167話 いざ出航!
伏線を回収しながら、伏線を増やしていく…
ついに……出発の時がやってきた。
「ムゲン殿……本当におひとりで大丈夫ですか? よければ我が軍の兵を幾人か連れて行っても構わないですが」
パスカルさんが不安げにそう質問してくる。まぁ長い間抗争していた相手の本拠地にこんな年端もいかない少年を一人で行かせるというのは心苦しいとこもあるか。
「いや、私なら大丈夫だ」
「本当に申し訳ない……。できれば我々も友好的な和平に努めるための大使を送りたいところではあるが、そういうものは綿密な選定を行った上で正式な役目を預けなければならないので」
だろうな……内政なんてその場その場の判断で適当にポンポン決めていいものじゃないだろうし、国が巨大であれば特にな。
「ま、私は見た目よりはしっかりしているのでそこんところは心配しないでくれて構わないさ」
「はっ、違ぇねぇ! こいつは俺らんとこの大陸から出る時も一人で勝手に行っちまおうとしやがったしな!」
「なんだかあの時を思い出すなぁ。あの時はゆっくりとお別れする時間もなかったけど、今回はちゃんといってらっしゃいって言えるね」
そういえばそうだったな。私は第三大陸から出立する際、一人でこっそりと何も言わずに行ってしまおうと考えていた。
もう二度と会えないかもしれないから湿っぽいのはやめておこう……と。
だが、カロフとリィナはそれでも私を探し出した。そして笑って私を送り出してくれたんだ。
今思えば本当に良かったと思う。もしあそこで何も言えずに立ち去ってしまっていたら、この地での再会もどこか気まずいものになってしまっていた可能性があるのだから。
「二人には感謝してもしきれないな」
「へっ、それはこっちのセリフだってーの」
今度こそ……本当の別れかもしれない。だからこそ二人とはがっちりと握手を交わしておく、いつまでも忘れないために。
……ま、もしかしたら魔導師ギルドに戻る際にもう一度寄るかもしれないんだけどな。
だから、それまではサヨナラだ。
「むぅ、しかしムゲンがいなくなってしまうとなるとまた筆頭魔導師の枠に空きができてしまうのう」
「いや、誰もそんなのになった覚えはないっての」
まだ諦めてなかったのかその設定……。というか一応新魔族との紛争は落ち着きそうなんだから別にいいだろ。
まぁそれでもというのなら……。
「じゃあ魔導師ギルドに問い合わせてまたレオンでも呼んでみればいいんじゃないか」
「おお、それは妙案だの。では戻ったら早速……」
「そんなことよりー! 結婚式はいつ挙げるんだーディー」
「ぬおぅ!? ルイファンやめい! 上から余に被さってくるでない!」
「もー、ディーは特別な人間だからアタイのことは愛称でルイルイって呼んでいいって言ったろー」
「呼ばんーっ! それに式も挙げんーっ!」
……はいはい、そっちはそっちで仲良くやっててくださいよもう。ディーオは帰ったら……まぁ頑張れとしか言えないな。
どうやらルイファンとその他数名はこの地に残り、ディーオのところで厄介になる予定……と、強引に決められているらしい。
自由だなこいつら……まぁ断ったらルイファンの鉄拳がまた降り注ぐだろうから無下に扱うわけにもいかないだろう。
「あ、それとそこのお前ー……名前忘れたけどお前ー」
ほんっと興味ないこと以外にはまるで関心がないのねキミ。あとそんな激しく指ささないでもわかってるから……微妙に圧が出て痛いから。
「船には乗せてやるけど皆に変なことしたらただじゃおかないからなー。そこんとこわかっとけよー」
「オッケイオッケイ。別に私は戦闘狂でもサイコパスでもないから安心してくれ」
それに私は元から新魔族を"悪"だと決めつけていないしな。ルイファン達はベルゼブルの管理下の人間でもないという話だし、よっぽどことでもない限り私から手を掛けることはまずないはずだ。
「それとー、向こうに着いた時の案内役も一応用意しといたからー」
「おお、それはありがたい」
前世で住んでいた大陸とはいえ、2000年も経った今では右も左もわからない状態だ。
それにあの大陸は支配された随分と経つらしいからな、大分様変わりしてるはずだろう。
「で、その案内役というのはいったい何処に……」
「ほれほれー、さっさと行くぞディー」
「行かぬーっ!」
もう聞いちゃいねぇよ。流石は“傲慢”といったところなのか、まさしくその通りのような人物だな。
……そういえば、セフィラ側の七美徳の力はランダムに与えられているような印象だが、新魔族側はいったいどういう仕組みで力が継承されるのだろうか? うーむ謎は尽きないな。
とにかく、すべての答えはこの海の先にあるのかもしれない。
「それじゃ、ちょっくら行ってくるぜ」
私はこの地で出会った素晴らしい仲間達に別れを告げ、新たな旅立ちへと出航するのだった。
潮風に吹かれながら私を乗せた船は段々と航路を進んでいく。
この船は新魔族……いや、始原族が中央大陸に向かう時に乗ってきたもので、今は第六大陸に戻るために進んでいるのだ。
だから当然私以外は始原族しか乗っていない……。
彼らの大将であるルイファンがヴォリンレクス帝国と和解? したことによって敵対関係ではなくなった……のかは微妙なところだ。
もしかしたら、この中にはまだ他種族のことを憎んでいる者がいないとも言い切れないのだから。
「何が起こるかわからないからな、警戒を怠るなよ犬」
「ワウウ……(こんな場所じゃ一瞬でも気を抜くことなんてできないっすね……)」
犬もいつになく真剣な表情だ……まぁ実際には犬の表情なんぞよくわからんが大体そんな感じたというのはわかる。
何気に長い付き合いだしな。無事日本に帰れた暁にはうちのペットにできるか交渉してやろうじゃないか。
ま、なにはともあれまずはこの状況をしっかりと生き抜くのが先決だ。
「そうだな、とにかく何事にも注意して……」
「おうそこのキミ! 何そこで一人たそがれてるんだい、こっちにきて一緒に飲もう!」
「ヤッホウ! マジかよ、いくいく!」
「ワオン!?(どう見ても警戒心ゼロじゃないっすか!?)」
細けぇこたぁいいんだよ。せっかく一緒にはしゃいで飲もうというお誘いがきているのにそれを無下に断るなんてできねぇぜ。
「ワンワン(あ、というかご主人まだお酒は駄目っすよ。あと一ヶ月我慢っす)」
「えー、そんぐらいいーじゃんかよー。誤差だろ誤差ー」
しかも正確にはあと三週間と四日だ。ついにこのアステリムにこの体で降り立ってから一年が経過しようとしているのだ。
この調子では上手く情報を得られて魔導ゲートを完成させに戻るとしても数ヶ月はかかるだろうし、今飲んでもそんな変わりゃしないと思ってるんだが……。
「ワウ(ダメっす)」
こういうところだけはキッチリしてるよなこいつ。
「ちぇ……まぁいいさ、あと数ヶ月なんて実際すぐだしな」
それまではまだまだ我慢してやろうじゃないか。
とりあえずそれはそれとして、皆で楽しくワイワイやってる場には混ざらせてもらうけどな。
「なんだ? 結局飲まないのかい」
「すまんな、またの機会にしてくれ。それにしても……」
周囲を見渡せば様々な容姿をした集団がそこかしこではしゃいでいるのは圧巻というほかない。
私の前世でも多種多様な種族が一挙に集まる場というのはあったが、少なくとも誰がどの種族かなどは見分けられるほどだった。
しかしこの場は……。
「皆全然見た目が違うんだな。似たようなのもちらほら見えたりするが……それにしたって統一性がない」
「おや、キミは僕らの種族がこんなに沢山集まったところを見たことがないのかな」
と、私の独り言に反応してきたのは私を誘ってくれた馬面のマッチョマン……というか実際に馬だなこの顔。しかも腕が六本ありそのどれかは必ずポーズをとって筋肉を見せつけてくる。
とまぁこの厚かましい奴のように今までのアステリムではまずお目にかかれないような造形をした肉体を持つ者が多々見受けられる。
「まぁな、普通に人っぽいのなら何度か見たことはあるんだが。あんたみたいのは初めてだ。しかし、始原族というのは本当に姿形がバラバラなんだな。多すぎて混乱しないか?」
「その辺は深く気にしたことはないね。生まれた時からこんな光景は普通だったし」
始原族だらけの大陸で生まれたならそりゃ普通か。むしろ同じような造形の人族が何千何万と暮らす他の大陸の方が普通じゃないのだろう。
「そういや、始原族について詳しく知りたいというのなら適任がいるよ。おーい、ミカーリャ!」
そう言って馬面さんが呼んだのは遠くでちょこんと一人座っている少女だった。マントのようなコートで全身を包み、口元まで覆っている。ちょっとはねたオレンジ色の髪の毛がなかなか印象的だ。
ミカーリャと呼ばれた少女はなんだか凄く不機嫌そうな眼付きでこちらに近づいてくる。
そして、私達の近くに来たと思うとギラリと睨むようにこちらを見上げてぼそぼそとした声で喋り出した。
「ウチは今超絶機嫌わりーんですから気安く呼ぶんじゃねーですよこの筋肉ダルマ……」
(口悪っ!?)
なんだか凄く険悪な雰囲気だ。周囲では誰もがお祭りムードだというのにこの子だけなんだかそうじゃないっぽいし。
あと近づいてきてわかったが、頭に小さい角と腰(全身包まれているので詳しくはわからないが)から小さな翼が出ているのが見える。
「はっはー! いつも以上に手厳しいね。人族の子よ紹介しよう、この子が君の案内役のミカーリャだよ」
「よろしくしたくねーですクソ人族めが」
わお、この子が案内役か。ちょっとロリすぎて守備範囲外ではあるが可愛い子でラッキーだぜ。
だが……。
「なんか印象最悪っぽいんだが?」
「人族はすべて滅びればよいのです」
え、なんかこの子だけ違くない? なんでそんなヒトゾクスレイヤー的な感じなの?
「ははは、いつもはこんなんじゃないさ。ただ……大事なお姉さんが人族に取られちゃったから拗ねてるだけなのさ」
大事な姉? ……ん、ちょいと待てよ。聞いた話では始原族の家族は同じ種族になるということだから、それを踏まえてミカーリャちゃんを見てみると……。
角に翼、それとオレンジの髪……あー。
「もしかしてルイファンの……」
「ルイねーさまの名を気安く呼んでんじゃねぇですこのゴミクズヤロウ」
酷い言われようだ。というよりも……。
「いや別に私が取ったわけじゃないだろう。ディーオに言えディーオに」
「あいつはいつか八つ裂きにしてタマをもいでやるです……」
発想が怖いなぁこの子。というか姉妹なんだよな? なんというかあまりにも対照的な見た目と性格なので言われないと気付きにくい。
しかしルイファンの妹ということはミカーリャちゃんも見た目に反して相当な年齢だろう。それにルイファンと同様に魔王マーモンの娘でもあるということだ。
確かにそれなら始原族の歴史についても知ってそうだが……。
「この雰囲気だとまともに会話なんてできそうにないんだが?」
「まぁ死ぬほど不本意ではありますが、ルイねーさまからテメーの手助けをしてやれと言われてるので仕方なく助けてやるのです」
「ミカーリャはお姉さん大好きっ子だから、その点は心配しないでもいいよ」
重度のシスコンなのね。それでその大好きなねーさまを取ったディーオ、もとい人族に対してこんなに敵意をむき出してるわけか。
「ねーさまが……ねーさまがあんな奴にいいい……」
口は見えないけど歯ぎしりしながら号泣してるし。
「でさミカーリャ、怨念振りまいてるとこ悪いんだけど彼が始原族の歴史について知りたいそうなんだ」
馬面さんも大分マイペースな人だな。というよりはルイファンの軍のほとんどが大体好き勝手してるような感じだよな。今思えば城に潜入していた奴も独特な雰囲気だったし。
「……まぁいいでしょう。教えてやるからありがたく思うのです」
キミも切り替え早いな。とにかく教えてくれるならありがたい、シュタっと正座の体制になってじっくりと聞こうじゃないか。
というか正座してようやく目線がいい感じの位置になったな。
「えー……とは言うものの、ウチも親父殿からの大分脚色された話しか聞いたことねーですからその辺は覚悟しとくです」
「ああ、それでいい」
魔王マーモンがどんな人物だったかはわからないが、少なくとも別世界に生きていたのは確実。多少話が脚色されていようがどこかに真実は隠されているはずだ。
「まず、親父殿が住んでいた世界には元々ウチら始原族しかいなかったらしいです。だからそもそも種族の呼び方なんてなかったんです。そこに"人"と呼ばれる種族が生まれ、繁殖し、我が物顔で世界に君臨したという話です」
これは、セフィラが元いた世界の話だな。しかし意外だな、まさかその世界では人の方が後に生まれていたとは。
「その時から親父殿達は始原族……つまり世界に初めて意思を持った種族と名乗ることにしたのです。だが、人どもはそれを認めず始原族を"魔"と呼び、害悪のように扱いやがったらしいです」
なるほど、なんとなく理解できるな。その世界の"人"は姿形が誰もかれも同じような形である存在こそ『自然』だと考え、彼らにとって奇怪な形だらけの始原族を受け入れられなかった……。
それが本当ならなんと酷い話だろうか。まぁ、自分達と違うものは受け入れられない……というのは私も今までの人生で何度も見てきたが。
「そんで戦いが始まって、今となってはその舞台をこっちに移したってことらしいです。……これでいいですか」
「おう、とても有益な情報だった。ありがとなミカーリャちゃん」
「ちゃんづけはやめろです。ぶち殺すですよ」
お話はしてくれたけど心は開いてくれないご様子。
というか最初から最後まで殺意ギラギラなんだけど大丈夫なんだよな。本当に殺されたりしないよな?
「あはは、そんなにビクビクしないでも大丈夫だよ。ミカーリャは戦闘能力ゼロだからね」
「ゼロ? マジで?」
「ウチはすべてをねーさまに捧げたのですから当然なのです」
どういう意味だ? 始原族は誰もかれもがそこそこの戦闘能力を持っているものだと考えていたのだが。
「普通に力のない始原族もいるのか」
「そりゃいるよー。こうして戦いに出向くのは僕達のようにキチンと鍛えた精鋭ばかりだからね」
そう言いながら むん! と六本の腕でポージングを決める馬面さん。いやー絵面キツイっす。
「まぁ、ミカーリャの場合は特別だけどね」
「特別?」
「そうです、ウチはねーさまの“傲慢”の力にそのすべてを捧げたのです。“傲慢”は自らの力を捧げると認めることで、過去に得た力やこれから得るだろう力もすべてがねーさまの力になります。そして二度と戻ることはないです」
それがルイファンの大罪の力か、それならあのば火力にも納得がいく。
サティの“憤怒”は他者の怒りを自分の力に変える力だったが、それとはまた違うようだな。どちらかというと美徳の勇者が使っていたものに近いかもしれない。
関係性は……あるのか? まぁ今気にすることじゃないか。
「だが、力のすべてを渡すなんてことを本当にしてよかったのか? この先だってもう何もないんだろ?」
「ゴミクズの人族にはわかんねーですよ。ねーさまはウチのすべてを捧げるに値する人物なのですよ」
「それに、魔王ちゃん様に力を捧げる者は決して少なくないよ。自分の力の限界を見た者や、自分は役に立たないと嘆く者が彼女に希望を託すのさ」
「……始原族にもいろいろあるんだな」
やはり、始原族も同じなのだ。誰かのために行動したり、私達と変わらないように意思を持っている。
他の大陸に攻め込むことであっても、それは欲望のままに行動しているに過ぎない。それさえも、アステリムに住む人間と変わらない。
それに、この世界の人間もいい奴ばかりじゃない。誰かを憎み、恨み、怒り、嘲笑う人間なんてそれこそ何人でも。
今まで続いた戦いだって、人と人との対立でしかないのだ。
だからこそ私は思い出していた、彼女の言ったあの言葉を……。
あいつらは殺さないといけないの! 根絶やしにしないと駄目なの! じゃないと、この世界も……!
今でもあの言葉の意味は私にはわからない。なぜそうする必要があるのか、あいつはいったい……何を抱えているのだろうか。
船上で波に揺らされ続ける日々の中、私はそのことが頭から離れないでいた……。
そういえば最近第1章がすべての加筆修正を終えました
まだ読んでない方、一回も見返したことのないお方…ここに至るまでのお話をもう一回読み直してもいいんじゃよ?
 




