180話 魔導師ギルドとの対立
「さーていっちょやったりますか。足引っ張んなよーレイ」
「それはこっちのセリフだ。貴様こそ魔術の腕はなまってないだろうな」
言ってくれるぜ。ま、レイと共闘するなんて本当に久しぶりだし、お互いあの頃より強くなっているのは確実だ。
相手の実力はまだ未知数ではあるが、今の私達なら負ける気がしねぇ!
「あれー? ブロン-、この子ら本当にうちらとやる気っぽいよ」
「ああ、どうやら魔導師ギルドの恐ろしさがわかっていないらしい。が、なぁに……少々痛い目を見せれば嫌でもわかるだろうよ」
これは……ガラの悪い男、ブロンの足元から私達に向かって魔力が広がっている。
「死ね」
奴が足を振り下ろすのと同時に魔力の波が活性化し始めた! 広がった魔力を伝って……この感じからして火属性の高エネルギー魔術!
「ムゲン! 下だ!」
「わかってるっての! 飛ぶぞ!」
「『沸騰する大地』!」
私達が飛ぶと同時にブロンの魔術が完成する。その魔術は先ほどまで私達が立っていた範囲も含めて小規模な地面が溶けているかのようにグツグツと煮えたぎっていた。
「ブロンってば、「少々痛い目見させる」とか言っておきながらマジに殺りいってんじゃーん、ウケルー」
こっちにしてみれば全然ウケない状況だっつーの。ただ、このまま地面に降りれば足元からこんがり上手に焼けてしまう。
だったら……。
「降りなきゃいいだけだ、『重力浮遊』!」
「『風翔浮遊』! ふっ、この程度で俺達を倒せると思うな!」
私もレイも浮遊魔術は心得ている。しっかし、あの男ずっとイラついたような表情でこちらを見ているな。
でもまぁ、確かにでかい口叩くだけの魔術ではある、果たして次はどう出る……。
「えー!? 何この子達ー、魔術使うんだー! マジヤバじゃーん!」
こっちのギャル魔導師はなぜか終始楽しそうだし。いったいこの二人は何者なんだ? 私が魔導師ギルドにいた頃はまったく見たことも聞いたこともないが。
「チッ、はぐれ魔導師か……どこかのお抱え魔導師ってとこか。俺だけで簡単に済むと思ったが……。シーラぁ!」
「もー、ブロンってばそんなに怒鳴らなくてもわかってるってば」
今度はギャル……シーラの魔力が高まった! この感じは先ほどと同じ、頭上から雷を落としてくるものだろう。
だが……。
「いくよぉー、『抉る落雷』」
空中では私もレイも地上に比べて機動力がやや落ちる。シーラの魔力の方向さえ見極めれば決して避けられないこともないのだが……。
「くそっ、次から次へと……!」
雷は雨のように降り注ぎ、私達を逃すまいと狙いを定めながら次々と落ちてくる。
なるほど、ブロンが足場を破壊し空中へ逃げた相手をシーラが仕留める……なかなかにコンビネーションが完成している。
「このまま逃げてばっかじゃジリ貧だな」
「ならまずは奴の魔術に侵食されていない地面に降り……」
「させねぇよゴラァ! もういっちょ『沸騰する大地』だオラァ!」
煮えたぎる大地がさらに広がっていく。このままでは足場が完全になくなってしまうぞ。
だからといって逃げるわけにもいかない。私達がこの場から姿を消せば奴らは捜索の手を広げるのは確実……サティと商人のおっさんが見つかる可能性も格段に上がるだろう。
「さて、どうやってこの状況を切り抜けるかね」
「『烈風拳』!」
「っておいおいおい、いきなりだな!」
レイの奴、もうちょっと相談とかしないもんかね。それに一直線の単調な攻撃だから簡単に避けられたし。
「ムゲン、お前は戦闘中に考え事が多い。悪いが俺には俺のやり方というものがある。つまり、今ここであの魔導師達を倒す……考えるのはそれからだ」
……まったく、その場の感情を優先するのは相変わらずだ。だが、今回はレイの言う通りだな。
私は今この場であの二人から情報を得たうえで戦いに勝利し、サティ達の身の安全も一度に全部にこなそうと欲張っていた。
先の目標にばかり囚われすぎて目先のことに集中してないなんて、私もちょっと焦ってたのかもな。
「サンキューレイ、おかげで完全に戦いに集中できるぜ」
「ふん、ならさっさと終わらせるぞ」
それじゃあ早速反撃開始といこうじゃないか!
「あれあれ? なんだかあの子達の顔つきがよくなったぽい?」
「んなこたどうでもいいんだよ! 遊んでねぇでテメェももっと攻撃しやがれ!」
「そんな怒んないでよー。もう、仕方ないなぁ」
シーラの魔術はまだまだ持続している。魔力さえ送れば何度でも狙ったところへ落雷を発生させられるらしい。
こうも連続で落とされると反撃の隙を見つけるのも流石に難しいか。
「チッ、シーラの奴あんなガキ二人も捉えられねぇのか。しょうがねぇ……じゃあ俺もやってやるしかねぇじゃねぇか! 『大噴火』!」
これは……ブロンの魔力が煮えたぎった地面に伝わって……術式が追加されたのか!
ドッパアアアン!
「くっ、沸騰した地面がはじけるように噴き出してくる!」
「レイ、慌てるな! 注意して魔力を感知すれば発生場所を特定するのは難しいことじゃ……」
「あたしのこと忘れちゃダメだしー」
おおう!? 加えてシーラの落雷も留まることなく私達に降り注いでくる。
なるほど、こうして上下からの攻撃で制圧するのがこいつらの得意戦術なわけだ。
こうなっては私もレイもさらに余裕がなくなってしまう。これを打開する手立ては……。
「アチッ!? ちょっとブロンー! それ熱いんだからこっち飛ばさないでよー!」
(……そうか、こいつらの弱点が見えてきたな)
私はチラリとレイに向けて目配せをする。それを見てどうやらレイも私の考えを理解してくれたようだ。
なら後は……突っ込むだけだ!
「いくぞレイ! 第二術式展開、『守護壁鎧』!」
「言われなくてもわかっている! 第二術式、『暴風鎧』!」
二人同時に滞空魔術に防護術式を加えることでその身を守ると同時にブロンとシーラの頭上を目指して全速力で飛行を開始する。
「ヤバたん! あの子らこっち来てるよ!」
「ガキどもめ……気づきやがったか。阻止するぞシーラぁ!」
私達の狙いに気づいたのか、行く手をふさぐように噴火と落雷を仕掛けてくる。
だが、この程度で止まる私とレイではない。針の穴を縫うようにわずかな隙間を抜けていく。
「アチチ……防御してるとはいえ、やっぱちょっとは影響あるな」
「そんなかすり傷で騒ぐほどでもないだろう。グズグズしているなら、俺は先に行かせてもらうぞ」
おっと、レイに先こされちゃったか。ま、風の魔術でスピード乗ってたし、そりゃレイの方が先に抜けるか。
ほんと、レイは思い立ったらすぐ行動に移るよな。その証拠にもう次の魔術の準備をしてるし。
「チィ! このガキ俺らの頭上に!」
「あーん、これじゃもう雷落とせないよー」
思った通り、こいつらの弱点は自分達の真上に位置取られることだ。
確かに二人のコンビ攻撃は制圧力が高い。だが、一たびその効果が及ばない場所に出ればその影響は受けない。
「これで二人とも大人しくしてもらう! 第三術式……」
「それで勝ったと思ったかガキが! 『咆哮熱線』オラァアアアアア!」
「なに!?」
レイが術式を完成させる前にブロンが魔術を発動させる。それは、大声とともに口から発射される高温のビーム。
なんともシュールな魔術……威力は小さいようだがその速さと小回りの良さは侮れない。おそらく制圧から抜け出された時のことを想定していたのだろう。
このままではレイの肉体はその熱線に貫かれる……が。
「なっ!? 俺の魔術が手前で弾かれ……」
「『守護壁射出』……残念だったなおっさん」
ブロンが魔術を発動する前に私も制圧を突破し、レイとブロンの間に自身が纏っていた鎧に新たな術式を加えて撃ちだしていたのさ。
これで、あとはレイに任せるだけだ。
「ふん、ムゲンの奴か……。いくぞ、『暴風結界』!」
その魔術が発動されると、レイの纏っていた風がブロンとシーラを包み込んでいき勢いを増していく。
そして、二人が風の檻へと完全に閉じ込められると……。
「さらに第四術式、属性《闇》を追加、『黒影の捕縛』」
風の檻がどんどん縮小していくと、その中から黒い膜にぴっちりと捕縛された二人が転げ出てくる。まるで芋虫のようにのたまっているが、あれでは完全に身動きは封じられているな。
あとシーラの方は体のラインが見えてエロイ、レイGJ!
「いやー、それにしても危なかったなーレイ。もうちょっとでやられるところだったじゃないか」
「お前の援護などなくともあの程度の攻撃なら簡単に対処できた。余計な真似だったな」
「ホンっと負けず嫌いだな。ま、とにかく今はそんな口論よりも……」
そんなこんなで、私達は捕縛したブロンとシーラを連れて目立たない物陰へと移動する。
「サイアクー! なにこれー!」
「チクショウ! この黒い奴を解きやがれゴラァ!」
まだ暴れまわってはいるが、ひとまず脅威は去ったってとこかね。そうなると次は捕縛した二人をどうするかというとこだが……。
「どうする、こいつらを連れたままサティ達を追うのか?」
「いや、二人には魔導師ギルドについて少々聞きたいことがある」
先ほどシーラは「自分達はこの国との交渉役」だと言った。となれば、今の魔導師ギルドの中でそこらの雑兵以上の情報は持っているはずだ。
時間はあまりないが、できる限りの情報収集は試みた方がいいだろう。
「さて、ブロンとシーラと言ったか。お前達は魔導師ギルドの中でもそれなりの立場のようだが? 以前のようなランクによる優劣ではないんだよな?」
「あぁん!? なんでテメェなんかにんなこと教え……」
「そだねー、前のランク制は完全に廃止されちゃったよ。んで、大体が魔導師兵として各地に送り込まれてるっていうのが一般的かな。んで、あたしらはその魔導師兵の中でも特別な役割を与えられた六導師なんだー」
ブロンはまだまだこちらへの敵対心バリバリだが、シーラはどうやら抵抗するのを諦めたらしく、本来のお喋りな性格も相まってか意気揚々とこちらの問いかけに応じてくれる。
「おいシーラぁ! なに喋ってんだぁ!」
「えー、だってこれ以上抵抗なんてしても無駄っぽいじゃん。この子ら思ったより激ツヨだし。それに、大人しく従ってれば悪いようにはしない気がするしー」
ギャルっぽい見た目に反して意外と賢いな。さっきの戦いも私達が二人を捕縛するために本気を出していないのも見抜いているし、戦闘前の私の三文芝居から抵抗しなければこちらからは傷つける意思がないとを理解している。
「てなわけでぇ、何か聞きたいならあたしが答えたげるー」
ま、こちらとしても従ってくれるというならそれに越したことはない。
「そんじゃもう一つ質問。今言った"六導師"ってなに?」
「六導師っていうのはあたしらみたいにそれぞれの属性魔術に特化した人のことだよ。いろんな国で魔導師ギルド……ていうか女神政権に協力するよう交渉するのが仕事」
属性に特化ね、つまりブロンは火属性でシーラは雷属性なわけだ。んでそれが六人か、あとは水と地と風と……あ、そういや今の時代では特殊属性を一括りで付与属性として扱ってるんだったな。
「水の人が第一大陸でぇ、風の人が第四大陸。地と付与の人達が一緒に抵抗するヴォリンレクスと真っ向に敵対ちゅー。報告聞く限りだとどこも上手くいってないみたいでダッサーい……って思ってたけどー、あたしらもこのザマだし人のこと言えなくなっちゃったー」
「はっ! この国の王も結構粘ったが、俺達の存在を恐れ傘下に入る承諾も間近! 今更俺達がいなくともそれは変わらねぇだろうよ!」
「貴様、それはどういう意味だ!」
「落ち着けレイ。まだ何も確定したことじゃない」
ブロンの不穏な発言に掴みかかるレイを抑える。まぁここが女神政権の手に落ちるということは第二大陸とヴォリンレクス帝国との同盟の波状にも繋がることだからな、レイの焦りもわからないでもない。
「チッ、だが俺達六導師が魔術戦でこんなにあっさりやられるとはな……」
「あたしらも魔導師ギルドの中じゃけっこうやれるほうだったのにねー」
けっこうやれるほう……ね。そういえば、その点についてもまだ聞かなければならないことがあるな。
「そういや私はあんたらのこと知らないんだよな」
「んー? どゆこと?」
「私は女神政権に協力する前の魔導師ギルドに在籍していた。暫く離れていたので変わった経緯は知らないが、こんな重要な仕事を任される魔導師ならギルド内でもそれなりに有名な気がするのに私はお前達のことを知らない。ゴールドランクでも聞いたことないしな」
そう、魔導師ギルドといえばゴールドランクの人間もそこそこいたとは思うがどうなってしまったのか。
こんな私の知らない者達が今の魔導師ギルドでそれなりの地位を得ているということは、元ゴールドランクの人間はもっとよい待遇だとしてもおかしくないはずだが……。
「わっかんない。聞いた話だと元ゴールドランクの人達はみーんな戦争に行っちゃったとか噂されてるけど……だーれも知らないみたいー」
戦争に駆り出された……か、まぁ妥当なとこではある。魔導師ギルドの強大な力を恐れる者もいれば、もはやギルド以外では生きられない者もいたはずだ。
「それにー、あたしらってギルドが変わっちゃう以前から元々ディガンさんに目をつけてもらってて、魔導師として力をつけるために地方に飛ばされてたからね~。知らないのも当然じゃないかなー」
「ディガンって……あの?」
「そだよー、ギルドの副マスター。六導師は今あの人が中心で作り上げた人材の集まりだかんね~。他の地方にいるのも皆ディガンさんに目をかけてもらった人だしー」
となると、魔導師ギルドのツートップが揃いも揃って女神政権に協力的だってことか。こりゃますますギルドの内情が理解できなくなってきやがった。
やはり真相を知るには直接魔導師ギルドへと出向かなくてはならないようだな。
「ムゲン、話は終わったか? いい加減サティと合流するべきだろう」
「ああ、そうだな。んじゃ、ちょいと連絡するからその間この二人を見張っててくれ」
私はサティに連絡するためスマホの中にある[telephone]を発動させる。犬の体に仕込んでいるからそのまま犬の意思で通話機能をオンにすることは可能のはずだ。
ガチャ
「お、繋がった。もしもし、サティはいるか?」
『おわ!? その声はムゲンか? びっくりしたぞ、急にお前の使い魔の体がブルブル震え出したと思ったら声が聞こえるんだから』
ブルブル……そうか、確か今はスマホをマナーモードにしていたはず。もしかしたらこちらの設定がそのまま[telephone]に影響され、犬が激しくバイブレーションしてしまったのかもしれないな。
『ワブワブ……(ごしゅじい~ん、震えすぎてフラフラするっす~……)』
スマン犬よ……今度から[telephone]を使う時は生物に仕込まないよう注意しよう。
「サティ、こちらはこの街に滞在している魔導師ギルドの交渉役とやらを撃退、捕縛した。そっちの様子はどうだ? 合流できそうか?」
『そうか、それなら……っと、なんだ?』
おや? なんだか途中からサティの歯切れが悪く……というよりも何かあったようだ。声がちょっと遠くなって、誰かと話しているみたいだな。
慌てている様子ではないのでそこまで心配しなくてもよさそうだが……いったい誰と何を話しているんだ?
『えーっと、ムゲンーまだ聞こえてるかー?』
「おーう、聞こえてるぞー」
『なんかさっきの商人があたしらのことを知って連れていきたい場所があるんだと。ちょっと話を聴いてやってくれないか』
「んん? まぁ別に構わないが……」
おっさんが私達に話? なにやら話が見えてこないが、商人が私達に何を話したいというのか。あまりより道になるようなことは勘弁したいところだが……。
『この生物に向かって話しゃいいのか……? えっと、さっきのお方ですかい?』
「ああ、そうだぞ」
『おお、こちらの姐さんから話は聞きましたよ、なんでも魔導師ギルドに対抗するための同盟国を募っていると』
サティのやつそこまで話したのか。不用心だとは思うが、サティはサティなりに何か考えがあってのことのはず……ここは私も乗っかっておくとしよう。
「確かにその通りだ。で、それに関して何が言いたい?」
『魔導師ギルドの六導師をも上回る実力を持つあんた達になら俺も正体を明かしてもいいと思ってね』
「正体?」
ただの危ない橋を渡る危険な商人じゃなかったのかこのおっさん。そういえば、このおっさんの扱う違法商品を注文した『依頼主』とやらがいるんだったか。
『何を隠そう俺の正体はこのマールガルド王家直属の運び屋……そのつてを使って今からあんたらをこの街の王城へと招待したい。もちろん極秘でな』
マジか……おっさんの正体がこの国のお偉いさんの使いっ走りだったとは。それが本当なら渡りに船、第一関門であった『魔導師ギルドに悟られずに王族に接触する』という問題をクリアできる。
『ってことだムゲン。アタシはこの賭けに乗ることに決めたよ。今からそっちに向かうから、一応レイにも相談してくれ』
「わかった、待っている」
サティの決定ならレイも反対はしないだろう。
予定外の事態ばかりではあったが、どうやら運気は私達にとって良い方向へと向かっているようだ。
よし、まずはマールガルド同盟交渉作戦を成功させるとしようじゃないか。




