう」
そう言ってゴンティは指をパチンと鳴らすと、港町の奥の海にかかっていた霧が晴れ、そこからいくつもの船団がこの第四大陸に向かってくる光景が目に入ってくる。
「そんなっ!? 偵察隊からの情報ではあれほどの戦力が近づいている情報なんてなかったはずですのに」
「吾輩の魔術、『消失の霧』により極秘裏に戦力を向かわせていたのだよ」
腐っても六導師と呼ばれるほどの魔導師、これだけの船団を隠匿しながら整えるにはまともな技術力では不可能だろう。直接的な戦闘力よりもその技術力の高さを買われディガンに目をかけられた男こそがゴンティなのだ。
「どうかね、この戦力なら我々は昼夜問わず君らを攻め立てることができる。あの邪魔な木の根もどうにかできるだろう」
流石に港町の広さを考えれば船団の人員をすべて降ろすことはできないだろうが、この場で戦うのならば人員を交代して攻めればケント達もいつかは限界がくる……。
「うっわ、これは流石にマズいか。逃げた方がよさげ?」
「もう、何弱気になってるのケントくん! 精霊神様の木の根があの程度でやられるわけないじゃん」
「そうだぞケント。私達が諦めてはそれこそ奴らを勢いづかせるだけだ」
そう、先ほどから生え続けるこの木の根は精霊神であるファラがこの地を守るために世界樹の力の一部を防衛に使用したものである。
「たった数人でこの数に挑むか……。その意気は買ってやるが、いささか無謀だとは思わんかね」
「へっ、悪いが勇者の前には数の力なんて無力に等しいことを教えてやるぜ!」
「減らず口を……ものどもかかれっ!」
かくして魔導師ギルドと第四大陸国家との四度目の戦いが始まりを告げる。
数だけで見ればケント達の圧倒的不利だが、魔導師ギルド側は有象無象の集まり、魔術の練度もお粗末でそのほとんどが木の根に阻まれていく。
「ヌルすぎだぜ! くらえ、『輝きの聖剣』! オッラァ!」
輝く剣から放たれる斬撃は一撃で数十人の魔導師を吹き飛ばしていく。幾人かは防御しつつも、やはり未熟な魔導師では防ぎきれず一撃で戦線離脱にまで追い込まれていく。
だがそれでも、魔導師ギルド側の戦力は一向に減少する気配はない。いくらケントが強いといっても四方八方から魔術の雨に晒され続ければ引かざるを得ないだろう。
「どわわっ!? ヤバい、羽が焦げるっての!」
「ケント様! あまり前に出すぎないでください! ここは一度、わたくしが守りを固めますのでその間に体制を立て直しましょう!」
「サンキュークレア!」
クレアの魔道具と世界樹の根による防衛によりそのほぼすべての攻撃を防ぎきる。そして、魔導師ギルド側が防衛を突破しようと手をこまねいている隙を狙い……。
「こんなにいるならもう狙う必要もなさそうだよね。いっくよー、精霊のみんな!」
ランの言葉に呼応するように彼女の周囲に風が集まっていく。もともと近くの精霊の力を借りて戦うスタイルを駆使していたランだったが、ファラの指示により今では通常の数倍もの精霊が世界樹の根を通して彼女に力を与えている。
数が増えればそれに比例して威力も上がる。今彼女の矢は、一本でも放てば竜巻を引き起こせるほどの強さを秘めているのだ。
「な、なんだ!? 風が……ぐああああ!?」
射線上にいた魔導師は案の定吹き飛びひとたまりもない。こと防衛においては彼女以上に適任はいないだろう。
「相変わらずすっげぇなラン。もう一人で充分なんじゃないか」
「ふっふーん、防衛線はランの独壇場だからね。近接戦闘、特に一対一が得意なリネリカみたいなタイプは出番がないんじゃなーい?」
確かに普通の騎士であるリネリカではこのように物量で攻めてくる相手は苦手とするところだろう。実際、これまでの戦いも彼女はほとんど出番がなかった。
しかし……。
「ふふ……ラン、それはこれまでの話だ。今の私には……これがある!」
「うわっ!? なにそれ!」
そう言ってリネリカが取り出したのは一つの大きな魔導銃。いや、この大きさではもはや魔導砲といっても差し支えないかもしれない。人が持てるギリギリの大きさまで調整された小型魔導砲。
「り、リネリカさん、どうしたんですかそれ?」
「セラが作った新型の試作機だ。騎士という身ではあるが、これ以上皆に迷惑をかけるわけもいかないのでな。セラに相談したところこれを授けられたということだ」
「うっひゃ~すっご~。……ってかあの子もだんだん自重しなくなってきたよね」
戦争が始まり、カイルやセラのような一般人も気軽に旅することが難しくなった今の時代。そんな中セラのように魔導銃の専門としてケント達を支援する道を選んだ者もいた。
こんなものを作り出せてしまえるセラは正直天才ではあるとは思うが……。
「それじゃあ早速その威力……試させてもらうよ!」
ジジジジジ……ドゴオオオオオン!!
「「「ぐわあああああ!?」」」
その一撃は、着弾点で激しい爆発を引き起こし多くの魔導師を巻き込み吹き飛ばしていく。その威力もさることながら、爆発と同時に発せられた音波と閃光は近くにいた者の五感を奪い確実に戦闘不能へと追い込んでいく。
「……いや、強すぎでしょこれ」
「ああ、量産はさせない方がいいと言っておこう……」
こうして少数ながらも十分な戦力で魔導師ギルドを退けていくケント達だった……が、やはりその圧倒的な数は彼らを疲弊させるには十分だった。
「くそっ……いつになったらこの攻撃は止むんだよ。こうなったら俺が一気にあの偉そうな魔導師をぶっ倒しに……」
「駄目ですケント様。そんなことをすればケント様が集中砲火を受けるだけですよ」
そう、大部分の戦力を削り、なおかつ敵の将であるゴンティを打ち倒せば魔導師ギルド軍も一時的に退くだろう。しかし、彼らにはその手段がない。
「敵陣の中へ一気に突っ込める方法さえあればいいんだけどな……」
「残念だが、私達の中にはそれをできる者はいない。このまま耐えるしかなしだろうな」
「うー、奇跡でも起きてあのおっさんをどうにかできればねー……ってあれ? ね、ねぇねぇケントくん! あっち見て! なんか向かってくるよ」
「あっち? あっちって……おわ!? な、なんだあれは!?」
ケント達の視線の先、世界樹の根と魔導師ギルドが奮闘するそのちょうど中間の先の地平線から何かが土埃を巻き上げながらこの戦場へと向かい猛スピードで近づいてきていた。
「な、なんだ? 新しい敵か?」
「いや違う! あれは……」
それは、ケント達がその姿を認識した瞬間だった。この戦いに割り込んできたそれは、目にも留まらぬ速さで魔導師の集団を吹き飛ばしながら中心にいるゴンティへと突撃し……。
「な、何事……!? ええい、『霧の……」
「遅い! 『流星拳』!!」
魔術を唱える隙も与えないままその胴体に鋼の拳が突き刺さり、勢いそのまま遥か彼方の船団が待機する海へと吹き飛んでしまう。
あれではもうひとたまりもないだろう。意識を失い骨や内臓にまでダメージが大きいとなれば、しばらく復帰するのも難しくなる。
そのゴンティを吹き飛ばした張本人……白いライディングスーツにヘルメット姿の長身の男……の背中に一人の小さな女の子がしがみついている。そして、その男が跨る鋼鉄の機器からは花のような香りと共に一人の精霊が姿を現し……。
「イエーイ! どうよ、参ったかしら悪党さん達! あたし達が来たからにはもうこの大陸に手出しできないんだからね!」
「……ですです!」
そう、彼らこそこの第四大陸における"もう一人"の勇者の一団。その中心人物こそが……。
「これ以上やるつもりならオレはもう容赦はしない。命が惜しければここは退くこことだな」
「星夜!?」
「星夜さん!?」
こうして、再び集まった異世界からの勇者達の活躍により、大陸に降りかかった危機は解決へと向かっていくのだった。
-第一大陸では-
一方、同時期の第一大陸『エーカム』では魔導師ギルドによる弾圧が各村や町に被害をもたらしていた。
成人男性の徴兵や度が過ぎる物資の徴税など、次第に人々の生活は苦しくなっていく。
だが、この大陸はもともと大きな国家というものが存在しておらず、各ギルドが協力して人々の生活を安定させていた。
しかし、魔導師ギルドの勢力が拡大したことにより他のギルドは撤退するほかなく、実質的に魔導師ギルドが住民の生活の管理をする形となってしまったのだ。
そんな中……。
「ふぅむ……ではあなたはあくまでも我々魔導師ギルドに逆らうと?」
「そうだ! 俺達戦討ギルドはお前達には屈しない! 本部のあるヴォリンレクスからもいつか救援が来てくれるは……うぐっ!?」
第五大陸の中でも中心の都市であるこの街の一角でそれ行われていた。煌びやかな衣装に身を包んだやせ型の男が部下らしき魔導師達に一人の男を押さえつけさせ、見下しながらなぶっている。
「まったく減らないお口だ。しかし、この六導師である風のハウザーを前にどこまで持つか見ものですね。……さぁ、あなたのお仲間はどこです?」
「死んでも言うものか……俺は決して、仲間を売らないぞ」
この男がこうして捕まっていることにも理由がある。魔導師ギルドの独裁により行き場を失った戦討ギルドはそのほとんどが逃げ出し、今では反抗勢力となり果てた数十名が隠れながら機を窺うように身を潜めている。
通信手段も規制され、本部のあるヴォリンレクスに連絡も取れず、外からも助けに向かう手段を封じられてしまっていた。
そんな中この男どうにか外に連絡を取る手段を探していたようだが、不覚にも捕まりこうして他の仲間の居場所を吐かせようと尋問を受けているようだ。
「強情ですねぇ。ですが私の『風の鞭』にあとどれだけ耐えられますか? 早く吐いてしまった方が気が楽だと思いますが……ねっ!」
ビシィッ!
「ぐああっ!」
ハウザーによる容赦ない拷問が戦討ギルドの男の体に赤い傷痕を刻み付けていく。これはもはや尋問ではなく、一方的な拷問だった。
だがこの街ではもはや、魔導師ギルドの人間に逆らってまで男を助けようという者は存在しない……かに思われたが。
「ふふふ、もう一発いきますよ!」
「くっ……!」
男が再び風の鞭で傷つけられようかというその時だった。
「……『凍結烈波』」
「なっ、なんだこれは、魔術だと!? 私の高貴な体がなぜ凍り付いて……!?」
突然横から凍り付くような冷気が襲い来るかと思えば、その場にいた男を除く人間が全員その体を凍り付かせ身動きが取れないでいた。
その状況に男も何が起きたのか理解できず困惑していたが、そこにフードで顔を隠した何者かが男の手を引いてその場から逃げ出すように走り出し始めるのだった。
「な、何者だ!? 顔を見せ……うげっ!?」
体を動かせないながらも手を伸ばすハウザーだったが、その瞬間男を連れて逃げ去る人物とは別に何者かが頭を踏みつけると、同じようにフードを被った人間が巨大な鎌を携え間に立ちはだかる。
冷気が放たれた方向から現れたことから、おそらくこの人物が先ほどの魔術を放った犯人だろう。
「何者かは知らないがこの大陸で魔導師ギルドに逆らって無事に暮らせると思っているのか! 地の果てまで追い死より辛い目に合わせてやるぞ!」
「残念だけど、死より辛い目ならそれこそ何度も味わってきたから間に合ってるわ」
そう言ってフードの人物達は男を連れ去り逃げ去っていく。この場に残されたのは、氷漬けにされたハウザーとその部下達だけであった。
「……くそっ! くそっ! なぜこうも上手くいかない! 戦討ギルドの残党といい、今の奴らといいなぜ反抗勢が野放しになっている! それに、未だ何の成果も得られないあの小さな国もなぜ落とせないんだ!」
「ハウザー様、こちらでなにか騒ぎがあったと……うわっ!?」
騒ぎを聞きつけ駆け付けた魔導師が現れると、ハウザーは怒りの表情で彼らを睨みつけ。
「ボーっと見ていないでさっさとこの氷を溶かせ! それと逃げた男達の捜索もだ! 全勢力で草の根分けてでも探し出せ! いいな!」
「は、はいっ!」
その後、街を離れた男とフードの人物達は森の中へと逃げこんでいた。追手が迫ってこないことを確認すると二人はフードを取りその素顔を晒す。
「ぷはー! こ、ここまで逃げればもう大丈夫よね」
「ユリカさん、まだ油断しないで。あの手の人間は執念深いからきっと諦めていないはず」
「えー!? なんでただ物資を補給しに来ただけなのにこんな目に合わなきゃならないのよぅ……」
フードの中身は、驚くべきことにどちらも女性だった。自分を助けてくれた人物達がこんなに華奢な女性だという事実に助けられた男も驚いて声も出ないようだ。
「自己紹介がまだだったわね。わたしはミネルヴァ、この先にある『龍皇帝国』からやってきたの。よろしく」
「りゅ、龍皇帝国……確かどこからの承認もなく勝手に建国された極小の国か。今では行き場をなくした者が寄り集まっていると聞くが」
「そそ、アタシらはそこの住人ってわけ。あ、アタシはユリカっていうの。もともと魔導師ギルドの受付やってたんだけど、なんだか蛮族の集まりみたいになっちゃって……イイ男もいなさそうだから思い切ってやめちゃったの」
「そ、そうか……」
聞いてもいないのにペラペラと語るユリカだが、彼女の言うように魔導師ギルドの体制が変化したことでギルドから離れた職員は少なくない。ただ、この大陸から出ることは適わないが……。
「くそっ、しかし俺は面が割れ追われる身となってしまった。もう仲間のところへは戻れない……」
「……なら、ウチの国に移住するのはどう」
「いいのか? しかし俺は追われる身だ、そんな人間がいれば迷惑になってしまう」
「そんなの別に大した問題じゃないから」
路頭に迷う男に対して迷いなく厄介者である男をかくまうことをいとわないミネルヴァ。つまり、男を引き入れても問題ないという強い自身が彼女にはあるのだろう。
「ならば……厄介になろう。しかし、君の一存で決めて大丈夫なのか?」
「まぁまぁあなたは気にしないでぜんっぜん大丈夫。なにせこのミネルヴァさんは龍皇帝国の……」
「見つけたぞー!」
「ハウザーさん、こちらです!」
会話を割って入るかのように森の奥から声が響くと、幾人もの魔導師が森中を捜索し、その後ろにはあのハウザーが指揮を執っている姿が確認できた。
「話はここまでね。もう少し先にわたし達の国があるわ。そこまで逃げましょう」
ミネルヴァ達は森の中を逃げ、しばらく走るとその先に開けた空間へと飛び出すのだった。そして、その空間の先には小川を挟んで簡易的に作られた城壁がそびえたっている。
「こ、これが龍皇帝国の防衛なのか? 失礼だが、あまりにもお粗末というか……」
「いやー、見てくれは悪いけどここの防衛は万全なんだから」
そんなことを話しながら三人が小川に一つだけかけられてる橋までたどり着くと、魔導師達も森の中から次々と姿を現してくる。
もちろんそこには、あの六導師であるハウザーもいる。
「よもやここまで逃げているとはね。ちょうどいい! 今度こそこの国を墜とし、ついでに貴様らも捕らえてやろう! やれ、お前ら!」
その口ぶりからしてハウザーはここを知っているようだ。そう、ハウザーがこの大陸内で唯一弾圧できない集落こそがこの龍皇帝国なのだ。
「ま、マズイ! 魔導師が一斉に魔術を放ってくるぞ!」
ハウザーの合図で自然属性の魔術魔術が城壁やミネルヴァ達に向けて一斉に放たれていく。
しかし、ミネルヴァもユリカも慌てる様子はなく。
「この程度なら何も問題ないわね」
「え?」
パシャア
その瞬間、男の目にはとても不思議な光景が広がっていた。小川の水が突然湧き上がり、薄い膜のように城壁を覆うと、放たれたすべての魔術を遮ったのだから。
「こ、これはいった……」
「ヘイヘイヘーイ! オオーウ、どうやら魔導師の皆さんが懲りずにカムヒアしてきたみたいだネー! しかもあれあれ? 今日は珍しくミネルヴァっちが一緒じゃなーイ!」
突如水の中から現れたそれは誰が見ても精霊だとわかるだろう。ただし、言葉遣いとテンションが無駄に高いことを除けばだが。
「アクラス、いちいち出てこなくていいのよ。あんたのせいであの魔導師の敵意が倍増してるんだから」
「ミーはそんなつもりじゃないんだけどネー」
その光景に男はますます呆然としてしまう。ただ、この状況から察するに、龍皇帝国が難攻不落なのはこの精霊の存在によるものだとなんとなく納得はしたようだ。
「オー、そっちはニューフェイスだネ。ミーはアクラス、この龍皇帝国の龍帝のフレンド、つまり友人だヨ。ヨロシクヨロシクー!」
「こ、こちらこそ。あなたのような凄い精霊がいるならこの国の守りにも納得がいきました」
「ン? ああ、なんかちょっと勘違いしてるみたいだネ。別にミーはちょっとしたお手伝いをしてるだけサ。こんな小川程度じゃやれることもたかが知れてるしネー」
「これで……手伝いですか。なら真の防衛はいったいどのように……」
「こらそこの精霊! この私を無視するな! 今度こそそのニヤけた面を苦痛に変えてやるぞ!」
アクラスの呑気な態度が気に入らないのか、ハウザーは地団太を踏みながらその怒りを表してくる。
「まったく、ユー達も学習しないネー。ミーが出てきた時点で警報は伝わってるんダヨ。……ほらキタ」
アクラスの言葉と同時に魔導師達の体が巨大な影で覆われていく。つまり、それだけの巨大なものが彼らの上空にいるということで……。
「なっ! も、もう来たのか、今日はいつにもまして早いじゃないか! どうしてだ!?」
「そりゃ……ミーが警報でミネルヴァっちがここにいるってスピークしちゃったからネー」
「あんたね……」
「ま、まさかあの上空に飛んでいるのは……。まさか、本当にあの伝説の龍族がこの国の王だったというのか!」
そう、男が驚いたように空に浮かんでいるのはこの世界ではもはや伝説でしか語られない世界最強の種族……龍族だった。
その龍が魔導師達の姿を確認すると、すぐさま角度を変えて急降下し……。
ドオオオオオン!
「うおおおおお!?」
「ひぃいいいい!?」
着地により大地が揺れ動く。そう、その巨大にして強大な存在こそここ『龍皇帝国』における真の皇。
「我が名はアポロニクス・タキオン・ギャラクシア! この龍皇帝国を収める龍帝である! 我が国、そして我が妻ミネルヴァに危害を加えるというのなら、この拳が貴殿らに裁きを降すであろう!」
「だ、だめだ! 俺はあんなのと戦えるか!」
「お、俺も、命がいくつあっても足りねぇ!」
龍皇帝国の龍帝、アポロが表れたことで魔導師は次々とその戦意を失い退散していく。そしてついに残ったのはハウザーだけとなり……。
「く、くそおおおおお! 覚えてろよ! 次こそはこんなちっぽけな国すぐに墜としてやるからなー!」
最後にベタベタの捨て台詞を吐いてハウザーもこの場から去っていく。
流石にハウザーももう何度も挑んでいるので理解しているのだろう。どれだけ魔導師を動員してもあの存在を疲弊させることすらできないと。
「どーよ、あれがウチの王様。すごいでしょ」
「あ、ああ、確かに凄いが……あの龍はさっきミネルヴァさんのことを"妻"と言っていたように聞こえたんだがそれはいったい……」
「あー……説明がまだだったわね。わたし、あそこにいる龍帝の妻なの」
「……」
もはや驚きの連続で男もどう言葉にしていいかわからないようだ。
そして、そんな様子を見たアポロが近づき。
「む、時にネルよ、その男は何者だ? ……ま、まさか我に不満があり別の男を吟味し……」
「んなわけないでしょ! わたしが愛してるのはあんただけ……ってなに恥ずかしいこと言わせてるのよ!」
ここまで物静かでクールな女性だという印象のミネルヴァだったが、アポロとの会話はどこにでもいるような女性そのものだ。その理由は彼らの馴れ初めが関係しているのだが、今は割愛しよう。
「ところで結局その男はなんなのだ?」
「新しい移住者よ。はいさっさと承認して」
「なんと、そうであったか!? うむうむ、我は来るものを拒まぬ! よくぞ参った! 我が『龍皇帝国』に!」
どこかバタバタとしているが、この大陸も彼らのおかげで少しづついい方向へと向かっている……のかもしれない。
以上のように、どうやら各大陸でもそれぞれ複雑な問題を抱えていたようだ。
しかし、魔導師ギルドのギルドマスターが討たれたことによりこれらの事情も大きく変わっていくだろう。
この先、彼らにもまだまだ過酷な運命が待っているが、それはまだ先のお話。運命が交錯する場所で、また相まみえることとなるだろう……。
~to be continued~
次回から10章!




