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133話 待っていたのは…

てなわけで丁度四年目を迎えたこの日この時間に六章開始です


 怖い、怖い、怖い……抑えきれない恐怖が常に体と心を蝕んでいく。

 言葉では言い表せないような、人の理解力では到底理解できないとてもおぞましい感覚。


 いつからだろうか、自らの精神にこの恐怖心が芽生えたのは。

 わからない……もしかしたら、生まれた瞬間からずっと心の中にあったのかもしれない。


 『為すべきことをなせ』、『使命を全うせよ』、『死を恐れるな』……そんな、自分じゃない自分の声にいつもうなされる……。

 これは夢、だけど夢じゃない。わかってる……ここにある自分の意識も、今もこうして囁きかけてくるおぞましい声も、起きたら全部忘れるから。

 でも、恐怖は心に刻まれる。こちらの意識とは無関係に『やるべきこと』、『為すべきこと』を完遂させようという見えない彼女達・・・の意識に引っ張られる。


(……そもそも、あたしの『やるべきこと』、『為すべきこと』って何だったんだろう?)


 意識が覚醒に近づいている。そろそろこの夢も終わりが近いみたい。

 けれど、どうしてあたしは、『生きたい』と願ってしまったんだろう。逃げずに留まっていれば、すべてが終わり、また始まるだけだったというのに。

 眠りから覚めたあたしはもうそんなこと覚えていないだろうけど、また悩むんだろう、苦悩するんだろう……『死にたくない』と思ってしまうんだろう。

 それが許されないことだとわかっていても。


(どうして……あたしは生まれたんだろう?)


 それは人を導くため? 人々を幸福にするため? 理解し合えない“敵”に対抗する力を与えるため?

 どれも違う……あたしはそんなことのために生まれたわけじゃない。

 あたしの生に意味なんて……ない。


(だってあたしは……)


 あたし達・・・・は……世界を壊すために生み出された、破滅の女神なのだから。






-----






 ブルーメよ、私は帰ってきた!

 いやー、しかしちゃちゃっと行って帰って来るだけのつもりだったのが今回も結構な長旅になってしまったな。

 アステリムに戻ってきて早十ヶ月とそこそこ……なのにいろんな問題が起きすぎじゃないでしょうかねぇ?


「まぁそれも、全部私の主人公的巻き込まれ力がなせる業というところですかな」


「ワウワウ(でもご主人って主人公って言うにはどうもあと一歩足りない気がするんすよね)」


「言ってはならんことを……」


 私としてもそれは自覚してるところなんだよ。活躍的に見れば十分主人公的立ち位置になれる気はするんだが……。

 そんな私よりも状況的に重要な人物達にどうもお株を奪われているような気もする。

 いや、しかし出会った奴らは皆好感の持てる人物ばかりだから別に私としても悪い気はしないんだがな。


「ワウン。ワンワン(本当に『いい人』止まりっすよね。信頼は得られるけど恋愛感情は持たれないっす)」


「だからそれを言葉にするな」


 私の心にぐさりと深く矢が突き刺さった気分だ。

 しかしこういう性格も性分なんだから仕方ないだろうに。体裁のために自分を偽るなどということはしたくない。

 そんなことをしたら、いざ付き合った相手に本当の姿を隠したままで一生付き合うことになるかもしれないんだぞ、私は恋人とそんな関係になるのはまっぴら御免だ。


「なので! 私は今後もこんな私を受け入れてくれるヒロインを常時募集中だ!」


 私は諦めないぞ! この世界の住人だろうが、元の世界に帰った後であろうが、これを読んでくれてる読者様であろうがそれが可愛いヒロインなら大歓迎だ! 恋っぽいことしようぜ!


「ワウ。ワウン(お、いつもの平常運転っすね。てことは、ヘヴィアさんのことはもう吹っ切れたようっすね)」


「ぐはぁ……!」


 私の心に銃弾をぶち込まれたかのようなダメージ!


「ワウ(あ、やっぱまだ駄目だったっす)」


「だぁあああああ! もう思い出させんじゃねぇ!」


 せっかく綺麗な思い出にしようと頑張ってるのに、不意打ちで心の傷を抉るな!

 これじゃあ私が失恋して未練たらたらみたいじゃないか!


「ワウ~ン(いやぁ……結構盛大な失恋だったからっすねぇ)」


「やめろー! それ以上言うんじゃねぇ!」


 はいヤメ! この話もうおしまい!

 こんなところでグダグダやってないでさっさと街に入るぞ! さぁさぁレッツラゴー!




 街内では特にこれといったこともなく、知り合いに軽く挨拶する程度で済ますだけとなった。

 武具屋のおっちゃんは以前出発する時と同様にせわしなく働いていたが。確か大国から大量に注文が来てるんだったか?


「ま、そんなことよりさっさとギルドに戻るとしますか」


 門をくぐり久しぶりの帰還だ。

 とりあえず今回の任務のレポートを受付に渡して、ひとまずこれで任務完了だ。


「はい、確かに受領致しました。支部の方からも連絡は受けておりますので、これにて任務終了となります」


 今回は受付嬢がマレルじゃないな。辺りを見渡しても姿は見えない、休憩中だろうか。


 が、しかし……今目の前にいるこの子もなかなかに可愛いのではないか。ここはひとつ、心機一転で新しい関係を手に入れるというのもいいかもしれないな。


「えっと、どうされました?」


「いえ……ところでお嬢さん、どうですか今夜しょく……」


「む!? おお! そこにいるのは少年ゴールド魔導師じゃあないか!」


(オイこら誰だ! 私と彼女の甘いひと時を邪魔するの……わ?)


 ……振り向くと、壁が立っていた。


(いや、これ人だ!?)


 見上げると、そこには白髪をライオンのように顔にぐるりと生やした初老の男がニカッとした顔でこちらを見下ろしていた。

 この男は見覚えがある……そうだ!


「あ、あんた副マスターの……」


「おう、オレのことを覚えていたか! ガハハハ、こっちもお前さんの噂もいろいろ聞いてるぜぇ!」


 そう、この男はこの魔導師ギルドの副マスターであるディガンだ。

 ギルドには滅多に帰ってこないらしく、周囲の人もその存在がここにいることに驚いているようだ。

 思えば私がこうして魔導師ギルドのゴールドランク魔導師となれたのもこの男の計らいのおかげとも言える。


「こうして再会したのも何かの縁だ! 話でもしながら茶でも飲むことにしようか!」


「は? ……ふぉう!?」


 言うが早いか、ディガンは私をヒョイと持ち上げるとそのまま肩に担いで移動を始めるのだった。




 んでもって、ついた場所は魔導師養成学校のグラウンド。


「ガハハハ、やはり若いもんが切磋琢磨している姿を見ながら飲む酒は美味い!」


 そういえば初めて会った時もそんなこと言ってたっけか。

 しかし、この男のことはまだよく知らないんだよな。副マスターと言ってもどんな仕事をしているかもわからんし、どんな魔術を使うのかもわからない。

 そもそも勝手にふらっと姿を消す自由奔放な男がなぜ副マスターなのかというのも甚だ疑問である。


 ま、そんな男の隣で私はジュースを飲んでいるわけだが。


「なんだ、酒は飲まんのか?」


「あと三ヶ月近くは待つ、そう決めている」


「律儀な奴だのぅ……」


 三ヶ月……この数字が意味するもの、それは私がこの世界に戻ってきてからの滞在期間だ。

 アステリムに転移した時期、私は15歳になって間もなかった。

 そしてこの世界での成人年齢は16歳……私はあと三ヶ月で16歳になる、つまりもうこの世界でゆうに九ヶ月過ごしたことになる。


(できることなら、手早く元の世界に戻りたかったんだがな)


 行く先々で無視しきれない問題に巻き込まれ毎回奮闘を繰り返してみればこれだ。

 それに研究を続けているといっても明確な帰還方法が見つかってるわけじゃない。わからないことだらけだ。


「しかしお前さん各所でいろいろとやっているようだなぁ。噂は聞いているぞ。第四大陸の新魔族との戦闘やら第一大陸の件やら」


 どこで聞いたんだよ。てかもう噂になってるのか、自分自身の噂ってなかなか耳に入らないもんなんだよな。


「てかこっちはあんたの噂とか全然聞かないけどな。あんたどこで何やってんだ?」


「ガハハハ! なに、オレは常に探しているだけさ、オレを満足させてくれる強敵をな!」


 あー、戦闘狂の方でしたか。ほんとなんでこんなのが副マスターなんだよ。


「ついこの間まではオレも新魔族といっちょやり合いたいと思ってな、ヴォリンレクスの方まで行ったんだが……。一人で海を越えて第六大陸へ行こうとしたところを引き止められてな。つまらんと思い、仕方ないからこうして一度ギルドまで戻ってきたというわけだ!」


 一人で海を越えて新魔族の本拠地に乗り込もうとしたのか……。それだけ自信があるのかただのバカなのか……。

 しかし、私としても新魔族の本拠地である第六大陸は興味がある。


「そういえば……ヴォリンレクスでお前さんの弟子を見かけたぞ」


「弟子? ……ああレオンのことか」


 そういや私が第一大陸に出発するのと同日にあいつらもそっちの方に任務に向かったんだっけか。

 つまりあいつらはまだ帰ってないと……今夜は寂しくなりそうだ。


「その他にも、なにやら他大陸からもいろんな人材が集まっていたぞ。一度まとめて手合せしてみるのもよかったか……。よし、今からもういっちょ出かけて……!」


「それはいけないな」


 おや、ディガンのまたもや自由奔放な旅のはじまりを告げる一声を押しとめるように背後から声をかけられる。

 この声は聞き覚えがある。私達はゆっくりと振り向くと、そこにはこの魔導師ギルドのギルドマスターであるマステリオンが静かに立っていた。


「おお、マステリオンか。忙しいところ学生の様子を見に来るとは感心感心。それではオレはやることがあるからこれで失礼する」


「失礼する……じゃないぞディガン! お前は毎度毎度……帰ってきたのならまず私のところへ報告に来いといつも言っているだろう! ということで行くぞ!」


「まったく……お前さんは本当に頭が固いのぅ。っと、わかったからそんな目で睨むな」


 どうやらディガンも観念したようで、肩を落としてやる気のなさそうにマステリオンの後ろについていく。


「悪かったねムゲン君、ディガンに付き合ってもらって。それと任務ご苦労様、今日はゆっくりと休むといい」


 最後に私に労いの言葉をかけて魔導師ギルドのツートップはこの場を立ち去っていった。


「ワウン?(あの二人ってどういう関係なんすかね?)」


 犬の何気ない疑問だが、それは私も気になった。

 二人はそれなりに歳も離れているとは思うんだが、今のやり取りを見ているとただの職務上の付き合いというわけでもなさそうだ。

 とはいっても私にはまるで関係のないことだが。


「ワウ?(それで今日はこれからどうするんすか?)」


「んー……ディガンに付き合って少々時間も食ったし、旅の疲れも残ってるから研究って気分でもないし……」


 一応採掘した魔石は研究室に置いておき、今日はこのまま寮に帰ることにしよう。

 久しぶりに広い風呂でゆったりと疲れを癒すとしようじゃないか。






 さて、学校から道なりに歩いていくと、見えるのはこのギルド内での私の拠点である劇的ビ〇ォーア〇ター寮が見えてくる。

 私にとってこの寮の存在は本当にありがたい。これがなければ今頃は根無し草で彷徨っていたかもしれないからな。


「けどレオン達が帰ってないってことはメシは後で食堂辺りでとるしかないかね」


「ワウン(あれ、でも寮に明かりがついてるっすよご主人)」


 本当だ、もしかしたらフィオさんかじいやさん辺りが室内の清掃とかで来ているのかもしれない。

 それならそれでご飯にありつけるし、寂しい食卓にならずに済むかもしれないな。


「ワウワウ?(クンクン、というか寮の方から何かいい匂いがしてないっすか?)」


「ん? スンスン……お、マジだ。実は私が帰ってきていることがもう知らされてて、気を使って晩飯を作ってくれてるのかも」


 それならばありがたい。理由はどうあれ温かい食卓が待っている自宅へ帰るというのはどこか心温まるものがある。

 私も将来は家庭を持ち、仕事で疲れて帰ってきたところを愛する妻と子供に出迎えてもらう……それも一つの夢だ。


 そのためにも早く元の世界に帰る方法を作り出し、いち早く日本の感覚を取り戻して学業の遅れを取り戻さないといけないな。

 しかし日本を離れてもう十ヶ月を過ぎているともなると……流石に事件になっている頃合いだろうか……。


「もしかしたらマスコミとかに囲まれるかもな、『神隠しから戻った奇跡の少年』……とか。ま、今は先のことは置いといて……たっだいま~」


ガチャ


 扉を開けるが出迎えはない、調理で手が離せないのかね。

 私はそのままダイニングキッチンへと一直線に向かう。……だが、その場所で調理をしていた人間は私の予想していた人物ではなかった。


「ふんふん、ふふ~ん」


 長い金色の髪をツーサイドアップにし、フリフリのエプロンをつけた小柄な女の子が一人、鼻歌を歌いながら料理をしていた。


「……んん!?」


「きゃ!? だ、誰!?」


 私が首を傾げて発した声に驚いた少女はビクッと体を震わせてこちらに振り向く。

 振り返った少女の顔は愛らしく、そのスカイブルーの瞳は吸い込まれそうなほど澄んでいた。

 そしてどれだけ頭の中で抵抗しようと必ず最終的に目が行ってしまうのは、その小柄な体には不釣り合いなほど大きな胸だ!


(何故この寮に見知らぬ美少女が……)


 いや待て、この子は見知らぬ少女ではない……。私は知っているぞ、というかなぜ今までその可能性を考えなかったんだ私は……。

 しかし、だからといって今からすべてを見なかったことにして出ていくこともできない。どうしよう。


「……」

「……」


 数秒、私達は見つめ合ったまま硬直してしまう。お互いに何から発すればいいかわからないのだ。

 沈黙の空間の中、調理中の鍋だけがコトコトと音を立てている。


 静寂が苦しい……だから、とりあえず一言だけ、悩んだ末にひねり出したこの言葉だけを発することにした。


「えっと……ただいま、セフィラ」


「ええと……おかえりなさい、ムゲン?」



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