157話 帝国の闇
それは私がルディオの生命維持の手助けを行い、なんとかその一命を取り留めることに成功した後の話だった。
ディーオの私室に戻ろうとする最中に息を切らせながら青ざめた表情でアリステルがこちらに向かって走ってくる姿がみえたのだ。
「あ、あなたは……あの獣騎士と同じでバカ皇子の雇われ魔導師」
そんな覚え方されとったんか私は……。なんというか私はつくづく女性運が悪いような気がするぞ。
と、んなこと考えてないで……。
「しかしどうしたんだ、そんなに血相を変えて慌てて走ってくるとは?」
「これは……は! そうですわ! 早く誰かに伝えませんと!」
「伝える?」
このお嬢様のことだから今現在生死の境を彷徨ってるルディオのことでなんかあるのかとも思ったが、どうやらまったく違う様子だ。
だが、だとしたらいったい何をそんなに焦っているというのか?
(でも……伝えるとしても誰に伝えればいいの? バカ皇子? パスカル? けどそれを伝えたところで……)
アリステルはそのまま言葉に詰まって立ちすくんでしまう。
なにやら焦りと同時にどうすればいいのかわからないと困惑しているような感じだな。
……なんだか嫌な予感を感じる。
このままこの場で硬直してしまうのはよくない気がするので……。
「何があったか知らないが、まずはディーオの私室に戻ろう。そこで落ち着いてからゆっくりと話せばいい」
「そう……ですわね」
問題は去った……そう思っていたのに、このアリステルの怯えは新たな波乱の予感を私達に告げている……そんな気がして仕方がなかった。
ガチャ……
「おうムゲン、戻ってき……ってなんだ、お嬢さんも一緒だったのかよ」
「言っておきますけど、たまたまそこで会ったから一緒に戻ってきただけですのよ。いいですわね」
「なんでそれを俺に詰め寄って言うんだよ……」
はいはい鈍感なカロフはずっと悩んでようね~。
さて、ここへ戻ってくる間にアリステルも随分と落ち着けたようだ。
改めて、何があったのか聞かせてもらいたいところだな。
「お嬢様、どうかされたのですか? 心なしか顔色がよくないように見えますが……」
「ありがとうカトレア。……でもわたくしには伝えなければならないことがあるの。誰に言えばいいかなんてわからない……けれど、ここにいるあなた達になら聞いてもらってもいいと思えるのですわ」
一応、ルディオの騒動を共にして私達との仲間意識が少なからず芽生えたんだろう。ま、その内一人は仲間意識以上のものかもしれんがな。
と、そんなことよりアリステルの話を……とも思ったのだがその前に一つだけ気になることが。
「サロマの姿が見えないが?」
「あ、ムゲン君それはね……」
「あそこのアホ皇子さんが追い出しちまったんだよ」
見れば、部屋の隅で丸くなって落ち込んでいるディーオの姿があった。
そうか、今回の騒動で明かされたサロマの素性の可能性……そのせいでディーオはサロマとの距離感がわからなくなってしまったんだな。
「おい皇子さん! いつまでそんなとこでうじうじしてんだ! いい加減サロマのねーちゃん探して謝ってこいっての!」
「な、なぜ余が謝る必要があるのだーっ! もう何も聞きたくないのだ! 余のこと放っておくのだーっ!」
「だー! いいから皇子さんもこっち来て話し合いに参加しろってんだよ!」
カロフがディーオを引っ張り出そうとするが、その場にしっかりとしがみついて離れそうにない。
これは良くない状態だなぁ。サロマの可能性に確証はないものの、感情がネガティブな方へと引っ張られどんどん良くない考えが湧きだしてしまっているんだろう。
「カロフ、無理強いはよくないよ。殿下はまだ心の整理がついてないだけだと思うの。だから今はそっとしておいて……」
「残念ですが、今回わたくしが伝えたい話の内容には……サロマの件も関わっていますの。だから、そこのバカ皇子は聞くべきだとわたくしは思っておりますの」
ディーオとサロマに関わる内容の話? アリステルからの話というにしては意外だな。
「……だとよ、どうする皇子さんよ」
サロマに関わる内容……それはつまり今まで散々ぼかされてきた"真実"がそこにあるのかもしれない。
だが、それをディーオ自身が知る勇気があるのか。ここが、ディーオのターニングポイントなのかもしれない。
「余は……」
「ディーオ、無理して聞く必要はない。だが断言できるのは……ここでお前が何を選んでも後には後悔が残るだろうということだ」
「なら……別に聞かなくとも……」
「だが、後悔のその先は変わる」
「先?」
そう、先だ。仮にこの場でディーオがどちらを選ぼうとも、"真実"が存在する限りディーオの後悔の念は消えることはない。待っているのは絶望だけ……。
しかし、人間というのはその絶望を乗り越えられる生き物だと言うことも私は知っている。
「すべてに背を向けながら進んだ未来ですべてを押し殺して生きるか。真実を知った上でそれに立ち向かうか……決めるのはお前だ、ディーオ」
未来のことなんて誰にもわからない。だけど決めるのは自分自身だ。私は前世でそんな苦悩を持つ人間を何人も見てきた……だからこそ、ディーオにも自分自身の未来への道しるべを決める時がきたのだと感じるのだ。
「……そうか、余はまた決めねばならんのだな」
"また"……とはいったいどういう意味なのだろうか。いや、それを知る者はきっとディーオ自身しかいない。
私達は静かに、ディーオの選択を待つことしかできないのだから。
「わかった、聞こうではないか」
その言葉と共にゆっくりと立ち上がり話し合いの輪に加わるディーオ。もう……後戻りはできない。
「では……お話いたしますわ」
そして私達は知ることとなる、長い長い歴史の闇に隠された……この帝国の"真実"を……。
アリステルが聞いたとされるその会話の内容はとんでもないものだった。そしてその話を聞き終えた私達は呆然としてしまい、誰も何も言えずにただ放心するしかない。
だがそれも当たり前の反応だ。なぜなら通信とはいえこの帝国のトップである皇帝ダンタリオンがあろうことか新魔族と密談をしていたのだから。
しかも、その相手というのが……。
(七皇凶魔“暴食”のベルゼブル……)
これまで私が何度も対峙した新魔族……その後ろには必ずと言っていいほどその名が絡んでいた。
それがまさか……こんな地でまで暗躍していたとは。
「だが奴……ベルゼブルは皇帝とどこか親しそうに話していたということだが?」
「ええ、何やら親密そうな……まるで昔からの知り合いのような感じでしたわ」
つまりダンタリオン……いや、もしかしたらヴォリンレクス帝国の皇帝という立場はベルゼブルと対等な存在だということか?
なんということだろうか、私達は元はと言えば新魔族のスパイを探すために動き、ルディオの一件でそれは無事解決したのだとすべてが終わった気になっていた。
だが本当は違ったのだ、新魔族はルディオなんかが暗躍するずっと前……もしかすれば帝国建国から協力関係にあったのかもしれない。
「んな……馬鹿な話あるかよ……」
「騎士カロフよ、貴様はお嬢様の話が嘘だと言うのか」
「そうじゃねぇ、そうじゃねぇけど……」
ちらりとディーオの方へ向いてその様子を確かめるように窺うカロフ。そんなディーオもやはり何も言えずに放心するしかできなかった。
しかし、ディーオにとってはアリステルが話したもう一つの話もまたその心に重くのしかかる内容であることには間違いない。
「それで……そのサロマさんの関わるお話に出てきた"遺伝情報"や"培養"というのはいったいどういう意味なのかしら?」
「その点に関しては……わたくしも全然理解できませんでしたわ。ただサロマの出生に関わる話だとは思いましたの……」
そう、もう一つ衝撃的だったのがこのサロマ出生の秘密だ。……正直、私も聞きたくなかったぞこんな胸くそ悪くなる話は。
だがそれを理解できているのも今のところ私一人という状況……嫌な役だが説明しないわけにもいかないだろう。
「おそらくだが……サロマは人工的に生み出された人間である可能性が高い」
「あ、どういうこった? 人間ってのは母親の腹ん中から生まれてくるもんだろうがよ。それ以外に生まれる方法なんてねーだろ」
確かに一般的観念で考えれば、ベイビーが生まれる方法はメンとウーメンが愛し合ってできるのはこのアステリムでも変わらない。
例外として精霊族は自然に生まれることもあるが、それは人としては不完全なものだ。
だが、私は前世においてその理を覆す実験も行っていたことがある。
とある不幸な呪いによって子を成すことができなった一組の男女……そいつらのために私は従来の生殖方法から逸脱した方法がないものかと研究をしていた。
人の体を構成する魔力や人間が生まれる方法などをベースに魔力的に人の手で子を生み出す研究だったのだが……結果として、私自身ではその技術の完成に至ることはできなかった。……が、共同で研究していた者はどうやら体外で子を受精する技術を確立したらしい。
"らしい"というのは私が実際にこの目で確かめたわけではないからだ。
以前第一大陸で起きた出来事の一部を思い出してほしい。500年近く前まで、あの土地に住んでいたとされる魔族の祖先はメリクリウスが育てたアルフとエリアの子供だという。
……そう、アルフとエリアこそが子を成すことのできない宿命を負った二人だ。
そして人工授精の共同研究者というのが他ならぬメリクリウスである。あいつは私が諦めた後も根気強く研究を進め、ついには成し遂げてしまったようだ。
"愛"が絡むとあいつ研究意欲は私を軽く凌駕してしまうのが恐ろしいところだよ……。
「とにかく、体外で人工的に人を生み出すことは可能だ。皇帝がどんな方法でそれを成しえたかは今のところ不明だが」
それにヴォリンレクス帝国はステュルヴァノフが存在した。元々メリクリウスの持ち物であったあれがあるならば、他の技術もいくつかこの国に残っていることも考えられる。
もう一つだけ可能性を考えるならば、新魔族……あの狡猾で知恵者なベルゼブルならば何かしら未知の技術を携えていてもおかしくない。
「え? え? どういうことですの? 赤ん坊は女性がお腹を痛めて生むものですわよね?」
「う~ん、私もまったくわからないよ。……えっと、赤ちゃんを産むには……いろいろとやらないといけないこともあるし……」
「そうだよなぁ。人間ってもんは皆そうやって生まれるもんだろ? それが外で何をどうやってやるってんだ?」
あー、やっぱ今の衰退したアステリムじゃ体外受精だのなんだの言われても想像することすら難しいか。
「よーするに凄い技術を使えば男と女がズッコンバッコン〇。〇〇! しなくても子供ができんの! ただリスクも高いし人道的にも良くないことだから危険なことだよ! ってことだけわかればよし!」
「ワウ……(全部伏字にしてるのにもはや丸わかりっすね……)」
良い子の皆はこんな大声で叫んじゃ駄目だぞ、場合によってはポリスメンにもしもしされるかもしれないからな。
「でもなんで人道的に良くねぇんだ?」
「生み出す遺伝子配列、そして魔力配列情報を的確に組み合わせることが出来れば……。例えるならもう一人カロフを生み出せるってことにもなると考えたらどうだ?」
「う、それはちょっと気持ち悪ぃな……」
「そ、それはそれでちょっと見てみたい気も……」
「二人いるのなら一人はこちらに回してもらっても……」
「複数人プレイか、燃えるな!」
約三名……女性陣達の変な妄想は置いておき、今説明したように同じ人間……つまりクローンのようなものを作り出すことも不可能ではないと言える。
正直この技術は危険だ、だからこそ私は研究を断念したと言ってもいい。生み出した者にどんな危険な要素があるかもわからないしな。
「……待ってくれムゲンよ。それではつまり……その……サロマは、まさ……か?」
……まさかそこに一番に気が付くのがディーオだとはな。ディーオ自身も今の話を静かに聞きながら考えていたのかもしれない。
本当に……こんな事態になるだなんて思いもしなかった。
「皇帝が言ったんだろう、『ディーオの母親』と」
その私の一言を理解した者は息を呑んでハッとした表情に変わる。
勘のいい者ならば気づくだろう、先ほどの人工授精の話とダンタリオンの言ったという言葉を合わせたその意味が……。
「おそらく、サロマの肉体は……ディーオの母親と同じもの……なのかもしれない」
真実は時に残酷だ。これならばまだ隠し子で姉だったという方が幾分もマシに思えてしまう。
「「「……」」」
誰も……何も言葉にすることができなかった。あまりにも衝撃的な真実を前には慰みも励ましもすべてが空虚なものに感じてしまうだろうから。
「そう……か。余はサロマに……母親としての情を感じておっただけなのだな。今まで感じた想いも……余の内から湧き上がる愛情も……すべて」
「お、皇子さん……」
これには流石のカロフも掛ける言葉が見つからないようだ。
だが、ここで立ち止まるわけには……いかない。
「いいや、ディーオが感じていたサロマへの愛は本物だ」
「な、何を言う……。余は……ただの愚者にすぎん。すべてが父上の手の中で踊り。余自身では何も持たない哀れな人形のような……」
「違う! ディーオが感じる肉親への劣情をしてしまったという嫌悪感は当然だ。だが! それを知る前に感じていたお前の気持ちというのもまた、ディーオという一人の人間が感じたまぎれもない真実だ!」
人間というのは肉体や血縁の繋がりで生きるものじゃない。たとえ肉親であろうと今まで得てきたその気持ちをなかったことになどできない。
「たとえこの先サロマと結ばれることはないとはわかっていても、それまでに感じたお前の想いが別の未来への道しるべとなるんだ! 思い出せディーオ、お前は……どんな未来の可能性を掴みたいかを」
「余は……余は……!」
苦悩しながら、絶望しながらもディーオはそれでも向き合おうとしている。
……私達にはディーオが、サロマが歩んできた過去を知らない。だからこそ、今を乗り越える想いを持っているのはディーオ自身しかないのだ。
(余は……いったいなんなのだ?)
―――――やはり、出来損ないの失敗作か
(余はただの失敗作……誰からも必要とされない存在なのか?)
―――――頑張ろうぜ皇子さん
―――――殿下のことを応援しますよ
(いや……)
よぎるのは……自分を信じてくれた者の姿。カロフ、リィナ、ムゲン、それに今ではアリステルやカトレアまでもがディーオのためにと集ってくれている。
そして、次に見えてくるのは街の人間だった。いつも陽気に街に遊びに来た自分を明るく迎え入れてくれる街の住民……いや、この国の民はもはや誰もが知っている。『自称次期皇帝』のおバカな皇子のことを。
(そんな余になれたのは全部……そう、全部あやつのおかげだった)
―――――わたくしは、そんな殿下は素晴らしいお方だと思っております
それは最初に見たサロマの笑顔……そう、笑顔だ。無表情の裏に見えたその笑顔こそが、ディーオがディーオであるための原動力だった。
―――――あなたは、あなたでいたいですか?
(そうだ、余は余だ。他の誰でもない、ディーオスヘルム・グロリアス・ノーブルという一人の人間。そして余は……)
やがて考えがまとまったのか、ディーオはゆっくりと立ち上がり私達一人ひとりを見て……。
「皆、余は……余こそは! この歴史あるヴォリンレクス帝国の次期皇帝になるべき皇子である! だからこそ余はすべてを確かめなければならない! しかし……余一人では何もできぬ。だから皆、協力してほしい!」
その言葉は誰に強要されるでもない自分自身で出したディーオの"答え"そのもの。未来を手に入れるために真実の先へと進むことを決意したのだ。
「ったく、ホントにしょうがねぇ皇子さんだな。仕方ねぇから協力してやるよ」
「素直じゃないなぁ。殿下、私も力の及ぶ限りお供させていただきます」
正式な部下でないものの、ディーオという人間性に惹かれ今や頼れる筆頭騎士達ってとこだな。
なんか正式にディーオの配下になっちゃいそうな……流石にそれはないか。
「わ、わたくし達も協力してあげますわ! 感謝しなさい!」
「それがお嬢様の意向であるならば」
最初出会った頃はなんだかいけ好かないお嬢様だと思ったのに……いつの間にやらすっかり仲間になってしまったな。
ま、その動機には少々気になるところではあるが。
だがこれで私達の心は再び一つとなった。本当の戦いはこれからだ。
「さてディーオ、すべてを確かめるというが具体的にどうするかは決めているのか?」
「うむ……父上に話を聞かねばならぬ。新魔族との関係を……そして、その答え次第では……」
新魔族の影によって支えられた偽りの大国。その本当の意味を確かめねばディーオは真の意味でこの国の皇帝になることは出来ないということだろう。
「てかサロマのねーちゃんはどうすんだ。今から見つけて全部話すか?」
「……いや、サロマには今回の件は秘密にしておくのだ。すべてが終わった時……余の口から話すことにしよう」
サロマが何故生み出されたのか、それは今はわからない。その理由も、ダンタリオンに聞かねばならないことの一つだ。
「では今からでも皇帝の下へ行くので……?」
コンコン……
おや? これから皇帝のところへ乗り込もうというまさにその時だというのに誰かが部屋を訪ねてきたぞ。
こんな時にいったい誰だ?
「もしかしてサロマさん?」
「わからぬ、とにかく出てみようではないか」
「っと、私が出よう」
先導して私が扉を開けに向かう。根拠も何もないが、何かを決意した後というのは何かが起こりそうな気がして胸が騒ぐ。
ただの勘だがな。
「はいはいどちら様で?」
「夜分遅くに失礼します。軍事責任者のパスカルで……おや、あなたは?」
誰かと思えばパスカルさんか。それにその後ろには大柄でダンディな男……戦討ギルドのマスターが立っていた。
「先ほどは魔術による医療支援に助けられました。ありがとうございました」
「いや、あれは私達のせいとも言えるし、やらねばならないことだと思っていたので」
とまぁ社交辞令はこのくらいにしておき。
「それで、ディーオ……殿下に何か御用で?」
「ええ、今回の件の参考人として少々話をお聞きしたくて」
事情聴取みたいなもんか。しかし参ったな、これからって時にこれではせっかくのやる気も冷めていくというものだ。
「スマンが後にしてもらえるかのう? 余らはこれから父上の下へ行かねばならんのだ」
「陛下の? しかし陛下はすでに王都を離れられましたよ?」
「へ?」
パスカルさんのその言葉に私達全員の顔が困惑する。いったいどういうことだ?
「つい先ほどのことです。新魔族からの宣戦布告が届き、我々はまた戦地に赴くことになりました。しかし陛下はそれも予期していたのか、すでに自軍の部隊を揃え行軍の準備を終えておりました。流石陛下と言うべきでしょうか」
「……」
まるでこうなることを知っていたかのようなダンタリオンの対応に称賛の声を挙げるパスカルさんだが……私達はそれが何を意味するのかもうわかっていた。
ダンタリオンとベルゼブルの密談にはルイファンという新魔族が進軍してるという会話があった。
その名前はルディオが引き込んだ新魔族が口にした七皇凶魔の名前だ……。
つまりダンタリオン……いや、代々の皇帝はこうして敵の行動を教えてもらい対応していたのかもしれない。
そうだとしたら、ルディオの件での皇帝の自信もそれに由来するものだったのだと今ならわかる。
「つまり、父上に話を聞くのはまだ先になってしまうのかのう……」
新魔族との戦い……それが本当に戦いと呼べるものなのかはわからないが、ともかくそれが終わるまでは長い期間を要する。
それまでここで手をこまねくしかないのだろうか……。
「そういえば……サロマの姿が見えないようですが、あれはやはりそういうことだったのでしょうか……」
「ん? どういうことだパスカルよ! サロマがどうしたというのだ!?」
偶然にも呟かれたその名は、今私達の中でとても重要な立ち位置にいる人物ゆえに聞き逃すことはなかった。
いったい、サロマに身に何があったというのか……。
「いえ、行軍準備中の陛下の隣に見慣れた使用人を確認して。使用人を側に付けない陛下にしては珍しいことだと思ったのですが。ここにいないということはやはりサロマだったのですね」
なんということだ……真実を知った矢先に次から次へと悪い方向にばかり事が進んでしまうなんて。
「どうか……されたのですか?」
「う、うむ……」
どうしたものかと困った顔で私を見るディーオ。……仕方がない、ここはすべてを話した上で今後のことを考えるしかない。
「実は……」
「そんな……まさか、陛下がそんな……!」
パスカルさん及び戦討ギルドマスターに事情を説明し終えると、やはり私達と同じように驚愕して立ちすくんでしまう。
「信じる信じないは個人の自由だ。だがこれはアリステルが実際に聞いた話の内容であることは事実」
「そう……か。しかし……」
パスカルさんも答えが見つからないでいるのだろう。まぁ自分の信じてきたものが裏で自身の国を裏切るだなんて思ってもみないだろうからな。
そしてもう一人、戦討ギルドマスターはというと。腕を組みながら目を閉じ、じっと考えてるようにも見えるが……。
「うむ!」
おわっ、いきなり目を見開いて大声を出すな、ビビるわ。そんな驚いてる私をよそに、ギルドマスターは何かを決めたように口を開き話し始めた。
「吾輩の戦討ギルドはヴォリンレクス帝国の後ろ盾の下経営しているようなものだが! 悪しき者を罰するのもまた使命としている! よって、いかに皇帝陛下であろうとそれが世界に蔓延る"悪"ならば断罪せねばなるまい!」
「そうですね……もし陛下であれど、国を害する危険があるのなら……。真相をお尋ねしなければなりませんね」
よし、どうやら二人ともわかってくれたみたいだ。立場的にも上の者が協力してくれるというのならこちらとしても行動しやすくなる。
「でわ! 早速ダンタリオン皇帝陛下の下へ参ろうではないか!」
「って今から行くんかい」
「当然である! ダンタリオン皇帝陛下はすでにこの地を離れたが追いつけない距離ではなーい! 吾輩も動かせる戦力をできるだけ用意しよう! では!」
そう言うと戦討ギルドマスターは足早に出て行ってしまった。豪快さんだな。
しかし戦力か……もしかしたらそういう状況も起こりうるってことだろう。
「私も……陛下に直接確かめたくあります。殿下、私もご一緒させてもらってもよろしいでしょうか」
「うむ、構わ……」
「あ、ちょい待ち」
っとと……パスカルさんにはちょっと待ってもらいたいな。
「む? どうしたのだムゲンよ?」
「パスカルさんには私にちょっと協力してもらいたいんだ。だからディーオ達は先に皇帝んとこに向かっておいてくれ」
「おいおい、こんな時に何をやろうってんだよ?」
確かにこの状況ではさっさとダンタリオンの下へ行きたいところではあるが……おそらくそれでは足りないはずだ。
だからこそ私がやらなければならないことがある。
「なに、ちょっと大掛かりな家探しを……させてもらうだけさ」
次回更新は12/1からの6章クライマックス連続投稿となります!




